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「葉月、おはよ~!」
「あ、杏子、おはよ」
夏休みが終わり、大学へ向かう電車を降りて改札を出るや否や、タイミングよく杏子と出くわした。
「……小谷」
「え?」
同じアパートに住んでいて同じ大学、更には同じ学部とあって当然講義も同じなので、一緒に家を出て電車に乗り、同じ駅で降りて改札を出る。
バイト終わりや買い物なんかも一緒に行っていて横に並んで歩くのが普通になっていたせいか、今も当然のように並んで歩いていた事をすっかり忘れていた私は、杏子の呟きで思い出す。
(ヤバ! 杏子には小谷くんと一緒に住んでるどころか、前のアパートの事や引っ越しの事すら話してないんだから、一緒に居たらおかしいよね)
「あ、杏子、これは――」
何とか言い訳をしようと思い口を開き掛けた私よりも先に小谷くんが口を開き、
「定期、拾ってくれてどーも」
「え? あ、うん……」
持っていた定期をこちらに向けてお礼を言った小谷くんはそのまま歩いて行ってしまう。
「何だ、定期拾ってあげたの?」
「そ、そうなの」
「だよね。びっくりしたよ、一緒に来たのかと思ったからさぁ」
「そ、そんな訳ないよ」
杏子とやり取りをしながら、私は思う。
このまま隠しておくのもどうなのかと。
(でも、小谷くんは知られたくないかもしれないし、ちゃんと聞いてからの方がいいよね)
友達に嘘をつくのも、毎度小谷くんに気を遣わせるのも嫌だった私はこの状況に悩みつつも、まずは家に帰ったら小谷くんにも意見を聞いてみる事にした。
夜、食事を終えてリビングでテレビを観ていた私たち。ふと、朝の出来事を思い出してどうすればいいか小谷くんに相談したのだけど、
「由井はどうしたい訳?」
逆に質問で返されてしまう。
「私……としては、話しちゃいたい……とは思ってるけど」
「だったら話せば?」
「でも、小谷くんはそれでいいの?」
「何で? 何か困ることあるのかよ?」
「あるでしょ? だって、その……やっぱり男女が一緒に住んでるって事は……周りからしたら、付き合ってるとか思うでしょ?」
「ルームシェアって言えば?」
「そう言ったとしても、色々と噂は流れるかもしれないよ?」
「噂ねぇ……俺は別に気にしねぇけど、要は由井が噂されるのは嫌なんだろ? だったら隠しておけばいいじゃん」
「わ、私だって別に、噂されても気にしないけど……」
「だったら話せばいい」
話し合うはずが何だか言い合いになってしまい若干変な空気が流れ、
「とにかく、俺はどっちでも構わねぇよ。由井が話したければ話せばいい。好きにしろよ」
小谷くんはそれだけ言うと、立ち上がってお風呂に行ってしまった。
「……好きにしろって……言われても……」
多分、こういう時になかなか決断出来ない優柔不断な私は、小谷くんに決めてもらいたかったのだと思う。
だけど、小谷くんからすれば本当にどっちでも良いのだろう。人にどう思われても気にしないみたいだし、そもそも今回は私が杏子に隠し事をしておきたくなくて迷ってるのが一番の理由なんだから、好きにしろと思うのも当然だ。
私だって、小谷くんみたいに割り切れればいいけど、周りの目を気にしちゃう所もあるからすぐに決断出来ない。
(……やっぱり、今はまだ言わない方がいいかな)
隠し事をするのは好きじゃないけど、周りから小谷くんの事を色々言われたりするのも好きじゃないからどうするか迷う。
(杏子に話したら、絶対に色々言われそうだもんな……)
それに、今無理に話さなくても、この先話す機会が巡って来るかもしれないし、そしたらその時きちんと話せばいい。
「うん、そうしよう。今回はまだいいや」
結局悩んで出した結論は『内緒にする』という事。
だけど、私のこの選択は失敗だったと後悔する事になる。