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「き・・危険だからだ!と・・とにかくもう帰ろう、俺はごっ・・午後から出かけないと・・いけないんだっ」
それから北斗はむっつり黙ったままで、ジュリアンの手綱をアレクサンダーに繋ぎ、アリスをアレクサンダーの自分の前に乗せて、母屋までゆっくり馬を走らせた
アリスは彼がどうして怒っているのか分からなかった
そりゃ乗馬は確かに危険が伴うかもしれないけど、アリスの乗馬歴は小学生の頃からだから、腕前はなかなかのものだ
てっきりその腕前を彼に披露したら喜んでもらえると思っていたのに・・・
母屋につくと先に北斗が飛び降り、アリスの脇を抱えて降ろすと再び彼は長い脚を振り上げて、軽やかにアレクサンダーに乗った
その間北斗は一度もアリスの目を見ずに、また夜に戻ると言い残して、ジュリアンも連れてギャロップで去っていった
また一人ポツンと残されたアリスは悲しくなった
淡路の海から冷たい風が吹き付け
アリスは自分の体に腕を回した、さっきまで彼の腕の中で、馬に乗っていた時はこれほど寒いとは感じなかったのに
私・・・北斗さんがそんなに怒ることした?
それにしても馬にまたがって青空を背に、猛スピードで颯爽とアリスの目の前に現れた北斗は、それはそれは素敵だった
彼は完全に自分の長い脚二本だけで馬を操っていた、まったく上体は崩れず、まるで戦国時代の騎士のようだった
アリスが通っていた、神戸の乗馬クラブのインストラクターを束にしても、彼ほどの馬の乗り手はいないだろう
そして片手で自分を持ち上げた怪力の持ち主だ、彼はこの土地にふさわしい力強い男性だ
もしかしたらジュリアンは北斗さんの大事な馬だったのかもしれない・・・
それを無断で鞍を付けて乗った私に腹を立てたのかも・・・
どうすればよかったんだろう、何か北斗さんの許可を取ろうとしても、彼はいつも私から隠れるようにいなくなるのに
私に出来る事は、夜、彼が夜這いのようにそっとベッドに入って
来てくれるまで、じっとおうちで待っているだけ・・・・
役立たずの私は、おうちに帰って大人しく、ネットフリックスでも見ていた方がいいのかも・・・・
とぼとぼアリスは歩き出した。気持ちは様々な方向にめぐるものの、ひとつだけハッキリしていることがあった
私は北斗さんに乗馬を禁じられた、北斗さんは私と話をしたがらなかった・・・
すると、玄関ポーチの所で茶色い縞模様の仔猫達が、暴れまわっているのを見つけた
一段上で大きなあくびをした母猫が、アリスをジロリと睨んだ
アリスは母猫の横にちょこんと座った
「あなたはいいわねこんなに子供が沢山いて・・・立派なお母さんだわ・・・」
母猫は我関せず、足をピンツと伸ばして毛づくろいに忙しく舐めている
どんな時にも夫婦はお互いを助け合い、励ましあうという結婚の誓いのように、アリスも北斗の役に立てると思っていた
独りよがりだったのだ
彼の大切な仕事を邪魔して、自分の方は深く彼を愛しているのだから、彼の馬に乗るぐらいなんでもないと・・・
当然彼もそうだと思っていた
なんていう思い上がりをしていたのだろう、今にして考えてみれば浅はかだった
彼とこの牧場を夫婦力を合わせて良いものにしていけると思ってた
一生懸命努力して自分がそうして欲しいように、彼にも接っしてさえいれば、報われるものだと信じていた
きっと高望みしすぎたのだろう、ポロポロ涙がとめどなく流れてきた
情けない
一人でいると・・・
あまりに侘しい・・・
私はここでどう生きればいいのだろう・・・
:.*゜:.
北斗は力いっぱい飼い葉桶に干し草を投げ入れていた
大きな三つ又の熊手をグサッと、力任せに干し草の山に突き刺す
彼女と少し離れて冷静にならなければ、思ったことを伝えられない自分は今、厄介な症状が強く出ている
夜になって彼女と体を重ねれば、もっとマシな自分でいられるかもしれない
とにかく今は彼女の傍にはいられない
「クソッ!」
ブンッと熊手を振り回す、みるみる干し草が飼い葉桶に積まれる、アリスにキツイ言い方をしてしまった、とても後悔している
どうして上手くいかないのだろう
それだけではなかった・・・・彼女にどもっている所を見られてしまった
あれほど苦しんで訓練したのに、今だに動揺すると癖が出てしまう
彼女を置き去りにして逃げて来たのは、アリスの前で子供の頃のように、言葉がつかえた自分が恥ずかしくなったからだ
アリスの前で口がきけなくなり、ひどく息苦しい、考えを何も伝えられない恐怖をよみがえらせた
ほとんど話が出来ない少年時代を、こうやって呼び起こさせられるのなら、アリスと一緒に生きていける自信が持てない
松竹座のボックス席で彼女の巻き毛をいじって楽しく話した時
パリに彼女を追いかけて行って二人でピアノを弾いた時
薔薇園でシーツにくるまって、朝まで彼女の寝顔を見ていた時、どれほど安らげたかを思い出して切なくなった
しかしどの素晴らしい思い出も、先ほど落馬した時に舌がもつれ、喉が詰まったあの忌まわしい記憶にかき消されてしまう
あのような姿をさらした自分が厭わしかった。彼女にかっこわるい姿を見られたのが恥ずかしい
もっと彼女に尊敬されたい、自分の妻でよかったと思ってもらいたいのに、どうすればいいかわからない
北斗は空を見上げて思った
本当は彼女と仲良くしたい
彼女と笑い合いたい
..:。:.::.*゜:.
アリスと話がしたい・・・・
..:。:.::
.*゜:.
アリスは膝を自分の胸に引き寄せ、体育座りをしてトラ猫母さんを見つめて思った
彼の役に立ちたいのにどうして上手くいかないの?
北斗さんと一緒に仕事したい、北斗さんと仲良くしたい
北斗さんと話がしたい・・・・
二人はそれぞれ違う場所で同時につぶやいた
「こんなに好きなのに・・・・」
「こんなに好きなのに・・・・」
..:。:.::.*゜:.