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テラーノベル(Teller Novel)
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ふらついた足取りで、帰路に着いた。視界がずっと滲んでいて、涙か雨か分からない。

「ダセェ、俺……」

ポツリと呟いた。もうこの声も届かないと思うと、無性に虚しい。

(帰るか……)

そう思ったところで、気が付いた。自分がどうやってここまで来たのか、覚えていない事に。見たことのある景色、いつも通る道。それなのに、帰り道が分からない。何故、と自分に問うが、答えが返ってくる筈もない。

(ヤベ、何だ?何でここに……?)

何故、何故、分からない。嫌だ、嫌だ、怖い。恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い。

助けて。

「───────透也!」

大嫌いな声がした。どこか優しい、心地良い声。涙が溢れた。じわじわと地面を濡らす。意を決して振り返るが、そこには誰もいなかった。遥馬どころか、人ひとりいない。

(幻聴か……)

また前を向く。一歩を踏み出す。もう、聞こえる筈がない。

「透也!」

また、声がする。嫌だ、嫌だ。

「透也!」

聞こえる度に、声は近く、はっきりとしてくる。もう嫌だ。聞きたくない。思い出したくない。嫌だ、嫌だ嫌だ。

───────アイツの前で、泣きたくない。

「透也、起きろ!」

あ、そうか、そうだった……

これは──────────────────






「おい、起きろ!透也!」

目を開ければ、目の前には天井があった。枕元で、スマホが小さく震えている。スマホを手に取り、軽く画面を叩くとパッと明るくなり、時間とある文字が表示される。

『伊崎目覚まし(ウザい)』

自分で設定した名前だ。遥馬が「嫌いな奴の声なら聞いた瞬間起きれる」と言って、お互いで録音したものだ。

「本当、ウッゼぇ」

画面を叩き、音声が止まる。しばらく画面を眺め、そしてスリープさせた。

「夢か、夢だよなぁ……うん、そうだ」

先程までのことに結論を付け、ベッドから降りた。薄く皺の付いたシャツに腕を通す。未だにスーツには慣れない。少し不思議だったが、何故だか心は軽い。ふと、スマホを振り返った。何を思ったのだろう、遥馬のトーク画面を開いた。アイツが死んでから一件だけ、不機嫌な顔をした猫と共に『嫌いだ!!』という文字が書かれたスタンプを送った。

「辛ぇなぁ…」

画面をスクロールする。喧嘩の合間に他愛もない会話が混じり、懐かしさを噛み締める。一番下まで画面を戻し、そこで、ふと気が付いた。

猫のスタンプの横に、小さく既読という文字が付いている。遥馬のスマホは、伊崎宅の遥馬の部屋に保管されている。家族が触ることはもう無いらしい。それなのに何故既読が付くのか。

「まさか、な……」

しばらく画面を眺め、そしてふと笑みが零れた。あぁ、俺はコイツといるのが好きだったのだろう。スマホの画面を閉じ、ジャケットを手に取った。ネクタイを締め、鏡に向かって笑いかける。カバンを手に取り、パンを2つ持って玄関へ行く。靴を履き、立ち上がった。そして、一人暮らしになってから、一度も口にしなかった言葉を部屋の中に向かって放った。


「行ってきます」

少し特別に感じる。扉に手を掛け、強く押す。



今日は良い日になりそうだ。

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コメント

45

ユーザー

あっああああああああ 好きすぎる…!!!!! 今見た…遅れたことに後悔

ユーザー

どうしても自分が辛すぎて書いてしまった……。少しでも救われて欲しいです

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