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「――それで、ここでする話というのは?」
商人の男は、まるで出迎えるかのようにソニド洞門前にいた。崩落した状態は変わっておらず、分厚い岩の塊で塞がれたままだ。商人が何者かは不明だが不安そうなウルシュラを除き、イーシャとナビナ、ネコのミルは警戒を強めている。
何が起こるか分からないが、いつでも戦えるようにしておかなければ。
「へへへ……、この先に行きたいんすよねぇ?」
「……あぁ」
「しかし、とある人の機嫌を損ねたら崩れちまいましてね……。それで帰れなくなってあっしも困っちまいましたわけでして」
「とある人?」
商人の男が俺の顔を見ている。
何だ?
俺に何か関係があるのか?
「いやいやぁ~似てないかと思いきや、似てますねぇ……」
「誰に似てるんだ?」
「あれ? こうまで言ってもお分かりにならない? そりゃあおかしな話だねぇ……おたくの姉御である、聖女エルセのことに決まってるんですがねぇ」
「――! 聖女エルセの仕業で崩落したのか?」
「へっへっへ、顔色が変わりましたねぇ」
聖女エルセは俺の姉。それは変えようがない事実だ。しかし兄リュクルゴスと違い、姉とまともに話をした記憶がない。それ故、直接的な憎しみが生じることが無かった。
兄と一緒になって俺に蔑んだ態度を見せた時があったが、それは俺が宮廷魔術師になった時だけ。俺にとって聖女エルセは、関わることのない存在という認識に過ぎない。
だがミディヌにしたことも含め、間接的にでも俺を排除しようとするのであれば――その時は聖女だろうと俺の手で……。
「ルカス、駄目。呪いの感情を膨らませては駄目」
ナビナが首を左右に振りながら俺をじっと見ている。
「ナビナ? いや、俺は大丈夫だよ」
「大丈夫じゃない。ルカスから仄《ほの》かな感情があった。その力はとにかく駄目……」
賢者リュクルゴスを始末した時は呪いの力を使った。使うこと自体ナビナは止めずにいた。それなのに、感情任せに力を使うのは良くないということを言っているようなので落ち着くことにする。
「マスター……? 平気なのです? 何か気配が……」
「ルカスさん、あの人に何か言われたんですか? 私がびしっと言いましょうか?」
「ミルはいつでも刃を向けられますみゃ」
ナビナだけでなく、ウルシュラたちにも心配されてしまった。彼女たちに分かられてしまうのはさすがに反省すべきか。
「問題無いよ」
たとえ聖女が関わっていたとしても俺が腹を立てるのは違う。彼女たちには心配をかけないようにしなければ。
「……その聖女が何をしたんだ?」
まずは落ち着いて話を聞こう。それに商人の話を聞かなくても、エルセがログナド大陸に渡ったことはすでに知っている。向こうに渡るにしてもエルセに遭遇することはほぼ無いはず。
「正確には聖女では無いんですがね、同行させてる魔術師に命じて向こう側から岩を落とさせたってことになりますかねぇ。あっしは道案内をしてたんすが、いやいやぁ……してやられたなぁと」
そうだろうな。聖女は一応癒しや解呪を得意とした存在だ。魔術師のように魔法による攻撃や破壊は出来ない。
「道案内のあんたがこっち側に出されたのはどうしてなんだ?」
「まぁ、帝国の人間は他国の人間を見下してますからねぇ……必要以上に関わりたくなかったんでしょうねぇ」
聞けば聞くほど胡散臭い男だ。
ただの商人相手にあの性悪なエルセが警戒?
何かを恐れたとしか聞こえないな。
「……それで俺に何をしてもらおうとしてる? 言っておくが、聖女とのいざこざに関わるつもりは無いぞ」
「いやぁ、あっしは向こう側に帰りたいだけでしてねぇ。しかし、こっちから向こう側に行くには帝国支配下の港町経由か、ソニド洞門しか無いわけでしてね。どうしたものかと悩んでいたところに――」
「俺が東デローワに現れた……そういうことか?」
「へっへっへ」
薄気味悪い笑いをする男だ。何かを企んでいるのは明らかだとして、こちらの弱みを利用しているようにも。
「そこの商人さん!! ルカスさんに隠し事をするのは許せませんよ!」
ウルシュラが力強く攻勢に出て商人の男に詰め寄っていくじゃないか!
何て頼もしい。
「おやぁ? どこかで見た顔だと思ってたら、お嬢さん、あんたもしかして!」
「!! な、何でも無いので、ルカスさんとの話を続けて下さい~」
あっさりと引いたウルシュラの焦りを見る限りだと、彼女にも隠したいことがあるようだ。
「キーリジアの商人……って言ってたが、それは嘘じゃないのか? あんたの正体は?」
「……教えたら協力してくれるんですかねぇ?」
「こっちとしてもソニド洞門を通りたいからな」
ログナドに行く理由は特にないがこのままラトアーニ大陸にいたところで……。
「良かろう。元宮廷魔術師のルカス・アルムグレーンには教える必要があるようだからな」
何だ、急に雰囲気が。この態度はまるで……。
「われはログナド大陸中央に位置する大国【ルナファシアス】のバシレオス・ドゥーカスである!」
ドゥーカス――公爵家。
商人にしては装備がおかしいと思っていたのは間違いじゃなかったか。
「バシレオス……。俺に何を?」
「先ほどから話に出した聖女エルセについての懸念があり、ルカス・アルムグレーンに話をしたく近づいたまで」
「そ、そうですか」
胡散臭い商人ならまだ良かったのに、面倒なことを言われそうだな。