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「しばらく、配信は未定にします」
りつがそう言ったとき、
葛葉も叶も、止めなかった。
「正解」
葛葉は短く言う。
「未定でいい」
叶も続けた。
“休止”ではなく、“未定”。
戻る前提を、あえて置かない選択だった。
最初の数日は、何もしなかった。
配信予定表も開かない。
数字も見ない。
SNSも、最低限。
りつは、朝起きて、窓を開け、
呼吸が苦しくないことを確認する。
それだけで、一日が終わる。
「……何もしてない」
罪悪感が、じわりと浮かぶ。
だが、健屋花那の言葉が頭をよぎる。
――回復期は、“何もしない”が仕事。
それを、信じるしかなかった。
叶からは、毎日短いメッセージが来た。
〈今日はどう〉
〈返事なくても大丈夫〉
葛葉からは、もっと雑だった。
〈生きてる?〉
〈飯食え〉
りつは、スタンプ一つで返す。
それでも、既読はすぐにつく。
“見張られている”のではない。
“繋がっている”だけだ。
一週間ほど経った頃。
りつは、久しぶりに笑った。
理由は、どうでもいい動画だった。
猫が箱に失敗するだけの、意味のない映像。
「……なんだこれ」
笑ったあと、
胸が苦しくならないことに気づく。
それが、少しだけ嬉しかった。
その夜、三人で通話を繋いだ。
配信ではない。
「顔色、戻ってきたな」
葛葉が言う。
「まだ波はある?」
叶が、静かに確認する。
「……あります。
でも、“理由を探そう”って焦らなくなりました」
それを聞いて、二人は同時に息を吐いた。
「それでいい」
「それで十分」
りつは、少し考えてから言う。
「……怖くなくなったわけじゃないです」
「うん」
「でも、“またなっても大丈夫”って思えてます」
沈黙。
それは、重くない。
叶が、ぽつりと言った。
「それ、かなり大事な感覚だよ」
葛葉も言う。
「一人で抱えなくなった証拠だ」
数日後。
りつは、短い文章を投稿した。
――しばらく、配信は不定期になります。
――元気な日は、ふらっと話します。
説明は、それだけ。
コメント欄は、静かだった。
〈待ってる〉
〈無理しないで〉
“期待”より、“余白”。
それが、今のりつにはちょうどよかった。
そして、ある夜。
「……今なら、少し話せるかも」
衝動ではない。
義務でもない。
“したい”という感覚。
りつは、配信を立ち上げた。
告知もなし。
雑談だけ。
「こんばんは。
今日は……短いです」
コメントが、ゆっくり流れる。
「途中で切るかもしれません。
そのときは、ごめんなさい」
〈了解〉
〈それでいい〉
その言葉を見て、
胸がざわつかない。
十分、話した。
笑った。
息も、乱れない。
「……今日は、ここまで」
自分で、終わらせる。
配信を切ったあと、
涙は出なかった。
通話が鳴る。
「今の、良かったな」
葛葉の声。
「ちゃんと“やめ時”があった」
叶も言う。
りつは、静かに答えた。
「……初めて、自分で選びました」
それは、医者としてでも、
ライバーとしてでもない。
一人の人間としての選択だった。
胸に手を当てる。
鼓動は、穏やかだ。
――治ったわけじゃない。
――でも、壊れ続けてもいない。
その中間で、生きていける。
物語は、まだ続く。
今度は、“無理をしない”速度で。
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