テラーノベル
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1940年ベルリン郊外。
冷たい風が街を吹き抜ける中、私は客人の訪問を待っていた。
しかし来訪者を待つ私の表情は思わず険しいものになってしまう。
無理もない。
今回の来訪者はただの客人や周辺諸国ではなく、ソビエト連邦___1年前に独ソ不可侵条約を締結し、そしてあの憎きポーランドを共に地図上から消した相手だ。
同じ全体主義国家同士。しかし国家主義と共産主義。真反対で相入れない敵対する者同士の接近と共謀そして(彼曰く)蜜月関係は世界中を驚かせたことは記憶に新しい。
しかし蜜月を歌う彼とは違い私はこの条約を蜜月とは真反対の、むしろ苦々しいとすら思っていた。
(私があんな野蛮なスラブの、しかも共産思想に溺れた下等な存在と手を組むだなんて…)
思い返しても気が狂いそうになる。
劣等民族であるスラブの共産主義国家と手を組んでいるだなんて、一時的なものだとしても屈辱そのものだ。
今回の来訪だって本当は共産主義者共にこの美しく精錬されたドイツ国内に一歩も足を踏み入れられたくないとすら思っている。
それでも表面上は友好的に迎え入れるため、第三帝国は鏡の前で笑みを作り外交の仮面を完璧に着ける。
例えどんな相手であれ自国の利益のためなら外交ではそうする必要がある___南欧の国家主義の先輩であり(世話が焼けると言う意味で)目が離せない同盟国からの言葉を思い出し心の中でひっそりと反芻する。
彼女曰く私の差別主義者でそれを隠そうとしないところや何でもかんでも力任せに解決しようとするところが外交下手の原因らしい。
まあかく言う彼女もエチオピアでやらかしていると考えるととても解せないがせっかくの蜜月関係とやらを壊すわけにはいかない。
今回はこの言葉を頭の片隅に置いて客人を招き入れるとしよう。
△△△
列車から降り立った人物を見て私はにこやかに歩み寄る。しかしその人物___ソビエト連邦がポケットから煙草の箱を引っ張り出し、火を付けて深く吸い込み煙が周囲に広がる様子に一瞬私は顔をしかめたが、彼は気づかず私の姿を見ては彼の方からも歩み寄る。
「やあ、同志! 久しぶりだな」
「ようこそ。どうぞ中へ。モスクワからの長旅で疲れただろう」
煙草の煙を吐きながら、私の前に立ったソビエト連邦の声は低く抑えられているが、情熱的な響きがどことなく滲んでいるように感じる。
そんな彼に私は友好的に手を差し伸べた。言葉は丁寧で、そして微笑みも崩さない私の様子はきっとこの場にいる誰の目から見ても蜜月のパートナーを気遣う献身的な姿に映るだろう。
だが、私はそんな姿とは裏腹に煙の臭いが鼻をついた瞬間、内心苛立ちが止まらずにいた。
煙草___私は煙草の煙を健康に害するとして、自ら吸うだなんてもっての外、受動喫煙ですら嫌悪するほど煙草を嫌っている。
だからこそ私の前で呑気(だと私には見える)に煙草を吸う彼の行動にはとても寛容な心で見逃すという気持ちにはなれないのだ。
(この無遠慮な男。私の領土で煙草をふかすとは…)
これが他の周辺諸国なら今すぐにでもこの美しいドイツ国内からつまみ出す所だが先ほど言った通り今回の相手はいくら格下と思っていても今はまだぞんざいには扱えないのだ。
西ヨーロッパを制圧するまでの我慢…そう自分に言い聞かせて私はソビエト連邦を部屋へ案内した。
△△△
塵一つないカーペット、鏡のように磨かれたテーブル、その他全ての家具が黄金比に設置されて完璧に整えられた部屋は、まるで私の神経質でそして排他的な潔癖さそのものを表しているようだと自分でも思う。
しかし部屋に入るなり、ソビエト連邦はソファーに座ると同時に煙草を灰皿に押しつけ、すぐに新しい一本を取り出し、火を付け、ゆっくりと煙を吐き出す。清潔な部屋にタバコの匂いが広がり始める。
私は思わず眉が微かにピクリと動かしてしまったがここは友好的に振る舞わねばならない。
「紅茶はどうだ?私が淹れる」
内心では、煙の粒子が部屋を汚染していることに苛立っているが、私は丁寧にカップを準備しようとする。
しかしそんな私の様子に微塵も気を遣っていないのか、いや、気づいていないのか、彼はカバンからウォッカの瓶を無造作に取り出し、テーブルに叩きつけるように置いた。グラスを二つ取り、注ぎ始め、私の前に差し出した。
どうやら紅茶は淹れる必要はなさそうだ。
「乾杯しよう。君の勝利続きを祝って」
「気持ちはありがたいが…酒は健康に悪影響を及ぼすというだろう?それもあって私は嗜まないんだ。同じ理由で煙草もね。断らせていただくとするよ」
私の言葉を聞くなりソビエト連邦は意外そうに目を丸めた。
「そうだったのか? それは悪いことをした」
悪いことをしたという言葉の割には、彼はまったく反省した様子を見せなかった。
むしろ、煙草をくわえたまま、ゆっくりと煙を吐き出しながら、くすりと小さく笑った。
その笑みが、私の神経を逆撫でする。
煙が私の顔の前を横切り、鼻腔に土臭く甘ったるい匂いが染み込んでくる。
受動喫煙の不快感が再び胸を締めつけるのに、彼はそんな私の苛立ちにまるで気づいていない。
気づいていないのか、それとも気づいていてわざとやっているのか。
どちらにしても、腹立たしい。
そんな私の心のうちを知らないのか、ソビエト連邦はふと思い出したかのように口を開いた。
「なるほど。不可侵条約を締結した後の会食でもなかなか君は酒を飲まないとは思ったが、健康のためだったのか…てっきり酒に弱くて醜態を晒さないためとかそういった理由で飲めないとばかり思っていた」
「……不名誉だな。その気になれば飲める。ただ私は自身の体調と健康を思って飲まないだけだ。そもそも私が酒を飲まないと感じていたのなら、なぜ__」
「そう気を悪くするな。俺だって悪気があって勧めたわけでもないんだ。ただ友人である君と酒を酌み交わせたらお互い楽しめるだろうと思って勧めただけだ」
思わず彼の言葉にムッとなって言い返してしまった。
本当に彼のこういうところが気に食わない。
そして好かない。
そう思いながら私は少し綻んだら外交の仮面をもう一度着けて微笑みかえした。
それにしてもその「友人」という言葉が、胸に突き刺さり、違和感を感じた時にはもうすでに口を開いて 言い返してしまった。
「友人か……。君は本当に、そう思っているのか?」
放った言葉は自分で思っている以上に声が低く、抑揚を失っていた。
(まさか、この男……本気で私を友人だと思っているのか?こんな取るに足らないような共産主義国家と私が?冗談も大概にして欲しいものだ)
「少なくとも今はそう思っている。君もそう思っているものだと俺は思っているのだが…変なことを今更聞くものだな」
そう言っては友人の新たな一面を見れたと愉快そうに煙草を灰皿に擦り、酒を飲むソビエト連邦を見て私は心底おかしな気持ちになる。彼がいくら私を友人だと思っても私は彼を友人として見ていないどころか下に見て、利用しているだけなのに……
その後、私たちは今後の計画を腹の中を探り合いながら語り合った。
領土拡大を語るソビエト連邦の燃えるような赤い瞳を見て、見た目にそぐわず意外と野心家だと彼のことをふと思いながらも話し合いは淡々と進んだ。
「君の計画は完璧だな。戦勝続きな上に君の念願であるパリ陥落を完遂できて、調子に乗らないか心配だったが…これなら大丈夫そうだな。友人として、信頼してるよ」
彼はウォッカを一口飲み、私にグラスを押しつけた
「一口だけ、な? 友情の証だ」
私は静かにグラスを押し返した。
「本当に遠慮する。それに同じグラスを差し出すだなんて、これだと間接的に口を…いや、そんなことより、君、飲み過ぎじゃないか?そろそろ飲むのをやめた方がいい。身体に悪い」
彼の身体を気遣うそぶりを見せながら私の中での内心の嘲りが頂点に達した。
(友情の証? この無遠慮さが、私を友人だと思っている態度か?馬鹿げている。先ほど、いや不可侵条約の時から思っていたが、こいつは事あるごとに私のことを挑発しては汚そうとする。お前はただの道具だ。下等な存在として、いつか絶対に排除する)
そんな私の腹の中も知らないのかソビエト連邦は私の顔を見ては神経質な友人だと愉快そうに笑っている。
(…まあ、今はそれでいい。存分に私との空想の蜜月に浸っていても構わない。私も今は私自身の目的のためにこの男を利用させてもらう。そのためならこの蜜月とやらにも付き合ってやらんこともない)
そう思いながら私は差し出されたグラスのあえて彼が唇を当てたところを手袋越しに撫でるようにして押し返した。
「その手の位置はわざとか?潔癖症だと思っていたから意外だ」
「君のことだからな。先程同様、私が潔癖だと気づきながらわざと自分が口をつけたグラスを差し出しただろう。今のは君の挑発に付き合ってあげただけだ」
私の返答を肴に押し返されたグラスに残ったウォッカを飲む彼をよそに、確かに指摘された通り潔癖とは真反対の自分のらしくない行動に私は彼に気づかれないよう小さく笑ってしまった。
きっと私もアルコールの匂い当てられたのだろう。
△△△
その後、訪問の予定も終わりに近づき、私達は別れの挨拶を交わした。
「また会おう。今度はモスクワへ来るといい。歓迎しよう」
ソビエト連邦は肩を叩き、無遠慮に抱きつこうとした。
「ええ、同志。…モスクワ…また訪れたいものだ」
そんな彼に対して私はは一歩下がり、友好的に手を握った。内心の冷たい笑みは燻り続けている。
彼のいうこの蜜月関係は、まだ表面上続いていた。だが、私の心の中では、影が濃く広がっていた。
果たして次に彼と会う時は蜜月のパートナーとしてなのか、それとも凄惨な戦場で敵としてなのか。
そんな事を考えながら彼を見送った後、私はその場を後にした。
コメント
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文体や心情描写がめちゃめちゃ素敵です❣️これからの投稿も楽しみにしています🥰