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アリスは目の前にいるあばた面に、ゴマ塩頭の小太りの男を凝視した
結婚して成宮牧場にやって来た頃、北斗の友人だと勘違いして、母屋に無防備に入れた時、この男はアリスを襲おうと、家中を追い回したのだ
さらにこの男は玄関先でアリスを追い詰め、髪を掴んで力任せにひっぱった
あやうくアリスは後頭部から地面に、ひっくり返りそうになった
あの時の正の力の強さと女性にも容赦ない、暴力性を思い出し途端に全身に恐怖が蘇る
間一髪で北斗さんが助けてくれなかったら、いったいどうなっていたか
「来ないでっっ!!」
アリスの勢いで椅子がひっくり返った、耳元で怒りに満ちた自分の声に驚く、背筋が恐怖でぞくぞくする
「私に何かしたら、北斗さんがただじゃおかないわよっっ!」
だ・・・誰かっ!
アリスは正の肩越しに後ろを伺った、残念な事にステージ裏のこのテントには、自分とこの男以外誰もいない
(アリアリ-フォックス)の演奏するビートが、ずいぶん遠くに聞こえる
「ち・・・違うんだよ・・・・俺・・・ただ謝りたくて・・・・」
正の表情がおかしい
手を前で揉みもみし、アリスと視線を合わせにくそうにして、地面を見下ろしている
鼻の下を額に汗が吹き出し、呼吸が荒くなっている、そんな正の姿を見るのは初めてだった、以前に会った時のような凶暴性は今はない
「それ以上近づいたらこれで刺すわよ!」
アリスは虎の巻バインダーの傍にあった、カッターナイフを正に突き出した
に・・・逃げなきゃっ!
「奥さん・・・・聞いてくれ、あれから俺・・・すごく反省したんだ・・・・」
アリスがびっくりして、一歩後ろに下がった
「反省?」
正が大きく喉をうごかして頷いた
「聞いてるだろ?北斗は俺の幼馴染なんだ、そんで・・・あんなことになって・・・ 」
今の正の表情は以前のような、捕食者のような凶暴性が無くなっている
だが・・・・本当にそうなのだろうか?
固まっているアリスに正が続ける
「俺・・・北斗を怒らせちまって・・・・すごく後悔してるんだ・・・あんたにもすまないことしたって・・・北斗の牧場と取引出来なくなって、親にも叱られて・・・・ 」
たしかに北斗さんもこの男の親御さんと、長い付き合いがあると言っていた、親に怒られたというのは本当で、彼自身もそれにこたえているのだろうか・・・
アリスはこの男のことではなく、こんな息子を持った親御さんが気の毒になった、北斗さんはもうこの男の親御さんの農園とは、手を切ると言ってたけど
でも親御さんには罪はないのだし、今の状況では一人でも見方は多い方がいい
ならば・・・
結局は北斗さんのおかげで、アリスも何もなかったのだし、この周防町で議長になろうという人の妻が、いつまでも根にもっていていいものだろうか・・・
アリスの警戒心も少しずつ緩んできたが、でもまだ全面的には信用できない
「ずっと・・・・謝りたかったんだ・・・あんたにすまなかったなって・・・それになにより北斗にあんなに、激怒されたままじゃ・・・俺辛くて・・・なぁ・・・あんたから北斗に許してもらえるように口聞きしてくれないか?北斗は・・・・小さい頃から友達だったんだ・・・」
「・・・本当に反省してるの?」
「してる!してるさ!あんたにもあんなこと二度としないよ!もちろん北斗に投票するし、親も北斗の有権者になるって言ってるよ! 」
正は愛想の良い笑顔に見えるように、調子よく笑顔をみせる、しかしアリスがそれに反応しないのを見て、再び真剣な謝罪の表情になる
「信じてくれ!俺・・・・もう一度昔みたいに、北斗と仲良くしたいんだ・・・・」
「・・・・北斗さんを呼んできてあげるわ・・・だから・・・そのままそこにいて 」
以外にも冷ややかな口調の言葉が、出たのにアリスは自分でも驚いていた
「ほっ・・本当かい?ああ!!恩にきるよ!待ってるよ!! 」
正はアリスが許してくれたと思い、ホッと安心したような表情をした
心から喜んでいるように見える
アリスの中でさまざまな事が脳裏を駆け巡るけど、恐怖で胃がねじれるような感覚はもうなかった
講演会の前に彼からの謝罪を北斗さんと一緒に、キチンと受け入れるのは、彼にとっても心のわだかまりがとれて、いいことかもしれない
あとは自分さえしっかりして、この男にあまり近寄らないようにしていればいいだけだ
できるだけ今後も周防町の住人の皆さんとは、うまくやっていきたい、この男も本当はそんなに、悪い男ではないのかもしれない
アリスはそんな正を置いて、北斗を探しに行った
..:。:.::.*゜:.
誰もいなくなった、運営本部対策テントで正が目に入ったのは、雑多なテーブルの上に置かれている、アリスのノートパソコンとその横に置いてある、「虎の巻バインダー」だった
正はそのバインダーを手に取り、ニヤリと笑った