番外編:ブラックの苦さといちごミルクの救済
涼架side
僕たちの新しいルーティーンが始まってからもスタジオでの日常は変わらない。
元貴は相変わらず静かに練習を見つめ、僕は若井の他愛もない話をし、そして練習後には決まって二本のいちごミルクが並ぶ。
その日も、練習が終わった後の休憩時間だった
若井は、いつものように僕からいちごミルクを受け取ろうとして、ふと手を止めた。
「ねぇ、涼ちゃん」
「ん?どうしたの?」
若井が目を向けているのは、僕のパックではなく、僕たちの向かいで静かにコーヒーを飲む元貴のマグカップだ。
元貴のマグカップの中は、いつだって真っ黒なブラックコーヒー。
若井が絶対に手を出さない、彼の日常で最も苦い存在だ。
「元貴の飲んでるやつさ、本当にいつも真っ黒だよね。あれ、どういう味なんだろう?」
若井が興味津々で尋ねた。
元貴は、マグカップから視線も上げず、淡々と答える。
「味?苦いに決まってるだろ。人生の縮図みたいな味だよ」
「人生の縮図……」
若井は顔をしかめた。
「俺は、人生は甘くあってほしいんだけどな」
「まぁ、甘さだけじゃ疲れるんだよ。若井にはまだ早いでしょ」
元貴の挑発めいた言葉に、若井の好奇心に火がついたようだ。
「…いや、待って。元貴がそう言うなら、ますます気になる。」
若井はそう言って、おもむろに立ち上がった。
「元貴、ちょっとだけ、一口ちょうだい!味見だけ!本当に一口!」
元貴は少し驚いた顔をした後、小さくため息をついた。
「いいけど。後悔するなよ」
元貴が差し出したマグカップを、若井はまるで劇薬扱うかのように、おそるおそる受け取った
「うわ……匂いがもう、ちょっと渋い。大丈夫かな、俺の舌」
若井は深呼吸し、意を決して、マグカップの縁に唇をつけた。
そして、その直後だった。
「ッッゲホッ!」
若井は顔を真っ赤にして、むせてしまった。
飲んだコーヒーが苦すぎたのだろう。
彼はマグカップを慌ててテーブルに戻し、両手で口元を覆った。
「うっ、にっっが!!何これ、元貴!罰ゲーム?!」
「言っただろ、苦いって」
元貴は淡々とティッシュを差し出した。
「苦いどころじゃないよ!なんか、喉の奥がヒリヒリする!舌が痺れる!」
若井は涙目だ。
「だから、若井にはコーヒーはまだ早いな」
元貴は、面白そうに若井の反応を見ている。
若井はパニックになり、助けを求めるように僕を見た。
「涼ちゃん!助けて!早く、なんか、甘いもの!口の中が全部、ブラックになっちゃった!」
若井の必死な様子が可愛くて、僕は思わず笑ってしまった。
「ほら、言ったでしょ。若井にはまだ早すぎるって」
僕は、若井のために買っておいた、ストローの刺していない方のいちごミルクを素早く手に取った。
「ほら、若井。これ早く飲んで、口の中をリセットしな」
若井は救世主を見るような目でパックを受け取り、勢いよくストローを刺すと、ぐびっと一口飲んだ。
「うぅ……あま〜い!天国だ!生き返った!」
若井は誇張気味に目をつぶり、深い安堵の息を吐き出した。
「やっぱり、俺の人生には、この甘さがないとダメだ!涼ちゃん、これ本当にリセットボタンだったんだね……」
彼はそう言って、僕とそしてパックの中のいちごミルクを交互に見た。
「そうだよ。だから、無駄な冒険はしなくていいの」
僕は、若井の頭を優しく撫でた。
元貴は、僕たちの様子を見て、静かに言った。
「はは。若井、わかっただろ。若井にとっての本当の安心はコーヒーの苦さの中にはない。涼ちゃんのくれる、あの甘さの中にあるってことだよ」
元貴の言葉に、若井は照れたように僕を見た。
「元貴、うるさい。でも……まぁ、そうかもね。俺には、涼ちゃんのくれるこの甘さが必要だ」
若井は残りのいちごミルクを飲み干し、笑顔で言った。
「今日のこの味、忘れない。涼ちゃん、これからも俺の口の中、甘く保ってね!」
僕たちは笑い合い、いちごミルクの甘さが残るスタジオで、改めて繋いだ手には、温かい安心感が満ちていた。
番外編ありがとうございました♪
ここまで読んでいただきありがとうございます
コメント
3件
大森さんの語彙力がすごすきて、
人生の縮図ねぇ……。うまいこというね大森さん。主様の語彙力が大森元貴(?)
私が何時も飲むブラックコーヒーも 『人生の縮図』なのだろうか…😳