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エクトルの姿を最近見なかった理由はとある人物について調べていたからだそうだ。その人物とはエクトルの初恋の女性らしい。
「十二、三年前に出席した夜会で出会った歳上の女性で、名前も素性も分からない。だが俺は彼女に一目で心奪われてしまったんだ」
「……それが私の母だなんて」
俄には信じられない。
「やはり、こうやってよく見ると彼女の面影があるな。数年前までは気付かなかったが、最近になってふとした瞬間、君を見ていて彼女を思い出す事があったんだ。それでどうしても気になってしまい調べる事にした」
そう話しながらスッとこちらへと手を伸ばしてくる。リディアは身体をビクつかせた。
「あぁ、すまない……ついな」
エクトルは誤魔化す様にして咳払いをする。
「それで、彼女の事を改めて調べていたんだが、やはり君まで辿り着いた。君の出生の秘密も知っている」
「……」
リディアは敢えてマリウスから聞き知った事柄は言わずに黙って彼の話を聞いた。大体の内容は然程変わり無かった。
「どうやってそんな事まで調べたんですか……」
だが恐らくマリウスすら知らない事実までエクトルは知っていた。少し恐くなり、息を呑む。
「色々と使える物は使った。少々時間が掛かり過ぎたがな。リディア、世の中は金や権力があれば大半の事は叶うんだ」
「……」
まるで人が変わってしまった様に思えた。何が彼をこんなにも変えてしまったのか……。以前までの彼は本当に誠実で、真面目さを絵に描いたような人間だった。それが今は真逆にさえ思えた。エクトルの変貌振りにリディアは眉根を寄せる。
「リュシアンは莫迦だ」
「え……」
不意にリュシアンの名を口にされて心臓が跳ねた。恨言でも言われるのだろうか。
「白騎士団長と言う肩書きや、公爵家と言う権力を持ちながらそれを結局行使する事はしなかった。それは彼の甘さからくる失態だ。その所為で死ぬ事になった」
何の話をしているかリディアには分からない。だが愚弄しているのだとは分かった。
「そんな言い方……」
「酷いか? だが事実だ。俺はそんな失態はしない。欲しいモノは強引にでも手伸ばし掴まなければならないと今更ながらに気付いたんだ」
ーー怖い。
エクトルの様子が明らかにおかしい。リディアは両手を握り締めた。
「リディア、君は魅力的だ。その血は女王ともなり得る素晴らしいものだ。なにより彼女の娘である。きっともう少し歳を重ねれば彼女の様になるのだろうな」
恍惚とした表情を浮かべながら笑みを浮かべ、こちらを見遣る姿に背筋がぞわりとする。
「……君の兄に国王陛下殺害の容疑が掛けられているのはもう聞き知っているだろう。リュシアンまで手に掛けた事により、抵抗する様なら殺しても構わないと命令が変更された」
「っ……」
「大丈夫だ、案ずる必要はない。君は彼に囚われているだけだ。彼がいなくなれば時期目も醒める。俺があの男から君を救い出そう……」
それだけ言い残し彼は帰って行った。
ずっと変わらないのだと思っていたものが少しずつ崩れていく。
エクトルも、リュシアンも変わってしまった。以前はシルヴィを含め良く四人でお茶をして談笑をした。どうでも良い話をして本当に愉しかった。そんなに前の事じゃないのに……もう随分と昔の事に思える。
今はもうリュシアンはいない。エクトルも変わってしまった。そしてリュシアンを殺したのはディオンだ。屋敷から抜け出せたとしてもシルヴィとは、もう会えない……。きっとシルヴィは憔悴しきっているだろう。あの兄妹は本当に仲が良かった……それを兄が壊してしまった。いや、あの時のディオンの様子を思えば、もしかしたら自分にも責任の一端があるかも知れない……。
(私はどうしたらいいの……)
リディアは一人静まり返る部屋で蹲る。
ふとあの時のディオンの顔が頭を過ぎった。
『お前まで、俺を見捨てるんだね』
まるで子供の様に今にも泣き出しそうな顔をしていた。何時もなら兄の考えている事などリディアにはまるで分からない。だがあの時確かに伝わってきた。
ーー捨てないで。
そんな風に言われている気がした。