桃白・軽めの依存
御本人様とは関係ありません。
教室の窓から差し込む午後の光が、初兎の横顔を白く照らしていた。
その綺麗さに胸がざわつき、ないこは無意識に息を止める。
こんなに脆くて、こんなに綺麗で、こんなに人に奪われやすい存在を——
本当に、俺はこの手で守り切れるのか。
そんな不安がふと脳裏をかすめ、喉の奥が焼けるように熱くなる。
「なぁ、初兎。」
呼びかけた瞬間、初兎の肩が小さく跳ねた。
「……な、ないちゃん。急に呼ぶから……びっくりする……」
「俺が呼んだら、反応するだろ。」
「……そら……するけど……」
返す声はかすかに震えていて、その震えさえ可愛くて、愛しくて、苦しくなる。
「今日さ……俺、見てたんだよ。」
「え、なにを……?」
「お前が。あいつと喋ってたところ。」
「……あぁ……ただの同級生やん……挨拶しただけ——」
「分かってても……嫌だった。」
吐き出すように言うと、初兎の目がわずかに揺れた。
怯えている——いや、怯えるふりをして、俺の反応を待っている。
そんなふうに見えるほど、こいつは俺の言葉に敏感だ。
「ないちゃん……ちょっと、重いで……?」
「知ってるよ。
だけど……抑えらんねぇんだよ。」
静かな教室の空気が一気に冷える。
初兎は椅子の端に寄り、距離を取ろうとする。
「なぁ、初兎……逃げんなよ。」
「逃げてへん……ちょっと距離置きたいだけや……」
「距離を置くって……どういう意味だよ。」
低い声が教室に響き、初兎ははっと息を呑む。
「……ないちゃん、最近……怖いねん。
僕の全部……持っていかれそうで……」
「全部持ってくれよ。
お前の全部、俺に預けとけよ。」
「預けたい気持ちは……あるけど……
でも、このままだと……僕……壊れそうや……」
か細くて、正直で、逃げたい本音だった。
ないこは机に手をつき、その声を逃すまいと耳を澄ませながら静かに言う。
「壊れたら……俺が直すよ。」
「っ……そういう問題ちゃうやろ……!」
「怖い?」
「怖いわ。
ないちゃんが……僕を見てくる目……
優しいのに……どっか、逃げ道ふさいでくる感じがして……」
「逃げようとしてるからだろ。」
「違う……! ちょっと考えたいだけや……」
「考えなくていいよ。俺が全部決める。」
「……ないちゃん、ほんまに……おかしい……」
「初兎が原因だよ。」
ないこの声は妙に落ち着いていた。
追い詰めるでもなく、強制もせず。ただ、揺さぶる。
「俺さ……お前が他のやつと喋るたびに……胸がきゅっと締まって……息できなくなるんだよ。
最初は嫉妬だと思ってた。
でも違う。もっと……深い。」
「深いって……なにが……」
「“消えてほしい”とか……そんな感情じゃない。
ただ……俺の中だけに居てほしいんだよ。」
「……僕ひとりの人生やで……?ないちゃんだけのもんちゃう……」
「分かってる。でもさ……初兎。」
「……なに。」
「お前は俺がいないと、寂しくて泣くタイプだろ。」
言われた瞬間、初兎の目が大きく見開かれる。
「そ、そんなわけ……!」
「俺が声を落とすと……すぐ震えるし。
名前呼べば耳が赤くなる。
距離を置くって言いながら……足は俺のほうに向いてる。」
初兎は口を閉じた。
図星だった。
「……なんで……そういうとこばっかり見とるん……」
「初兎が可愛いからだよ。」
「……僕、ほんまに逃げなあかんのちゃうかって思えてきた……」
「逃げたいなら、逃げてもいいよ。」
「……え……?」
「逃げても……どうせ戻ってくるだろ。」
淡い声で言うと、初兎は息を詰まらせた。
「なんで……そんな自信あんねん……」
「初兎さ……俺から離れたいんじゃなくて、
“俺に追いかけてほしい”んだろ?」
「……ちが……う……」
「違わねぇよ。
逃げるふりして……俺の言葉を待ってるだけだよ。」
「ないちゃん、勝手に決めつけんな……僕は……!」
「じゃあ聞く。
俺がもし本当に“分かった、離れるよ”って言ったら……お前、泣くだろ?」
「泣かへん……!」
「じゃあ今から言ってみるよ。
“初兎、もういいよ。俺から離れて——”」
「待って!!」
教室中に響くほどの声だった。
初兎の目には涙が溜まっている。
ないこはゆっくり近づき、座ったままの初兎の目線に合わせた。
「……やっぱりな。」
「……ほんま……ずるい……
僕がどう反応するか、全部分かってて……」
「分かるようにさせたのお前だよ。」
「……ないちゃんが……僕の中で……でかくなりすぎたんや……
距離置いても……ないちゃんの声がずっと残る……
名前呼ばれたら……勝手に体動く……
これ以上近づいたら……僕……」
「俺のものから逃げられなくなる?」
「……もう逃げられへん……」
初兎は顔を伏せ、声を震わせながら吐き出した。
「最初は……怖かった……
ないちゃんの愛、強すぎて……
全部持っていかれる気がして……
でも……離れようとしたら……もっと怖なった……」
「なんで?」
「……ないちゃんがおらん世界のほうが……怖い……
何考えてても、気づいたら……ないちゃんのこと浮かんで……
離れたら……多分……僕のほうが壊れる……」
ないこは初兎の顎をそっと上げさせた。
「初兎。」
「……なに……」
「戻ってこいよ。俺のところに。」
「……………うん。」
「逃げるなよ。」
「逃げへん。
怖いけど……それ以上に……
ないちゃんに縛られてる感じが……心地ええ……」
「堕ちたな。」
「最初からや……
僕、ないちゃんから離れたいなんて……本当は一度も思ってへんかった……
ただ……重さにびびって……逃げるふりしただけや……」
「なら……俺の隣にいろよ。
逃げ場はいらねぇだろ。」
「うん……
ないちゃんの声……名前……全部……
僕の心縛ってくるけど……
それでええ……
僕は……ないちゃんのや。」
「……愛してるよ、初兎。」
「知っとる……
僕も……ないちゃんしか見えへん……」
二人を包む空気は静かで、重くて、逃げ道がないほど甘く響く。
そして初兎は、もう二度とこの部屋から、自分だけで出ていこうとは思わなかった。
——逃げようとした瞬間に気づいた。
逃げられないんじゃない。
逃げたくないんだ、と。
コメント
2件
は、すき。 えぐちすぎてもうやだすきすぎる😭😭 共感できるとこもあって自分愛重いんだなーとか嫉妬魔なんだなーとか 改めて感じました((