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「――ッはぁ、……い、ち……のせ……っ」
少し強引で長い口付けをされた私の唇は解放されたのだけど、上に跨ったままの一之瀬はその場を退く気が無いのか、熱っぽい視線を向け続けてくる。
「……ダメ、だよ……こんなの……っ」
私は別に、一之瀬とどうこうなりたいから部屋へ招き入れた訳じゃないし、そりゃあこの前は“酔った勢い”で一夜を共にしてしまいはしたけれど……今は状況が全く違う。
「付き合ってないから? だったら付き合ってよ。俺の気持ちは変わらない。誰よりも好きでいる自信だってある。陽葵の事、誰にも取られたくねぇんだよ。つーかさ、俺の気持ち分かる? いつもいつも好きな女から他の男との惚気や愚痴聞かされてきた俺の気持ち」
「!」
正直、それを言われてしまうと答えに困る。
「それ、は……」
だけど、まさか一之瀬が私の事を好きだなんて思わなかったし、そんなの知ってたら愚痴や惚気なんてしなかった。
一之瀬はいつも私に張り合ってきて、からかってばかりで、私の事、『女』として見ていなかったから勝手に『仲間』や『友達』だって、安心しきってた。
だから、今の一之瀬は私の知ってる一之瀬じゃなくて、どうすればいいのか分からない……。
「別に責めてる訳じゃねぇよ。けどさ、俺はもう、あんな思いはしたく無いし、お前にも、他の男の事で悲しんだり、悩んだりして欲しく無い。だから、俺を見てよ。俺だけを陽葵の瞳に映してよ――」
「――ッ」
一之瀬のこの真っ直ぐな視線と言葉が――私の思考を狂わせる。
再び重ねられた唇を、私はすんなり受け入れてしまう。
何度も何度も角度を変えながらキスをされ、壊れ物を扱うかのように優しく触れてくれる一之瀬の温かい手と安心させてくれる温もり。
「……ッん、……はぁ、……いち、のせ……」
「――丞」
「……え?」
「名前で呼んでよ、二人きりの時は」
「…………」
「それすらも、駄目なのかよ?」
勢いで一夜を共にして、付き合ってもいないのにこうして唇を重ね――それだけでも、もう元の関係には戻れないのに、名前で呼んでしまったら、もっと、もっと、後には引けなくなる。
でも、そんなのもう、今更なのかもしれない。
(もう、元の関係に戻る事なんて、無い……よね)
こうして一之瀬を拒めず受け入れている……それが、答えなのかもしれない。
「……丞……」
名前を呼ぶ、たったそれだけの行為なのに、顔が真っ赤になる程恥ずかしくなるのは何故だろう。
それだけなのに、「……やべ、何か、スゲェ嬉しいんだけど」と口にしながら笑みを見せる彼を愛おしいと思ってしまう。
返事を保留にはしているけれど、いくら期間を空けても、私の中で答えは決まっているような気がするけど、あと一歩が踏み出せない。
好きだから、大切だからこそ、もしまたいつものように駄目になってしまったらと思うと、どうしても怖くてたまらないのだ。
(一之瀬はこれまでの元カレたちとは違うって分かるけど……付き合って、駄目になりたくない……)
これまでの男運が悪過ぎてトラウマになっている私は、答えを出す事を渋ってしまう。
でも、だからってこんな風に付き合ってもいないのにキスをするのは違う気もする。
それに、多分このままじゃ、キスだけで済むはずも無いし、恋人でも無いのにまた身体を重ねてしまっては、それはただの『セフレ』になってしまう。
私が名前を呼んだ事に喜ぶ一之瀬は嬉しさからギュッと抱き締めてくれて、その温もりを感じながら私は、どうすればいいのか悩んでいた。
そして、そんな私の悩みを見透かしたかのように一之瀬は抱き締める力を緩めて身体を離すと、こう口にした。