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どれぐらいそうしていただろう、母屋の玄関ポーチに座りでぼんやり茶トラの仔猫達が暴れまわっているのをじっと見ていると
アリスの背後で小さな男の子がいるのに気が付いた
この子は北斗さんの義弟の明君だ、右手に分厚い本を持っている、絵本かしら?そして左手には小さなやかんを持っている
少年はアリスを一瞥して・・・・それから無視し
茶トラの仔猫達の傍にある受け皿に、やかんに入っているミルクを注いだ
途端に仔猫達のミルク争奪戦が始まった、ぴちゃぴちゃと騒がしく、一心不乱に押し合い圧し合いミルクを舐めている
アリスは暗い気持ちを抑えて彼に挨拶した
「こんにちは・・・アキ君よね? 何読んでるの?」
少年はくるっと振り向いて、ためらいがちだが本の表紙をアリスに見せた
「まぁ!ハリー・ポッターね!私!大好きよ!私はミネルバ・マクゴナガル先生みたいにホグワーツで教鞭をとることに憧れたわ」
少年はこの本を知ってるの?と目を丸くして頷いた
でも彼が読んでいるのは絵本ではなく大人用の単行本だ・・・しかも映画の原作の日本語翻訳版だ・・・アリスは感心して言った
「そんな難しい本を読めるの?偉いわね、それには漢字もカタカナも出てくるのに、アキ君はいくつ? 」
明はじっと自分の手を見つめた、それから上目遣いで、パーとチョキを出した
「7歳なの?じゃあ今年、小学生ね」
途端に明の顔が曇った、少年は小さく頷いた
「それじゃぁ小学校にもいかないで、ひらがなも漢字も読めるなんて、アキ君ってとっても賢いのね!凄いわ!!本当に凄い!誰に字を教わったの?」
明が少し考えて小さな声で言った
「ほ・・北斗・・・」
北斗の名前を聞いて少し心が痛んだ、先ほど彼とは喧嘩したばかりだ
「そう・・北斗さんに習ったのね!本当に凄いわ、小学一年生はみんな字が読めないのに」
これには少年が驚いて、また目を丸くしてアリスを見た、目玉がこぼれ落ちそうだ
「み・・・みんな・・・字が・・読めない?」
アリスは明の口元を見た、初めて会った時しゃべらなかったのはそのせいね
この子は吃音症だ・・・・しかしアリスは慣れていた
マナー講師のアリスは人を読む能力がある、今まで講師としていろんな人と関わっていたし、アリスの親戚にも吃音症の子はいたからだ
彼らは言葉に詰まってもこちらの言うことは、ちゃんと理解していることをアリスは知っていた
「ええ!そうよ!みんなひらがなから教えてもらうのよ、最初は・・・そうね・・「あ」行からかしら?それから自分の名前かな? 」
「ぼぼぼ・・僕・・・自分の名前も住所も、か・・・書けるよ・・漢字で・・・他の・・子は書けないの?」
いかにも明が信じられないとばかりに、アリスに聞く、アリスはフフフフと笑った
「きっと学校に行ったら、アキ君がクラスで一番頭がいいかもね」
アリスの言葉を聞いて、明の瞳が輝き、頬が赤くなった、そしてなんだかソワソワして本をじっと見つめている姿が可愛らしかった
「ま・・前に言った事・・ほ・・・本当なの?」
慎重に明がアリスの顔を伺って言った
「何が?」
アリスは首を傾げて明に微笑んだ、心を開こうとしてくれているのが嬉しい
「あ・・あなたが・・・山の上から来たって・・・・ 」
「私の事はアリスと呼んでちょうだい、ええそうよ!神戸の芦屋っていう山の上の街から、北斗さんの所へお嫁に来たの」
「ど・・・どうして北斗と、けっ・・結婚したの? 」
明の言葉に、アリスは先ほど北斗と喧嘩したことを思い出して、少し悲しくなった
「北斗さんが大好きだからよ 」
ため息をついて、明にも隣に座るようにと身振りで進めた、明が警戒しながらでもアリスの隣に座った
「ほ・・・北斗は・・・あ・・・アリスが綺麗だから結婚したと・・言ってた 」
「え?」
途端に何か心地良いものがアリスの中を流れた、子供の言うことだから聞き流せばいいのに、アリスは訊かずにはいられなかった
「本当に?北斗さんが言ったの?私が綺麗だって?それはいつ?どこで?何時?何分?何秒? 」
ズイッと明の顔を覗き込む、いきなり距離を詰められて明が少し後ろに下がった
「あ・・・アリスは綺麗だって・・・が・・外見も・・・心も・・・ 」
一気に喜びで心が満たされる、アリスは頬が火照るのを感じた
北斗さんが私を綺麗だとアキ君に言った・・・しかも外見も心も・・・嬉しい・・・
でもガッカリと肩を落とす、さっきの事でもう彼はそう思ってくれてないかもしれない
「でも・・・北斗さんは・・・・私にはあまり話しかけてくれないのよ」
「ぼ、僕には・・・沢山話してくれる・・・・ 」
北斗さんはアキ君のお父さん役もしているのね・・・アキ君を見たら彼が大切に、育てられているのがわかる、優しい人・・・
「そうみたいね・・・北斗さんに沢山話しかけてもらえて羨ましいわ、きっとアキ君が好きなのね 」
「う・・・うん・・・ぼ・・僕も・・・北斗・・大好き・・」
明が頬を染め満面に笑みを浮かべた
「ぼ・・・僕と・・・北斗・・・同じだから・・・ 」
この発言を少年は意味ありげにポツリと口にした
その言葉には表面的なもの以上の意味があると、マナー講師のアリスは感じ取った
長年上流階級の社交界にいると、本音と建て前・・・お世辞と卑下をどう見抜くかを鍛えられている、そんなアリスだからこそ、明のこの一言がひっかかった
「たとえば・・・どんな所が、アキ君と北斗さんは同じだと思うの?北斗さんは大人で・・・アキ君は子供でしょう?それだけでもまったく違うわ、同じ所を私は知りたいわ 」