「……すみません……仕事にそういったプライベートな感情や気持ちを持ち出すなんていけないって、分かっているんです……だけど、今はどうしても、蒼央さんに写真を撮られるたびに、辛く、なるんです……っ」
一度溢れ出した感情を止めることが出来なくなった千鶴は佐伯の前で泣きながら辛い今の状況を訴えていく。
「理由を教えろとは言わないが、何か余程のことがあったということだろうね」
「……っ、……」
佐伯のその言葉に千鶴は静かに頷いた。
「……そうか。とにかく今は、西園寺くんと一緒に居るのが辛い、撮られるのが嫌で仕事に支障が出ている……という解釈でいくと、社長として、それを聞いてしまった以上見過ごす訳にはいかないよ」
「……すみません……っ」
「いや、謝らなくていい。本当なら、話しづらいことだろうに、話してくれてありがとう。そういうことならひとまず、暫くお前のマネージメントはまた倉木に頼むことにする。それと、カメラマンも、別にお願いしよう。それなら、問題ないかな?」
訴えを聞いた佐伯はこれ以上今の状況で蒼央と一緒に行動させるのは良くないと判断し、対策としてマネージメント業務を再び倉木に頼み、カメラマンも蒼央以外に頼むことを決めてそれを千鶴に確認した。
「……でも、……急にそんなことをしたら、蒼央さんは、おかしいって気付いてしまうだろうし、周りからも、何か言われたりするかも……」
佐伯の提案は有難いと思いつつも急に蒼央を遠ざければ、本人は勿論周りも何かあるのではと感じ、それが元で色々詮索されることを懸念する千鶴が首を縦に振れないでいると、
「その辺りは私に任せなさい。西園寺くんがどんなに千鶴の専属を希望しても、彼は事務所所属のカメラマンだ。最終的には社長である私に決定権がある。上手く話しておくから、お前は気にせず仕事に打ち込んで、少しでも早くいつもの調子を取り戻すことに専念しなさい、いいね?」
「……分かり、ました……。よろしくお願いします」
社長である自分に任せるように言い聞かせて千鶴を納得させた。
佐伯と話をした翌日から二日間撮影が休みの千鶴は何をする訳でも無く部屋でボーッと過ごしていく。
そして、明日からまた撮影が始まるものの、昼間に佐伯から連絡が入り、明日以降暫くは倉木が送迎や撮影に付き添う事が記されていた。
蒼央からの連絡は無く、佐伯が上手い事説明してくれたおかげかとホッとしていたものの、その日の夜に蒼央から着信が来た。
スマートフォンを手にした千鶴は電話に出れず、ただ鳴り続けながら画面に表示された蒼央の名前を見続けていく。
そして、一分程続いた着信音は鳴り止み、諦めてくれたのかと思った刹那、再び着信音が鳴り響いた。
正直、今はまだ蒼央と会話をしたくないと思っている千鶴だけど、遅かれ早かれ話をする機会はやって来るだろうし、部屋に来られても困ると思い電話に出た。
「……もしもし」
『千鶴か!? 悪いな、何度も掛けて』
「いえ……」
『今少し話せるか?』
「……はい、少し、だけなら」
『そうか……今日、佐伯さんから話があってな、明日から暫く、地方に行く事になった』
「地方に?」
『ああ、佐伯さんからの頼みでな、世話になった恩人からの依頼でカメラマンを引き受けて欲しいと言われてな。俺としてはお前を撮る事が第一だから断ったんだが、他に頼める人間が居ないと言われてな……佐伯さんには恩もあるし、何よりも社長の頼みだから、そう言われると引き受けない訳にもいかないんだ……』
「そう、なんですね」
『体調はどうだ? 良くなったか?』
「……はい、だいぶ、良くなりました」
『そうか。なら良かった。暫くお前に会えないのは気掛かりだが、体調戻ったなら安心した』
「……ありがとうございます、気にかけて下さって」
『当然の事だ。お前は事務所にとっても俺にとっても大切なモデルなんだから』
蒼央はただ何気なく言った言葉なのだが、その言葉は千鶴をより一層苦しめる。
『大切なモデル』というそのフレーズを蒼央から聞いた千鶴は、自分はただのモデルなのかと感じて悲しくなったから。
そして、心配されるのも本当なら嬉しいはずなのだが、今の千鶴にはそれすらも辛く悲しいもので、
(蒼央さんが心配してくれているのは、どういう意図で? 最高の写真を撮る為の大切な被写体だから? 羽音さんの代わりの私まで使い物にならなくなったら困るから?)
今はどんな言葉でも、蒼央の口から紡がれたというだけで、千鶴は悪い方に考えてしまうようだった。
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