日が沈み夕焼けが広がる頃、不思議な者がやってくる。 不思議なお客がやってくる。
逢魔が時の道を通って。
ふわりふわりとぶつかり合いながらも、空中を遊ぶ風船には思い出が詰まっている。
不思議なものを見たりはするけれど、風船を売っている男は初めて見た。
「思い出はいらんかね」
突如、声をかけられてびくっと驚く。お互い見えないはずなのにこの男は声をかけてきた。そんなとより気になったのは、男の言葉だった。
「綺麗な思い出、汚い思い出なんでもあるよ」
まるで煙管の煙のような、甘い声にぼんやりとする。特別サービスだ、と男は風船を一つくれた。その風船を手に取るとふわっとその香りに視界を奪われ、見渡すとそこは知らない景色だった。
「かおる!」
と名前を呼ばれそこを見ると、数年前に亡くなった母が僕を呼んでいた。知らないと思った景色は母と遊んだ公園になった。
「母さん…」
と母の手を取ろうとした瞬間にその景色は消え、目の前には風船売りの男が立っていた。どうやら特別サービスはここまでらしい。
「思い出はいらんかね」
男はまたそう言う。
「…1つ…ください」
どうしても見たい。どうしても感じたい。どうしても戻りたい思い出があった。
「まいどあり」
男がそう言うと再び香りに包まれる。
”愛してる”
そう抱き締めてくれる人がいた。そんな幸せの絶頂があった。何故かその顔は、風船売りの男によく似ていた。
その景色が消えた時、風船売りは消えていた。
『お代はあなたの思い出です』
思い出を売る男:END
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