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朝食は王子と一緒に……それがこうなるとは!
私は手が震えそうになるのを何とか堪える。まさかレクレス王子とテーブルを挟んで向かい合って食事だなんて……!
「アンジェロ、どうした?」
「い、いいえ!」
声が上ずってしまう。王子様が部下と同じ席で食事なんて!
ミルクたっぷりのオートミールにパン。それとベーコンエッグ。内容自体は、食堂で騎士たちが食べているものと一緒だ。王族や貴族の食卓からしたら、少々質素ではある。
私は緊張してしまう。こんな近くで殿方と向き合っての食事だ。しかも男装して、性別を隠している上で、である。私が男装していなければ、男女として親密と言っても差し支えない距離だ。
レクレス王子は食べながら、私をじっと見つめている。イケメンに見つめられての食事だなんて、落ち着かなくて当然だ。
体が沸騰しているように熱い。やや肌寒さすら感じる城内なのに、むしろ暑く感じる。私の視線は朝食に向いて、顔を上げられない。だって王子の視線と合ってしまうから。
彼の前で恥ずかしい食べ方はできない。けれど性別バレを回避するためにも、侯爵令嬢の作法で演じるわけにはいかない。
ここが食堂ではなく、王子の部屋であることはある意味救いだ。でなければ、他の騎士たちに私の態度は不審がられただろう。
「アンジェロ」
「ひゃ、ひゃい!」
噛んだ。恥ずかしい……!
「大丈夫か? 汗が出ているようだが」
「あ、はは、今日は何だか暑いですねェ」
「風邪でも引いたか?」
「いえ、それはないです、はい」
たぶん私、顔が赤くなっているんじゃないかな。それだけはやめて――!
「その……殿下と相席ですから、緊張してしまって」
「そうか」
レクレス王子はスプーンですくったオートミールをモグモグ。私はチラチラと見てしまうのだけれど、彼が食べているところを見るだけで、ドキドキしてしまうの。
私もオートミールを口に運ぶのだけれど……味がわからない。ミルクにひたしているから、多少は味を感じるはずなのに。
「……実は、オレも少し緊張している」
「で、殿下もですか?」
ちら、と彼の顔を見る。
「アンジェロ、お前は男にしては可愛い」
「か、可愛っ……!」
「むろん、男としては不本意な言い方だろう。お前のプライドを傷つけただろう」
い、いえ……。私、女なので、可愛いは嬉しいです。できれば美しいと言ってくださるともっと嬉しいのですが……って、そうじゃなくてーっ!
男装している上で、可愛いはやっぱり、男視点では駄目なんだろうなぁ。
ふと、レクレス王子が手を組んでいるのに気づく。かすかに震えている。
「お前をお、女のように見たら……そう考える。わかっている。お前は男だ。だが女のように見えても、平気になれば、オレは――!」
うん。あなたは克服しようと頑張っている。だから応援したくなるし、何とかしてあげたいって思うの。
「殿下」
「……ん?」
「ゆっくりやりましょう。ボクは、大丈夫ですから」
わずかに首を傾けて、にっこり。
じっくり見られるのは恥ずかしいけれど、殿下のお役に立てるならば見てもいいって私が言ったんだもん。
私も、前を見なきゃ――って!?
「で、殿下!? は、鼻血が……」
「え? はっ!?」
レクレス王子の高い鼻から血が……! 私は反射的に席を立ち、ハンカチを貸す。
「殿下、こちらのソファに横になってください」
王子は自身の思いがけない鼻血に驚いているようだった。すんなり私の誘導に従う。鼻を押さえて、頭を高くして……。このまま横にすると頭が上を向いてしまうわ。えっと、ああそうか、私の膝の上に頭を乗せて俯く格好にすればいいわ!
私はソファに座り、膝の上にレクレス王子の頭を乗せる形で寝かせる。
……ちょっと待ってー!? これって、膝枕ぁー!?
おかしな奴だな、と思う。
オレ、レクレス・ディエスの人生において、こいつは変わり者だ。
アンジェロ……そういえば家名を聞いていないが、このパッと見、性別を勘違いしそうな容姿の少年は、オレの心をざわつかせる。
オレは女が苦手な体質だ。この呪われた体のせいで、関心はあっても異性を遠ざけねばならない葛藤。見ることも、考えることさえ許してくれない……まさに、呪いだ。
そんな中こいつは現れた。まごうことなき男であり、オレの中で『女に見えるが、男なので大丈夫』というカテゴリーができた瞬間だった。
こいつで慣れれば、もしかしたらオレの呪われた体質も改善するのではないか、そう思った。
もちろん、オレのそばに置いたのは、魔法に長けていて、そこそこ腕がいいという戦士としての実力を評価した上でだ。
決して、貴族にありがちな、美少年をそばに置いて己の欲を満たそうとか、そういう気持ちではない。
美少年。アンジェロも世間ではその類いになるのだろうか? いや、意識していなかったが、そうかもしれない。
とても整った顔をしている。だが美しいが、それよりも女性的な丸み、というか優しい顔立ちだ。凜々しい、ではない。そう、男性的凜々しさではなく、女性的凜々しさ……ああ、うまく言葉にできん!
アンジェロは男だ。だが女のよう、と考えても、いつもの不快な発作は出ない。
もしかして世間の男色に走る者たちは、オレ同様少なからず女性を受け付けない体質なのではないか? いやさすがにそれは考え過ぎか。
オレは、アンジェロを見つめる。こいつが女だったら――そう考えると、普通は意識が朦朧とするところだが、こいつにはそれを感じない。男だという安心感ゆえか。
『ゆっくりやりましょう。ボクは、大丈夫ですから』
アンジェロは、わずかに首を傾けて微笑んだ。慈愛。慈悲。すべてが眩しかった。心を掴まれた。
その時思った、こいつは天使だ。天使には性別がない。この男なのに女にも見える少年の微笑みは、オレを魅了した。
脳が沸騰した。不覚にも鼻から血が出た。アンジェロはすぐにオレの元に駆けつけて、ソファに寝かしてくれた。
心臓は止まるどころか、どんどん早くなった。見上げるアンジェロの顔――かつて思いを寄せた人に出会ったような錯覚をおぼえた。
ああ、こいつは、天使なんだ。