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依頼人に連れられて、件の路地裏に足を踏み入れる。ちょうど大通りから外れており、人通りは全くないに等しい。
「こ、ここです!」
路地裏は昼前なのに暗い。私は周囲を見渡し、鞄から「アレ」をそっと取り出して懐に隠しておく。依頼人はどこか落ち着かない様子で、道の中央に立った。
どうやら私は誘い込まれた形になるようだ。
まあ、それは想定内。そもそもこんな暗い、大通りからも大きく外れた道を通勤路として利用している人など、このヨコハマにいるとは考え辛いのだから。私がこの罠にわざとかかった理由はひとえに「ポートマフィアが関わる可能性」である。こんな罠、あの男がかけるとは思えないが念の為である。あの男と関わる可能性があるのならば、僅かな可能性にも賭けなければならない。
ーと思案していると、暗闇から無数のゴロツキと1人の大男が現れた。
「まさか、かの【武装探偵社】の社員様が1人でのこのこやってくるとはなぁ?」
「あなたは…」
綺麗に剃られた頭に、頭を上げなければ目が合わせられないほどの長身。目つきは鋭いが、何処となく視線が合っていない。男は指をポキポキと鳴らすと、私を見下して息を吐いた。
「俺は運がいいな。探偵社の奴らの中でも、一番会いたかった奴に会えるんだから」
「そうですか。お久しぶりですね、《石人間》さん」
「おいおい、俺の眼を奪っておきながら名前は覚えてねぇってか?薄情だなぁ探偵社の女性ってのは。それとも、探偵社の奴らは皆こうなのか?」
「…」
《石人間》とは、この男の裏での異名である。
硬質化の異能を持ち、そのダイヤモンドよりも硬い身体はあらゆる武器を通さず、警察では一向に歯が立たない。
かつて、私はこの男と一戦交えたのだ。
「あの時のお前はなぁ…まだ弱々しくて可愛げもある癖に、震えながら俺に向かって銃を撃ってよ。下手くそすぎて逆に弾の流れが見えなくて、思わずこの眼を差し出しちまったよ…」
だが、二度はねぇ。
そう言って、男はないはずの目(おそらく義眼だろう)を撫で、私と視線を合わせた。男が息を吸うと空気が変わる。殺気が少し離れた私のところまで感じ取ることができ、思わず鳥肌が立った。腰につけた銃に手を当てる。
ーと身構えていると、側にいた依頼人が男に向かって声をかけた。
「た、探偵社の人間を連れてきました!!だ、だから、お願いですから、指輪を」
「ああ?」
「指輪を返して頂けませんか?」
「ああ…おっさん、勘違いしてねぇか?」
「は?」
「連れてくるのだけが仕事じゃねぇよ。おっさんはこの女が逃げねぇ為の保険だ」
と、男が言うと路地からさらにゴロツキが増える。ゴロツキの何人かが依頼人を捕まえると、猿轡をさせて腕を縛った。
「あなた!彼を離しなさい!」
「は?離すわけねぇだろ?前みたいに、俺の目を奪って『これで依頼は終わりです』とトンズラされたらたまったもんじゃねぇからな。俺が死ぬか、お前が死ぬかだ」
「…!」
「安心しろ、決着がついたらちゃんとこのおっさんは解放するし、指輪も返してやる。でもな、お前が逃げたらこのおっさんは殺す」
どうだ?という男は構えを取った。この忠告は本気だ。であれば、私はこの男を殺すしかないのだ。
「ー分かりました。受けましょう」
「話が分かる奴は嫌いじゃないぜ?でもな」
と、刹那。
男が目の前から消えたかと思うと、私の腹に衝撃が走る。「殴られた」と思考が回った瞬間には、私は路地の壁へと叩きつけられたのだった。あまりの衝撃に腹から昇ってくるのが分かる。今の衝撃で骨も何本かいってるはずだ。
よく見ると男の足が硬い岩のようになっているのが見える。そう、足を硬質化させることで瞬間的に爆発的なスピードを出して、そして殴ったのだ。今の一撃を耐えられるのは、探偵社でも賢治くんぐらいだろう。
「俺だって、あの時よりは強くなってんだ。前みたいにマグレで勝てるとは思うなよ?」
再び衝撃が走ったかと思えば、今度は脇を思い切り蹴られた。加速はない為か衝撃は先ほどよりはマシだが、それでも激痛が走る。このままでは一方的だ。
周囲は建物で囲まれ、逃げ場は先ほどのゴロツキによって塞がれている。逃走は不可能。私は腰につけていた銃を取り、安全装置を外した。
「やる気になってくれたかぁ?これでスタートラインってところか」
「ええ…弾の補充が面倒ですから、嫌ですけど」
「そんなこと言ってる場合か?」
弾は充分にある。問題は当てられるかどうかだ。万が一、先ほどのスピードで動くことができれば弾は当たらず、決着はつけられない。
相手が動く前に一発。当然ながら、当てようとも考えていない弾は避けられる。男の背後の壁に弾はめり込み、爆音が路地裏に響いた。これだけの音が鳴っても人一人来ないのは、おそらく何か手を回してるからだろう。
「おい、なんだ今の弾は。当てる気がねぇのか」
「…」
「知ってるぜ、お前の異能は」
そう、私の異能ー【雪案蛍窓】。
【雪案蛍窓】の能力は「自身の攻撃に殺傷性を持たせる異能」だ。男のように、例え銃弾を一切通さない皮膚だろうと壁だろうと、私が放った弾丸は撃ち抜くことが可能なのだ。そして、前回は男が油断、過信していた所を不意打ちで撃ったことで男の目を潰し、逃げることができたのだ。
だが、今回は違う。男は私の異能を理解している故、弾を受けようとは考えていない。避けられたら終わり。例え当たったとしても、致命傷を外せばすぐに反撃される。八方塞がりだ。
「俺の脳を撃てば、即終わりだぜ。まあ当たるとは思えねぇがな」