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「元は人間などと言う虫けらに過ぎぬ身で、このグルヴェイグの肌に傷をつけるとは!身の程を知らぬのも大概にせよ!」
グルヴェイグの神気が左の拳に集まり、小型の太陽のように光輝く。この拳を受ければ肉も骨も砕け散り、原型をとどめない死体に変えられるだろう。
類まれなる胆力を持つ又兵衛も流石に怖気を振るい、慌てて身を伏せて拳の一撃を躱した。
体勢を整えて第二の太刀を振るおうとした又兵衛であったが、グルヴェイグの顔がこちらに真直ぐ向けられると、はっと気づいて目を閉じる。
間一髪でグルヴェイグの琥珀色の瞳から放たれる光を見ずに済んだ。
そこに重成が、又兵衛の加勢に入るべく駆けつけた。
「重成殿、こ奴の光る瞳に気を付けろ!金縛りの術を使いおるぞ!」
重成はそう言われていささかも慌てず瞳を閉じる。感覚を研ぎ澄ませて女神の鞭が空気を切り裂くのを感じ、己に浴びせられる鞭を全く無駄のない動きで躱した。
さらにグルヴェイグは嵐のように鞭を振るい続けたが、重成の身に触れることはなかった。
「むう!」
重成の華麗な神技とも言うべき体捌きに女神は一瞬、感嘆の表情を浮かべる。
重成は一瞬で間合いを詰め、女神の二つの顔貌に横なぎの一撃を見舞う。
グルヴェイグは左拳でこれを払うが、重成は体を旋回させて巧みにその衝撃を殺し、その勢いのまま斬撃を女神の焼けただれた左半面に叩き込んだ。
だが、火傷を負った顔面は無傷の方の顔面よりもさらに固く、傷つけることは出来なかった。
遅れじとばかり又兵衛も豪刀を振るい、さらにブリュンヒルデも細身の剣を抜いて駆けつけ、刺突を浴びせる。
「ぐ・・・・、小賢しい人形どもが!」
この距離では鞭は振るえない。グルヴェイグは拳を使って攻撃を防ごうとするが敵三人の剣技はいずれも卓越しており、とてもではないが防ぎきれない。
たちまち身に剣を浴び続けることになった。いずれも肌をほんの少し傷つけられる程度であるが、苛立ちと忌々しさは如何ともしがたい。
ローランも彼らに続くべく駆け出したいのだが、まるで五体に力が入らなかった。
(ぐ・・・、馬鹿な、この聖騎士ローランがたかが女の振るう鞭の一撃で・・・・!)
己の頑健さには絶対の自信を持つローランである。確かに女神の鞭の威力は凄まじく、甲冑は意味を成さずに肉体に深い衝撃を与えたが、この程度の傷に屈する己ではない。
(あの鞭には邪悪な魔法が込められているのか?打ち据えた者の肉体の自由を奪う効果のある呪いが・・・・)
(ローラン、何をやっているんだ、さっさと走ってデュランダルを食らわせろ!)
エドワードの念話がローランに届いた。
(もうわかっただろう。あの狂った女神を倒す可能性があるのは君の馬鹿力で振るわれる聖剣の一撃しかないんだ。その為にブリュンヒルデ、重成、又兵衛は必死で隙を作ろうとしているんだぞ。それなのに何をもたもたしているんだ)
(・・・・)
(おや、何を黙り込んでいるんだ?いつもなら威勢よく怒鳴り返しているはずなのに・・・・。まさか聖騎士ローラン様ともあろう者が、鞭の一撃を喰らって女神に恐れをなしたのかな?)
(どこもでも腹の立つ小僧めが・・・・)
ローランは女神の鞭に込められた呪いについてエドワードに報告し、何か策を講じるべきだっただろう。
だがそれはローランの自尊心が許さなかった。己が弱体化したことを他人に、まして常日頃からことごとくそりが合わないイングランドの王子に知られたくはなかったのである。
エドワードも聡明な少年であるから、ローランの異変を察してはいたのだが、やはり犬猿の仲である彼には皮肉を浴びせずにはいられなかった。また、そうすることでローランを発奮させるという計算もあった。
「この聖騎士ローランをなめるな!」
ローランは体内を蝕む女神の呪いを払うべく神気を集中させ、そして一気に発散させた。
完全に効果があった訳ではない。呪いの効果は未だ残っているだろうが、
「うおおおお!!」
ローランは雄たけびを上げ、重い手足のことは念頭から振り払って聖剣デュランダルを担いで女神に突進した。
「ちっ、本当に猪だな。自分から叫んで敵の注意を引いてどうするんだ、全く・・・・」
舌打ちしつつも、エドワードはオーク兵をローランに並走させる。
「ふん!」
グルヴェイグがローランのただならぬ猛気に反応し、三人の攻撃を受けつつも鞭を振るったが、オーク兵二体が跳躍し、己の体を盾にしてローランを守った。
破壊されたオーク兵の残骸の破片を浴びながらもローランの突進は止まらない。
重成、又兵衛、ブリュンヒルデの三人は女神の気を逸らすべくいよいよその剣の技に気迫を込める。
「ふん、お前たち、あの騎士が持つ特殊な剣に全ての希望を託しているようだな」
「・・・・!」
女神の悠然たる言葉と凄艶な笑顔を受け、二人のエインフェリアとワルキューレは心臓を掴まれたような衝撃と悪寒を覚えた。
「あの剣には聖なる力が付与されているようだな。そしてその持ち主は類まれなる剛力・・・・。良かろう、その一撃はこの私の忌まわしい呪われた体を切り裂けるかどうか、やってみるがいい」
「邪悪な女神よ、貴様を滅ぼす者の名は聖騎士ローランだ。よく覚えておけ!」
ローランが高らかに宣言しつつ、聖剣デュランダルを女神の焼けただれた左半身に振り下ろす。
「・・・・」
グルヴェイグは全く避けようとせず、いかなる思いを秘めているのか窺い知れぬ平静な表情でその一撃を受けた。
「馬鹿な・・・・」
重成、ブリュンヒルデ、又兵衛、そしてエドワードの胸中を絶望が覆い尽くした。
ローランの岩をも両断するであろう聖剣デュランダルの渾身の一撃をもってしても女神の焼けただれた左肩を切り裂くことはできなかった。
「たいした一撃よな。まさかエインフェリアなどという下等な存在がこれ程の力が出せるとは・・・・。この右半身の方ならば手傷を負っていたであろうな」
グルヴェイグの言葉には聖騎士への称賛と余裕、そして何者かに対する怒りと無念が等しく存在しているようであった。
「ぐ・・・・。やはり鞭に込められた邪悪な呪いで我が力が衰えているのか・・・・」
「それもある。だが、例え我が鞭の一撃を受けなかったとしても、やはり私の左半身を斬ることは出来なかったであろうな」
グルヴェイグは哀れみの表情を浮かべながら言った。ローランと同時に自分自身をも哀れんでいるようであった。
「この焼けただれた半身はオーディンの呪いよ。決して癒せぬと同時に、これ以上傷つくこともないのだ。いかなる悪意が込められておるのか、見当もつかぬ。私は狂っているのかも知れんが、あ奴はそれ以上に狂っておったのだ。これ程の悪意と狂気に満ちた神が、他にいるか?私は知らぬ」
「・・・・」
「そして貴様らはそのオーディンに造られた呪われし人形とその奴隷であったな」
グルヴェイグの琥珀色の瞳が憤激の炎で真紅に変じ、神気が空気を軋ませる程に高まった。
「まずい。皆、逃げ・・・!!」
致命的な攻撃が来ることを予感し、重成が叫ぶ。
「もうお遊びはこれまでだ。滅びよ、忌まわしき者共よ!」
グルヴェイグの神気が爆発した。無形の爆風が生じ、四人のエインフェリアとワルキューレ、そして残る二体のオーク兵を飲み込んだ。オーク兵は無残に砕け散った。
そして重成、ブリュンヒルデ、又兵衛、ローラン、エドワードも全身の骨が砕け、肉が裂ける激痛を感じながら、やがて意識を失い地に沈んだ。