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14
冬の朝は、街の音まで冷たくする。
夜明け前の空には薄い群青が残り、吐く息は白く滲んでいた。街灯はまだ消えきらず、人気の少ない歩道には昨夜降った雪の残りが太陽の光を反射して輝いている。
その上を一人の少年が歩く度、靴底からきゅっと乾いた音が鳴った。
爆豪勝己はポケットに手を突っ込み、眠そうに欠伸を噛み殺す。
「…朝っぱらから呼び出しやがって。」
スマートフォンには、昨夜届いた一通の通知。
『午前六時三十分、ヒーロー公安本部集合。合同任務。』
それだけ。
相変わらず説明が足りない。
プロヒーローになって一年。ようやく現場にも慣れ始めた頃だったが、こうした急な招集だけは何度経験しても好きになれなかった。
公安の玄関を潜ると、既に数人のヒーローが集まっていた。見知った顔もあれば、テレビでしか見たことのないベテランもいる。
そして、その中に。
「……お。」
白と赤の髪。
背筋を伸ばし、資料に目を通している青年……轟焦凍。
爆豪と目が合うと、轟は小さく会釈した。
「おはよう、爆豪。」
「朝から元気だな、半分野郎。」
「普通だ。」
「普通って顔じゃねぇ。」
「そうか?」
本気で首を傾げるあたり、この男も相変わらずだ。
爆豪は鼻を鳴らし、隣の席へ腰を下ろした。
別に理由があったわけではない。
空いていたから。
ーーそう、自分では思っていた。
少しして、部屋の前方に立った職員が口を開く。
「今回の任務ですが、ここ数ヶ月続いている違法個性増強薬の密売組織についてです。」
室内の空気が一変する。
大型ヴィラン組織が壊滅した今、社会は平和を取り戻しつつある。しかし、その影では小規模な犯罪組織が次々と現れていた。
力を失った世界だからこそ、力を求める者は絶えない。
「情報によれば、本日午後、取引が行われます。」
モニターに地図が映る。
「今回は複数チームに分かれて包囲します。」
名前が読み上げられていく。
「ーー爆豪勝己。」
「……。」
「轟焦凍。」
二人は同時に顔を上げた。
「以上二名は先行部隊です。」
爆豪が小さく舌打ちする。
「またお前か。」
「そうだな。」
轟は淡々と答えた。
最近、不思議と任務が重なる。
別に仲がいいから組まされているわけではない。
爆豪と轟。
高い戦闘能力。
広範囲制圧。
接近戦にも対応可能。
データだけを見れば、相性は悪くないのだろう。
それだけの話だ。
……たぶん。
昼過ぎ。
二人は指定された倉庫街へ到着していた。
港に近い古びた工業地帯。使われなくなったコンテナが無数に積まれ、潮風が錆びた鉄の匂いを運んでくる。
「静かだな。」
轟が辺りを見回す。
「だから怪しいんだろ。」
爆豪は地面に残る靴跡へ視線を落とした。
「昨日の雪なのに、消えてねぇ。」
「人が出入りしてる。」
「だろ。」
轟は一瞬だけ爆豪を見る。
こうゆうところは昔から変わらない。
誰より喧嘩っ早いくせに、現場では誰よりよく周囲を見ている。
感情で突っ込んでいるように見えて、その実、頭は常に冷静だった。
そんなことを考えていると、
「見てんじゃねぇ。」
「……?」
「さっきから。」
いつの間にか爆豪はこっちを見ていた。
「俺の顔になんか付いてんのか。」
「いや。」
轟は正直に答える。
「変わらないなと思った。」
「何がだ。」
「現場に立つと、お前は昔と同じ目をする。」
一泊の沈黙。
爆豪は少しだけ眉を顰めた。
「褒めてんのか。」
「たぶん。」
「たぶんじゃ分かんねぇよ。」
そんなやり取りをしていると、通信機にノイズが走る。
『こちら別動隊。目標を確認。数は予想以上ーー』
直後。
轟の表情が変わった。
「伏せろ!」
爆豪は反射的に地面を蹴る。
次の瞬間。
轟が立っていた場所へ、鈍い衝撃が走った。
鉄骨。
どこからか飛来した巨大な鉄骨が、轟の氷壁を砕きながら地面へ突き刺さる。
「チッ!」
「囲まれた。」
コンテナの影から次々と人影が現れる。
十人。
二十人。
それ以上。
爆豪は笑った。
「八ッ、不意打ちなんざ卑怯じゃねえか。」
拳から火花が散る。
轟の右半身には炎が灯り、左半身からは白い冷気か立ち上る。
背中合わせ。
自然だった。
昔なら考えられないほど。
互いに一歩も譲らず、それでも互いの死角を埋める距離。
「右。」
「あぁ。」
「左、任せる。」
「言われなくても。」
爆発音が冬空を裂く。
同時に、氷柱が一直線に大地を駆け抜けた。
炎と爆炎。
熱と冷気。
相反する力が交わる度、白い蒸気が舞い上がる。
その光景を見ながら、敵の一人が思わず呟いた。
「なんだよ、あいつら……。」
「連携なんてしてねぇ。」
隣の男が震えた声で答える。
「してねぇのに、噛み合ってやがる……」
それは、偶然ではなかった。
一年間。
何度も同じ現場に立ち、同じ景色を見てきた。
互いに「合わせよう」としたことなど一度もない。
それでも。
気づけば、相手の動きが解るようになっていた。
爆豪が前に出れば、轟はその背中を守る。
轟が氷で道を作れば、爆豪は迷わずそこを駆ける。
言葉は要らない、必要なのは、一瞬の判断だけだった。
ーーそんな関係。
戦いは十分足らずで終わった。
最後の敵が拘束され、港に静けさが戻る。
潮風が、火薬の匂いを少しづつ攫っていく。
「終わったな。」
轟が息を吐く。
「肩慣らしにもなんねぇ。」
爆豪はそう言いながらも、服の袖で頬についた煤を拭った。
ふと、轟が手を伸ばす。
「動くな。」
「あ?」
爆豪が眉を寄せる。
轟は何も言わず、爆豪の肩に付いていた細かな氷の欠片を摘み取った。
「付いてた。」
「……。」
「もうない。」
ほんの数秒。
それだけの出来事だった。
ただ、爆豪は、何故か返す言葉を失った。
「……世話焼きか、お前。」
「気になっただけだ。」
「そうかよ。」
それだけ言って歩き出す。
けれど、歩幅がほんの少しだけ乱れていたことを、爆豪自身は気付いていなかった。
一方、轟もまた、自分が無意識に手を伸ばした理由を考えていた。
任務中だから。
仲間だから。
……それだけだろうか。
答えは出ない。
冬の風だけが、二人の間を静かに吹き抜けていった。
まだ誰も知らない。
この何気ない一日が、二人の関係を少しずつ変えていく、その最初の一歩だったことを。
コメント
1件
うわああああめっちゃ良かった!!😭💕💕 1話からもう爆轟の空気感が神すぎる…! 「合わせようとしてないのに噛み合う」のが最高にエモくて、最後の氷の欠片とるシーンで完全に持ってかれたよ…無意識の優しさが刺さる…! 続きが気になりすぎるから早く読みたい!!🔥❄️