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R side
遠くでかのんがこちらに向かって笑っている。
大好きな笑顔に、心がゆっくりほどけていく。
そして、かのんが口を開いた。
何か……言っている。
R「?」
耳を傾ける。
だが、声が全く聞こえない。
足を踏み出して近づこうとするが、距離を詰めようとすればするほど、かのんが遠ざかっていく。
待て…。
どうして、届かない。
行くな…。
R「…かのん…待て…っ…!」
自分の大きな声で目覚めた。
R「っはぁ……はぁ…っ…」
目だけを動かす。
見慣れた蚊帳が、目に映る。
そうだ、昨日ここに帰って来たんだ。
ちゃんと帰って来られた。
なのに、またあの夢を見た。
遠征地で何度も見た夢。
R「う…っ…」
左腕を押さえる。
熱を帯びた痛みが走った。
呼吸が震える。
昨夜、かのんに会ったのは現実…だよな。
そう思った途端、胸の奥に不安が広がった。
もう、顔を見たくなっている。
夜まで待っていられる自信がない。
それまで待ったとしても、かのんと過ごせる時間が余暇だけでは、全然足りない。
R「あ、そうか…」
ふと、一つの案が浮かんだ。
K side
久々によく眠れた気がする。
身体がるい様の温かさを覚えている。
ちゃんと帰って来てくれた。
やっと、
やっと会えた。
るい様は、ゆっくり休めただろうか。
昨夜の事を思い出そうとして、ふいにるい様との口付けが頭に浮かんだ。
K「…っ」
口から、言葉にならない声が漏れる。
落ち着きを取り戻すまで、なかなか布団から出て来られなかった。
仕事場へ向かう。
廊下を歩いていると、呼び止められた。
重臣「かのん殿は若様の所へ向かって下さい」
K「…はい、分かりました」
体調が悪くなったのだろうか。
るい様の部屋へ足早に向かう。
けれど、どうやら俺が心配しすぎただけだった。
R「おはよう」
襖を開けると、 顔色も良く、にこにこと上機嫌なるい様がいた。
K「…おはようございます」
その姿を見て胸を撫で下ろす。
K「具合は……どうですか?」
R「痛い」
K「え?」
R「思うように動かせない」
K「えぇ…っ?」
昨夜は、大丈夫としか言わなかったるい様。
今日は打って変わって正直に痛みを口にする。
その落差に思わず拍子抜けしてしまった。
R「それで、なんだが…」
K「はい」
るい様がふっと微笑む。
R「暫く、俺の世話役をしてくれ」
K「え?!」
突然の要求についていけない俺とは反対に、るい様の瞳が爛々と輝いている。
世話役って……るい様の側で身の回りのお世話をする役目……で、合ってる?
K「でも、その役割の方はもういらっしゃるのでは…」
R「あぁ。それなら暇を与えた。もう田舎に帰ってる筈だ 」
K「…」
俺は口をぽかんと開けたまま、今るい様が話した事を咀嚼するのに精一杯だ。
るい様と…つねに一緒。
食事も、稽古も、公務も…。
R「やれるか?」
K「…はい」
るい様からの命令を断れるはずがない。
R「別に難しい事は無い。俺が頼んだ事をやれば良い」
K「はい…頑張ります」
頼まれた事をやる。
簡単に言うけど、その言葉だけじゃ片付かないことが山程ある。
それにーー、
るい様は、昨夜の出来事をどう思っているのだろう。
指先で、下唇にそっと触れる。
るい様にとっては、気にする様な事でもなかったのだろか。
寝起きから悶々としていた自分が恥ずかしい。
こんな自分に、務まるのだろうか。
けれど、そこは仕事だ。
やるしかない。
その後、爺が少し呆れ顔で世話役の仕事について教えてくれた。
その様子を、にこにことるい様が眺めている。
それに気づいた爺が、るい様にするどい視線を向けた。
爺「若様…少しでも気が緩んだら、かのん殿には元の持ち場に戻って頂きますからね…」
R「あ…あぁ、大丈夫だ」
るい様から笑顔が消え、ふと表向きの顔になる。
…これ、本当に大丈夫なのだろうか…。
俺の心配は、大体当たっていた。
爺や人目が無いと思うと、すぐにるい様が子どものような無邪気な笑顔を向けてくる。
K「…っ///」
その度に、顔色を変えないように必死だ。
仕事内容よりも……こっちの方がきつい…。
これを受ける俺の身にもなって欲しい。
爺「若様、そろそろ包帯を変えましょう」
爺が手当ての道具を一式持って来た。
K「俺がやります」
R「いや…」
言いかけてるい様が黙る。
きっと、俺を気遣って傷を見せたくないのだろう。
K「世話役の仕事です」
R「…そうか…では、頼む…」
少し強引に、押し切ってしまったかもしれない。
でも、今日一日の中で一番大切な仕事のように思えたのだ。
るい様が命懸けでここに戻って来た。
だから、その身体をちゃんと労りたかった。
ゆっくりと包帯を解く。
どの程度の傷なのだろうか…。
そう考えて、指先が僅かに震えた。
R「…う…っ…」
傷の近くまで解くと、るい様が手をぎゅっと握った。
はらりと包帯の端が落ちる。
その傷を見た瞬間、胸の奥が苦しくなる。
何を見ても動揺しないと決めていたのに。
K「すぐ、終わらせますから」
るい様は、自分の想像も付かないような経験をされてここに戻って来た。
それを痛いほど突き付けられる。
K「…薬、塗りますね…」
るい様がぎゅっと目を瞑り、顔を背ける。
R「…っ…い…っ… 」
K「あと、少し…」
できるだけ痛みが出ないよう、丁寧に、 綺麗な包帯を巻いていく。
K「…終わりました…」
R「あぁ…ありがとう」
気が付くとるい様の左手を包むように握っていた。
K「るい様…」
R「ん?」
K「帰って来て下さって…本当に良かった…」
零れそうになる涙を、必死に堪えた。
R side
傷の手当てが終わる。
なのに、かのんが手を握ったまま離さない。
そのままで構わないのだけど…、どうしたのだろう。
傷のせいで、左手の指先にはまだ痺れが残っている。
だが、かのんの温かな手に包まれると、痺れも痛みも少し和らいでいるような気がした。
K「帰って来て下さって…本当に良かった…」
かのんが目元を潤ませ、安堵したように微笑む。
R「かのんのお陰だ」
K「いえ…俺は何も…」
かのんが落ち着きなく視線を泳がせる。
頬がほんのり赤い。
その姿を見ていると、胸の奥が熱くなる。
もっと側にいて欲しい。
だが、視線の先には爺がいる…。
R「あ〜…もう……」
思わず、天を仰ぐ。
かのんはその様子を見て、不思議そうに首を傾げていた。
午後の稽古と公務を終える頃には、あっという間に外は暗くなっていた。
R「風呂、行くぞ」
K「はい」
R「かのんも」
K「…はい?!そ……そんな所にお邪魔できません…っ」
かのんの声がひっくり返る。
顔も耳までも赤くなった。
何を想像しているのか…。
R「着物がややこしくて片手じゃ無理だ」
K「あ…っ…そう、そうですよね…」
かのんがふと我に返って納得している。
その姿を見てふっと笑いがこぼれた。
R「考えすぎだ」
K「っ…!違います…っ」
さらに顔が赤くなる。
こんなに表情をくるくる変える奴だったか。
いつもと違う一面を知って、ますます愛しくなる。
R「ほら、行くぞ」
慌てるかのんの頭をぽんぽんと撫でた。
K side
るい様の一つ一つの言動にだいぶ取り乱してしまっている気がする。
淡々と仕事をすればいいのに。
そこに私情が挟まる。
こんなの、俺らしくない。
今は風呂場の入口でるい様が上がってくるのを待っている。
お背中でも流した方がいいのだろうか。
そんなことを考えた途端、るい様の姿を想像して、慌てて頭を振った。
K「ふぅ…」
余計な事を考えないよう、自分の呼吸に集中する。
R「かのん、頼む」
脱衣場からるい様の声がした。
そっと戸を開けると、白い着物を右半分だけ羽織ったるい様が背を向けて立っていた。
細身ながらも、綺麗に筋肉のついた身体に息を呑む。
るい様へ一歩踏み出したものの、露わになった肌を直視することができない。
R「かのん…寒い…」
るい様が身を縮める。
K「…急ぎます…っ」
左腕に痛みが出ないよう、そろりと袖を通す。
紐、結ばないと……。
正面に回る。
視線をできるだけ逸らしながら、前身頃を合わせる。
紐を結ぶ手がどこか覚束ない。
もたもたしていると、急にその手をるい様に掴まれた。
R「…こっちまで緊張する」
K「…すみませ…」
この時、るい様の顔をちゃんと見た 。
湯上がりの頬は赤く、額には汗が滲んでいる。
濡れた髪の毛は掻き上げられ、いつも以上に艶かに見えた。
K「…///」
喉の奥が熱くなる。
その姿から目を逸らせない。
R「耳…赤い…」
るい様がふっと笑って、 耳の端を優しく摘む。
そして、親指でそっと撫でられた。
K「…ッ…」
肩が、小さく震える。
るい様がこちらに一歩踏み出してきた。
距離が近づき、俺は慌てて一歩下がった。
るい様の口元が、僅かに上がる。
そして、また距離を詰めてくる。
そんな事を繰り返している内に、背中が壁に触れた。
K「…るい…さま…?…」
戸惑って出した声は、掠れていた。
何を考えているのだろう。
るい様の目を懸命に見つめる。
けれど、その表情は穏やかなままだ。
そして、るい様の片腕に強く抱き寄せられる。
K「……っ」
胸が大きく跳ねる。
熱くなった頬が、るい様の胸元に押し付けられた。
R「やっと…触れられた…」
るい様が、ふぅと深く息を吐く。
R「側に置くというのも、なかなか辛いな」
るい様がくくっと喉を鳴らして笑う 。
K「…///」
昨夜は、自らるい様の背中に手を回したというのに、手を握り締めたまま硬直してしまう。
るい様の肌に触れている所がますます熱を持って、そこに立っているだけで精一杯だ。
R「かのん?」
身体が少し離れる。
K「は…い…」
恥ずかしくて顔が上げられない。
るい様が慣れた手つきで、俺の顎を上げた。
見ないでほしい。
きっと、酷い顔をしている…。
るい様が困ったように笑う。
R「…ずるいな、その顔…」
そう言ってすぐに唇が重なった。
K「…っ!」
ッ…チュッ…ッ…チュ…
るい様の掬い上げるような口付け。
その熱にあっという間に呑まれた。
K「ッ…ハァ…ッ…!…」
…何も考えられなくなる。
足に力が抜けそうで、壁に体重を預けた。
R「ッ…フゥ…ッ……ハ…ッ…」
お互いの息遣いが荒くなっていく。
でも、これ以上続けたら…、るい様の事をもっともっと欲しくなる。
残った理性を手繰り寄せるように、口を開いた。
K「ッ…るい様…だめ…」
るい様の胸を押し返す。
けれど、やめてくれる気配がない。
顔を背けても、逃げる唇を追ってくる。
K「ッめ…ッ……だめです…っ」
慌てて自分の手を間に挟んだ。
R「っ!……ん”〜〜…」
口を塞がれたるい様が、不服そうな視線をこちら向けて唸る。
それでもまだ前のめりだから、るい様の口から手を離すことが出来ない。
この状況…どうしよう…。
そう考えた瞬間、
ベロッ…!
K「うわぁっ!!」
突然、手のひらを思い切り舐められた。
その手を胸の前に引っ込める。
ドンドン!
「若様!大丈夫ですか?!」
風呂場の前で番をしていた家臣が、戸の向こうから慌てて声をかけてくる。
R「あぁ!問題ない。かのんが虫に驚いただけだ」
「…そう、ですか」
俺は固まったまま動けない。
K「な…っ…どこ…舐めて…」
るい様がふいっと顔を背ける。
そして、口を尖らせて、小さく息を吐いた。
K「え…」
怒った…?
というか、拗ねた…?
まだ初日。
そして、まだ一日が終わってないというのに。
これ、るい様の怪我が良くなるまで平穏に過ごせるのだろうか…。
俺も、恥ずかしがっている場合ではない。
少しでもるい様を意識すると、すぐに見つかってしまう。
黙ったままのるい様の着物をてきぱきと整えた。
その夜、るい様はいつもより大人しかった。
少し話しをして、もう寝ると言う。
R「かのん…最近、夢見が悪い…」
遠征のせいだろうか。
R「眠るまで、手を握っていてくれるか…」
K「もちろんです」
怪我した方の手を握る。
手先が少し冷たい。
R「…温かい」
K「そうですか…よかった…」
るい様が目を瞑る。
あまり顔を見つめていても、眠れないだろう。
そう思って、俺も一緒に目を閉じた。
暫くすると、るい様の寝息が聞こえる。
穏やかな寝顔。
K「…ふぅ…」
何とか、一日を終えられた。
部屋がとても静かだ。
蝋燭の柔らかい灯りとるい様の小さな寝息が聞こえるだけ。
ぼんやりと寝顔を見つめる。
眠るまで、と言われた。
でも、どうしても離れられなかった。
もう、どこへも行かないで欲しい。
るい様がやっと帰って来たのに、そんな事ばかり考えている気がする。
もっと側にいれば。
もっと、るい様を感じていれば。
この胸に残った不安も、なくなるのだろうか。
るい様を受け入れて、るい様で満たされたら。
いつもなら、そんなふうには考えないのに…。
胸に残った不安に、押し潰されそうになった。
るい様の手を両手で包み込み、 祈るように握る。
どうか、もう悪い夢を見ませんように。
K「……るい様…おやすみなさい。また、明日…」
握っていた手を、そっと布団の中へしまった。
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第13話読み終えたわ!もうね、風呂場のシーンがヤバすぎた…ッ!るい様がかのんの耳を撫でるところから、壁ドンしてのキスシーン、手のひら舐められて「うわぁ」ってなるかのんのリアクションまで、全部尊すぎて頭抱えた🔥 「やっと触れられた」って言うるい様の心情と、それに対して戸惑いながらも惹かれていくかのんの葛藤が丁寧に描かれてて、すごく刺さったわ。最後の手を握ってるシーンも、お互いの不安と愛情が伝わってきて泣きそうになった。続き、めっちゃ気になる…!