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白い部屋には独り達

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白い部屋には独り達

1 - #1. 邂逅

♥

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2025年08月12日

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この作品で登場する団体、名称につきましては、本家様に一切関係がありません。



無断転載、シェアを固く禁じます。






























キーボードを叩き画面と睨み合いを始めてからかれこれ4時間。



給料の発生しない無駄極まりない仕事を黙々とこなし続ける。




因むと終業時間はとっくに過ぎている。



「コレ、やっといて」



そう言って机の上に放り投げられた紙の束が積み重なり、まるで人類の犯した罪そのもの、俗に言う「塔」のようになっていた。



「お前まだ終わってないの?チッ、使えねぇな」



オフィス中に轟く怒声と罵声をBGMに、美味くもないコーヒーを啜り痛む頭と戦う。



帰りたい。



仕事中に思うのは、いつもそれだ。



誰か俺を、ここじゃない何処かに連れて行って欲しい。



苦しみのない世界へ。痛みのない境地へ。




─あぁ、今日もまたまともな食事が取れなかった。



家に帰っても死んだように眠るだけ。



趣味のギターも今では箪笥の肥やしだ。



人でごった返した電車に揺られる朝は気持ちが悪くて吐き気がする。



端的に言えば死にたい。生きている意味もないと思う。


これで俺が死ねば、この会社の悪行や異常さが少しは明るみになるだろうか。


俺が壊れたことさえ、誰にも知られずに秘密裏に葬られるとしたら?



誰か俺のことを看取ってくれる奴はいないのか。



途方のない絶望に駆られた。












終電の1本前の電車に乗り、今日は運良く帰れた。



シャワーは朝浴びればいい。いつもそうしてる。



飯を食う気力すら湧かないから、家に帰れば直行するのはベッドだ。



スマホを軽くチェックし、幸せそうな同級生たちのSNSを眺める。



夏だというのに、俺はバーベキューもしていなければ海にも行っていない。それどころか、それらを共にする家族も友人も恋人もいない。



日常生活は会社にぶち壊されたんだ。異常だ。早く辞められればいいのに、辞められない

心底バカだと思う。何のためにここまでして自殺の道をひた走っているのか。



そう考えているうちに殺人的な眠気に襲われ、鉛のように重くなった身体をマットレスへと沈めた。



せめて、いい夢くらいは見たいものだ。






























「あ…?」






ふと、目が覚める。



眩しかった。当たりが白んで見えるほどの光だ。



もう、朝なのか?



いや、違う。





「ここは、何処だ?」




そう。俺が目覚めたのは、全くもって見覚えのない空間。



無駄にだだっ広くて、終わりが見えない。



精神が狂いそうなほど、明るくて、眩しい。



辺り一面が、兎に角白い。白すぎるのだ。



ただ不思議とそれに疑問は持たず、奇妙な安堵さえ覚えていた。



この白い空間で目覚めた俺も、例外なく白に染まっていた。



喪服のようなスーツではなく、言ってしまえばパジャマのような。



そして、触れるべきは、目の前の「扉」だ。



扉も同じく真っ白に染まっており、ドアノブだけが金属由来の鈍い輝きを放っている。



一般的なものと何ら変わりないが、こんなところにぽつんと佇んでいると某青狸のひみつ道具を想起させる。



もし、このドアを開けたら?


その先に広がる非日常を想像する。


なにかが変わる?俺は救われる…?



たとえこれが夢幻の類だろうが関係ない。


俺を変える何かが、待っている。そんな気がする。



意を決して立ち上がり、ドアノブを握った。



どこまでも白く、純粋な世界へ。



蝶番の軋む音と共に、俺は眩い光に包まれた。









──「待ちくたびれたよ、」













強すぎる光に目潰しを食らい、薄目で”それ”を視認する。



白い人影。同じく、白い世界。



俺を誘う、優しい声。






「さあ、おいで。君は『招かれた』んだ。ここは楽園。君の望んだ小さい小さい理想郷」






理想郷、だって?






「怖がらないで。僕が君をちゃんと連れて行く」






俺は、どうすればいい?





その時、俺の思考を汲み取ったかのように光の中から手が伸びる。



柔く、強かで、温もりの宿った掌。




「僕の手をとって。君は、何も考えなくていいんだ」




縋るように、思わずしかと握りしめる。



誰でもいい。俺を救ってくれるなら。



呼応するように、全身が温もりに包まれる。





「それでいい。」




「さあ、愛すべき迷い子よ。」





─『白く澄んだ世界に、ご案内しましょう。』






ぐい、と腕ごと引っ張られ、扉の向こうへ、足を踏み出した。




光は徐々に収斂し、目の前に広がる景色に目を疑う。





俺の手を取っていた人影に目線をやると、なにやら怪しげな見た目をしていた。




シャツにスーツ。サスペンダーと吊りズボン。先の尖った、ヒールの革靴。


光沢を放つステッキと、ショーマンのような帽子を被っている。


そしてそのどれもが白く、穏やかに微笑む目元には同じく白のアイライン。



「誰…?」




「申し遅れたね。僕は君をここへ招いた、他でもない、救世主さ。」



「…きゃは、なーんちゃって!」




「…?」




「おっと失礼。困惑させちゃったみたいだね。」




「あの、ここはどこなんでしょう」




「んー?ここはねぇ、端的に言えば、「君だけの世界」だよ。」




「俺だけの…?」




「そう。日常に疲弊した君の隠れ家であり、君の絶対的な救済となる存在。まあ、君の見ている夢の類と言っても過言ではないね。眠っている間、意識だけがここに来られるんだ」





「黒く淀んだ君を癒すために、全部「白」で構成されてるんだよ。見てご覧?」





まるでよくできたジオラマのように見えるそれは、ありふれた建物、日用品のすべてが純白に染まっていた。



どこまでも清廉で、神秘的な空間。





「まぁ、まだ生まれたての世界だからいろいろと改善点は山盛りだけどねぇ。」




「…この白い世界、そうだ、


 『 ホワイトラウンジ』

 とでも呼ぼうか。」




「ここは君を歓迎する。いつだってね。君が救いを望むなら、それに応える。僕だってそうさ。君を癒やすために生まれた、一端の管理人」



そう言うと、ショーマンのような格好の男は俺の手を握る。



少々小柄で、愛らしい顔つきをしているのがよく分かる。



いたずらっぽく笑い、犬歯を覗かせた。




「─ようこそ、『ホワイトラウンジ』へ。」




「僕のお客様。もてなしてあげるよ」




唇に、ふに、と柔らかい感触が触れる。



それは一瞬で俺に形容し難い電撃のような感覚を残し、離れていく。



彼のピンク色で薄く形のいい唇がにんまりとゆがむ。


照れくさそうに襟足を弄り、にやにやと 俺を見つめた。

「なーに見てんの。もう1回してほしい?」




「…は、ぁ?」





それがキスだと気づくには、少々時間がかかった。


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