TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

ファビオラの願いが叶って、結婚式の日は、見渡す限りの晴天となる。


初代皇帝の色である、金糸で刺繍された正装姿のヨアヒムに、ファビオラはうっとりと見惚れた。

輝く豊かな金髪と合わさって、威風堂々という言葉がぴったりだ。

そんなファビオラが着ているドレスもまた、同じ金糸で刺繍が施されていて、それを感慨深くヨアヒムは眺める。

侍従と侍女に促された二人は、照れながら腕を組み、ゆっくりと会場へを足を踏み入れた。


多神教のヘルグレーン帝国では、神前式ではなく人前式が一般的だ。

ファビオラとヨアヒムも、集まった来賓たちが見守る中、皇帝ロルフの前で跪いて宣誓する。


「喜びのときも悲しみのときも、末永くお互いを愛し、敬い、共に助け合うことを誓います」


そして夫婦になった証として、口づけを交わす。

ヨアヒムがファビオラの白いベールを、そっと持ち上げた。

現れた美しい銀髪に、ほう、と会場内から感嘆のため息が漏れる。

口づけをどこにするのか、ファビオラは教えてもらっていない。

ドキドキしながら薄目を開けて待っていると、ヨアヒムがゆっくり顔を寄せてきた。


「目を閉じて」

「っ……!」


かすれたヨアヒムの小声に、慌てて目を閉じた瞬間――ちゅっ、と唇を吸われる。

驚いて見上げたヨアヒムの唇には、口紅が移っていた。

ファビオラの顔は真っ赤に茹で上がり、後ろに卒倒しそうになる。


「っ……!!!」


声にならない悲鳴を上げたファビオラを、ぎゅっとヨアヒムが抱き締める。


「そんなに可愛い顔を、他の人に見せてはいけない」

「か、かわ……?」

「碧の瞳が潤んでる。……最高に可愛い」


いつまでもファビオラを離さないヨアヒムに、さすがにウルスラが注意をした。


「そういうのは後でいくらでもしていいから、とにかく式を終わらせてちょうだい」


いくらでもしていい、という言葉に反応して、ヨアヒムが抱擁をといた。

こういうとき、ウルスラは息子の扱いが抜群に上手い。


「ゴホン、二人が夫婦になったことを認める。どうか皆も、初々しい門出を祝って欲しい」


ロルフの言葉に、わっと拍手が沸き起こる。

ついに結婚したのだという喜びが、ファビオラの胸中にじんわりとこみ上げた。

感動していると、隣にいるヨアヒムから声がかかる。


「今後はファビオラ嬢を、敬称を付けずに呼んでもいい?」

「もちろんです。夫婦なのですから」

「……ファビオラ、愛している」


それは反則だ。

赤星のように煌めくヨアヒムの瞳に射抜かれ、ファビオラの心臓は早鐘を打つ。


(これから大勢と挨拶しなくてはいけないのに、失神しそうだわ)


矢傷のことを打ち明けると決心をした初夜まで、まだ道のりは長かった。


◇◆◇◆


「来るまでに、ずいぶんと手間がかかったわァ。思い通りにこき使える、影や使用人がいないのって不便ねェ」


東の古城を見上げて、エバがぶつぶつと文句を言う。


エバを養子にしてくれた子爵家は、あまり豊かではない。

だから所有していたドレスを全て売って、ここまでの路銀にした。

価値を知らないエバが、二束三文で買い取らせたので、商人はずっとニコニコしていた。

おかげで、立派な馬車を用意してもらえたのだが、残りの手持ちは少ない。

しかし、子爵家に帰るつもりのないエバには、そんなことはどうでもよかった。


「ついにレオさまと会えるわァ! 北の塔では、レオさまの部屋に侵入するのは失敗したけど、おんぼろな城なら警備も厳しくないでしょ!」


長旅の疲れも忘れて、エバは軽やかに古城へと歩いていく。

そこに待ち受けるレオナルドが、魂に何を刻み込んでいるかも知らずに。


「今日は私とレオさまの、再会記念日よォ!」


◇◆◇◆


「ファビオラ、おめでたい日に話すには、はばかられる内容なのだが……どうせ知るのなら、新たな一歩を踏み出す今がいいと思う」


結婚式から続くお披露目パーティの最中で、新郎新婦は先に下がった。

正装をほどき、初夜の準備をするためだ。

侍女たちに体を磨き上げられたファビオラが、皇太子の部屋と繋がる寝室で待っていると、そこに神妙な表情のヨアヒムがやってくる。

そして、ベッドの上で向かい合った二人の間に、初夜とは思えぬ重たい雰囲気が漂うのだった。


「それは、私に関する話なんですよね?」

「きっと気持ちのいいものではない。だが当事者のファビオラは、知っているべきだろう」


ヨアヒムの声音は静かだ。

ファビオラが取り乱したとしても、それを受け止める覚悟が感じられる。


「教えてください。どんなことですか?」

「……ファビオラの見た、不思議な夢についてだ」

「っ……!」

「12歳のときに、ファビオラは神様の啓示を受けた、とお義父さんから聞いた」

「その通りです。私はそれを予知夢だと思いました」


19歳で死んでしまう、夢の中のファビオラ。

その元凶となるレオナルドとエバを避け、全く違う人生を歩んできた。

20歳まで生き延びれば、そんな凄惨な神託から、脱したと言えるのではないか。

ヨアヒムと仮初の婚約をしたとき、期限を区切ったのはそのためだった。


「あくまでも想定でしかないのだが……それは予知夢ではない。ファビオラが実際に歩んだ人生なのではないか、と私たちは結論づけた」


ダビドが告白した、神様の恩恵の力について、ヨアヒムが説明する。

王位を継承すると決まった者が授かるという、時を巻き戻す力――その力を、レオナルドは行使した形跡があった。

だからこそ、ファビオラの死を極端に恐れ、神様から護ろうと監禁までしたのだ。

あの屋敷から出てしまえば、ファビオラが殺されるとレオナルドは『知っている』から、あそこまで必死だったと考えられる。


「あの惨劇が……私の人生だった?」

「にわかには信じ難いだろう。言うなれば、今は二度目の人生だ」


衝撃が強すぎる。

夢にしては現実味があると思っていた。

よもやそれが現実だったとは。

だが、以前に抱いた疑問は解決した。


「時おり、元王太子殿下が、おかしなことを言っていたんです。私のことじゃないのに、まるで私のことみたいに……」

「それは、一度目のファビオラについての、記憶があったせいだろう」


それならば頷ける。


「本来、その力は国の一大事に対処するため、与えられているらしい。それを元王太子は、ファビオラのために使った」


ダビドもペネロペのために使ってしまった。


(まるで恋物語の、『身を亡ぼす恋』のようだ)


万が一、そんな力を神様に授けられたとして、ヨアヒムは私欲に打ち勝てるだろうか。

何のために行使したかは、本人が言わなければ、誰にも知られない。

さらに力の詳細については、あいまいにしか伝承に残されていない。

たとえ奇跡を起こせなくとも、国王としての資質を疑われることもない。


(ヘルグレーン帝国が、多神教でよかったと言わざるを得ないな)


一途な信仰を捧げられるせいか、カーサス王国の神様は極端が過ぎる。

時を巻き戻す力なんて、あまりにも人知を超越したものだ。


(そんな力を、ただの人が、正しく扱えるはずがない。恩恵ではなく、まるで試練だ)


酷なことをする、と考え込むヨアヒムの前で、ファビオラも考え込んでいた。


「12歳の私が夢を見た日――それが、時が巻き戻った地点なんでしょうね」

「その日に、何かしらの意味があったのかもしれない」

「私の人生の、分岐点だったのだと思います。ちょうど入学したてで、これから人脈づくりをしたり、淑女としての知識を蓄えたり、大きく羽ばたく転換期でした」


だから神様はそこまで戻したのだ。

そこからなら、ファビオラはやり直せる。

同じ人生を歩まなくて済む、と判断したのだろう。


「神様は私に、味方してくれたんですね。おかげで、ヨアヒムさまとも出会えました」


ヨアヒムが恐れたことを、ファビオラも恐れた。

二人が出会わなかった人生も、あり得たのだと知ってしまったから。


「私の一度目の人生で、ヨアヒムさまは、どう過ごしたのでしょうね」


オラシオが横領した潤沢な資金があれば、マティアスはハネス親方から、装備をたやすく手に入れられただろう。

私兵団だって、盗賊くずれの傭兵ばかりではなく、ちゃんとした騎士がいた可能性もある。

もしかしたら力押しが効いて、皇位継承争いの結果は、異なっていたかもしれない。

そこから勢いづいたマティアスが、調子に乗って、カーサス王国へ攻め込んだとも考えられる。

防衛設備が整っていなかったエルゲラ辺境伯領は、あっという間に戦火にさらされただろう。

そのときヨアヒムは、一体どこで、何をしていたのか――。


「……義兄上には、敗けなかったと思いたい」


ヨアヒムが右肩に手を置く。

あの日から、作家になりたいという夢を捨て、皇帝の座を目指して頑張ってきた。

弱い者は簡単に、力によってねじ伏せられる。

そんな現実に直面して、絶対に強くなろうと誓った。

そしていつか、すべての脅威を排除して、初恋だったシャミ役の少女を探し、会いに行くと決めた。


「ファビオラに怪我をさせたことを、謝りたかった。私を貫通してしまった矢が……刺さっただろう?」


ヨアヒムの視線が、ファビオラの左胸に注がれる。

ワンピースが赤い血で染まったのは、その辺りだった。


「ちょうど私も、その話をしようと思っていたんです」


侍女たちが着せてくれた、ふわふわしたガウンの襟を、ファビオラはぐいと引き下げる。

必ず死因との縁を切ってみせます!~このままでは私の大切な人が、みんな帰らぬ人になってしまうので~

作品ページ作品ページ
次の話を読む

この作品はいかがでしたか?

15

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚