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仕事で移動中、青葉はあの店の近くを通った。
信号が赤になったので、なんとなく店の方を見る。
今日は会社の車なので、後部座席から、ゆっくり通りを窺えた。
外で、あの女店主がランドセルを背負った学校帰りらしい子どもたちと話している。
あの店主、名前はなんと言ったかな。
なにか動転してて覚えてないな。
この俺が動転するなんて、あまりないことだが。
まあ、事故をしたのなんて初めてだったしな。
いきなり、車道を横切ろうとしたおばあさんを避けてハンドルを切り。
脇道に勢いがついたまま入ろうとしたのだが、今度はそこに猫がいて。
結局、あの店先に突っ込んでしまったのだ。
書類は保険会社やなにかがやってくれたし。
そういえば、まだ確認してなかったな、と思いながら、持ち歩いていた書類を見ようとしたとき、車が動き出した。
信号が変わったようだ。
気がついたら、助手席をつかんで、身を乗り出していた。
急いでドライバーに言う。
「すまないが、ちょっとこの近くで止めてくれ」
店の前を掃こうとして出たあかりは、小学校低学年の児童たちにとり囲まれていた。
「ねえねえ、このお店、なんの魔法が使えるの?」
……使えません。
入り口付近にトルコランプや、アラジンと魔法のランプみたいなオイルランプがたくさん飾ってあって怪しい感じだからだろう。
「おねえさん、なんか呪文言ってよ」
「美人のおねえさん、なんか呪文言ってよ」
むむ。
子どももいろいろ知恵を働かすようだ。
美人の、とつければ、私がとっておきの呪文を言うと思っているようだ。
……だが、子どもたちの夢を壊しては悪いな。
美人、と言ってもらったので、無理矢理にでもなにか言わなければと思ったわけではないのだが。
小学校のときのお芝居でやった怪しいランプの精――、
何故か、ひとりじゃなくて、たくさんいる……、
の役をやったときの踊りのポーズを思い出し、あかりは言った。
「アブラカタブラ、ほにゃらら~」
後半は申し訳ないが、思いつかなかった。
外国の人が、オウ、と残念そうに言うときのような、両手を半端に上げたポーズで、怪しく左右に揺れたあと。
忍者がドロンと消えるように、指先を重ね合わせる。
「それ、なんの魔法?」
「なにが変わったの?」
と子どもたちがめちゃめちゃ突っ込んで訊いてくる。
「見てっ」
とあかりは空を指差した。
「ほら、あの雲だけ、速く流れはじめたよっ」
「ほんとうだっ」
と素直な子どもたちは空を見上げて感心する。
……よかった、高学年じゃなくて。
去りゆく子どもたちに、苦笑いしながら、手を振ったあかりの後ろで声がした。
「気流の関係かなにかだと思うが……」
空を見上げている鼻筋の通ったイケメン。
木南青葉だ。
なにしに来ましたか……とあかりは、また青ざめる。