テラーノベル
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蝉時雨(せみしぐれ)が、鼓膜を突き刺すように響いている。
苺町の夏は、あまりにも静かで、あまりにも騒がしい。
高校三年生、十七歳の夏。進路希望調査票を白紙のまま提出した私は、
逃げるように町外れの廃バス停まで自転車を走らせていた。
そこには、赤錆(あかさ)びた古い公衆電話ボックスが、
忘れ去られた墓標(ぼひょう)のようにポツンと立っている。
都市伝説があった。
「八月の間だけ、その電話は『失われた時間』に繋がる」
そんな子供騙しを信じているわけじゃない。
ただ、誰にも邪魔されない場所に行きたかっただけだ。
私は手持無沙汰(てもちぶさた)に、ポケットに入っていた十円玉を投入口に入れた。
受話器を耳に当てると、ジリリ、と低く重い音が響き、受話器越しにひどく懐かしいノイズが混ざった。
「……もしもし?」
ふざけて声を出すと、少しの沈黙の後、返ってきたのは若い男の声だった。
『……え、繋がった? 誰、これ。イタズラ電話?』
心臓が跳ねた。受話器を握る指先が震える。
声の主は、少し鼻にかかったような、聞き覚えのある声をしていた。
幼い頃、私を背負って家まで歩いてくれた、あの人の声に。
「君は……誰?」
『誰って。俺はさとみ。ここ、苺町の電話ボックスだけど。あんたこそ誰だよ、変な声して』
さとみ。
それは、十年前の夏、この町の海で溺れて死んだ私の兄の名前だった。
「……嘘だ。お兄ちゃんは死んだはず。十年前の、八月の終わりに」
『はあ? 何言ってんだよ。今はまだ八月の一日だぞ。
俺はピンピンしてるし、これから妹の誕生日プレゼントを買いに行くところなんだ。
……おい、聞いてるか?』
窓の外、照りつける太陽の下で、向日葵(ひまわり)が首を垂れている。
目の前のカレンダーは、2024年。
けれど、電話の向こうから聞こえるのは、2014年の風の音だった。
「お兄ちゃん……。行っちゃダメだ。海には、絶対に行っちゃダメ!」
私が叫ぶと、受話器の向こうで兄は可笑しそうに笑った。
『なんだよ、予言者か? 悪いけど、もう約束しちまったんだ。……なあ、十円が切れそうだ。また明日、同じ時間に。次はもっとマシな冗談を聞かせてくれよ』
プツッ、と音がして、通信が途切れた。
私は震える手で受話器を置き、錆びた電話ボックスの床に崩れ落ちた。
これは、奇跡なんかじゃない。
これは、私に残された「後悔」をやり直すための、最後の三十一日間なのだ。
十年前、兄は私を助けるために死んだ。
今度は、私が兄を殺さないために、この受話器を通して彼を救わなきゃいけない。
八月のタイムカプセルが、今、音を立てて開いた。
それからの毎日、私は午後四時になると、あの廃バス停の電話ボックスへと向かった。
ポケットには、母の財布からこっそり拝借した小銭入れを詰め込んで。
「今日は何してたの?」
『今日は親父と喧嘩した。あいつ、俺がギターやりたいって言ったら鼻で笑いやがって。
……未来の俺は、ちゃんとバンドとか組めてるか?』
受話器越しの兄の声は、いつも明るく、少しだけ尖っていた。
私は嘘をつく。
「うん、めちゃくちゃカッコいいギタリストになってるよ」
と。本当は、兄のギターは十年前から物置で埃(ほこり)を被っている。
交流を重ねるうち、私たちは不思議な友情で結ばれていった。
十七歳の私と、当時十七歳だった兄。
時空を超えて、私たちは同い年の親友になった。
しかし、カレンダーの数字が減るにつれ、私の心は焦燥に焼かれた。
八月三十一日。あの日、海は大時化(おおしけ)だった。七歳の私は、
波にさらわれたボールを追って海に入り、溺れた。それを助けに飛び込んだ兄が、帰らぬ人となったのだ。
「……ねぇ、お兄ちゃん。三十一日は、絶対に海に近づかないで。これは、予言じゃなくて、警告なんだ」
何度も繰り返す私の言葉に、ある日、さとみは静かに答えた。
『お前、さっきからそればっかりだな。……なあ、もしかして、俺は死ぬのか? お前を助けて』
心臓が止まるかと思った。沈黙が、ノイズ混じりの回線を支配する。
『なんとなく察してたよ。お前の声、泣きそうなんだもん。……でもさ、もしそれが「俺」が決めたことなら、お前が責任感じる必要なんてないんだぜ』
「ふざけないで! お兄ちゃんがいなきゃ、私の人生はずっと空っぽのままなんだよ!」
叫んだ瞬間、十円玉が切れた。ツーツーという無機質な音が、私の絶望をあざ笑うようだった。
八月三十一日
空は不気味なほど赤く染まり、台風の接近を予感させる風が吹き荒れていた。
私は電話ボックスに駆け込み、最後の一枚の十円玉を投入した。
ジリリ、と一度だけ鳴って、受話器が上がった。
『……よお、未来の妹』
「お兄ちゃん、今どこ!? 家にいて、外に出ないで!」
『無理だよ。だってお前がさっき、泣きながら海の方に走っていったんだ。ボールを追いかけて』
血の気が引いた。過去の「私」が、もう海へ向かっている。
「……行かないで。私を見捨てて! お兄ちゃんが生きてなきゃ意味がないんだ!」
『バカ言うな。俺がお前を見捨てたら、お前のいる未来自体が消えちまうだろ?』
お兄ちゃんの声は、これまでで一番穏やかだった。
『いいか、よく聞け。俺はお前を助ける。
それは、お前のためだけじゃない。俺が、そうしたいからするんだ。
だから、お前は自分の人生を生きろ。白紙の調査票を埋められるくらい、精一杯にな』
「お兄ちゃん……さとみ!」
『……それと、母さんに伝えといてくれ。ギター、内緒で買わせてごめん。あと、愛してるってさ』
受話器の向こうから、激しい波の音が聞こえ始めた。
『じゃあな、幸せになれよ。俺の分まで』
ガチャン、という音がして、通信が切れた。
私は何度も十円玉を入れようとしたが、機械はそれを受け付けない。十円玉は虚しく返却口に転がり落ちた。
気がつくと、私は夏の終わりの生ぬるい風の中に立っていた。
電話ボックスは、さっきまでよりも一層ボロボロに朽ち果てていた。
まるで、役目を終えたかのように。
ふと、自分のポケットに違和感を感じた。
手を入れると、一通の手紙が出てきた。紙はひどく古びていて、文字は少し滲んでいる。
『2024年の妹へ。
お前の予言通り、海は怖かった。でも、お前は無事だ。
この手紙をタイムカプセルに入れて、あいつ(お前)が高校三年生になったら見つけるように仕込んでおく。
未来は変わらないかもしれない。俺が死ぬ運命も、お前が後悔する運命も。
でも、この電話があったおかげで、俺は笑って海に飛び込めた。
ありがとう。お前は俺の最高の自慢だ。』
涙が止まらなかった。
兄を救うことはできなかった。歴史は変わらなかった。
けれど、私の心の中にあった「呪い」は、もう消えていた。
私は自転車に跨(またが)り、夕焼けの中を走り出した。
家に帰ったら、物置からあのギターを出そう。
そして、白紙の調査票に、自分の本当に行きたい道を書き込もう。
背中に、夏の終わりの風を感じる。
どうも、ういろう💗🍓です。
曲パロ、、、とまでは行かないけど、ちょっと参考程度に、、、(笑)
初めて、感動系を書いたかもしれません。
ちょっとぉ〜、、、上手くかけたんじゃないんですかぁ〜w
ということで、、、
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コメント
2件
ウェブ勢だからいいね10個しかいけないけど、最高です!表現うますぎる…大尊敬です!頑張ってください! (ギャン泣きですわ