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つまり亡き父の失態で成宮牧場は、公売されるのだけはなんとか食い止めたが
実質は北斗が残りの税を払い終わるまでは、この牧場をどう使うかの権限は国にあるということだ
20年前・・・収益を出さない廃れたアルコール中毒の牧場主の死後、北斗達の味方には誰一人なってくれなかった中で、唯一佐原議長だけが親身になって、なんとか北斗達がこの土地で根を張って、生きて行けるように骨を折ってくれた人物だった
それこそ北斗がこの佐原議長を、尊敬している理由の一つだ
それからまだ国に借金はあるとしても、北斗は堅実に返済を続け
今では淡路一の牧場主として尊敬され、二人は今まで多くのこの町の問題に、協力して取り組んで来た
「淡路のここ・・・周防町は三つの牧場と農園で出来ている、中でもお前さんの牧場はピカ一だ、ワシは君をとても誇りに思っているんだよ北斗、広大な土地は緑が溢れ自然の恵みに馬達もよく育っている知ってるか?、Googleearthで見ると君の牧場はひときわ緑に輝いている、ここはこの町の財産だ 」
「そう言ってもらえると俺も嬉しいです」
佐原がそれほど自分を高く評価してくれることを、北斗は素直に喜んだ
「人工4000人の小さな町の周防町の穏やかさは癖になる、ワシはここから出て行くと考えるだけで苦痛だ、ワシらはここで生まれここで死んでいく 」
「ええ・・・俺も同じですよ」
佐原は立ち止まって夕日に照らされた、緑豊かな放牧地を柵越しに見つめた
その少し後ろで北斗も同じように見つめた、仔馬が元気に跳ねまわっている、少し小高い土手にはヤギが草を食み、空にはトンビが飛んでいる、太陽が森の向こうへと沈みかけている
佐原が振り返って北斗を見た
「しかしいつの時代も変わらぬものを求める者もいれば、変化こそ進歩の証だと望む者もいる・・・よそ者は淡路の北の取るに足りないこの場所を、どう変えようと惜しいと思わぬ輩がいる、ワシは長年そういった輩からこの町を守って来た」
ふ~っと佐原が大きくため息をつく、今になって彼の背中がなんだか小さくなった気がした
「しかしワシも老いた・・・・30年近く町会議員長として町民に貢献し、79歳にして少々疲れたようだよ北斗・・・ 」
「まだまだ議長には頑張ってもらわないと・・・俺は一生あなたは死ぬまで町会議長様だと思っています」
北斗は父親に話すように、親しみを込めて言った、議長はイヤイヤと笑って首を振った
「まだ足腰が動くうちに引退して、周防町の有権者の皆さんには、ゆっくり後継者を検討してもらいたいもんだね」
北斗は途端に不安になって心配顔で言った
「・・・本気で・・・引退をお考えになっているんですか? 」
じっと北斗の顔を意味ありげに見つめ、彼の肩を叩いて議長はワハハハと笑った
「引退の夢は30年前に当選した時から、ずっと考えているよ」
「そうでしょうね」
二人は楽しそうに一緒に笑った、そこからは普通に世間話をして、駐車場に停車している議長の車まで見送った
お抱え運転手が後部座席のドアを開ける
「近いうちにぜひ、うちのサラブレッドに乗りに来てください 」
北斗が車のウィンドウ越しに別れの挨拶をする
「そうだな、秋のイノシシ狩りまでに、なんとか腰の調子を取り戻したいものだ 」
議長は車の後部座席からミラー越しに、いつまでも手を振って見送る、北斗を眺めていた
議長も軽く手を振って北斗に別れを告げる
この青年は本当に素直で良い青年だ、あの父親に虐待され、辛い幼少期を過ごしたのに、こんなにまっすぐに育ったのに畏怖の念を覚えている
そして彼は一気に疲れた顔で、小さく呟いた
「許してくれ・・・北斗・・・」
数日後、アリスが貞子の家にバラ園の花を届けて帰って来ると、母屋の駐車場にジンの郵便局のワゴンが停まっていた
貞子の旦那で北斗の親友がどうやら、母屋に遊びに来てるみたいだ
フフフと笑って薔薇のお返しに、貞子からもらったイノシシ肉の入った、クーラーボックスを下げて歩いた
ウキウキとアリスが母屋のリビングに入って行くと、ダイニングテーブルにジン、北斗、そしてソファーには直哉とアリスの結婚式を執り行ってくれた神父の和也がいた
ダイニングテーブルの後ろには、何か良くないことが起きたのを感じ取ったような顔のお福が、布巾をぎゅっと手に握りしめたままじっと立っていた
全員が一斉にアリスの方を向いた
その瞬間はなんだか、広げた手の指の間から砂がこぼれ落ちるように、サラサラと幸せが落ちて行くような不安に襲われた
「ど・・・どうかしたの?・・みんな」
一瞬アリスはその場から逃げたくなった、窓辺のソファーに座っている直哉が口火を切った
「アリス・・・・ほら?覚えているか?先日ここで、町会議会をしただろ?あの時にいらした周防町の佐原町会議員長をさ・・・」
「ええ!もちろん!私と沢山お話してくださって・・・素晴らしい議長さんだわ、その方が・・・どうかしたの? 」
「引退したんだ 」
ジンが言った
「そ・・・そうなの?お見受けしたところまだまだお元気そうで、いらっしゃったのにね・・・ 」
「俺達もそう思っていた」
和也が静かに言う
「問題は佐原議長が引退した後釜の候補者なんだ 」
お福をはじめ全員がアリスを見る
「ね・・ねぇ・・・もっとちゃんと簡潔に話して?なんだか怖いわ・・・ 」
和也がそうして大きなタブレッドをアリスに見せる、そのタブレッドは淡路の速報ニュースサイトだった
その画面の周防の町議会議員に、推薦公認候補者と書かれている鬼龍院の、顔写真が乗っていた
真っ赤な文字が目に飛び込んでくる
【佐原議長の後任!周防町の町議員議長は若き貴公子】鬼龍院忠彦(37歳)ロングインタビュー―(美しい町の美しい政策を語る)
そして特定の集団に向けた白い歯を見せた、笑顔の中に醜悪さが潜んでいる鬼龍院のドアップの顔写真があった
「なんですって!!」
アリスは叫んだ