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「うん・・・」
寝返りを打つとベッドから落ちた。
「いって~!」
そう言って悶絶する。
背中を思いっきり打ったからか暫く床でゴロゴロした。
「今何時よ。」
そう言って俺は時計を見る。
七時半・・・・
やらかした、遅刻じゃん。
そう思って急いで起き上がり、服を着替え手提げ鞄にiPadを入れて必要な物が揃っているか確認して俺は台所に向かった。
バターロールパンを手に取ると口に放り込み出掛ける準備をする。
せめてもの寝癖だけはどうにかしないと、スーパーサイヤ人みたいになっている。
水で梳かそうと思うが、なかなか髪の毛は綺麗に下に纏まってくれない。
俺は最後の手段だと思って洗面所に顔を突っ込み頭から水を浴びた。
ビショビショになった頭をタオルで拭いて乾す。
タオルをガシガシと拭いた後俺はそのまま完全に乾かす事無く、急いで外に出た。
一月だからか肌寒い。
今日からテスト期間だと言うのに遅刻する訳にはいかない。
今日の一限は授業だからまだ大丈夫だが・・・
バタバタ走って十分ほど離れたバス停まで行く。
バス停に着くと半分乾いた髪を手櫛で寝癖を直し、息を整える。
運が良かったのかまだバスが来ていなかった。
バス停にはそれなりに人が並んでいた。
暫くスマホをズボンのポケットから取り出しLINEで七沢 星南(ななさわ せな)に連絡した。
『おはよう、今日の一限ギリギリになりそうだから資料俺の分も貰ってて貰える?』
星南は俺と同じ高校で一番仲の良い同性の友達だ。
いつも悪さをするのは星南とで、一緒に授業をサボったりしていたが大学になってからは星南が
「彼女が欲しいから真面目になるわ」
と言って不良だった星南は金髪だった髪を元の黒髪に戻し、口ピアスと鼻ピアスを外す程だった。
俺は同じ気持ちにはなれなかったが、その変わり様は良いことだと思った。
『おはよう、分かった。コソッと授業に紛れて来いよ。』
と星南から返って来る。
これで安心してゆっくり学校に行ける。
そう思っていると女性が走ってこっちに来た。
その女性は、年齢は俺と変わらないくらいで全速力で走ったからなのか、髪がボサボサになっている。
「あの、今何時ですか?」
と聞かれて俺は
「八時ですけれど。」
「よかった~間に合った。」
と言ってその場にしゃがみ込んでしまった。
「大丈夫ですか?」
と聞くと
「ゲホゲホ・・・・はあ~大丈夫です。思いっきり走ったから。」
「遅刻ギリギリなんですか?」
「はい、ここからそれなりに時間掛かる所の大学なので。」
「大学生なんですか?」
「はい、もしかして大学生さんですか?」
「はい。」
「もしかして同い年?」
「俺二十歳です。」
「私も二十歳。同い年なんですね。偶然ですね!どこの大学ですか?」
「立川大学です。」
「あ~そこは違った!!私は湯川大学なので。」
「湯川と言ったら駅伝が強い所ですよね?」
「今年は二位でしたけれど。とても毎回悔しい思いしているんです。」
「そうなんですね。」
俺は小さく笑うとその女性は急に顔を上げた。
化粧っけが無いのかスッピンみたいだった。
高校の時から化粧が大丈夫の学校に通っていた俺からしたら、女性のスッピンの姿は中学生以来だった。
「あの、名前なんて言うんですか?」
急にその女性がニカッと笑って聞いて来た。
その女性は八重歯があってとても可愛らしい。
「木村咲太(きむら しょうた)。そっちは?」
「私は林安珠(はやし あんじゅ)。宜しくね、咲太。」
「いきなり下の名前で呼ぶのかよ。」
「そっちももうタメ口じゃない。」
「確かに」
俺達は笑った。
心がときめくようで何か嬉しい。
こんな気持ちになったのは久しぶりだ。
今まで色んな女と付き合ってきたが、こんな心が弾むのは初めてだ。
俺は昔からモテる。
自意識過剰かもしれないけれども、告白は一週間に四回はされていた。
星南もモテる奴で俺と同じくらい告白されていた。
俺達はいつも一緒だった。
学校をサボるのも一緒で、高校の時はいつも授業中屋上で暇つぶしをしていたくらいだ。
その時はいつもお互いの彼女が一緒だった。
今じゃどんな顔だったのか、名前すらも覚えていない。
「ねえ、安珠は彼氏いるの?」
「え?」
と言って顔が真っ赤に染まっていく。これは・・・・
「うん、居るよ。」
あ~やっぱりか。こんな反応するという事は居るだろうと思った。
他の男にもう取られていたか・・・俺は少しがっかりした。
「ふーん、どんな人?」
「えーと、サークルの先輩なんだけれどモデルしてて私から声を掛けて最近付き合い始めたの。」
「そんなに格好いい人なんだ。」
「うん、凄く格好いい。アイドルに居そうな顔をしてるよスマイルアップとか・・・。」
「凄く格好いいじゃん。」
「でしょ?でもサークルの中ではチャラいって言われているんだよね。」
「そうなんだ。チャラい人嫌いなの?」
「嫌いって程では無いけれど、少し心配ではあるかな。チャラい人ってすぐに浮気しそうだから。」
少し胸が痛む気がした。
俺に言われている訳では無いけれど、俺に言われている気がして心が痛む。
俺は確かに高校までチャラかった。
大学に入ってから彼女は面倒で作らなかったのだが、高校まではとっかえひっかえしていた。
「でも、中には真面目に付き合う人も居るんじゃ無い?」
「そうかな・・・」
「そうだよ。あ、バス来たよ。」
「本当だ、ねえまた会えるかな?」
「また会えるよ。」
そう言って俺達はバスに乗った。
「あーーーー!!」
俺は空き教室で顔を鞄に押し付けながら言った。
「どうした?」
と缶コーヒーを飲みながら星南が言う。
「実はさ、今日めっちゃ可愛い子が居たんだよ。なんか乃木坂に居そうな感じの」
「お前乃木坂嫌いじゃ無かった?」
「まあ、あんまり興味は無い。」
「じゃあ、可愛いかどうかなんて分からないじゃん。」
「でも、本当に可愛かったんだよ。純粋って言うの?」
「それお前が屑だから輝いて見えたんじゃ無いの?」
「それはあるかも。でも本当に可愛い子でさ、でもその子彼氏いるんだって」
「へ~どんな感じの男なの?」
「スマイルアップに居そうな感じの彼氏が居て、しかもモデルもやっているらしい。」
「・・・・それはお前の負けだな。」
「ちくしょー!おい、星南何か案は無いのか?」
「略奪しようとしたら咲太の印象悪くなるからな。もし相手の男に知られたら、それこそ何を彼女に吹き込まれるか分からないし、そうしたら目すらも合わせてくれなくなるぞ。」
「それだけは嫌だ・・・」
「だろう?だったらここは大人しく待って相手さん達が別れるのを待つのみじゃね?」
「え~!それも嫌だ~!!!」
「だって仕方無いだろう?」
「だってさ、だってさ、今こうしている時間にもあの子は先輩と連絡を取り合って、授業の終わりにはイチャイチャするんだろう?」
「その言い方気持ちいけれどな。」
「そんなの耐えられない!!」
「咲太ってそんなに独占欲強いタイプだったっけ?」
「いや、基本独占欲とか無いかな。・・・・はっ!!もしかしたら、彼女だけに独占欲働くのかも!!」
「アホ言ってないでそろそろ喫煙所に行かね?」
「おい、つめてーな~」
と言って俺達は喫煙所に向かった。
喫煙所は人が多い。
渋谷のスクランブル交差点ある喫煙所から比べたら全然マシなのだが、それなりに人が居る。
煙草に火を付けて息を吸って煙をはく。
脳が満たされる気がする。
「は~、俺ってこんなに恋愛に悩むタイプじゃなかったのにな~」
と言うと星南が
「お前が今まで付き合ってきた子達に聞かせてやりたいよ。」
「確かに今まで雑だったもんな。」
「雑っていう問題じゃ無かっただろう?今まで元カノと今カノが衝突して何度殴り合いの喧嘩になって俺が止めたか。」
「星南には感謝しているよ。何であの時元カノが出てきたのか未だに不明だけれどな。」
「それはお前が綺麗な別れ方しなかったからだろう?」
「そうだっけ?」
「お前さ~いつかは刺されるぞ。」
「ハハハ、そんな事無いって。」
と言いながら少し背中に寒気が走った。
「明日もあの子に会えるからな。」
「どこの大学の子なんだよ。」
「湯川大学」
「あ~あの駅伝で強い所か。」
「知っているか?お笑いのピン芸人孝義もあの大学出身なんだぜ。」
「そんな情報どこから手に入れたんだよ。」
「さっきグーグルで調べた。」
「そんな暢気な事を言って居るのは良いけれど、三限のレポート書けたのか?」
「何?レポートって。」
「嘘だろう?A4の紙に渋谷の看板について、どう見え方に工夫をしているのかを書いてこいって宿題出てただろう?」
「・・・・・そうだっけ。」
「おい、マジかよ。後三十分しか時間無いぞ。」
「星南、悪いけど手伝ってくれないか?」
「俺の丸写しさえしなければ良いぞ。あの先生そういうの結構チェックしているようだからな。」
「マジか~そんな宿題出てたなんて知らなかった。」
「ほら、煙草の火を消して今すぐパソコン室使ってレポート書くぞ。」
星南に促されて俺は煙草の火を消して星南と一緒に自習室であるパソコン室に向かった。
「あ、咲太!」
この声はと思って振り向くと安珠がこちらに走ってくる。
「私、昨日先輩と別れたの。」
と言って少し泣きそうな顔をしながら言ってくる。
「大丈夫?」
と言って俺は安珠の肩に触れる。
安珠は
「大丈夫かと聞かれたら大丈夫じゃないかも。」
と言った。
俺はどうしたら良いのか悩んで
「じゃあ、俺の彼女になれば良いんじゃ無い?」
と言った。
安珠は少し困った風に
「今までの女の子達にも同じ事を言ってきたの?私知っているんだから、咲太って遊び人なんでしょう?浮気はするしギャンブルもするし、煙草もヘビースモーカーだし。」
俺は何でそんな事を知っているのかと聞きたかったが声が出ない。
「ち、違うんだ。誤解だよ。」
と言いたいけれども声が出ない。何で?
慌てる俺に安珠が
「私そんな風に見られているなんて思わなかった。友達だって思っていたのに」
そう冷たい目で安珠は俺を見る。俺は何か言おうと必死に口を動かすが言葉が出ない。
違うんだ、俺は本当に安珠の事を・・・・
そう思った時に俺は目を覚ました。
「夢か・・・・」
時間を見るとまだ六時。
家を出るには余裕がある。
「は~夢で良かった。」
俺は確かにクズだ。
高校の時は八股して彼女達が同盟組んで俺の学校に乗り込んできて、ボコボコにされた事もある。
ギャンブル、パチンコは高校の時から行っている。
最初は学校をサボってはゲームセンターに行っていたのだが、ゲームセンターも少ない為まだお店の数があるパチンコに行くようになった。
さすがに制服で行ったら怒られるので一度家に帰ってから私服に着替えて行った。
俺には両親が居ない。
実際生きていてお金はくれるのだが、中学生になった頃に協議離婚をしてそれぞれ他に家庭を持った。
俺は両親のどちらかに着いていかなくてはならないとなっていたが、両親が俺の親権を取るのに揉めて最終的に母型の祖母に引き取られた。
父方の祖父母も母方の祖父も早くに亡くなり、当時は母方の祖母しか居なかったので引き取られることになったのだ。
祖母は厳しい人だったが俺が悪さをして警察に世話になる度に、黙っていつも迎えに来てくれた。
俺が高校一年の時に亡くなったが、学費や生活費、お小遣いは両親がそれぞれたんまり払ってくれているのでお金に困ったり等は無かった。
また、祖母の知り合いの人が親切な人で俺の保護者代わりをしてくれる。
ブブブとスマホが鳴る。
「はい、もしもし」
「あ、咲太君?おはよう、私ね早く起きすぎて夢の中で咲太君が出てきたから気になって電話したのよ。」
と林さんが言ってくる。
林さんは祖母の知り合いで俺の保護者代わりの人である。
年齢は七十代で祖母とそんなに変わらない。
祖母は乳がんで亡くなった。気付いた頃にはステージ三で助からないと言われて余命宣告を受けて宣告された年月より早く亡くなった。
祖母の葬式の時に出会ったのが林さんだった。
林さんは他の人達よりも祖母の死に対してショックを受けて、お焼香を上げながら号泣していた。
葬式が終わり後は火葬だけという時になった時に
「あなたが咲太君?」
と聞いて来た。
「はい。」
と答えると
「そうか、この度はお悔やみ申し上げます。・・・・私ねお祖母様と仲良くさせて貰って居たのよ。いつも体操教室で一緒でね。年齢も近いという理由から仲良くさせて貰ってね。本当に優しくて格好いいお祖母様だったわ。」
と言われた。俺はそこで、ああ祖母ちゃんは外でも格好いい人だったんだと知った。
「ねえ、咲太君これからどうするの?」
「え?」
「だって・・・こんな事を今言うのは変だと思うけれども、お父様もお母様も今日葬式があったっていうのに来やしないのに貴方の保護者をしてくれるとは考えられない。私ねお祖母様から貴方の話をよく聞いていたの。手が掛かる孫が居るってね、でも両親が居なくて寂しいんじゃないかって言ってて、それにね私に咲太君の保護者代わりになれないかって言われたの。でね、初めて今日会うのにこんな事を言うのは変だと思うけれども私が咲太君の保護者にこれからなれないかな?」
と言われた。
俺はビックリして
「でも、俺本当に祖母ちゃんに沢山迷惑かけちゃうほど不良ですよ。」
不良とはよく祖母ちゃんが俺に対して言っていた言葉だ。
「フフフ、良いのよ~。沢山悪さしているのは知っているわよ。沢山聞いたんだから。」
「俺、祖母ちゃんが死んで本当に一人になっちゃって・・・」
俺は急に祖母ちゃんに会いたくなった。
そう思ったら色々祖母ちゃんとの思い出を思い出して涙が止まらなかった。
お葬式の段取りを指揮している係の人が呼びに来たが、林さんが静止するように頼んで俺が泣いている姿をジッと見つめ、背中を優しく温かい手で撫でてくれた。
「大丈夫よ、咲太君は一人じゃ無い。私がこれから居るわ。お祖母様の分まで私が居るから安心して」
と言われて俺は益々涙が止まらなかった。
何処かで思っていたのだ、祖母ちゃんが死んだら俺の傍に誰も居なくなる。そうしたら、本当に孤独になってしまうと。
林さんには想像以上に迷惑を掛けてしまったが、それでも嫌な顔を一つせず
「男の子は元気が一番だから」
と言って毎回警察にお世話になる俺を迎えに来てくれた。
「咲太君、聞こえてる?もしかしてまだ寝てた?」
と電話の向こうから声が聞こえる。
「あ、すみません。大丈夫です。今日俺も早く目が覚めちゃって起きていたので。」
「そうなの、良かった。もしかしてまだ寝てたんじゃ無いかと思ったわ。咲太君最近ね、警察にお世話になっていないから元気にしているのか気になって」
「そうだったんですね、でも本当に元気にしていますよ。両親から毎月決まった日に養育費とか送られてきますし。それに毎日ちゃんと学校に行っているんですよ。少し寝坊して遅刻しちゃう時もありますけれど、喧嘩とか女絡みの問題とか今は本当に無いんです。」
「そう、良かった。星南君も元気にしているの?」
「はい、授業も重なるのが多くてよく一緒に座って授業受けてます。星南の奴鼻ピアスと口ピアスを外して金髪から黒髪に変わったんですよ。」
「へ~!何でそんな心境の変化があったの?」
「何でもイメチェンらしくて」
「へ~!あの星南君が!今まで他人の目なんて気にしなかったのに。咲太君は?何か心境の変化あった?」
「ん~、俺初めて気になる子が出来ました。」
「なんと!!どんな子なの?」
「なんか、乃木坂に居そうな感じの子で大人しそうな子です。偶然バス停で会って俺が一目ぼれして・・・」
「咲太君が一目ぼれ?!」
「はい・・・・」
こんな話をするなんて林さんビックリしているだろうな。今まで彼女がとっかえひっかえで変わってもその話してなかったのに。
「咲太君から女の子の話が聞けるだなんて凄く幸せだわ!きっとお祖母様も喜ぶわよ。その人は同い年の子なの?」
「はい、湯川大学に通っていて同じ二十歳でした。」
「あら~!同い年の子なのね。湯川大学だなんて良い大学の子じゃない。確かキリスト教の大学よね?」
「はい、凄く純粋っていう感じの子で。でも彼氏が居るんです。」
「あら~・・・その彼氏は湯川大学の子?」
「はい、先輩らしくて。彼女から先輩に一目惚れして告白して付き合ったって聞きました。」
「そうなのね~じゃあ今は片想いっていう事なのね。」
「そうなりますね。」
「あら~青春ね。今しか出来ない恋愛だわ。」
「そうなんですか?」
「そうよ、大人になれば相手の収入や家族構成などが気になって恋愛というより結婚を意識した出会いしか無くなるわ。」
「なんか寂しいですね。」
「そうよ~、若いうちだけよ。この人のここが好きだから一緒に居たいだなんて。大人になればなるほど恋愛自信が難しくなるもの。」
「そうなものなんですか?」
「そうよ~私は今の旦那は見合いだったけれども、恋愛というより結婚前提で付き合わなくてはいけなくて、最初は本当にこの人と結婚しても良いのかしらと思ったものよ。」
「嫌になったことないんですか?」
「結婚しちゃうとね~早く子供が出来たというのもあって愛する人というよりもパートナー、同士みたいな感じになったからね~今は子供達が巣立って夫婦二人の生活になったけれども、ストレスの方が多いわよ。いつも一緒だと疲れちゃう。今で言うモラハラ?て言うの?おいとかお前とか、急にコップを前に出したと思ったらお茶って一言言うだけで、お茶くらい自分で入れたらどうなのよ!て思うんだけれど、それが長年の私達の関係だからさ。仕方無くしているけれども、私からしたら出会って間もない頃に戻れるなら戻りたいわよ。他人同士が急に同じ家に住んで何をして良いのかとかこの人はこんな風にご飯を食べるのかとか考えるのが楽しかったのに。」
「へ~恋愛だったらもっと楽しいんですかね。」
「そりゃ~楽しいわよ。相手の事が好きなんだもの。きっと何でも可愛く見えたり、格好良く見えたりするんでしょうね。
朝起きるだけでも幸せに思ったりするに違い無いわ。私の所はそうじゃなかったけれども。」
「お見合いだとどんな感じの生活になるんですか?」
「これは私の意見だけだと思って。他の人達は違うかもしれないし。
私はただ親に決められたお見合いだったから好きかどうかというよりも、この人と結婚するんだという気持ちが大きかっただけなの。
だからなのか、一緒に暮らす時はパートナーみたいな感覚だったの。他人とこれから一緒に住むんだって思うだけでトキメキとかは無かったかな。
まあでも、嫌いな相手では無かったし、今はずんぐりむっくりのジジイだけれども昔はそれなりにハンサムだったのよ。
少しドキドキはして居たけれども、その気持ちよりも嫁を女中さんと勘違いしているような態度に驚きが隠せなかったわ。
その驚きのせいでドキドキという気持ちよりも、何か冷めちゃってね。
何度か離婚してやろうかと思った事あったのよ。でも母に止められてね、仕事もした事が無い子が子供背負って一人で子育て出来るのかってね。」
「もし、今の時代だったら離婚している?」
「そりゃ~今はモラハラになるでしょう?それに女の人が働ける所沢山あるし、制度も昔とは全然違くて一人親の為の制度がしっかりしているじゃない。それだけでも全然違うわよ。もう離婚一択ね。」
「おじさん可哀想。」
俺は笑った。チラッと時計を見ると七時を指している。もうそろそろ電話を切らないと遅刻してしまう。
「おばさん、ごめんなさい。もうそろそろ電話切らないと学校遅刻しちゃいます。」
「あら!もうそんな時間。やだ~また話聞いて頂戴ね。またね、行ってらっしゃい」
「行ってきます。」
そう言って俺は電話を切った。
林さんは俺の少ない知り合いの中で唯一何でも相談できる人だ。
俺が恋に落ちた事を今はきっと鼻歌を歌ってスキップしているだろう。
もう七十代だというのに腰は曲がっておらずシャキッとしている。
白髪も無いので前に
「白髪生えないんですか?」
て聞いたら
「何言って居るのよ。染めているに決まっているじゃ無い。」
と言われた。
何でも五十過ぎた辺りから白髪が生えてきたらしく、最初は抜いていたものの段々と増えてきて抜くだけじゃ追いつかなくなって染めるようになったらしい。
結婚か。
俺はまだ全然先の事にしか考えられない。むしろ、俺が誰かと結婚する未来なんて考えてもいなかった。
安珠なら良いかもと俺は考えた。
でも、安珠には彼氏居るしな~と考えて少し落ち込む。
スマホを置いて何か朝ご飯でも食べようかと思ってキッチンに立った。
冷蔵庫から卵とベーコンを取り出し、フライパンで焼く。
そうしてトーストでパンをカリカリに焼き、パンの上にマヨネーズをかけて卵とベーコンを上から乗せる。
野菜室から少しベリーリーフを取り出し、サッと水で洗ってからお皿に盛り付けて胡麻ドレをかける。
いつも時間がある時の料理だが、簡単で美味しい食べ物で俺は好きだ。
ゆっくり食べたい所だが、そんなに時間に余裕は無い。
俺は急いで食べて用意をしてiPadを鞄の中に入れて家を出た。
「あ、咲太!」
と声を掛けて来たのは安珠だった
「安珠、おはよう」
とイヤホンを外して言うと安珠は笑顔で手を振ってきた。
バス停で声を掛けられるのは少し恥ずかしいが、あんな素敵な笑顔で声を掛けられたら恥ずかしさよりも嬉しさが勝った。
安珠は、今日は余裕を持って家から出てきたからなのか俺より二つ前に立っている。
髪もボサボサでは無くてポニーテールをしている。
「今日、テスト?」
と聞かれた。
この時期は丁度テスト期間でもある。
「今日はレポート提出だけ」
と答えると
「良いな~私はテスト。しかも法律系」
と答えた。
「ねえ、安珠はいつもこの時間にバスに乗っているの?」
「うん、一限が多いからね。」
「そっか」
と言うと前に居た人がチラッとこちらを見た。煩かったのか?と思ったがすぐに前を向く。
「安珠は後どれくらいテスト残っているの?」
「十二から十三!」
「多くないか?」
「殆どテスト時間内に論文を書けが多いんだけれど、その文を覚えていくのに必死。そっちは?」
「後六!」
「良いな~十二月頃に殆ど終わった感じ?」
「うん、十二月の方がヤバかった。」
「マジか!」
「ねえ、安珠。」
「なーに?」
「LINE教えてよ。」
「え~?」
「だってこうやって大きな声で話してたら他の人に迷惑かけちゃうだろう?」
「そっか~後でバスに乗ったときにQRコードで読み込みさせて」
「了解」
と言った時にバスが丁度来た。
俺は勇気出して聞いて良かったと思った。彼氏持ちなら男性から連絡先を聞かれたら嫌がったり、彼氏が嫌がるからという理由で断られるのが大だが、安珠の所はそういう束縛は無いらしい。
良かったと思ってバスの順番を待つ。
後部扉の所に安珠が立っていて手を振ってくる。俺も手を振り返しゆっくりと進む列に少し緊張しながら待った。
バスに乗ると俺は安珠の傍に行った。
安珠が
「改めておはよう」
と言ってきた。今日も薄メイクだ。
「おはよう」
と答えると手に持っていたスマホをこちらに差し出した。
画面にはQRコードが表示されていて、俺はすぐに上着からスマホを取り出し読み込んだ。
「有り難う。今追加した。」
と言ってドラえもんのスタンプを送る。
「有り難う。何この可愛いスタンプ」
と言って安珠が笑う。
「ドラえもん好き?」
と聞くと
「好き、むしろ居て欲しい。朝こんなに早く行かなくても何処でもドアがあれば一発で学校に行けるじゃない?翻訳こんにゃくがあれば英語を学ばなくても外国にすぐに行けちゃう。それに、暗記パンさえあれば何度も書いて覚える必要は無いんだもの。」
「確かにね。俺はタケコプターが好きかな。空を飛んでみたい。」
「分かる。ディズニーの空飛ぶ絨毯とか憧れるよね。」
「ディズニー好きなの?」
「好きだよ。特にアリエルとラプンツェルと美女と野獣が好きかな。」
「多いな。」
「笑わないでよ。そっちは?」
「スティッチが好き」
「あ~!分かる可愛いよね。あの悪戯好きなのが可愛いよね。憎めない!」
「そうそう、それにハワイが好きなんだよね。」
「そうなの?」
「いつか行ってみたい所なんだ。」
「へ~、ハワイ確かに素敵な所だよね。私も行った事が無いから分からないけれど。よくテレビで紹介されているのしか知らない。」
「そう、マラサダが食べてみたい。」
「日本でもあるじゃん。」
「ハワイで食べてみたいんだよ。」
「なるほどね、卒業旅行で友達と行ってみたら?」
「バイト今探し中~」
「何のバイトがしたいの?」
「今探しているのは、まかないが出るお店かな。」
「飲食店系か・・・結構ありそうだけれど」
「時給が安い所しかなくて」
「あ~なる程ね。」
「深夜まで働けば良いけれど、そうしたら一限出られる自信が無い。」
「それはそうかも。私はスタバで働いているけれど、結構覚えるのが多すぎて大変。」
「カスタマイズしてくるお客もいるもんね。」
「そう、だから一つ一つ覚えるのが大変かな。でもお洒落だし私は好きで働いているけれどね。」
「そうなんだ。俺は多分イタリアンとかそういう料理屋さんが良いかな。まかない美味しそうだし。」
「確かに。お洒落だし、良いかもね。」
「まあ、なかなか募集してなくてさ。タウンワークとかIndeedとか見ているんだけれど、なかなか無いんだよね。」
「そっか~何かありそうなのにね。」
「気長に探すよ。」
「咲太って実家暮らしなの?」
「ううん、親両方蒸発したから今は一人暮らし。」
「え、生活費はどうしているの?」
「親が定期的に振り込んでくれる。」
「なるほどね、だから大学も行かせて貰っているって事ね。」
「そうそう、立川に行ったのは友達がそこに行くって言ったからだけれどね。」
「頭めっちゃ良いんじゃん。あそこ偏差値六十五だよ?」
「偶々だし、そんな事無いよ。だって高校の時授業なんてまともに出てなかったし。」
「そうなの?」
「うん、俺不良だったんだよね。」
「今もでしょう?」
「何で分かったの?」
「フフフ、何となく」
「何で笑うんだよ。でも俺は一限を休んだ事は無いんだぞ。確かに遅刻はするけれど。」
「へ~そうなんだ。友達のお陰?」
「確かに友達が一緒の授業だからプリントとか取っといてくれるけれど、それでも真面目に学校行っているだけでも偉いわ。自分で自分を褒めたい。」
「何それ、フフフ変なの」
安珠はクスクスと小さく笑った。その笑い方は可愛くて心がギュッとされる気がする。
あ~本当に安珠の事が好きなんだなと思った。
「そういえばさ、安珠は男と連絡先交換するのは彼氏は何も言わないの?」
「ん~そういうのはお互い何も言わないかな。」
「そうなんだ。気にならないの?」
「というよりも、向こうも沢山の女の子と連絡先交換しているし連絡も取り合っているから一々気にしてたらキリが無くて。」
「嫉妬しないの?」
「そりゃするよ。でも、モテるから仕方無いかと思って。咲太もモテるんじゃ無いの?格好いいし。」
「俺?俺格好いい?」
「まあ、背が高いし顔もまあまあ良い感じだし性格は分からないけれどモテそう。」
「そう?褒め言葉として受け止めるわ!俺はもう大学入ってから彼女とか作った事無いかな。高校の時は遊んでいたけれど、今はもう良いかなと思って。それに好きな人居るし。」
「嘘!!本当?誰それ、同じ学校の人?」
「さあね~」
「え~知りたい!」
「教えても分からないじゃん。」
「そっか~どういう人なの?」
「なんかね、乃木坂に居る感じの人」
「咲太、乃木坂好きなの?」
「いや、興味は無い。でもそこに居そうな感じの人かな。」
「へ~、会ってみたいな~」
俺は心の中でそれは君だよと思っていた。
俺はいつからこんな気持ち悪い性格になったのだろうか。そう冷静な自分も居るが、俺に好きな人が居るって知ったらどんな反応をするのか見たくなったのだ。
「あ、そろそろ駅に着いちゃうね。」
「本当だ。テスト勉強しなくても良かったの?」
「だって、この時間くらいしか咲太と話せないじゃん。」
「確かに。それは純粋に嬉しいかも。」
「本当?まあ、明日は日曜日で休みだからまた月曜日だね。」
「月曜も一限取っているの?」
「私は毎日一限があるよ。」
「それは大変だ。俺は木、金、土だけが一限があるんだよね。」
「毎日じゃないんだ。」
「毎日はしんどい。でも二限からだからほぼ変わらない。」
「確かに少し遅いっていうだけだもんね。」
そう言うとバスが停車しドアが開いた。
俺達は開いたドアから降りて駅に向かう。
「学部何なの?」
と安珠に聞かれる。俺は
「経済学部、そっちは?」
「英文科」
「英語?」
「そう」
「英語苦手なんじゃ無いの?」
「苦手になったの。それまでは得意だったんだけれど、大学に入ってからついていけなくて苦手になったの。」
「あ~そういうのあるよね。湯川大学は内部推薦で受けたの?」
「そうだよ。よく分かったね。」
「いや、何となくの勘かな。」
「凄い勘だね。」
「合ってて良かった。」
と笑うと
「そう?」
と笑われた。
俺達は電車に乗り、二人でどんなテストなのか見せ合いっこした。
英文は本当に英語だらけで、論文を英語で答えなさいとかで俺はビックリしたが安珠も俺のレポートに真面目という所でビックリしていた。
英語の単語帳も持っているとの事で見せて貰ったが、前に覚えたのは覚えていたけれどももう忘れた単語ばかりであった。
「安珠ってさ、何で英文科に行きたいって思ったの?」
「翻訳案内が出来る人になりたいの」
「へ~格好いい。」
「そっちは?」
「俺はIT系かコンサル系に行けたら良いなと思っている。」
「そっちも格好いいじゃん。」
「あ、そろそろ俺降りなくちゃ。」
「あ、本当?じゃあ連絡しても良い?」
「良いよ、安珠からの連絡なら俺嬉しいし」
「それ、好きな人に言ってやりなよ。」
俺は軽く叩かれて
「いてっ」
と言うと
「そんなに強く叩いて無いでしょ」
と言われた。
俺が駅に着いて降りるとバイバイというように安珠が手を振ってくる。
俺は可愛いなと思って手を振り返しそのまま大学に向かって歩き始めた。
「お前何ニヤニヤしているんだよ~」
そう言って背中を小突かれる。
俺はスマホを落としそうになり少し大きな声で
「何するんだよ!」
と言った。
俺の背中を小突いた星南は小突いた場所を優しく撫でるようにして
「ごめんごめんって」
と言った。
俺は落とさずに済んだスマホを大事に持ち直す。
「あの愛しの子から着ているのか?」
と聞かれた。
「なんだよ、何もかもお見通しって顔して」
「お前の傍に居て何年経つと思っているんだよ。」
「さあな、何年だろうな」
「ったく、憎まれ口叩きやがって。それで?何か進展あったのか?」
「・・・・・・した。」
「は?」
「だから!連絡先交換したの!」
「え~!!昨日今日で?」
「そう!」
「さすが、ナンパ男!」
「違うよ。そんなんじゃないよ。」
「だって彼氏持ちだろう?それで連絡先貰えるなんてやるじゃん!」
「だから違うって言っているだろう?ただ、知り合いとして交換しただけだって。」
「本当か~?」
「本当だよ。それに今日俺夢の中で振られる夢見たんだから慎重になっているんだよ。」
「何をそんなに慎重になるんだよ。お前の事だからグイグイ行けばあっちもその気になるだろう?」
「そうは行かないさ、だってあの子は彼氏が大好きなんだ。実際にはそう言われていないけれども、それが伝わってくるんだよ。」
「なるほどな~それは厳しいかもな。」
と言いながら星南は今日提出するレポートを見直している。
「なあ、喫煙所行かない?」
と言うと
「良いけど、あんまり煙草を吸っていたら彼女に嫌がられるんじゃないのか?」
と言われた。俺は夢の内容を思い出して
「嫌な事を言うなよ、俺夢の中でそれも理由で振られたんだから」
と言ったら星南が笑った。
俺達は教室から出て喫煙所に向かう。
今日も喫煙所は人でいっぱいだった。
「いつも思うけれども、どうしてここの喫煙所は人が多いんだろうな」
と言うと
「お前みたいな人が多いんだよ。」
と星南が言う。
「俺みたいな人?」
と聞き返すと星南が笑いながら
「悪い悪い冗談、まあここが混むのはこの学校って喫煙所一つしかないからというのが大きな理由だろうな。」
「あ~、確かにこの学校広い割には喫煙所一つしかないもんな。もっと増やしても良いのに」
「それは分かる。一々この場所にまで来ないと煙草吸えないのキツイよな。」
と言いながら星南は煙草に火を付けた。俺も一緒に火を付けて息を吸いそして煙を吐く。
さっきまでの連絡先を交換した事での興奮が煙草を吸ったことによって、気持ちが落ち着き安定してくる。
するとブブブとスマホが鳴った。見ると安珠からで
『テスト終わった!死んだ!!』
と書いてあった。俺はフフフと笑ってしまい星南に
「どうした?」
と聞かれたが
「何でもない。悪い」
と言って
『お疲れ、マジか。』
と送った。するとすぐに既読が付き
『他に言う事無いの?』
と来た。他に言う事とは?分からなくて星南に
「なあ、これって他に何か言うこと無いか?て来たんだけれど、何か思い付く?」
と聞いた。
「はあ?何だよ、いきなり。」
「いや、バス停で会うって言ってた子居ただろう?俺が一目惚れした。」
「ああ、あの子ね。それが?」
「その子から連絡来ているんだよ。」
「へ~、てかその子安珠って言うんだ。」
「名前なんて何でも良いだろう?」
「よくねーよ、お前の彼女になるかもしれないんだから。」
「ならねーって。だってこの子彼氏持ちだし。そんな子に手を出すわけ無いだろう?」
「だったら普通連絡先交換なんてするかよ。」
「だから、本当にただの友達だと思って交換しただけだから。」
「ふーん、まあ良いや。それで?何が聞きたいんだよ。」
「だから、他に何か言うことが無いのか?て来たんだけれど何て送ったら良い?」
「ん~・・・ちょっと貸して。」
そう言われて俺はスマホを星南に貸した。星南はスマホを受け取るとスススッと慣れた手つきで文章を打つ。俺は横目でそれを見ながら煙草を吸った。
「よし、出来たぞ。・・・よし送った。」
と言ってスマホを俺に返してきた。俺は無言で受け取り画面を見るとびっくりして声を上げた。何故ならLINEの画面には
『今日も好きだよ♡』
と書かれていたのだ。
「おい!何だよこれ!」
と言うと星南は煙草を吸いながらケラケラ笑って
「だってこれくらいしないと進展しなさそうだもん。」
と言った。
「おい、ふざけんなよ。ああ、既読付いちゃったし。」
と言って俺は頭を抱えた。
『今日もとはどういう事だ?咲太』
と書かれていた。すぐに
『友達が勝手に送っただけだから気にするな。マジでごめん。彼氏見られたら大変だよね。ごめん』
と書き送った。するとすぐに既読が付いて
『咲太、ふざけてそんなもの送るんじゃ無いぞ。そういうのは好きな子に送るべきだ。ちょっとドキッとしたじゃないか!返せ!!』
と来た。
「おい!星南!ドキッとしたって!」
と軽くポンポンと星南の肩を叩くと星南は少し嫌な顔をしながら
「何だよ、急に」
「だから連絡が着たんだって。」
「なんて?」
と言って星南が画面を覗いてきた。
「ふーん、嫌な感じには捉えられないって事は良い感じじゃない?」
「そうか?」
「普通嫌ならブロックするだろう。」
「そこまでするか?てかそういう事をするかもしれないって分かってて送ったのかよ!」
と怒ると星南はまたケラケラ笑いながら煙草を吸った。すると星南が
「貸してみ?」
と言って俺は渋々星南にスマホを渡す。
『咲太君の友達の星南です♪安珠ちゃんの事はよく聞いてるよ!凄く可愛い子だって言ってた!これからも咲太と仲良くしてやってね♡』
と打ち制止する俺を無視して送った。
「何してんだよ。」
と言うと
「大丈夫だって。それに俺が一緒に居るって事をアピールした方がさっきの本当に友達が送ったって分かるじゃん。」
と言う。
俺は溜め息を吐いて
「ったく。」
と言った。星南はまた煙草を吸ったので俺もすっかり短くなった煙草を加えて吸った。
『星南って何て読むの?』
と来たので
『せなって読むよ。』
と送った。
『面白い人だね。』
『そう?』
『うん、それに咲太君と文のテンションが全然違う。』
『確かに、俺♡とか使わないもん。』
『確かに笑』
『彼氏大丈夫だった?変なの送って怒ったりしない?』
『大丈夫(笑)だって私のスマホなんて興味無いもの』
『それなら良かった。彼氏に怒られるくらいだったら良いけれど、殺されるのは勘弁。』
『大丈夫、そんな事で怒ったりしないから。』
『信用されているんだね』
『そんなこと無いよ。多分私に興味が無いだけだよ。』
『そんな事無いでしょ。』
『ううん、さっきもすれ違った時に知らない女の子と歩いてたし。私の事見向きもしなかったもん。』
『そっか。それは寂しいね。』
そう送って俺は少し後悔した。
昔の俺なら
『俺ならそんな事しないのに、そいつと別れなよ』
と言っていただろう。でも、安珠がその言葉を望まないのは分かっている。
それにそんな事を言ったら今度こそブロックされて、バス停で会っても無視をされるに決まっている。
『何で私が先輩とまだ付き合って居るのか聞かないの?』
と来た。俺は少し悩んで
『聞いて欲しいの?』
と送った。
『意地悪』
そう来て俺はスマホの画面を閉じた。
もしかしたら、安珠は他の人にも言われているのかもしれない。どうしてその先輩と付き合っているのかと。いや、もしかしたら先輩の中では付き合って居ないのかもしれない。
安珠がそう思っているだけで先輩は大して安珠の事を好きでは無いのかもしれない。
そう思った。
俺は煙草の火を消すと星南と一緒に次の講義の教室に向かった。
「あれ?咲太?」
と背後から声がした。俺は振り向くと安珠が立っていた。
「安珠?何でこの時間にここに居るの?」
と聞くと
「今日はバイト休みなの」
と言った。
だから昼過ぎにいつものバス停の近くに居るのか。そう思ったときに
「安珠、こいつ誰?」
と安珠の隣に居た男が聞いて来た。
確かに見た目は背が高く顔が小さくて本当にモデルそのものという感じだった。
ただ顔は優しそうなのにその声は冷たくとげとげしい感じさがある。
安珠は少し慌てた感じで
「お友達の咲太君!いつもこのバス停で会うの。」
と言った。俺は少し頭を下げて挨拶をすると向こうも同じように挨拶をしてくる。
俺より少し身長が高めの彼は俺を見下すようにして見る。
俺は負けじと何故か胸を張った。
「咲太もテスト終わり?」
と何も気付かない安珠が聞いて来る。
「ああ、そう。」
と言うと彼氏が
「安珠、行こう」
と言って安珠の肩を抱いて何処かに行ってしまった。
安珠は何か言いたそうな顔をしていたが、彼氏に連れて行かれるまま曲がり角の路地に消えていった。
俺は何も出来ないままその後ろ姿を見るだけだった。
普通の友達ならこんな光景に出会ったとしても何とも思わないだろう。
でも、俺は違う。普通の友達なんかじゃ無い。
俺は二人の後を追って曲がり角の路地に向かって小走りで向かった。
路地を曲がると二人が何か言い争っている。
「何で、あんな態度を取ったの?」
「はあ?俺が悪いのかよ。お前が浮気したんだろう?」
「何で浮気になるのよ!先輩だっていつも知らない女の子連れているじゃ無い!」
「それが何だよ。お前には関係無いだろう?」
「関係あるわよ!だって私先輩の彼女だもん。」
「だったら、さっきのだって俺は関係するだろう?あの男とはもう今後一切関わるな!」
「何でよ!私達何も、ただの友達なだけだもの」
「男女に友情なんてあるわけないだろう?」
「じゃあ、先輩がいつも連れている女の子達はなんなの?あれは友達?」
「それは・・・」
彼氏は口ごもる。きっと大方彼女を何人も同じ大学に作っているのだろう。
俺の予想が安珠と同じだったのか
「どうせ、表上は私と付き合ってるって言って他の女の子とも遊んでたんでしょ?」
と安珠が言った。
すると
「パン!!」
と大きな音がした。次にドサッと音がして俺は凝視してしまった。
なんと彼氏が安珠の頬を思いっきり叩いたのだ。その衝撃が突然だったからなのか安珠は耐えられずその勢いで地面に倒れてしまった。
彼氏は俺が見ているのを気付いていないのか、倒れた安珠に馬乗りになって頬を叩き始めた。
「一々彼女面すんなよ!めんどくせー女だな!お前が付き合って欲しいって言うから付き合ってやったのに、一々指図すんじゃねーよ!!!」
そう言って何度も安珠の事を殴る。
俺は足が震えて動けない。動け、動け、動け。
頭では分かっている。彼氏が俺より体格が良くても安珠をこれ以上傷つけない方法がある事が俺には分かっている。
でも、どうしても身体が動かない。その間にも安珠は呻き声を上げながら殴り続けられていた。
「誰か・・・助けて」
と言うか細い声が聞こえた。俺はその声を合図に
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
と大声を出して馬乗りになって安珠を殴り続けている彼氏に後ろからタックルをした。
彼氏は俺が思いっきりぶつかったからなのかバランスを崩して吹き飛ばされる。
俺も同じように安珠を飛び越えて地面に左腕から着地した。
「いってーな!!」
という声がした。俺は飛び起きて倒れている安珠を抱きかかえ急いでその場から逃げた。
高校の時は女をとっかえひっかえしていたせいで男から喧嘩を売られて買った事は、何度もあるし喧嘩には慣れているのだがこの時は逃げる事しか考えられなかった。
後ろから彼氏の怒号が聞こえるが俺は安珠をお姫様抱っこしながら走ってその場から去った。
暫く走って俺の家に着いた。
先程の場所から少し離れた所に俺の家はあった。
背後を見るが彼氏は追ってきている様子は無い。腕の中に居る安珠が
「もう大丈夫、下ろして」
と言った。俺は静かに安珠を下ろすと安珠はフラフラしながら元の場所に戻ろうと歩き始める。
「おい、ちょっと待てって。」
と止めると
「離して、彼の所に行かなくちゃ。」
「何で行くんだよ。また殴られるかもしれないだろう?」
「大丈夫、いつもの事だから。きっと今頃後悔している。彼子供なの、殴ったらその分落ち込んでその場から動けなくなるの。だから私が傍に居てあげないと。」
と言ってフラフラして安珠が歩き始めた。
俺はおぼつかない足取りで歩く安珠の姿を見て背後から抱きしめた。
「行くな。」
「・・・・離して」
「行くなよ」
「離してよ!!」
「行ったらまた同じ事の繰り返しになる。行くな。」
「だって、彼には私が必要なのよ。」
「もし大事なら殴ったりしないし、他の女の子と一緒に居たりなんてしないだろう?」
「咲太には関係ないでしょ?」
「関係は・・・」
「離して、お願い。」
「アイツの傍に行かないなら離すけれど、行くなら離さない。」
「お願い、咲太。彼も良い所あるのよ。本当にあるの、だからお願いだから離して。」
「安珠、もう分かっているんだろう?アイツが安珠の事を見ていないの分かってて一緒に居るんだろう?アイツは寂しいから安珠の気持ちを利用しているに違い無いよ。」
「何で、今さっき会っただけでそんな事咲太に分かるって言うのよ。」
「だって、アイツ一度も安珠の目を見てなかったよ。」
「それは・・・・」
「安珠の事を見ているようで違う所を見て話していただろう?俺と向き合っている時は俺の事だけを見て、安珠と喧嘩をしている時は安珠の方には見ていたけれど目を見て話して無かった。」
「・・・・」
「そんな奴のところに行くなよ。」
そう言って安珠を強く抱きしめた。
「咲太、痛い。」
小さな声で安珠が言った。俺は腕の力を抜いた。
「咲太、痛いよ。痛いよ・・・・咲太。」
そう言って安珠はその場にしゃがみ込み泣き始めた。
頬が赤く腫れ上がり、両目から大粒の涙を流す彼女に俺は何も言えなかった。
「少し痛いぞ。」
そう言って消毒液を付けたガーゼを安珠の頬に貼り付けた。
「いった!!!」
と言って真っ赤に腫れたウサギのような目で安珠は小さく飛び上がる。
「だから、痛いって言っただろう?」
と言うと安珠は小さな声で唸り語を上げていた。
俺はもう一枚ガーゼを取り出し、消毒液をたっぷり塗った。
「ほら、もう一枚貼るぞ。」
と言って左の頬に貼る。安珠はまた小さな声で悲鳴を上げた。
「痛い?」
と言うと
「痛いに決まっているでしょう?」
と言った。
「なんかおたふくの人みたい」
と言って笑うと
「今痛くて笑えないんだから、笑わせないで。」
と言った。安珠はあれから暫く道路で蹲って泣いた後、手当をしに俺の家に来た。
安珠の声は押し殺して泣いたからなのか少しガラガラ声になっている。
「大丈夫か?」
と聞くと安珠は少し首を傾げて
「大丈夫か大丈夫じゃないかと聞かれたら大丈夫じゃないかも。だってさっきからスマホずっと鳴っているし。」
確かにさっきからブーブーとバイブの音がする。
「きっと先輩からだわ。」
「あのさ、言いたく無ければ良いんだけれど。彼氏っていつもあんな感じなの?」
「あんな感じって?」
「あの、急に殴ってきたり・・・・」
「ああ、気に入らない事があるとね。でも私先輩と付き合ってまだ一ヶ月しか経ってないし、そんなに一緒に居ることも無いからまだ分からない事ばかりなんだけれど、本当に優しい所もあるの。一緒に沢山笑ったりする事もあるの。でもね、時々自分の事を制御出来なくなるからそんな時はああやって誰かにぶつけて処理するの。」
「それってDVっていうやつなんじゃないの?」
「・・・・」
「普通、好きな人なら特に手を挙げたりしないだろう?それに、自分は他の女の子と一緒に居たりするのに安珠にはそれを認めないのも変だよ。」
「心配性なのよ、自分をいつか裏切るんじゃないかって思うのよ。」
「裏切るって何?安珠が浮気するって事?」
「そう。」
「安珠の事を見ていたらそういう人じゃ無いって分かるのに。それに浮気しているのはあっちだろう?」
「そうだけれど・・・」
「安珠、アイツと別れなよ。あの先輩普通じゃ無いって。確かに顔は格好いいし、俺より背が高くて体格も良いけれど、あんな男に安珠を任せてられないよ。」
「・・・どうして咲太は私にそこまで親切にしてくれるの?」
俺は言葉が詰まった。
だって、こんな事をしたのは俺が安珠が好きだからだ。だけれど、今告白するのは何か違う気がする。いや、弱みにつけ込むようで嫌だ。
「それは・・・大事な友達だから」
「会って、数日よ?」
「でも、俺にとっては安珠は大切な友達だから」
「咲太って変なの。」
「変で悪かったな。」
「でも、有り難う。先輩の事は他の人「も別れるように言われているの。今日ね先輩の元カノに会ってね、その人が彼から離れた方が良いって言ってくれてね。最初は未練があってそんな事を言ってきているのかと思ったのだけれど、先輩が無差別に暴力を振るう人だから傷つく前に逃げなさいって言われたの。でも私信じられなくて、私だったら彼の事を変えられるんじゃ無いかって思って。今までの人には変えられなくても私なら変えられるって思ったの。でも私じゃ駄目みたい。結局いつも殴られて暫く経ったら先輩泣き始めるの。
ごめんな、痛かったよなって。それの繰り返し。だけれど、今日咲太の事を言われたときは初めて先輩に盾突いたのよ。今まで従順だったけれど、咲太の事は悪く言われるのは我慢でき無かった。」
「俺の事庇ってくれたんだ。」
「庇うと言うより、もう二度と会うなって言われてカチンと来たの。だって、いつも眠そうにバスを待っている咲太の事大学に入ってから見てて、やっと友達になれたのにそれを邪魔するなんてって思って。」
「ちょっと待って、俺の事そんな前から知ってたの?」
「もしかして、咲太は私の事気が付いてなかったの?」
「何が?」
「大学入学初日私のパスケース落としちゃって一緒に探してくれたじゃ無い。」
「何その記憶、ねつ造?」
「ふざけないでよ!もう!!だから、入学の初日に私の赤色のパスケース一緒に探してくれたでしょう?」
「え~・・・・確かに誰かと一緒に探したのは覚えているけれど、何か田舎っぽくてモサっとした子だったような・・・・あれが安珠?」
「モサっとしたなんて失礼な。その時はお洒落とか興味無かったのよ。」
「へ~あの時のモブ子が安珠か!」
「モブ子って言うな!」
「あはは、わり~わり~」
「でも、あの時から私咲太の事知ってたんだよ?」
「へー、何でパスケース見つけた次の日に声を掛けてこなかったの?」
「だって、咲太彼女いたじゃん。」
「彼女?」
「うん。鼻と口にピアス付けた金髪の女の子。」
「誰だ?それ。俺大学入ってから彼女なんて作った事無いんだけれど。」
「嘘!!咲太君♡って言ってたよ。」
「・・・・ちょっと待って、それもしかして星南?」
「星南ってあの♡とか送ってきた子?」
「そう、あいつ男だよ。」
「え、でも髪長かった。」
「今は黒髪で髪短く切ったけれど、大学の最初の方はロングで金髪にしてたんだよ。」
「へ~!!」
「だから断じて彼女じゃないから安心して。」
「ハハハ何を安心するのか分からないけれど、分かった。安心する。」
そう言って安珠はイタタっと言いながら湿布が貼られた頬に手を当てる。
「それで、先輩との出会いは何処で出会ったの?」
「大学のサークル。」
「何のサークルに入っているの?」
「テニスサークル。そこで知り合ったの。当時はね先輩には彼女が居て私の事なんて眼中に無かったんだけれど、彼女と別れたのを知って私からアタックしたの。連絡先を聞いて毎日連絡をしてそれで夏祭りに告白したの。他にも女の人が居ることは分かっていたけれど、どうしても彼女という立ち位置に立ちたかったの。」
「で、DV男だったって訳か。」
「うん。呆れるよね。私初めての彼氏だったんだ。」
「今まで彼氏居たこと無かったの?」
「私女子高だったから、中学は共学だったんだけれどまだ気持ち的に誰かと付き合いたいとか思った事無くて。」
「へ~、それで大学デビューしたって訳か。お洒落も先輩の為?」
「最初はそうだった。最初連絡先を聞きに行った時も、俺こんなムサイ子と話すつもり無いんだけれどって言われてね。それをきっかけに私のそのままじゃ駄目なんだって思ってメイクをしてみたり、少し身なりを綺麗にしてみたの。そうしたら、先輩から連絡が毎日返って来るようになって。」
「なるほどね、なんか少女漫画みたいだね。」
「私も密かに思ってた。笑わないでね、先輩が王子様に見えていたなんて今じゃ恥ずかしくて仕方無いけれど、付き合う前は本当に王子様に見えていたの。」
「そっか、今は?」
「今は王子様と言うより私が傍に居てあげないといけない人って感じかな。」
「まだ傍に居てあげたいって思っているの?」
「DVだって言われて頭の中では離れなくちゃいけない人だって分かっているの。でもね、彼だって好きで殴ったり怒鳴ったりしている訳じゃ無いと思うの。自分で自分を制御出来ない可哀想な人なのよ。」
「恋人に可哀想とか、制御出来ない子供みたいに思われて居る方が可哀想だけれどな。」
「・・・・」
安珠は黙って俯いた。
「だったら、どうしたら良いの?私が先輩に出来る事って何?」
少し涙目で見てくる安珠に俺は冷静に
「何も出来る事は無いよ。ただ彼から離れないと二人とも苦しい思いをするだけだよ。」
と言った。
安珠は駄々をこねる子供のようにして涙を流しながら、嫌々と顔を振る。
「何でそんな酷い事言えるの?咲太は私達の事何も分かっていないじゃない。」
「分かっていないよ。でもね、今の状態見てて元の場所に戻りなって誰も言わないと思うよ。」
「そうだけれど・・・」
「DVは誰かが傍に居て安定するものじゃないと思うんだ。本人の意思が一番だよ。暴力をしなくても、
自分の気持ちを抑える方法をもう子供じゃないんだから自分で身につけないと。誰かが強制的にしようと思っても本人が望んでいなかったら意味ないんだから。」
「そうだね。私先輩には笑っていて欲しかったの。ただそれだけなの。」
「そうだね。その気持ちは伝わっていると思うよ。でも、彼女が居るのに他の女性と遊んだり、彼女には束縛するような男は止めておきな。」
「うん。」
安珠は鞄の中からスマホを取りだして画面を開く。
覗くとそこには百件を超えたメッセージが来ていた。
「全部先輩から?」
「・・・・うん」
「俺が代わりに話そうか?」
「大丈夫、でも傍に居てて。お願い。」
そう言って安珠は俺の手を握りしめてきた。俺は黙って頷き握り返す。
安珠は深呼吸をしてスマホを操作して耳に当てた。
安珠の手が震えている。俺は大丈夫、大丈夫と小さな声で言いながら繋いでいない手でそっと繋がれた安珠の手を擦った。
「・・・・もしもし」
そう安珠が震えながら言うとスマホの向こうから男の声がする。
『もしもしじゃねーよ、今どこに居るんだよ!!』
「言えません。」
『あの男と一緒に居るんだろう?』
「教えません。」
『何が教えませんだよ。ふざけんな!お前やっぱり浮気してたんだろう?』
「してないわ。浮気をしていたのは先輩でしょ?」
『俺は居たい奴と居ただけで浮気にはならない。お前は俺の物なんだから黙って言う事聞いてれば良いんだよ。』
「物って何?私は物じゃないわ。」
『俺の彼女なら物だろ?』
「本当に彼女だって思っているの?」
『だから何だよ。お前本当にどうしたんだよ。今まで文句一つ言ってこなかったのに、あの男と出会ってからお前変わったんじゃ無いのか?』
「どういうことよ。」
『何か吹き込まれたんじゃ無いのか?』
「そんな事されていないわ。」
『それはどうかな。だって俺達には何も問題は無かっただろう?』
「あったわよ。今までだって私がどうにかして変えられるって思っていたけれど、今日ね先輩の元カノに会ったの。
その時に付き合って居る時今の私の気持ちと同じ気持ちだったって言ってくれて、ああこの人も変えられなかったんだって思ったの。だから私もう先輩と一緒には居られない。
私には先輩を変えられる力が無いのよ。」
『元カノって誰?』
「名前は教えて貰えなかった。でも、先輩と一緒に映った写真の画像がスマホに入ってた。」
『そんなの元カノじゃなくても持っているって。』
「普通はそんなに女性と密着した写真なんてあちらこちらから出てこないのよ。」
『何が言いたいわけ?』
「だから別れて欲しいの。先輩がした事は完全な暴力であってこれから私警察に行くわ。証言をしてくれる人も居るし。今の時代だったら防犯カメラやテープレコーダーがあるから先輩が私を馬乗りで殴っている所なんていくらでも証拠が出てくるでしょう。」
『そんな事したら大学に居られなくするぞ。』
「これも勿論録音しているわ。先輩お願いだからもう別れて下さい。」
『・・・・・分かった。ただ、サークルの奴らに何か言われても性格の不一致だという事で絶対に俺の暴力が原因で別れたって言うなよ。』
「・・・・つくづく卑怯なんですね。」
そう言って安珠は電話を切った。
「大丈夫か?」
と聞くと安珠は決意を固めた目で
「大丈夫か大丈夫じゃないかと聞かれたら、もう大丈夫。家にお母さんが居るし、一緒に病院に行って被害届けを出そうと思う。これ以上先輩の好きなようにはさせないわ。」
と言った。先程まで震えて泣いていた安珠はもう何処にも居ない。俺は頷いて
「よく戦ったな。」
と言った。
安珠は
「有り難う」
と言ってスマホの画面を閉じて鞄にしまった。
「本当に家まで着いていかなくて大丈夫なの?」
と聞くと安珠は頬のガーゼを指さしながら
「多分、この状態で帰ったら大事になって咲太の事を巻き込みそうな気がするから一人で帰った方が良いと思う。でも、警察には行くつもり。先輩がいつ逆襲してくるか分からないし、家も知られているからちょっと見回りして貰おうかと思って。それにこの顔だったら明日バイト行けないし。」
「そっか、でも何かあったらいつでも連絡して。いつでも俺証言するし。」
「大丈夫よ、ただお母さんからは話聞かれるかも」
「うん、あったこと全部話して良いなら話すけど。」
「うん、全部本当の事話してくれて大丈夫よ。隠す事何も無いから。それに本当は今日先輩の事をお母さんに紹介しようと思っていたの。」
「お母さん、安珠がなかなか帰ってこなくて心配しているんじゃない?」
「何も連絡来ないから大丈夫じゃないかな・・・・嘘、来てた。(今どこ?)だって。急いで帰らなきゃ。」
「それは急いで帰った方が良い。捜索願い出される前に」
「もう、またふざけたことを言って。」
そう言って安珠は靴を履き玄関に立った。
「もう暗いし急いで帰りなね、帰ったら連絡して心配だから」
「もう、大丈夫だって。でも有り難う、帰ったら連絡するね。」
そう言って安珠は外に出て玄関の扉を閉めた。
俺はアパートの階段を降りていく音を聞きながら溜め息を吐いた。
今日は怒濤な日だった。
安珠が無事に帰れたら良いのだが、ちょっと見に行った方が良いだろうか。少し悩んだが安珠の事を信じてここで待とうと思い寝室で待つことにした。
数分経った頃だろうかスマホが鳴る。
スマホを確認すると安珠から連絡が着ていた。
『家に着いたよ。案の定お母さんビックリしてる。』
と書かれていた。
『着いた連絡ありがとう。無事で良かった、ちょっと心配した。お母さんもそりゃあのガーゼで頬が覆われていたらビックリするよね。詳細分かったら連絡宜しく。』
送るとすぐに既読になる。
OKという文字と共にキャラクターのスタンプが送られてきた。
俺はテレビを付けて今が五時になっている事に気が付いた。
お昼頃に帰ったはずが、もう五時・・・
お昼は食べてないし安心したらお腹が空いてきた。
でも何かを今から作れるかと聞かれたら間違いなく答えはNOだ。
もう何かをする気力が湧いてこない。
しょうがないと思って俺はお湯を沸かして買い溜めしておいたカップラーメンを取り出し蓋を開けて三分測る準備をした。
暫くテレビでニュースを観て、今日あった出来事を観ていく。
通り魔のニュースが流れてきて、もしあのまま俺が曲がり角の路地を行かなかったら安珠はどうなっていただろうと思うと恐怖を感じた。
あの時曲がり角の路地に行かずに真っ直ぐに家に帰ってきていたら、安珠はどうなっていただろう。
馬乗りになって安珠を殴るあの先輩の事を思い出すと今でも震えが止まらない。
喧嘩は沢山してきたけれども、無抵抗でしかも女性に対して一方的に殴るだなんてした事が無かった。
俺がもっと強かったあの先輩にパンチの一つでも食らわせられたのにと思うが、もうその出番は無さそうだ。
カップラーメンにお湯を注ぎ三分待つ。
その時スマホが鳴った。
『お母さんが咲太に話を聞きたいって』
『良いよ』
すぐに既読になってスマホがブブブブブと連動した。
俺はすぐに受話器ボタンを押して電話に出ると
「あの夜分遅くにすみません、安珠の母ですが。」
と安珠より少し高めの声がスマホの向こう側から聞こえる。
「はい、木村咲太です。」
「あの、今日は安珠の事を助けてくれて有り難う。今日起きた事を安珠から聞いたのだけれど、もう少し詳しく話を聞きたくて電話させて貰いました。これからその話を証拠に警察と病院に行こうと思うから詳しく話してくれるかな。」
小さい子をあやすように安珠のお母さんが話してくるので、俺は安珠が安心できる場所に今は居るのだと確信して安心した。
俺は今日見た出来事を全て話した。勿論俺と安珠の関係も。
バスでよく会う青年に彼氏との喧嘩を目撃されて暴力を振るわれている所を助けて貰ったなんてどこかの小説のようだが、本当に起こった出来事なのだ。
これがドラマとかであれば良かったのだが、安珠は確かに平手打ちで両頬を殴られたのだ。
話を最後まで安珠のお母さんは黙って聞いてくれた。
「そう、よく分かったわ。その先輩という人は木村君にも何か危害は加えなかった?」
「いえ、俺は何もされていません。」
「そう、教えてくれて有り難うね。今の話一応録音させて貰ったけれど、警察にそのまま話しても大丈夫かな?」
「ええ、勿論大丈夫です。何か他に俺に出来る事ってありますか?」
「そうね、本当は学校が近ければ警護して欲しかっただけれど立川大学と湯川大学じゃ方向が途中から違うものね。湯川大学の方が遠いし、もし出来る事があるとすれば常に連絡が取れるようにして貰えるかしら?大学のお友達全然知っている人居ないから私が仕事で居ない時は、木村君が緊急連絡先になってもらいたいの。大丈夫?」
「ええ、それは構いませんが。」
「有り難う。じゃあこれから警察と病院に行ってくるわね。安珠、木村君にお礼を言いなさい。」
と言って安珠にお母さんからスマホが渡された。
「咲太?お母さんが色々言ってごめんね。でも話してくれて有り難う。それと本当に今日は助けてくれて有り難う。」
と安珠が明るい声で言う。さっきまで家に居た時とは全然違う声だ。
親の存在って大きいんだなと思った。
「大丈夫、安珠もこれから色々聞かされて大変だと思うけれど、なんかあったらいつでも連絡してきて良いから。」
「有り難う。じゃあまた連絡するね。また明後日ね!」
そう言って切った。
明後日は俺は一限では無いのだが、安珠はすっかりその事を忘れているらしい。
まあ良いか早めに起きて安珠の学校に安珠を送り届け、引き返して学校に向かえば丁度良い時間になるだろう。
そう思ってすっかり三分を過ぎて伸びきってしまったカップラーメンを俺は食べた。
俺は片付けをして明後日のレポートの準備をする。
明後日は三つレポート提出が控えている。既に試験が終わっているだけでも有り難いものだ。
レポートと試験が重なっていたら今頃ゾンビ状態になっていただろう。
安珠は今一番大変な時なのにこんな事件に巻き込まれて大丈夫か?と思った。
レポートを進めているとスマホが鳴る。パソコンを打ちながらスマホの画面を見ると安珠の文字が表示されていた。俺はすぐにLINEを開くと
『今病院に行ってきた。全治一週間だって、一応先生が大袈裟に診断してくれたみたい。その方が警察も動くからって。ただ明日になったら青たんになっているかもって言われた。かなり内出血しているらしい。明後日もこんなガーゼで両頬貼って学校に行ったら皆から笑われるよ。明後日会っても絶対に笑わないでね。今笑いたくても頬が痛くて笑えないんだから、絶対に笑わせないでね。』
『病院お疲れ、分かった明後日全力で笑わせに行くね。覚悟してて』
『やめて~』
『普通に笑った。』
『私も笑った。凄く頬が痛い。笑わせるからだ。』
『俺は何もしてないよ。そっちが自爆したんでしょ。』
『私は真面目に送っただけ、そっちがふざけたんでしょ。これから警察署に行ってくる。一応ストーカーされないか相談してくる。』
『そうだね、家知られているし相談した方が良いかも。サークルは辞めるの?』
『うん、サークルはお母さんとも話したけれど辞めようかなって思っている。先輩に嫌でも顔を合わせないといけないし。』
『学校が一緒なの怖いよね、何かあったらいつでも言って。明後日は朝余裕があるから心配だし学校まで送っていくよ。』
『良いよ、そんな事しなくても。大丈夫だよ。』
『ううん、俺が心配なだけだから気にしないで。明後日の八時にいつもの所で。』
『有り難う。お母さんも明後日はお言葉に甘えて送って貰いなさいって言ってた。一応部長には本当の事を言ったよ。部長が先輩を辞めさせても良いよって言ってきたけれど、逆恨み怖いからそれは断った。だけれど、これ以上被害者が出ないように注視して貰うようにしたよ。』
『安珠がそうしたいのなら、その方が良いよ。バイト先にも連絡しといた方が良いよ。マスクつけて作業しても良いか聞いてみな。』
『分かった。そうしてみる。今警察署に着いた。これから色々話をしてくるね。一応咲太の音声も警察で流すけれど大丈夫?』
『俺の事は大丈夫、話は全て本当の事だし。何か他にも付け加える事があるなら安珠の方で付け加えて。』
『有り難う。これから話をしてくる。』
『頑張って。』
それを送ると既読になって暫く返事が来なかった。
警察署でどんな話をするのか分からないが、今までの暴力も含めて今日の事を主に話を進めるのだろう。
多分安珠のあの様子じゃ暴力は日常的にあったはずだ。
安珠はヘルプサインを出さなかった。いや出せなかったのが俺が真ん中に入ったことで色々大変な事になっているが、今日公になって良かったと思った。
もっと事件に繋がる大きな出来事になってからでは遅い。
今日の出来事も十分傷害罪に値するだろう。
アイツが刃物や武器になる物を持っていなかったのが幸いだった。
だが、これから逆恨みされて刃物で刺されても可笑しくないのだ。
警察にそこは頼むしか無いなと思った。
俺が常に傍に居てあげられたら良いのだが、学校が違う以上はそれ以上出来ない。
俺に出来る事は何だろう。そう考えながら俺はレポートを書いていた。
暫くレポートと睨めっこをして何とか完成した時にスマホが鳴る。
『やっと警察署から解放された~。結構長く話をしたよ。一応相手には傷害罪になるから被害届け出して日頃からの暴力は証拠が無いから立証は難しいけれど、一応この事件が解決するまで大学側と連携して先輩との接触をなるべく避けるようにって言われたよ。』
『そっか、結構長い時間話したんだね。お疲れ様。なるべく避けるようにって言われても高校と違ってクラスがあるわけじゃ無いし、授業も学年が違う人も居るから一緒になることだってあるもんね。』
『そうなの、そういう所は先生が配慮してくれるようにしてくれるみたい。警察は厳重注意はしてくれるみたいだから、それで様子見かな。』
『先輩の親御さんも知ってくれたら全然違うよね。先輩って実家住み?』
『実家住みだよ。だから警察から連絡があったらお母さん達にも知られると思うよ。』
『上手く行くと良いね。逆恨みされるかと思うと怖いよね。』
『うん、それだけが心配。』
『まあ、明後日は俺が居るし行きは大丈夫でしょ。帰りは同じ授業の友達が居るならば一緒に帰った方が良いよ。』
『有り難う、咲太が居てくれて本当に良かった。持つべきは友だね』
少しグサリと言葉が刺さった。安珠は俺の事を友達だと思っているが、俺はそうは思っていない。ただバス停で会う子だったら今日彼氏と一緒に居てても何も思わないし、曲がり角の路地に一緒に歩いている所を追いかけようとも思わない。
殴られている現場ももしかしたら、見つけられなかったのかもしれない。
「俺は友達なんて思っていないよ。」
そう溢すと何て送って良いのか分からなくてスマホの画面を閉じた。
「ケホケホケホ」
最近やたらと乾いた咳が出る。
風邪でも引いたのかなと思うが、喉が痛いわけでも無く熱も無い。
今日は日曜日だし一週間分の食材も買いに行きたかったから、薬局もついでに行こうと思って咳止めを買いに行った。
一週間分の食材をなんとか買い、重くてちぎれそうな荷物を持ちながら薬局に行く。
咳止めを持ってレジに並ぶ。
暫く順番を待っているとブブブとスマホが鳴った。
『急に悪い、レポートの事で聞きたい事があって連絡した。今日そっちに行っても良い?』
と星南から連絡が着た。
『良いよ、俺もまだレポート書いてなかったし。パソコン持って来いよ。』
『サンキュー助かったわ。もちろん、持って行く。じゃあ十二時頃に家に行くから』
スマホの時間を見ると十一時と表示されている。
これはお昼も一緒に食べる気だなと思い、二人分のお昼ご飯も買わなくちゃ駄目じゃんと思って俺は溜め息を吐いた。
レジの順番が来て俺は箱を持って行く本当は二箱くらい欲しかったのだが、最近は咳止めを買うのが厳しくなり一箱しか買えなかった。
「いらっしゃいませ」
そう店員が言う。俺は商品をレジの机に出しながら
「お願いします。」
と言った。
「お預かり致します。」
と言って慣れた手つきでバーコードを読み込む。
「薬剤師からの説明が必要なので少々お待ちください」
と言って呼び出しボタンを押した。
俺は薬剤師さんが来る前に星南に
『お昼何食べたい?』
と送った。すぐに既読になり
『パスタ』
と返ってきた。パスタか、家にまだ麺もあるしソースを買えば良いかと思ってスマホをしまう。スマホをしまったと同時に薬剤師さんが来た。
「咳止めですね、ご使用なられるのはご本人様ですか?」
「はい」
「咳はいつ頃からありますか?」
「大体一ヶ月前からです。」
「喉の痛みはありますか?」
「無いです。」
「一応、咳が酷く出るようでしたら病院で診て貰った方が良いと思います。」
「分かりました。」
そう答えると薬剤師さんはレジ打ちの人に目線で合図しそのまま下がった。
「袋要りますか?」
とレジ打ちの人に聞かれ
「いえ、要りません。」
と答えると
「ポイントカードはお持ちですか?」
と聞かれたので俺は
「いえ、持ってません。」
と答えそしてお金を払い会計を済ませた。
外に出てから、痰切りの薬も一緒に買えば良かったと思った。
何故か分からないが、一ヶ月ほど前から痰が絡んだ咳が続いて居る。
特に気になる訳でもないので良いかなと思って病院には行っていない。
きっと煙草を吸っているのもあって痰が絡みやすくなって居るのだろう。
星南もよく痰が絡むと言ってきたので同じかと思って気にしていない。
「痰切りの薬今度でも良いか、まだ家にあるし」
そう独り言を言って俺は帰路に着いた。
家に帰り買ってきた荷物を片付けていると
「ピンポーン」
と鳴った。意外と早いなと思いドアを開けると
「急にごめんね。」
と息を切らせながら安珠が立っていた。
「安珠どうかしたの?」
「先輩から連絡が来たの。すぐにお母さんに連絡したんだけれど、今仕事で居なくて。」
と少し泣きそうな顔で言う。
「何て来たの?」
「それが、お前の事絶対に許さないからなって。首を洗って待ってろって。」
「首を洗って待ってろ?そんな事本当に言う人居るの?」
と俺は吹き出しそうになったが、安珠が泣きそうになっているのに笑っていられない。
「お母さんが仕事から帰ってくるまで俺の家に居たら?」
と言うと安珠は顔をスマホから上げて
「良いの?」
「どうせ、お母さんからも言われて来たんだろうし。」
と言うと少し顔を赤らめて
「実はそうなんだよね。お母さんからも咲太の家に行きなさいって言われて。先輩私の家知っているし。」
「でもな、一人で出歩くのは危険だと思う。特に先輩から連絡があったのなら余計に一人では出歩かない事。そういうときは俺に連絡頂戴、迎えに行くから。」
「でも、咲太私の家知らないでしょ?」
「確かにそうだけれど、近くまでは行けるでしょ?」
「そうだね、ごめん。今度からそうする。」
「うん。あ、これから俺の友達が来るけれど気にしなくて良いから。」
「友達来るの?やっぱり帰った方が良いよね?」
「大丈夫、そういうの気にしない奴だから。あ、でもテンション変な奴だから本当に気にしないで。」
「何しに来るの?」
「レポートで分からない所があるんだって。」
「レポート提出あるの?」
「そう、明日ね。三限の授業があってその授業でレポート出さないといけないんだよね。」
「そうなんだ。私明日のテストの勉強しているから気にしないで良いからね。」
「お昼は?パスタ作る予定だけど食べれそう?」
「良いの?」
「勿論。まあソースはレトルトだけれどね。」
「全然気にしないよ。むしろこうやって押しかけに来たのにご馳走して貰えるだなんて。有り難う。」
「良いよ、気にしないで。ていうか遠慮しなくて良いから。・・・ゴホゴホ」
「大丈夫?」
「ゴホゴホ・・・ごめ・・・ゴホゴホ」
安珠が俺の背中を擦る。俺は少し咽せただけだと言って台所に行って水を飲んだ。
「ごめん、痰が絡んだだけ」
水を飲むと少し咳が良くなる。煙草の吸いすぎで痰が絡みやすくなっているのだ。
「本当に大丈夫?」
と安珠が靴を揃えながら玄関からリビングに入ってきた。
「大丈夫、大丈夫。ほら、咳止めも買ってきたし。多分煙草の吸いすぎだと思うから平気。よくおっさんでも居るでしょう?道端に痰吐いている人。あれだよ、あれ。」
「煙草の吸いすぎは身体に良くないよ。」
と言って安珠が心配そうにこちらを見た。
「そうだね、高校の時から吸っているんだけれど辞められなくて」
と言うと安珠が少し溜め息を吐いた。
「ご飯私が作ろうか?」
「ううん、大丈夫。むしろ俺が作っても平気?咳出ているけれど感染病では無いから安心して、熱も無いし」
「それは気にしていないけれど。身体しんどくないの?」
「ん~、呼吸が少しキツイかなと思う時はあるけれど日常生活に支障があるほどではないよ。」
「本当?」
「本当だって。」
「なら良いんだけれど、でも手伝わせて。」
「いや、パスタ茹でるだけだって。」
「それでも良いの、なんかキッチンに二人で立つのってちょっと憧れない?」
「二人で?」
「そう、恋人同士で二人でキッチンに立って料理を作るの。私そういう理想とか好きなんだよね。少女漫画読みすぎなのかもしれないけれど」
「そんな事無いよ。花束みたいな恋をしたっていう映画知らない?俺あの映画好きなんだよね。ああいう同棲とかしたいなって思っていたし。安珠の気持ち分かるよ。」
「観たよ!その映画!すれ違っていく姿がリアルで恋愛ってこんな感じなんだって思ったの。咲太はそういう恋愛した事あるの?」
俺はコップにお茶を入れてリビングにある高さが低くい机に置いて、安珠にコップを置いた目の前に座るように言いながら考える。
「そんな恋愛した事ないな~・・・多分。俺あんまり恋愛の事記憶に無いんだよね、よく元カノが家に泊まりに来ていたのはあるけれど同棲とかした事無いし。まあ半同棲的な感じだったのは覚えているけれど。コロコロ彼女変わってたしな~一年と持った事無いんだよね。」
「咲太不良だったんだ。」
お茶を一口飲んで安珠が言う。
「今と比べたら不良かも、でも昔の事だから。今は好きな子に一途だから。」
「うん、その方が良いよ。先輩見てて思ったけれどモテる人は取っ替え引っ替えしても何とも思わないかもしれないけれど、勇気出して告白して付き合った方はその付き合った期間とても大事にしているんだよね。だから、咲太はこれから付き合った人とは大事に過ごして欲しいかな。」
「そうだね、俺が不誠実だった。嫌な思いさせてたらごめんね。」
「何で、私に謝るのよ。それに過去は変わらないでしょ?」
「確かに」
「それに今は、咲太違うんでしょ?その好きな子は羨ましいな~コロコロ彼女を変えていた咲太を一途に想って貰えるんだもの。今日来る友達も同じ感じなの?」
「うん、昔は一緒によく学校の屋上で遊んでいたんだけれど、今は真面目になって金髪から黒髪になったし」
「もしかして、私が咲太の彼女と勘違いした子?」
「そうそう。」
「その人に会えるんだ!ちゃんと謝らないとね彼女に間違えてすみませんでしたって」
と安珠が笑う。来た時に見せていた表情と違って柔らかくなっている事に気が付いて少しホッとした。
「それはアイツ傷つくから止めてあげて。」
と笑いながら言うとまた咳が出た。
本当にここ最近咳が止まらない。一度内科に診て貰った方が良いのだろうか。安珠はちょっと様子を見ていたようだが俺が酷く咳き込むのを見て近くに来て背中を擦ってくれた。その時ゲボっと嫌な音がした。
俺の手には真っ赤に染まった血がべっとり付いていた。
「咲太それ・・・・」
俺は口から漏れる鉄の味にどうしたら良いのか分からなくて固まってしまった。
「咲太~鍵開いてるぞ~不用心だぞ~」
と言って星南が部屋に入ってくる。俺達はその声に振り向くことしか出来なかった。
「いつから咳が出ているんですか?」
俺は安珠を学校に送り学校でレポートを提出した後午後の診察を受けに内科に来ていた。
「大体一ヶ月前からです。その前からも少し咳はあったのですが、最近は酷くて。」
「痰が絡んだ咳が出るのですよね?」
「はい、ただ乾いた咳も出る時もあります。」
「他に痛みとかありますか?」
「痛み・・・そういえば胸と背中に痛みはあります。起き上がる時とかに痛いなと思うくらいですが。」
「一度精密検査を受けてみて下さい。もしかしたら肺がんの可能性があります。血痰が出ているのであれば可能性は高いと思います。大きな病院に予約取るのですぐに行って下さい。」
俺は頭が真っ白になるのを必死に思考を動かし医者が言っている事を理解しようとした。
医者が三日後に予約が出来たとの事で授業がもう無い金曜日の午前に予約を入れた。
診察室から出て安珠に連絡する。
『肺がんかもって言われた。金曜日午前送ってあげられないけれど大丈夫?』
と送るとすぐに既読になって
『肺がん?どういう事?今日家に行くから話聞かせて。金曜日は先週試験があってもう終わって行かなくても良いから大丈夫だよ。』
と着た。
『まだ詳しいことは分からないけれど、家に来る事は分かった。夕飯は食べる?金曜日の件は分かった。良かった。』
と送った。
『夕飯は家で食べるから大丈夫。有り難う、金曜日私とお母さんにも頼んで一緒に行って貰うから。』
『良いよ、一人で行けるし。』
『こういう時は強がっちゃ駄目。精神的に不安定になるのは当たり前なんだから。』
と着た。俺は少し内心ホッとした。その時会計に呼ばれて俺は受付に行った。
「金曜日に予約は取りましたが行った順で呼ばれるので少しお時間が掛かると思いますのでそのつもりで行って下さい。また大人の方とか一緒に来てくれる人は居ますか?」
「友人の母親が来てくれると言っているのでその方に付き添って貰います。」
「その方が良いと思います。検査をするまでは煙草は吸わないで下さい。」
「分かりました。」
俺は会計を済ますと病院から出て星南に電話を掛けた。
星南は三コールした後に出て
「どうした?病院行ったのか?」
「行った。今終わった。」
「それで?何だって?」
「肺がんかもって」
「・・・嘘だろう?」
「本当。でもこの病院大袈裟に言うって口コミに書かれていたし今回も大袈裟に言っただけかも。」
「でも、血吐いていただろう?何か検査しなかったのか?」
「呼吸を見ただけ。呼吸音聞いて音に異常があるから大きい病院に行って下さいって」
「いつ大きな病院に行くんだよ。」
「金曜日に行く」
「一緒に行こうか?」
「いや、安珠のお母さんが一緒に行ってくれるって。何か大人が来た方が良いみたい。」
「そうか、林さんには連絡しておけよ。」
「林さんぶっ倒れるんじゃ無いかな。」
「それは俺も思った。林さんぶっ倒れることをお前はしたんだから覚悟持って連絡しろよ。」
「了解、明日は学校普通に行けるから。今日は悪かったな午後の授業代筆して貰って。」
「こっちは大丈夫。お前のフリをして潜る事は慣れているから。」
「サンキュー。その授業の単位落としたら卒業出来ないから助かったわ。」
「一回も休んじゃ駄目だなんて厳しい授業だよな。」
「それな。こういう時は休んでも良いようにしてくれたら良いのにな。」
「まあ、俺が筆跡バレないように書いたし大丈夫だろ。今日一緒に居た方が良いか?」
「いや、安珠が家に来るって言っているから大丈夫。」
「安珠ちゃんが家近くて本当に良かったな。まあ家が近いから出会ったんだろうけれども。あんな良い子本当に今まで出会った事無いし、大事にしろよ。」
「おい、それは付き合えてから言ってくれよ。」
「付き合えるかは分からないじゃん。あの子咲太の事そんな風に見ている感じ無かったし。」
「そうなんだよな~友達ていう感じしか思って貰えていない気がする。」
「それは勘違いじゃなくて正しい判断だ。あの子は只の友達としか想っていないから今は片想いの状態だという事を認識するように。間違っても襲ったりするなよ。」
「変な事言うなよ。同じ部屋に居るからって言って襲ったりしないって」
「今まで色んな女喰っといてよく言うぜ。」
「過去は過去だからな。安珠は大事にしてやりたいんだよ。あーあ、早く元気になって安珠に振り向いて貰えるように頑張らなくちゃな。」
「その意気大事だぞ。なあ、お袋さんとかに連絡したのか?」
「いや、してないしする気も無い。」
「一応した方が良いんじゃ無いのか?」
「多分俺の連絡なんて見ないよ。」
「そうは言っても一応毎月お金振り込んで貰って居るし、治療費だってこれから掛かると思うし。お金どれだけあるんだよ。」
「祖母ちゃんが残してくれたお金がまだあるから治療費それでいけると思うんだけど、長引いたらちょっとキツイかもな。」
「お袋さんに連絡しとけ。」
「・・・・分かった。」
「じゃあ、俺チャリに乗るから電話切るな。先に林さんに連絡取ってからお袋さんに連絡取るんだぞ。」
そう言って星南は電話を切った。
俺は力無かった足に力を入れて家に向かって歩き始める。
歩きながらスマホを操作し林さんに電話を掛けた。
「もしもし?」
「あ、林さん?今大丈夫ですか?」
「咲太君?珍しいわね、咲太君から電話くれるなんて」
「あの、ちょっと報告というか」
「何?良いこと?」
「良いことでは無いんですが。実は今病院に行ってきまして肺がんかもって言われて」
「え?」
「昨日、お昼頃に血痰が出たんです。あれから咳はあるけれど血を吐くことは無いんですが、今日念の為に病院に行ったら肺がんかもしれないって言われて。俺・・・」
俺は歩きながら涙が出てきた。
「俺、死んじゃうんですかね。」
掠れながら出てきた言葉は弱音だった。怖かった。まだかもしれないという段階だが、かもしれないという段階でもこんなに怖いだなんて。
「咲太君、他に症状はあるの?」
「胸と背中が痛いって言ったら肺がんかもって。」
「そうね、いつ精密検査出来るの?」
「金曜日に大学病院に行きます。」
「私も一緒に行くわ。」
「でも・・・・」
「前の日に咲太君の家に泊まりに行くからお客さん用の布団干しておいて。こういう時に一緒に居なきゃ保護者の意味ないじゃ無い。」
「有り難うございます。」
俺は涙を服で拭きながら言うと
「お母さんとお父さんには連絡した?」
「まだこれからですけれど。」
「そうね、連絡しておいた方が良いわ。何かあった時にサインが出来るのは両親しか出来ないし。」
「はい。」
「咲太君、まだ決まった訳じゃ無いんだから暗い考えしちゃ駄目よ。こういう時こそ前向きに考えるのよ。」
「はい。」
「それから、この機会に煙草はもうやめなさい。」
「はい。」
「じゃあ、木曜日の夜にそっちに行くから。良いわね?」
「はい、有り難うございます。」
そう言って俺は電話を切った。
溢れてくる涙を拭いて前を向く。
一呼吸を置いた後に電話を掛けた。
「もしもし?」
暫くコールが続いた後に女性が出る。
「母さん?」
と言うと
「何の用?お金足らなくなった?」
と少し溜め息交じりで言ってくる。早く電話を切りたいのかコツコツと指を机で叩く音がする。
「あのさ・・・・俺今日肺がんかもって言われて」
「そう、それで?」
「治療費もしかしたら必要になるかもって」
「そう。治療費が分かったらLINE頂戴。お金振り込んどくから。」
「もし、同意書とか必要になったら来てくれる?」
「そうね、その時は行くわ。でもまだかもしれないていう事でしょ?」
「そうだけれど。」
「だったら、そんなに真剣に悩まなくたって良いじゃ無い。本当に肺がんって言われたらLINEして。そうしたらお父さんと相談して治療費をそれぞれで負担するから。」
「分かった。」
「用はそれだけ?」
「うん」
「じゃあ、切るわよ。今会議中なの、これ以上時間取れないから」
そう言って母さんは一方的に電話を切った。
分かっていたとは言え母さんの対応に少し傷ついた。
こんな時は傍に居てくれたって良いのに。
そう思うがそんな甘えはあの人達には通用しない。
俺は落ち込みそうになるのを堪えていると安珠から連絡が着た。
『今から行っても良い?』
俺はグッと涙が再び出そうになるのを堪えて
『良いよ。俺も今家に着いた所』
と送り玄関の鍵を開けた。
安珠が来たのはそれから二十分後だった。
「来るの遅くなってごめんね!」
と言って走って来た。
「先輩の事もあるから無理して来なくても良かったのに」
と言うと安珠は少し赤い目をしながら
「何言っているの!こんな時に心配しない人なんて居ない訳ないでしょ。」
と言ってきた。
心配しない人は居る。俺の両親だ。
安珠が来る少し前に親父から連絡が着ていた。
内容は
『母さんから聞いた。詳しいことが分かったらLINEしろ』
との事だった。
二人とも俺がこんな風に狼狽えている事なんて考えても居ないのだろう。
安珠が俺が少し考え事をしていたからか
「大丈夫?」
と聞いて来た。
俺はハッとして
「大丈夫、ごめん。考え事してた。」
と言った。
「そう、寒いから家の中に入れてくれる?」
と安珠が言う。俺は黙って安珠を家の中に入れた。
「お邪魔します。」
そう言って安珠が中に入ってきた。
「金曜日お母さん一緒に行けるって。休み取ってくれるって。」
と安珠が言う。
「有り難う、でも林さんって言う俺の保護者代わりの人が一緒に行ってくれるっていうから大丈夫だよ。」
「林さんってどんな人?」
「祖母ちゃんの友達だった人。俺がよく警察にお世話になった時とかに迎えに来てくれてた人。」
「咲太警察にお世話になったことあるの?」
「昔ね」
「そうなんだ。」
安珠に何か言おうと思って口を開いたときにまた咳が出た。
痰が絡んだので
「ごめん、うがいしてくる。」
と言って洗面所に向かった。
「咲太、大丈夫?」
と安珠が聞いてくる。
俺は
「大丈夫大丈夫、だってかもしれないっていう所だよ?真剣に考えすぎだって」
「そんな事言ったって、血痰出たんだし・・・」
「大丈夫!気にしない!それに金曜日までどうか分からないし。」
「そうだけれど・・・・」
「それに肺がんになったって今の医療技術だったらあっという間に治るって」
「そうだね。暗くなったら駄目だね、少しでも元気になって貰おうと思ったのに私が暗くなってたら駄目だね。」
「そうだよ~安珠は笑顔の方が良いよ。俺は泣いている時より笑っている安珠の方が好きだし、ああそうだ。お茶飲む?ちょっと待ってて」
と言って俺はキッチンに向かって冷蔵庫を開けた。すると安珠が後ろから抱きしめて来た。
「・・・・LINE来た時怖かったの。死んじゃうんじゃ無いかと思ったら怖かった。咲太と出会ってそんなに日にち経ってないのに昔からの友達みたいな感じがして私失うのが怖かったの。」
「大丈夫だって。」
安珠の腕を解き俺は安珠に向き合う。
安珠は泣いていた。
「安珠。」
「だって、だって、あんなに血を吐いていて何も無い訳ないじゃない。」
「大丈夫。」
「大丈夫って」
安珠はますます泣く。
このまま目が溶けてしまうんじゃないかという位目を潤わせて大粒の涙を流す。
俺は安珠にキスをした。
安珠は少し驚いた顔をしたが俺を受け入れてくれた。
「・・・・ごめん」
そう言うと
「何に対して謝ったの?私に大丈夫って無責任に言ったこと?それともキスしたこと?」
「両方」
「ズルい言い方。今までこうやって女の子達を騙してきたんだね。」
「騙してなんかいないよ。ずっと安珠の事が好きだった。」
「初めて会った時の事覚えてなかったのに?」
「それはごめんって。でもバスに乗り遅れそうになった時に会った時俺は一目惚れしたんだ。」
「嘘よ。」
「嘘なんかじゃ無い。」
「咲太って雲みたいな人だよね」
もう一度安珠にキスをする。
俺は涙が止まらない安珠を優しく抱きしめた。
「どうして俺が雲みたいな人なの?」
「捕まえたと思ったら何処かに行ってしまいそうなんだもの。どこかフワフワしてて急に居なくなってしまいそう」
「俺は安珠の前から消えたりしないよ。」
「お願いだから肺がんの疑いも消して」
安珠は小さな声でお願い、お願いと言った。俺は優しく抱きしめる事しか出来なかった。
この時間がずっと続きますように。
「肺がんのステージ四です。」
金曜日、木曜日の夜に地方から来た林さんと安珠のお母さんと安珠と一緒に病院に行ったら医師から告げられた。
「ステージ四だと抗がん剤で治療出来ますが、緩和出来る程度だと思って下さい。血痰が出てますので咳止めと痛み止めのモルヒネを使います。少し胸水が見えるので胸水をたまりにくくするために胸膜癒着術と呼ばれる処置を行います。薬を上手く使えば日常は過ごす事は出来ますので一緒に治療して行きましょう。これから骨の痛みが出てくると思いますがロキソニンテープを使って緩和していきます。手足の麻痺や言葉が言いにくいとかはありますか?」
「いえ、無いです。」
「これからそういう症状も出てくるかもしれないので、もしそういう小さな症状が出たら受診の際に教えて下さい。その度に薬を変えたり増やしたり治療方針も変わってきますので。ここ数ヶ月に渡って体重が減ったとかはありますか?」
「確かにここ最近あまり食べ物が受けつけられなくて一日一食になったりしてますが、きちんと量は少なくても三食食べるようにしてます。でも、体重は減ってます。」
「一応アナモレリンという体重が減ってしまう時に出す薬があるのでそれで様子見でしてみましょう。」
「はい。あの先生、俺後何年生きられますか?」
「ステージ四だと、三年生きられる人は17.8%、五年で9.0%です。今の状態だと決して良い状態とは言えません。治療して行って少しでも痛みや進行を緩和するくらいしか出来ないと思って下さい。」
安珠が声をかみ殺すようにして涙を流している。俺はただ手を強く握り絞めて聞く事しか出来なかった。
「はい。」
治療費については林さんと安珠のお母さんが聞いてくれた。
俺と安珠はひとまず待合室に待つように言われて診察室から出た。
安珠はまだ泣いている。
「大丈夫?どこかに座ろう」
そう言って安珠の背中を擦りながら待合室に置いてある椅子を探し空いていないかキョロキョロ見渡す。
平日だと言うのに病院は混んでいてどこもいっぱいだ。
「咲太は平気なの?」
と安珠が聞いて来た。
「俺はまだ実感が湧かないかな。」
「そっか」
「安珠がこれだけ泣いてくれているのにこんなに冷たくてごめんな。」
「そんなこと無いよ。逆に私こそこんなに泣いてごめん。」
「良いよ、それに一緒に行ってくれて良かった。俺林さんとだけだったら取り乱してたかもしれないし」
「咲太の取り乱した姿見たかったかも」
「コラコラ」
安珠がやっと小さく笑った。
俺は安珠の背中を擦りながら
「俺は長く生きるから。大丈夫だから」
「うん」
「余命数年って言われても何十年って生きてやって癌だって事も忘れちゃうくらい生きてやるから」
「うん、そうだね」
安珠は涙を両手で拭き
「咲太はしっかり長生きするよね!」
そう言った。
俺はそうだ!と言って
「長生きするぞ!!」
二人で手を挙げてガッツポーズをした。
暫く林さんと安珠のお母さんが診察室に入っていたが話が終わったのか出てきて俺達を探していた。
「こっちです!」
と林さんと安珠のお母さんに手を振って言うと
「本当にここはいつ来ても混んでるわね~!」
と林さんが言う。
俺は林さんに席を譲った。
安珠もお母さんに席を譲っている。
「林さん本当に今日は来てくれて有り難うございました。安珠のお母さんも本当に有り難うございました。」
と言うと安珠のお母さんが
「何言って居るのよ、あれだけお世話になっていてこんな時に何も出来ないなんて。もっと頼って良いのよ。」
と言われた。
林さんは
「こんな可愛らしい子が咲太君の彼女だなんて、咲太君と付き合ってくれて有り難う」
と安珠の手を握って何度も礼を言っている。
俺は慌てて
「安珠は彼女じゃ無いよ!」
と言った。すると
「彼女じゃない?」
と安珠が聞いてくる。
俺はビックリして
「だって、告白してないし」
と言った。すると安珠が
「でもキスしてきたじゃない」
と言った。俺は顔を真っ赤にして
「あれは!!」
と言うと
「咲太にファーストキス奪われたのに無かった事にされました。林さん・・・」
と安珠が林さんの背後に回る。俺はそれはズルいだろうと思って
「ファーストキスとは知らなかったんだよ。ごめんってでも告白してないし付き合うとか何も聞かれなかったから無かったことになっているって思ってて。本当にごめんって」
と言った。
「じゃあここで、付き合えば良いじゃ無い。」
と林さんが言う。
安珠もその提案は意外だったようでビックリした顔で林さんを見ている。安珠のお母さんは見守りながら
「咲太君なら安心だわ。」
と言って笑っている。
俺達は林さんに揶揄われて戸惑っていた。
「木村さん!」
と会計に呼ばれて俺はその場を後にした。
会計をしていると安珠が傍に来て
「どうする?」
と聞いて来た。
俺はお金を出しながら
「どうするって?」
と聞くと
「付き合うか付き合わないかって事!」
と言ってきた。
「今?」
と聞くと安珠が少し膨れっ面をしながら
「だって、機会失ったら咲太有耶無耶にしそうだから」
と言う。俺は笑って受付の人に次の予約を取って診察券を受け取ると
「じゃあ、今から安珠は俺の彼女ね」
と言った。
安珠は嬉しそう
「うん!」
と言った。
この幸せがずっと続けば良い。
そう思うのに頭の中ではいつかは終わりが来てその終わりはすぐ来る事が分かっていた。
安珠の手を握ると安珠が強く握り返して来た。
「力強いな~!」
と言うと
「そう?咲太だって力持ちじゃん!私の事お姫様抱っこ出来たんだから」
と言った。
「あれは馬鹿力だわ。冷静になって考えてみると急に現れた男に彼女をお姫様抱っこで連れ去るだなんてどこの韓国ドラマだよって感じだよね。」
「それな!」
「あれから先輩から連絡来たりしてない?」
「ブロックしたし、大丈夫だと思う。学校内も友達が一緒に居てくれるし」
「朝は俺が送ってあげられるけれど帰りは俺もいつ終わるか分からないし」
「朝そんなに無理しなくて良いよ。病気の事もあるし」
「彼氏だから送ってあげたいの。これは俺の役目!」
と言うと安珠は嬉しそうに
「そう~?」
と言った。
「ほら~やっぱりあの二人くっついたわ。」
と林さんが俺達が手を繋いでいるのを見て言って来た。
俺は恥ずかしかったが安珠が更に強く手を繋いできたので離す訳にはいかずそのまま繋がれている状態だった。安珠のお母さんも嬉しそうに
「そうですね。」
と言った。
俺はこれから学校に通いながら治療をするつもりだ。
先生は入院をして少しでも進行を遅らせた方が良いと言ったが、俺が学校を卒業したい。星南と一緒に卒業したいと思って入った学校なのだ。星南と卒業しなければ意味が無い。休学は考えていなかった。
林さんに促されて母親に電話したら先生と同じ事を言っていた。
でも、卒業したいという気持ちを伝えると
「アンタがそこまで考えているならいいんじゃない?」
と言って電話を切られた。
林さんは
「あの母親は!」
と怒っていたが、俺は母親の声が少し震えていたことに気が付いていた。
すぐに親父に連絡したのか親父から電話が着た。
「もしもし?」
と言うと親父が
「癌だったのか?」
と聞いて来た。母親から連絡が行っているはずなのに何で確認してくるんだと思ったが
「そうだよ、ステージ四。」
と言うと
「そうか」
「それだけの用で連絡してきたの?」
「いや、大丈夫なのか。」
「さあ、分からない。治療もこれからだし。」
「そうか、何かして欲しい事はあるか?」
「今更?」
「悪い。でも、何かして欲しい事はあるか?」
「特に無いよ。」
「そうか、一度お母さんと一緒に会いに行くから学校が無い日があったら連絡してくれ」
「もう、ほぼ春休みだからいつでも良いよ。」
「そうか、もう春休みなのか。単位もちゃんと取っているのか」
「なんとかね」
「あの、友達と一緒にか」
「星南の事?」
「ああ、星南君。その子と一緒に学校行っているのか」
「まあね、それがどうしたの?」
「いや、最近は警察にお世話になっていないから少し心配はしていたんだ。星南君も元気に過ごしているんだな。」
「警察にお世話になったなんて父さん知らなかったじゃないの?いつも祖母ちゃんが迎えに来てくれたし。」
「そうだけれど。でも父さん達も心配していたんだぞ。」
「でもそれぞれ家族作って俺を捨てただろう?」
少し声が大きくなる。傍に居た安珠が少し驚いた顔をする。安珠のお母さんも林さんも傍に居て会話を聞いているが俺がそんな事を言う事に驚いているようだ。
俺だってこんな事を何度も思っていたが、口にするとは思わなかった。
だけれど今この瞬間は止まることが出来ない。
「父さん達は違う家庭見つけて楽しそうに過ごせているのかもしれないけれども、祖母ちゃんはそんな二人を責める事無く俺を引き取ってくれて面倒見てくれた。
そんな祖母ちゃんも亡くなって俺一人になってもそれでもあんたらは俺に金だけやって一緒に住もうとか言ってくれなかっただろう?それを今更顔を見に来るなんて・・・・」
「悪い。本当にすまなかった。父さんと母さんのせいで咲太が寂しい思いしてたのに、気付かないふりをして自己中になってすまなかった。」
「もう良いよ。俺は今更実の子供として接して欲しいとは思っていないから」
「すまない。でも顔を一度見に行きたいんだ。いいか?」
「・・・・」
「咲太、今更こんな事を言ってズルいとは思うが今まで咲太の事を忘れたことなんて無かった。」
俺はこんな薄っぺらい言葉に対して嘘つきと言いたかったが、心の何処かで信じたい気持ちもあった。
「咲太。」
安珠が俺の手を握りながら言う。俺は安珠の顔を見て頷いてから
「分かった。会いに来て良いよ。」
「そうか、有り難う。今度の休みにでも母さんと休みを合わせてアパートまで行くからな」
「うん」
そう言うと父さんは電話を切った。
俺は林さんに
「父さんと母さん今度会いに来るって」
と言った。林さんは
「そう、確かにこんな事になったんだものね、一目会いたいという気持ちにもなるわよね。でも今更という気持ちも大きいわよね?咲太君一人で会える?私も同席しようか?」
と聞いて来た。
「林さんは家に帰らないと旦那さん待ってますよ。」
「あんな旦那なんて考えなくて良いわよ。四六時中一緒に居て飽き飽きしていたんだから少し離れた方がこっちは良いわ。少しの間だったら泊まれるし、お父さんとお母さんも早めに会いに来るでしょう。」
「そうですか?」
「ええ、私はあんな旦那と居るより若くて格好いい咲太君と居る方が良いからね。あら、安珠ちゃんの彼氏だから取ったりはしないから安心してね。」
「林さん~」
「フフフ、咲太君にこんな彼女が出来たなんて私嬉しくて。咲太君は私にとって孫みたいな感じだからね。こんな可愛いお嫁さんが来たらって思ったら嬉しくて」
「林さんお嫁さんって。」
そう言うと林さんは笑いながら
「咲太君、顔真っ赤になっている~」
と揶揄ってくる。俺は少し怒りながら
「だって、そんな事を言うから!安珠のお母さんの前で」
と言うと
「こういう時は早めにお母さんに許可得ておくものよ~」
と林さんが安珠のお母さんに同意を求めるように目線を送りながら言う。
安珠のお母さんも満更では無さそうで
「咲太君だったら良いわ~」
と言う。
「お母さん!」
と安珠まで顔を真っ赤にして言う。
俺達は大人二人に揶揄われて顔を真っ赤にしながら怒った。
父さんと母さんが来たのは月曜日だった。
俺はもう後は土曜日の最後の授業だけで他は殆ど春休みだったから良かったのだが、安珠はテストがあったので学校まで送っていき帰ったら両親が家に上がっていて林さんがお茶とかを出していた。
「おかえり」
母さんが俺が帰ってきたのに気が付いて言う。
「ただいま」
俺は少し気まずそうに言う。
「咲太君お帰り今さっきお母さん達も来たから先に上がって貰ったよ。咲太君も早く靴を脱いで床に座りなさい。」
と林さんが言う。
俺は林さんが言ったとおりに靴を脱いで洗面所で手を洗いうがいをしてから、リビングに行った。
両親に対面するように座ると、小さい机に大人四人が座る奇妙な光景になった。
「林さんからも聞いたけれど、治療しながら学校に通うのよね?入院した方が良いと思うのだけれど、それは良いの?」
と母親が聞いて来た。
「俺は星南と一緒に学校に入ったんだ。星南と一緒に卒業しなきゃ意味ないんだよ。」
「そんなに星南君に拘らなくても貴方には他にも友達出来るでしょう?」
「母さんは分からないかもしれないけれど、大学にはクラスが無いんだ。高校と違ってクラスメートと呼べる人は居ないんだよ。サークルにも所属していない俺なんて休学したらあっという間に一人になってしまう。それに時間が経ったからと言って病気が良くなる訳でも無いじゃん。逆に今行動しないとどんどん動けなくなるじゃん。」
「確かに私は大学に行っていないけれども・・・お父さんも何か言ってよ。早く治療した方が病気の進行も遅らせられるじゃない。そうお父さんも言ってたわよね、お願いだから入院するように言ってよ。」
と母さんが父さんに言うが父さんは黙ったままこちらを見るだけだった。
「父さんが何を言いたいのか分からないけれども、俺はこのまま学校に通うつもり。もちろん通院しながらだけれど、ステージ四って言われて俺にはもう残されている時間が少ない事には気が付いているし覚悟も出来ている。ただ今出来る事をやっておきたいんだ。」
「学校意外には何がしたいんだ?」
と父さんが聞いて来た。
「バイトもしたい。自分で稼いだお金で買いたい物があるんだ。」
「買いたい物?」
と母さんが聞いてくる。
「それは内緒。でも今欲しい物があってそれを買うためにバイトがしたいんだ。バイトも短期でするつもり。学校が無い今の時期にしか出来ない事だからやっておきたいんだ。」
「何のバイトをするつもりなの?」
「ん~、今応募出しているのが飲食店のバイトだけれどそれが受かったらそこで働くつもり」
「バイトなんてして貴方また血痰吐いたらどうするの?」
「一応薬貰って居るし無理もしないから大丈夫。」
母さんは溜め息をついてお茶を飲んだ。
「治療の事は分かった。バイトの事も認めよう。」
「お父さん!そんな無責任な!」
と母さんが父さんに言う。
「もう咲太も子供じゃないんだ。しっかり考えた事なんだろう。」
「貴方は良いかもしれないけれど、私にとったらまだまだ子供よ。二十歳よ?まだ完璧な大人とは言えないわ。早めに治療した方が少しでも長生き出来るじゃ無い。ステージ四よ?余命わずかだって言われているものと一緒じゃ無い。」
「一緒じゃ無いよ。」
俺は母さんと父さんの言い合いに口を挟んだ。
「ステージ四でも俺は死ぬ事なんて考えてないよ。ギリギリまで生きるつもりだよ。」
「だったら入院して治療を受けなさいよ。」
「母さん、俺にはもう時間が無いんだ。入院して治療したら今の生活は送れないでしょう?」
「そうだけれど」
「だから今出来る事をしたいんだよ。」
「咲太の意思は強いのね?」
「うん。」
「全く、誰に似てこんな強情になったんやら。でも無理をしたら駄目よ、貴方の身体はもう健康ではないのよ。」
「母さん分かっているって」
「体調が悪化して身体が痛むようだったらすぐに入院して治療するのよ。」
「分かった。」
俺は卒業までは身体が痛んでも無理をしようと、この場では分かったふりをして頷いた。
「煙草はもう吸っていないわよね?」
「吸っていないよ。もう捨てた。星南も一緒に止めるって言ってた。」
「そう、その方が良いわ。なるべく学校では星南君と一緒に居なさい。何かあった時に助けて貰えるように」
「分かった。元々授業もほぼ一緒のしか取ってないし。」
「痛みがあるのは胸と背中だけなのよね?」
「そうだよ。」
「他にも痛みが出たらすぐにお医者さんに言うのよ。」
「母さん分かっているって。」
「心配なのよ。こんなに酷くなるまで放っておくだなんて」
「今まで興味全然持ってなかったのに急に母親面するなよ。」
「そんな事言わないで、私だって貴方の事を一度だって忘れたことは無いわ。お腹を痛めて産んだ子だもの」
「でも、母さんは今の家庭の方が大事だろう?」
「今の家庭も大事だけれど、咲太の事も大事よ。それは嘘では無いわ。」
「そう、もっと早くに聞いていたら聞こえ方も違ったかもしれないけれど。今の状態になってから言われてもそんなに響かない。」
「そうね、今更って感じよね。ごめん」
と母さんは下を向き泣き始めた。
「いつまでも元気で居てくれるって思っていたの。勝手だけれど一緒に居られなくても心は傍に居る感覚だったの。お金を振り込んで引き落とされていると元気に過ごしているんだなって思って。親の私の方が先に老いて死ぬんだって勝手に思ってた。こんな事になるならもっと早く会いに来るなりすれば良かった。身勝手な母親でごめんね」
「今更謝られても。それに誕生日の日さえも連絡してこなかったのに傍に居る感覚がしてたって言われても実感湧かない。」
「ごめんなさい。」
「それは俺からも謝る。すまなかった。」
「別に祝って欲しかった訳じゃ無いよ。ただ一言くらいくれても良かったのにとは思ってた。それで病気になって今更治療方針について口出されても聞く気は全く無いよ。」
「そうよね、今更親面するなって思うわよね。でもね、本当に失うんじゃ無いかと思ったら怖くて仕方ないのよ。それだけは分かって欲しいの。」
「分かっているよ。だから会いに来たんでしょ?」
俺が言うと二人は黙った。母さんはまだ泣き続けていた。
「俺は死ぬつもりは全く無い。いつか近い将来その死は来るけれども、今はやりたい事をやっておきたいんだ。毎朝バスに乗って学校に行って普通に授業を受けて帰ってきてご飯の用意をしてスマホでドラマ観ながらご飯を食べてお風呂に入って寝るこんな生活を暫くは続けていきたいんだ。」
両親は黙って俺の話を聞いていた。
それまで黙って話を聞いていた林さんが
「赤の他人だから黙って話を聞いていたけれども、ここは老いぼれの戯れ言だと思って頭に入れて欲しいんだけれど、人間はいつかは死ぬ。それが遅かれ早かれいつかは来る。それは平等。でもね死ぬ時に後悔だけは残して欲しくないんだ。死ぬ間際にあれがやりたかったとかこうしてれば良かったって思って欲しくない。咲太君には咲太君なりの考えがある。それを認めて欲しい。」
と言った。
「林さんには感謝しているわ。本当に咲太がお世話になって感謝してもしきれないくらいだもの。」
と母さんが涙声で言う。
「それに安珠ちゃんも居るしね。」
と林さんが言う。
「ちょっと、林さん!」
と言うと母さんが
「安珠ちゃん?」
と言った。
「咲太君のガールフレンドよ。」
と林さんが少し意地悪そうな顔をして言った。
「咲太彼女出来たの?」
と母さんが言った。
「最近一目惚れした女の子をいとも簡単に射止めたのさ」
と林さんがウインクして言う。
俺は林さんの口を塞ごうとして手を伸ばすとバランスを崩し机に置いてあったお茶をひっくり返した。
「あらあら、照れてそんな行動取ろうとするからお茶を溢すんだよ。」
と言って林さんが布巾を取りにキッチンに行った。
母さんは涙が止まったのかハンカチで目を押さえながら
「安珠ちゃんってどういう子なの?」
と聞いて来た。
「乃木坂に居る子みたいな子だよ。」
と言うと
「咲太乃木坂好きなの?」
「別に。」
「写真は?無いの?」
「写真あるよ。」
と言ってスマホを操作した。
実は付き合ってすぐに林さんに言われて写真を撮ったのだ。
その写真をその日の夜に星南に送ったら怒りの電話が掛かってきた。
『なんでそんな展開になったんだよ!』
と怒っていた。
『俺の方が誠実なのになんで咲太には彼女が出来て俺には出来ないんだよ!』
と言っていた。
俺は安珠にキスした事は絶対に言わないでおこうと思って黙っていた。
言ったらきっと煩くなる。
あれだけ襲うなよと言われたのにキスしてしまったのだ。絶対に怒られる。
それだけは阻止せねば。
母さんに安珠と手を繋いでピースしている写真を見せると
「この子が安珠ちゃんね。可愛い子じゃない、今まで付き合ってきた子達と違って何だか大人しそうな子ね。」
と言った。
父さんも気になるのか横から見て
「咲太の好みの子ってこういう子なのか」
と言っている。
「もう良いだろう。」
と言ってスマホを取り返そうとすると母さんが
「あら、安珠ちゃんからLINE来たわよ。」
と言って渡して来た。
スマホを受けとりすぐにLINEを開くと
『あれからどうなった?』
と来ていた。
「何て来たの?」
と母さんが少しウキウキしながら聞いてくる。
「あれからどうなったんだ?って」
と言うと
「どうなったってどういう事?」
と母さんが聞いてくる。
「今日両親が来るって言ったからどうなったのか気になったんじゃない?」
「あら、そんな事。じゃあ家族写真でも撮って送ったら良いじゃ無い。未来のお嫁さんに」
と言って林さんが布巾で机を拭きながら言う。
「何?もう将来の約束までしているの?」
と母さんが言ってきた。
「していないよ、林さんが勝手に言っているだけだって」
「そうなの?まだ二十歳だし将来の事を決めるのは早すぎるわ。それに病気の事もあるし」
と母さんが言う。
父さんが
「まあまあ、今しか恋愛も出来ないし。大人になったら恋愛が出来にくくなる。それに今しか出来ない事をさせてあげようじゃないか。」
と言った。
「父さんはやけに物分かりが良いんだな。」
と言うと
「父さんも大学時代に色んな女の子と付き合ってきたからな。」
と言う。
「父さんも遊んでたんだ。」
「今は真面目だけれどな。」
「今更だけれど父さん達が離婚した理由って何?」
「本当に今更だな。」
「小さな出来事の違いとお父さんの態度の問題よ。」
と母さんが口を挟む。
「何それ。」
「目玉焼きにソースをかけるとか塩かとか。朝はパン派か和食派かどうかも違ったわ。毎朝和食にしていたけれど、本当はお母さんは楽なパン派だったのよ。それにお父さんったらそういう事をして貰うのが当たり前って顔をして感謝すらも言わなくてね。そういう小さな出来事の積み重ねで別れたのよ。」
「父さんの浮気じゃ無くて?」
「父さんが今の人と一緒になったのは離婚してからだぞ。」
「そうなんだ、母さんの今一緒になった人も離婚してから?」
「そうよ、離婚するって話を相談してた人と結婚したのよ。」
「そうなんだ。ずっとお互いの浮気で離婚したんだと思ってた。」
「咲太の親権は一応母さんが持っているが、俺も本当は引き取りたかったんだ。だけれど、咲太は覚えていないかもしれないが暫く俺の家に一緒に暮らしていて新しいお母さんが来て嫌がって母さんの所に行くって言って泣いて大変だったんだぞ。」
「そんな事全然覚えていない。」
「まだ、小さかったからな。でも母さんの所に行っても新しいお父さんに慣れなくてやっぱり父さんの方が良いって言って泣いて大変だったんだぞ。それで仕方無くお祖母ちゃんの所に住まわせたんだ。」
「そうだったんだ。知らなかった。」
「何度も挑戦したのよ。一緒に暮らす練習。だけれど全然慣れてくれなくて、あれは困ったわ~」
と母さんが頬に片手を添えて言う。
「ほらほら、昔の話は良いから家族写真撮りましょうよ。」
と言って林さんが俺のスマホを手に取ってロック画面を解除するように促してくる。
俺はスマホのロック画面を解除して写真のアプリを立ち上げ林さんにスマホを渡す。
「せっかくだから林さんも入って下さいよ。」
と父さんが言う。
「あら、私は赤の他人だし・・・」
「いや林さんは俺にとってはもう一人の祖母ちゃん的な存在だから立派な家族ですよ。だから一緒に映って下さい。」
「そう?」
と言って林さんが髪の毛を整え始めた。
俺は林さんからスマホを受け取ると
「俺が自撮りするから一緒に映って。」
と言ってスマホを内カメラにして構える。
「良い?撮るよ?」
「はい、チーズ!」
と林さんの合図に合わせてシャッターボタンを押す。
カシャと音と共に画面一杯に両親と俺と林さんが映る。
写真を二枚、三枚撮ると母さんが
「さあさあ、安珠ちゃんに送ってよ。」
と言った。
「仕方無いな~」
と言って安珠に送るとすぐに既読になって
『何!この素敵な家族写真!良い雰囲気で良かった!』
と来た。
母さんが
「私ともツーショット撮ってよ」
と言って俺のスマホを取り上げて写真を撮ってくる。
俺の顔はぶれて変な顔になった。
「こんな写真安珠に送れないよ。」
と言うが
「良いから早く!早く!」
と言って急かしてくる。
俺は仕方無く安珠に送った。
安珠は
『咲太ってお母さん似なのかな。そっくり・・・』
と送ってきた。
「ほら、やっぱり咲太は私似なんだわ!」
と言って少し自慢そうに母さんが笑った。
父さんが
「今度は俺と撮って安珠ちゃんに送ってくれ」
と言って近寄ってくる。
俺は
「もう良いよ~」
と言いながら笑顔で写真を撮った。
それから四ヶ月後、俺は入院する事になった。
暫くは通院でなんとか誤魔化していた病状も進行が早く骨が痛むようになり、少しの動きさえも痛みで苦しむようになった。
肺から骨に癌が転移したのだ。
発熱もするようになり、毎日身体がしんどくて動くのも必死だった。
家の中で倒れていることを合鍵を持っていた安珠が見つけてくれてすぐに入院する事になった。
このままだと一年持つかどうかと医師に言われた。
俺はベッドに横になりながらその話を聞いていた。
仕事を放り投げて来たのかまだお昼だというのに母さんと父さんが病院に来て、先生の話を聞いている。
俺は発熱を下げる点滴をしながらただ病室の窓から外を見ていた。
「大丈夫?」
安珠が額に手を当てて聞いて来た。
「なんとかね」
そう声を出したいが、声が掠れて音が上手く出てこない。
仕方無く笑ってピースサインをすると安珠が涙を流しながら
「無理しないでって言ったのに」
と言った。
すると病室のドアが開いた。
そこに立っていたのは星南だった。
「咲太大丈夫か?」
と走ってきたのか息が途切れ途切れである。
「私が見つけた時は血痰吐いて倒れてて、今発熱しているから解熱剤の点滴打って横になっているの。このまま入院だって。今おばさんとおじさんが先生の話を聞きに行っている。」
「そう、安珠ちゃん咲太を見つけてくれて有り難うね。まじでコイツギリギリにならないと助け求めないから本当に見つけてくれて感謝だわ。」
「咲太最近少し忙しそうだったから。」
「ああね、それは聞いてた。今日始業式だったのに連絡取れなくて本当に焦った。このまま休学するの?履修もこのままじゃ出せないし、授業受けるのも無理だろう。」
星南が病室に入りながら俺に話しかけてくる。
俺は星南の方を向いて
「大丈夫」
と言った。
「何が大丈夫なんだよ。今日から入院だろう?学校来れないじゃん。」
「なんとかする。教務部に頼んで通信にして貰えないか聞いてみる。」
「それで、テストはレポートにするって事?どうしてそんなにあの大学に拘るんだよ。そこまで行きたい大学じゃなかったじゃん。」
俺は今にも泣きそうな星南の顔を見た。
安珠が
「それは星南君と一緒に卒業したいからだと思うよ。」
と言った。
「俺と?」
星南は驚いた顔をして安珠を見る。
「うん、前に言っていたの。俺は星南と一緒に大学を卒業するって。だから休学しないって」
「そんな事一言も俺に言わなかったじゃん。」
「きっと恥ずかしかったんだよ。」
「言ってくれたら良かったのに。」
星南は地面に蹲るようにして座ったので俺の視界からは消えてしまった。
ただ、泣いているのかすすり泣きの声が聞こえる。
「星南。」
俺は掠れた声で呼んだ。
「・・・・何?」
と少し涙声の星南が答える。
「悪い。卒業出来ないかも」
と言った途端涙が溢れて止まらなかった。
「死にたくないな。」
音にはならなかったかもしれない。でも本音だった。
怖い、死ぬのが怖い。
まだやりたい事沢山あるのに怖くて仕方無い。
安珠も泣きながら、俺にティッシュで涙を拭くように渡してくれた。
俺は一枚じゃ全然足りないティッシュで涙を拭きながら泣いた。
「ああ、死ぬのってこんなに怖いもんなんだな。」
そう言うと安珠が
「まだ、分からないじゃ無い。死ぬだなんて簡単に言わないで。お願いだから、私の前から居なくならないで。」
そう言った。
俺は安珠の頭を優しく撫でて
「ごめんな」
と言った。
俺達は益々泣いた。
こうしている間にも病状は進行していく。
ぼうっとして動かない頭で必死に考えていた。
俺にはもう一つ夢がある。
それを叶える方法を探していた。
「本当に良いんだな?」
星南が俺に問いかけてきた。
「うん」
俺は丸坊主になった頭で頷いた。
星南は俺の返事を受け取ると急いで病室から出て行った。
「星南君?」
と外で安珠の声がする。きっと廊下ですれ違ったのだ。
暫くして安珠が病室に入ってきた。
「星南君なんか急いで何処かに行っちゃったけれど、大丈夫なの?」
と安珠が聞いて来た。
「安珠、俺安珠に伝えたい事がある。」
「何?改まって。」
「俺と結婚して欲しい。」
「え?」
「正式には俺と結婚式を挙げて欲しい。」
「いきなりどういう事?」
「俺はもうすぐ死ぬし、安珠にはこれからの未来がある。だから結婚は出来ないけれど、最後の願いに結婚式を一緒に挙げたいんだ。」
「咲太はまだ死なないよ?」
「ううん、俺はもう死ぬよ。」
安珠が抱きついてきて耳元で泣き始めた。
「咲太は死なない。絶対に死なない。病気に勝つんだもん。五年後も十年後も一緒に居るって言ってよ。」
「それは出来ない。俺には時間が無い。」
「咲太!!」
俺は安珠を抱きしめ返した。
力はもう殆ど無い。腕ももうほぼ皮と骨で木の棒みたいだ。
それでも安珠は振りほどくことは容易なはずなのに、俺の少し力で抱きしめられていた。
「安珠、もう一度言うよ。俺と結婚して下さい。」
安珠は泣きながら
「そんな答え分かっているでしょう?・・・・勿論。私を咲太のお嫁さんにして」
そう笑顔で答えた。
「本当ならここで俺が幸せにするって言いたいんだけれど、それは出来そうに無いから俺が死んでも幸せで居て。」
「死んでもって縁起でも無いこと言わないで」
「は~い」
俺達は笑った。
「あら、安珠ちゃんどうしたの?」
母さんが病室に入ってきた。
母さんと父さんは俺が入院するようになってから毎日病室に来るようになった。
最初は来なくて良いと言っていたが、一緒に過ごすのも残り少ないし良いかと思って甘えを受け入れることにした。
「今さっき咲太さんからプロポーズを申し込まれました。」
と安珠が俺から離れて言う。
「あら、成功したのね?」
「お母さん知っていたんですか?」
「だって、今日はね~」
と意味深な笑顔を浮かべながらこっちを見る。
これじゃあサプライズにもならない。
「何々?」
と俺と母さんの顔を行ったり来たりと見る安珠に俺は思わず笑った。
「まだ内緒。」
そう言うと安珠が
「何よ内緒って~」
と頬を膨らませた。すると
「どうした?病室にも入らないで」
と父さんが入り口にまだ立っている母さんに話掛けた。
「咲太成功したって」
と母さんが言うと
「本当か!今まだ準備中だから待っててね」
と父さんが安珠にウィンクをする。
「何ですか?準備中って。何々~?」
と少し嬉しそうにはしゃぐ安珠に俺達は笑った。
「木村さん」
と看護師さんが病室に入ってきた。
「今日の身体の調子はどうですか?」
「今日は良い感じです。痰の絡みも無いですし、まあ骨の痛みはありますけれどロキソニンテープでなんとか誤魔化せてます。ただ、夜寝る時は痛くて眠れません。」
「睡眠薬足した方が良いですかね。」
「お願いします。」
「先生に確認を取ってから、また来ますね。」
「はい。」
「ご飯はあまり食べられていないみたいですが、食欲は湧かない感じですか?」
「動かないからかあまりご飯食べたくなくて」
「そうですか、一応栄養のある点滴も打っているので大丈夫だとは思うのですが、なるべく口から栄養を取れるようにして下さい。」
「はい。」
「今日はこれから楽しみがあるんでしたよね?もしかして、このお嬢さんが噂の?」
「ええ、はい。」
「もう、話されましたか?」
「OK貰いました。」
「きゃ~!!おめでとうございます!!準備もう出来ていると思うので、お嬢さんは私と一緒に別室に向かいましょうか!」
と言って安珠を連れて別室に向かった。
それと入れ違いに星南が帰ってきた。
「は~は~、煙草止めても走るのはもう体力ねーわ。」
と言ってある物が入った袋を持って病室に入ってきた。
「それで?安珠ちゃんには伝えのか?」
「OK貰えた。」
「マジか!!良かったじゃん!あ、おばさんこんにちは。」
「星南君そんなに走って大丈夫?」
「ちょっと頼まれ事をされて」
「そうなの?上の用意が出来たみたいだから星南君、咲太の着替え手伝って貰える?」
「ええ、良いですよ。この荷物ちょっと棚に置かせて貰うわ。」
と言って荷物を端にある棚に置いた。
「よいしょ」
と言って俺を起き上がらせる。額に手を当てて
「今日は熱無いみたいだな」
と星南が言った。
「なんとかね。お洒落にしてくれよ。」
「任せろ。」
そう言って着替えを母さんと二人係でしてくれた。
父さんはカメラの用意をして
「安珠ちゃんのお母さん達は来てないの?」
と聞いて来た。
俺の代わりに星南が
「さっきロビーで会いましたよ。」
と答えた。
「何で星南君が安珠ちゃんのお母さんの事知っているの?」
と父さんが聞く。
「安珠ちゃんが俺の写真をお母さんに見せたみたいで、お母さんから何処に行けば良いのかって聞かれて場所答えました。」
「そうだったんだ。場所まで分からないよね。こんなに大きな病院だったら」
「まあ、目的地さえ分かればこの病院の見取り図分かりやすいですけれどね。・・・よし、咲太下は着替えられたぞ!」
「上はもう少し掛かりそう。何でよりによってネクタイなんて選んだのよ。」
と母さんが文句を言っている。
俺は聞こえないふりをした。
母さんは
「ああ、ちょっと曲がった。もう、今の旦那のネクタイもしめた事無いのにどうして私にこんな事を任せるのよ。ちょっと星南君代わって。」
「はいは~い。ネクタイって難しいですよね。」
と言ってちょいちょいっと弄る。
「自分のだったら簡単だけれど人となると本当に難しいわ。」
と言って母さんが近くに置いてあった椅子に座った。
「安珠ちゃんビックリしているんじゃない?」
と父さんが聞いてくる。
「本人だけでしょ?何も知らされてなかったの。ていうか本当に実行するとは思わなかった。」
と父さんが言ったので俺は星南にネクタイ弄られながら
「だって、俺には時間無いし。父さん、母さんこんな格好で悪いけれど今まで有り難う。まあ一番世話になったのは祖母ちゃんと林さんだけど。でも父さん達が居なかったら俺存在しなかったし、こうやって星南とも友達になれなかったし。有り難う。」
と言った。母さんは涙を浮かべながら
「ごめんね、ずっと構ってあげられなくて。最後の最後にこうやって家族になれて本当に良かった。こちらこそ有り難うね。」
と言った。父さんは母さんの肩を抱いて頷いた。
「本当に最後の最後だよ。」
と笑うと
「ごめんね。」
と母さんが言った。
俺は最後でもこうやって家族として形が作れただけでも嬉しかった。
それだけで俺は救われた気がした。
「よし!出来た!」
ネクタイを綺麗に締めてくれた星南が声を上げた。
「ふ~俺の力作!」
と言ってネクタイを見るとリボン型に締めてある。
「おい。」
と言うと
「やっぱここはリボンじゃなきゃ。」
と言って笑った。
俺は
「これ俺じゃあ解けないだろう。ちゃんとしろよ。」
と言ったが
「良いの良いの、これで。可愛いよ。」
と星南がウィンクして言うので
「星南!ふざけんな!」
と言うと星南が大笑いした。
コンコンコン
「はい!」
と星南が返事をする。
「木村さん準備出来ました?」
とさっきとは違う看護師さんが入って来た。
「はい、今出来たところです。」
と星南が言う。
俺はまだ出来て無いぞと言いたかったが看護師さんが
「良かった。一応規則としてそこまで開けたままに出来ないので。」
と言うので俺は文句を言う暇が無かった。
俺は看護師さん達に助けてもらいながら車椅子に乗って移動した。
目指す場所は屋上。
今日、俺と安珠は屋上で挙式をする。
屋上に着くと林さんと林さんの旦那さんが待っていた。
「あら~良い男になったじゃない。」
と言ってくる。林さんの旦那さんには今日初めて会ったので
「いつもお世話になっている木村咲太です。」
と挨拶をすると
「いつも家内から聞いているよ。話しか聞いていないけれども、私も本当の孫みたいに思っていたんだ。今日はお招き有り難うね。」
と言ってきた。
林さんがいつも言っている旦那さんの想像ではもっと口下手な人だと思っていたので、こんなに物腰柔らかな人だとは思っていなかったので少し驚いた。
「いえ、こちらこそ今日は来て頂き有り難うございます。」
と言うと
「咲太君は思っていた以上にしっかりした子だね。」
と言ってきた。俺は何て答えたら良いのか分からなくて曖昧な返事をした。
すると星南が
「やべっ、袋病室に忘れてきた。取ってくるからちょっと待ってて。」
と言って走って病室に向かった。
今日は、星南は走ってばかりだ。
「じゃあ、我々は位置に着きますか。母さんは入り口で星南君から荷物を受け取ったらそれを安珠ちゃんに渡して」
と父さんが母さんに言う。
母さんは頷き俺は父さんに車椅子を押されて移動した。
位置に着くと安珠のお母さんがやって来た。
「咲太君、安珠綺麗だから期待して待っててね。涙でグチャグチャになってたから化粧一からし直したのよ。」
とお母さんが俺に言ってきた。
「さっき泣いてたからですかね。」
と聞くと
「ううん、衣装を見て泣き出したの。あの子天然だから衣装を見るまで全然理解出来て無かったみたい。」
「そうなんですか?」
「そうよ~、咲太にプロポーズされたって喜んでたと思ったら衣装見てびっくりして固まってその場で泣き始めたのよ~大変だったんだから。でも今日は晴れて本当に良かったわね。」
「ええ、本当に。俺晴れ男なんですが、今日は本当に晴れて良かったです。」
暫くすると星南の声が聞こえる。
母さんに荷物を渡すと
「走った、今日は一生分走った。」
と言って列には~は~言いながら並んだ。
「新婦入場しますよ~!」
と母さんが言う。
音楽は無いが安珠のお父さんと一緒に安珠が白いキャミソールワンピースに天使の羽のような羽を沢山付けて、頭にはベールを被っている。
胸元には俺が星南に頼んだ花束がある。
安珠は少し先に居る俺の事を見て少し恥ずかしそうに笑った。
俺も連れられて笑い安珠が来るタイミングで父さんに手伝ってもらいながらその場に立った。
足がヨロヨロしてバランスを取るのが難しかったが今日こそは日頃の練習を活かしたい。
この日の為にリハビリをしたのだ。
食べ物はもう受け付けられなくなって栄養剤でなんとか生きている為、筋肉がもう無くなり皮と骨になってズボンもブカブカしている。
それでも俺は安珠と並ぶ為に立った。
俺の主治医が新婦役を買ってくれて俺達の前に立つ。
「貴方達は未来に希望を持って過ごす事を誓いますか?」
そう言われて俺達は少し笑って
「誓います。」
と言った。
「咲太君が死ぬその時まで愛することを林安珠さんは誓いますか?」
「誓います。」
「木村咲太君、貴方は死ぬ時まで安珠さんを愛することを誓いますか?」
「誓います。」
「ここに居る人達に聞きます。この二人が短い中でも愛し合えるように協力することを誓いますか?」
「「誓います!」」
「それでは誓いのキスを」
と言って俺にキスをするように促してくる。
俺は予想外だった。この後指輪をはめるだけだと思っていたからだ。
少し慌てていると
「早くキスを」
と先生に促される。先生は意地悪そうに笑っていた。
俺が慌てるのを分かってて言っているなと思ったが、安珠はジッとこちらを見ている。
しょうがない、ここは男だ。気合いを入れ直し安珠に向き合いベールを上げキスをした。
「ふ~!!」
と拍手が起きる。俺は恥ずかしくて穴があったら入りたかった。
看護師さんが傍に来て
「さあ、指輪をどうぞ」
と言った。
「指輪!?」
と安珠がビックリしている。
「春休みを利用して短期でアルバイトして買ったんだよ。安い奴だけどね。」
と言うと安珠が泣きだした。
「まだ、泣くの早いって。」
と言うと
「だって~ここまで用意されているって知らなかった。」
と言う。
安珠に
「左手出して。」
と言うと安珠は恐る恐る左手を出して来た。
薬指に指輪を嵌めると俺も左手を出して
「指輪嵌めて」
と言った。
安珠は震えながら指輪を嵌めてくれた。思っていた以上に指輪は重くそして大きかった。
「これで二人は夫婦と認めます。」
そう言って主治医の新婦は俺達に向かって拍手をした。
皆が拍手をして俺達は礼をして式は終わった。
「まだ夢みたい。」
そう言うのは安珠だ。今日は特別病室に泊まる事を病院側が許可してくれたのだ。
「夢じゃ無いよ、現実だよ。」
と言うと
「フフフ、本当だね。現実だね。いつから用意してたの?」
「俺が病気発覚した時から、星南に協力して貰って一緒にバイトして貰ってたんだ。」
「だから忙しかったんだね。」
「会えなくてごめんね。」
「ううん、大丈夫。やりたいこと沢山あるんだなって思ってたから。」
「有り難う、他にもサプライズあるから楽しみに待っててね。」
「本当?」
「うん。」
「楽しみに待っている。」
安珠は俺の隣に横になって一緒にベッドで天井を見た。
「ねえ、どうして私と結婚しようと思ったの?」
「ん~、俺が一目惚れしたからかな」
「咲太、色んな子と付き合ってきたのにどうして私なんかに惚れたの?」
「走ってきてパッと上げた顔が綺麗だったから。かな」
「何で断定出来ないのよ。」
「だってどの瞬間で惚れたのなんか覚えてないよ。」
「覚えておいてよ。」
「あ~あ、薬が効いてきて眠くなってきた。」
「あ、話逸らした。もう!咲太お休み」
「フフフ、安珠お休み」
そう言って俺は眠った。
その日俺は死んだ。
「安珠ちゃん大丈夫?」
そう声を掛けられて振り向くと星南君が立って居た。
空っぽになった病室に私はただ立ちすくんでいた。
「大丈夫かって聞かれたら大丈夫じゃないかな~。もう少し浸っていたいかな。」
「そうだよね、突然だったもんね。」
「寝る直前まで話してたんだよ。なのにいきなり急変するなんて聞いてない。」
「うん」
「咲太は本当に雲みたいな人だよね。」
「うん」
「本当に居なくなっちゃうなんて」
「安珠ちゃん、一つだけ咲太から渡して欲しいって言われてた物があるんだ。」
と言って星南君が私に手紙を渡して来た。
「何?これ」
「中身は俺も見てない。だからこれ開けて読んで。」
私は手紙の封を開けて見ると一枚のハガキが入って居た。
ハガキの表にはひまわりの花畑が印刷されている。
『俺の部屋に行って』
と書かれていた。
「俺の部屋?」
と星南君が言う。何の事だろう。私と星南君は向き合って少し考えた後急いでタクシーに乗って咲太の家に向かった。
合鍵で部屋に入ろうとすると星南君が
「待って、ポストに何か入っている。」
と言うのでポストを開けて見ると白い手紙が挟まれていた。
また封を開けて見るとまたひまわりの花畑が印刷されている。
『靴箱を見て』
「靴箱?何この手紙」
「でも、この字確かに咲太の字だよ。」
「うん、何か宝物探しみたい」
「急いで靴箱見てみよう」
玄関を開けて靴箱を見るとまた封筒が置いてある。
『冷蔵庫を見て』
急いで靴を脱いで冷蔵庫を見る。空っぽの中に一枚封筒が入って居る。
私は封筒を取り出し封を開けてみると中にはまた一枚のハガキが入って居た。
そのハガキにもひまわりの花畑が印刷されている。
『キッチンの戸棚を見てみて』
「今度はキッチンの戸棚だって」
と言うと星南君がキッチンの戸棚を開けて見ると戸棚に一枚の封筒がまた挟まれていた。
封筒と開けるとまたひまわりの花畑のハガキに文字が書いてある。
『テレビの裏を見て』
テレビの裏を見るとまた封筒が置かれている。
「これ本当に何なの?」
と言うと星南君が少し考えながら
「俺ちょっと分かったかも」
と言った。
星南君は封筒を開けるとまたひまわりの花畑の写真ハガキにまた文字が書かれている。
『浴室に行ってみて』
星南君が無言で浴室に行く。暫く経ってから
「次は洗面所だって」
と言って洗面所でガタガタ何かを探している音がする。傍に行くと星南君がひまわりの花畑の写真ハガキに書かれた文字を読む。
「キッチンの机の裏だって」
「ねえ、何がこれで分かるの?」
と聞くと
「次で最後だと思う。」
「何で?」
「良いから、キッチンの机の裏探してみて」
と言われて私はキッチンの机の裏を見に行った。
机の裏にセロハンテープで封筒が留められている。
丁寧に剥がし、封筒の中身を見るとやっぱりひまわりの花畑の写真ハガキだった。
『ベッドの下を見てみて』
「今度はベッドの下?星南君本当にこれで最後なの?」
「きっとこれで最後だと思う。」
と言ってベッドの下を探すとまた封筒があった。
またかと思って中を見るとひまわりの花畑の写真と共に一枚の手紙が入って居た。
『安珠と星南へ
これを見つけてくれて有り難う。
サプライズビックリした?
これを読んでいるっていう事は、俺は死んだって事だよね。
俺の人生色んな事がありすぎて何を書いたら良いのか分からないけれども、星南という大事な親友に出逢えて本当に良かった。
一緒に卒業が出来なかったのは悔しいけれど、一緒に授業受けたりサボったりした日の事はとても楽しくていつもワクワクしてた。
こうやって一緒に悪さしてきたのも星南と一緒だったから楽しかったのであって他の奴だったらこんな気持ちにならなかったと思う。
星南、俺を親友にしてくれて本当にありがとうな。
最後の最後まで沢山迷惑かけてごめんな。
社会人になって一緒に朝までお酒飲んでっていう生活したかったけれども、叶いそうにないや。ごめんな。
星南さ、真面目になるって言って金髪から黒髪に変えたけれど性格のチャラさは変わってないからその辺変えたらすぐに彼女出来ると思うぞ。
これ読んでてきっと星南の事だから煩いと思っていると思うけれど。笑
安珠の事を頼んだぞ。
安珠、結婚式勝手にしたいって言ってごめんな。
ビックリしたよね?
これ読んでいるって事はOKしてくれたのかな。
そうだったら良いな。
俺本当に恋愛の事何も知らないで生きてきて、人をこんなに好きになれるなんて知らなかった。
それを教えてくれて本当にありがとう。
安珠に出会って日常が本当に変わった。
色が無かった世界に色を運んでくれて有り難う。
もし、生まれ変わったとしてもまた安珠に会いたい。
こんなにお別れが早く来るだなんて思いもしなかった。
彼氏として不甲斐ない姿ばかり見せてきたけれど、安珠を想う気持ちはきっとこれから先も誰にも負けないと思う。
でもね、安珠。
安珠は俺と違ってこれからがある人だから好きな人をまた作って欲しい。
愛する人が出来た時に俺のあげた指輪を俺の墓に置いて欲しい。
それまで俺が傍で守っているから。
だから一人じゃないから。
ずっと傍に居るから学校も先輩の事も全部一緒に居るから怖くないから。
俺の事できっと泣いたりすると思うけれど、辛くなったら星南に話を聞いて貰って。
俺は残念ながら話を聞いてあげる事は出来てもアドバイスは出来ないから。
寂しくなったらいつでも会いに来て。
安珠がいつでも来ても良いように俺は待っているから。
安珠、大好きだよ。本当に大好き。
出会ってくれて本当にありがとう。
幸せになるんだよ。
木村咲太』
私は涙が止まらなかった。
いつこんな手紙書いてたんだろう。
字が震えていないからまだ入院してすぐくらいなのか。
その時から死を覚悟していたというのか。
その時からこのサプライズを考えていたなんて。
「なんでひまわりの花を選んだのかな」
と言うと星南君が
「ひまわりの花言葉に意味があるんじゃないかな。」
と言った。
「ひまわりの花言葉?」
「知らない?」
「知らない。」
「ひまわりはどんな時も太陽の方を見ることから貴方だけを見つめるという花言葉があるんだよ。それにこの本数だと999本。」
「そんなに数あったの?」
「だって、この一枚のハガキに111本のひまわりが無数にあるじゃん。凄く気持ち悪いけれど。」
「確かにギョッとする量だよね。」
「でも、きっとこの数に拘ったんだろうね。」
「どんな意味があるの?」
“何度生まれ変わっても君を愛す”