桜愛され / 幼児化
過去捏造
ほぼボツのようなものです。
なんでも許せる人向け🙆♀️
セリフの「」分けやめした。
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「桜さん、今日遅いっすね」
SHRが始まる十分前。我らが級長である、桜遥の姿がまだない。いつもならとっくに来て机に突っ伏しているか、蘇枋や楡井に挟まれて顔を赤くしている時間だ。
「そうだね、でも何も連絡ないよね?」
そう言いながら、クラスチャット、個人チャットをそれぞれ確認していくが、あるのは他の人や公式ばかりで、肝心の桜は誰とも何の連絡をとっていない。
「また風邪でも引いてるんでしょうか…それとも何かに巻き込まれたとか…!!」
「んー、桜ちゃんなら何があっても大丈夫だと思うけど…さすがに心配だよね」
そう、桜は超がつくほどのトラブルホイホイだ。そして人たらし。立てば人を惹き、座れば囲まれ、歩いていく先にトラブルが待っている。
「また蘇枋さんと俺で家に行ってみますか?」
「ちょっと待って、それなら俺も行きたいんだけどー」
桐生が徐に不機嫌ですと言わんばかりの顔をして文句を言う。
「まぁ俺たちは副級長だからね、級長様のお世話をするのが俺たちの仕事だから」
まるで仕事を取るなと牽制せんばかりに、副級長という言葉を強めて言い放つ蘇枋。この二人の間にどこか火花が散っているような気がした。
「それに、そんな大人数で桜くんの家に行ったら桜くんの家が壊れちゃうから」
「え、何、桜ちゃんそんなヤバいとこ住んでんの?」
「あ、あはは…」
「ちょっと!にれちゃんの反応的にマジなやつじゃん!」
それもそのはず。桜の家はかなりボロいアパートで、本当に大家がいるのかと疑いたくなるほどに、整備もされていない。ほぼ廃屋と同じ状態だ。 扉は錆びているせいか固く、異様に重い。歩く度に酷く床が軋み、あま漏れの跡も所々に点々としている。
そんな所に育ち盛りの男子高校生が大勢で尋ねたらどうなるかなんて、火を見るより明らかなことだ。
「まーまー、桐生くんたちは桜くんが学校に来た時、寂しくないように学校で待っていてあげてよ」
「う、ぬぬっ…、はぁ…わかったよー、何かあったらちゃんと連絡してね?」
「わかってるよ」
それだけを言い残して、やっぱり副級長の二人だけで桜の家へと向かった。
「俺も副級長なるべきだったなー」
ー 2人ばっかりで妬けちゃう。
桜の家の行きしなにあるドラッグストアで念の為に風邪薬とスポーツドリンク、その他風邪の時に役立つものを適当に見繕う。仮に風邪じゃなかった時でも、家に常備しておくに越したことは無いものを。
2人とも片手にビニール袋をぶら下げて、気持ち早めに歩みを進める。今日は何もない、ただの1日。夏本番に向けて、生暖かい風が2人を突き抜けていく。
しばらく歩くと、明らかに周りと空気が違う、ボロボロなアパートが目に入る。相変わらず鬱蒼としていて、人の気配が微塵も感じられない。
「相変わらずお化け屋敷みたいな雰囲気だね」
「蘇枋さんも相変わらず失礼っすね…」
もはや桜の家に来た時の決まり事のように、同じようなやり取りをする。
アパート側面についている鉄の階段をカツカツと上がり、チャイムが壊れているため、申し訳程度にコンコンとノックする。
「桜さーん、いますか?大丈夫ですか?」
それなりの声量で言ったため、聞こえてはいるはずだ。だが、返答は無い。何度かノックと呼び掛けを繰り返すが、一向に返答が帰ってくる気配がない。
「居ないんですかね…それとも寝ているとか…?」
「うーん、どっちにしろ部屋に入ってみないとわからないよね」
失礼するよ、と申し訳程度の断りを入れてノブを回す。
ノブは何かに引っかかることなくスムーズに回る。鍵をかけていない。桜曰く、盗られるもんがない。ということだが、2人からしたらたまったものではない。
後で説教しないとな。と苦笑しながら扉を開ける。錆びているせいで固く、重い扉をゆっくり開く。ギィィという軋み音とともに中が少しずつ見えてくる。
シンっとした短い廊下。締まりきっていないのか、ポチャリと寂しげに垂れる水道の水。果てしなく続く寂しげな空気。
「っ、」
どちらかが息を飲んだ。人の気配も物音も何もない。ただの空間が広がっているような、そんな雰囲気だった。ただ揃えることを知らない、脱いだ時そのままの靴しか、そこに人がいることを証明するものはなかった。
「な、なんか…今日一段と禍々しくないですか…?」
前に桜が風邪をひいて訪問した時はまだここまでではなかった。ガランとしていて、寂しげな雰囲気があったが、まだ今日よりもマシだった。
「…なんかただ事では無さそうだね」
ただここで棒立ちしているだけでは何も始まらない。腹を括り、靴を脱いで部屋へと繋がる戸へ手をかけ、ゆっくりスライドさせる。
そこはいつも通りの桜の部屋。敷きっぱなしの布団。カーテンの代わりに制服がかかっている窓。何一つ変わらない。生活感がまるでない部屋。
「桜…さん…? いらっしゃらないのでしょうか…?」
そう、この2人は桜の部屋を見に来た訳では無い。桜を探しに来たのだ。なのに、肝心な桜はどこにもいない。桜のことだ。どうせ靴は一足しかないだろう。その靴は玄関で抜き散らかされている。ということは裸足で外を?とも思うが、そんなことをする理由が思いつかない。
ー 何か、見落としはないか?
ふと布団を見た。本当にふと、何となく見た。どこか膨らみがある気がする。空気が入っているにしては膨らみすぎている気もする。でも、桜が入っているにしては膨らまなすぎている。そう、まるで子猫が入っているような小さな膨らみ。
蘇枋は後ろでワタワタしている楡井に小声で声をかける。
「にれくん、多分布団の中に何かある」
「え?あ、本当ですね…でも一体何が…?」
2人で仲良く頭にはてなを浮かべるが、そんなことをしていても分からないものは分からない。
意を決して蘇枋が布団へ手をかけ、そっと布団をめくる。
そこには小さい少年が居た。正確にはそこで寝ていた。まるで存在を隠すように小さく丸まり、か細い息で静かに眠る少年。
見た目からして10歳に満たないだろうと思える。そして、そこには特徴的な綺麗にわかれた2色の髪の毛…
「桜くん(さん)…!?!?」
そう、その少年はまさに2人が探していた我らが級長、桜遥にそっくりだった。
色白な肌。眉間に皺を寄せた顰めっ面。そして何よりも特徴的な2色に分かれた髪とまつ毛。
誰がどう見ても桜にしか見えない。でも、桜はこんなに小さくない。
「え…ご兄弟…とかですかね…?」
「さぁ…兄弟がいるなんて聞いたことないけど…」
2人でやんのやんの話していると、ふと桜らしき子供の瞼がピクッと動いた。
そして開かれた瞼の中にはまた特徴的な2色の瞳。琥珀色と濡羽色のオッドアイ。 まだ眠気が残っているのか瞳がとろんとしている。年相応なのだろうが、どこか艶かしい。
こんな緊急事態に何を思っているのか、と自分自身にツッコミを入れながら、まだこちらに気づいていないであろう、ゆっくりと立ち上がり始める少年に何と声をかけてやるべきかを迷う。とりあえず脅かさないように、慎重に、ということに重きを置く。
「えっと…おはよう?」
散々悩んだ末に出た言葉がこれしかないとは…と心で苦笑する。
声をかけられた少年は大袈裟気味に方を震わして、ゆっくりこちらへと瞳を向ける。その瞳は恐怖1色で染まっており、けど、絶対に目を離さないという固い決意が見え隠れする。一切の隙を感じさせない。 まるで野生動物のように。
「えっと…君は桜遥くん…だよね?」
名前を言われた瞬間、驚きのせいか一瞬瞳が小さくなった。がすぐ眉間に皺を寄せ、こちらを睨むようになった。
「誰だ…お前ら…なんで俺の名前を知ってる」
発せられた声はいつもより少し高いハスキーな声。やっぱり小さくなった故なのか。とそんなことを考えている場合では無い。
「もしかしなくても、オレたちの事分からない感じかな?」
「だから聞いてんだろ、というかなんでここに来た」
どうやら自分たちが誰か、というのは関係なく、勝手に部屋に来たことが知りたいみたいだ。
「勝手に入ってきてごめんね、実はオレたちー」
ぐ〜っ……
君を迎えに来たんだ。なんて言葉を言おうとした瞬間、気の抜けたような音が響いた。一瞬思考が停止する。そして音の発生源であろう桜の方を見る。
桜もポカンとしていたが、視線からことの事態を把握したのだろう。ぶわっという効果音がつきそうなほど一気に顔を真っ赤にした。
「ち、違っ!俺じゃねぇ!!」
とは言うものの、腹は正直なもので。主の意志とはほかに、続いて2、3回鳴る。もはや可哀想なレベルだが、2人は「うわ可愛いっ」となっていた。
「もしかしてお腹すいてるのかな…?良かったらオレたちとご飯食べに行かない?」
いじりたい気持ちを抑え、少し震えた声で言う。すると、さっきまで極限まで赤かった顔がスっと元の顰めっ面へと戻っていった。
「…行かねぇ…金ねぇし…そもそもお前らについて行く気ない、お前胡散臭い顔してるし」
胡散臭い…とは蘇枋の笑顔のことだろう。確かに入学当初にも桜に言われたことだ。悪気は無い…だろうと思うが、心に刺さる。
蘇枋は楡井の方を向き、目線を送る。目線の意味がわかったのだろう。楡井は小さく頷き、蘇枋の前へ出る。蘇枋は蘇枋で少し後ろへと下がる。
「大丈夫ですよ、桜さん。お金は俺たちで払います! 」
人懐っこい、屈託のない笑顔。それを前にした桜はまた瞳を小さくした。また顰めっ面に戻るかと思われたが、今度は困惑したように瞳を揺らしている。そして表情を隠すようにゆっくり下を向く。
「な…、でっ…」
「?どうしました?桜さん?」
「な、なんで…俺に飯奢ったって、お前らに何の得もねぇだろ…」
得…か。少なくとも10歳にも満たないであろう子供が考えることでは無い。こんな年齢でこんなことを考えなければならない状況に置かれるなんて絶対にまともでは無い。
楡井は怒りや、悲しみ、悔しさで泣きそうになったが、ここで泣いてしまっては桜を不安にさせてしまうだけだ。そして何よりも後ろからの圧が怖い。絶対振り返りたくない。
「得はありますよ、だって俺たち桜さんとご飯食べるの大好きですもん!」
その言葉に桜はパッと顔を上げた。下手な汗が滲んで、ぐちゃりと曲がったような顔。だがそれも一瞬だけで、またぶわっと顔を赤らめた。どうやら大好きという単語にセンサーが引っかかったんだろう。
「は、はぁ!?だ、いぃ……!?何言ってんだてめー!!??」
さっきまでの重苦しい空気はどうしたと言いたくなるほど、ぱっと空気が明るくなった気がした。後ろの圧も軽くなった。
「にれくんの言う通り、オレたち桜くんのことが大好きだから一緒にご飯食べたいな」
楡井の後ろからひょっこりと蘇枋が顔を出す。その顔はまるでおもちゃを見つけた子供のようにキラキラしていた。
すおうさん…と若干引く楡井には目もくれず、僅かに上目遣いで言葉を送る。実はこの顔はいつもの桜が最も弱いとする顔だ。例え小さくなろうと桜は桜のため、通じると思ったのだろう。結果から言えば効果抜群だった。ぐぬぬ…とでも言わんばかりの顔をして、多分心で葛藤していた。
「っ…、わ、わかったよ…行く…けど絶対お前らが払えよ!俺本当に金無いからな!!」
蘇枋の勝ち。蘇枋が微かにガッツポーズしてたことを楡井は見逃さなかった。そんなキャラじゃないだろアンタ、とは言えなかった。
「もちろんです!では、早速行きましょうか!」
と言ったはいいものの、桜は今縮んでいるわけで。服は何故か小さいものを着ているが、その他のものはそのままなため、靴がない。
「…どうします…?蘇枋さん…靴これじゃあコケちゃいますよね…」
「そうだね、商店街に子供靴売ってる場所あったかな?」
商店街にある店舗を何となく思い出しながらうんうん考えていると、控えめに声を 掛けられた。
「俺、裸足でいい」
「「え、ダメ(です)」」
「はぁ!?なんでだよ!!」
「「なんでも(です)!」」
「意味わかんねぇよ!!」
「俺!多分家に俺の小さい時の靴残ってると思うんで取ってきます!!」
ついでに桐生さんにも連絡取っておきますね!と言い、桜が何かを言う前にスタコラサッサと家を出ていった。
「なんなんだアイツは…というか人の話聞けよ…!!」
「仕方ないよ、にれくんはああいう子だから」
苦笑しつつ、いいとこでもあるけどね。と一応フォローはしておいた。通じたかどうかは知らない。
楡井が外に出てから、会話はほとんどなかった。と言っても沈黙が続いたということではなく、蘇枋が一方的に何かを話すだけで、桜はそれに軽く頷いたり、一言二言返すだけ、という感じだった。
次第に会話も無くなってきたな。と困っていると、今まで聞きに徹していた桜が初めて自分から口を開いた。
「なぁ…なんで、お前らは俺に構うんだ?」
その言葉に悲しみも怒りも、また卑下するような色もない。ただ単純に疑問であるだけ、そんな感じだった。
「桜くんのことが大好きだからだよ」
「っ…おかしいだろ…」
これは紛れもない本心。疑いようのない程すぐ答えた。案の定、桜は顔を真っ赤にしたが、答えには納得いってないようで。この後もぶつぶつと文句を垂れていた。
外からバタバタと音が聞こえる。そしてその音は桜の家の前で止まり、ゆっくりと扉を開ける音がした。
扉の先にいたのは、先程出ていった楡井だ。左手に少し膨らみのある袋をぶら下げて帰ってきた。
「た、ただいま…戻りました…!!」
走ったのだろう。息切れが酷い。玄関まで迎えに行った蘇枋に袋を渡すと、膝に手を付きぜーはーと肩で息をする。
「お疲れ様、にれくん、そんなに走らなくても良かったのに」
「い、いえ… 2人のことがっ、心配でした、し… 桐生さんた…ちも、待たせているので…」
蘇枋と桜が心配なのは分かる。だが、何故そこに桐生たちが混ざるのか。首を軽く傾げ、明らか疑問であるという顔をすれば、あらかた落ち着いた楡井が察して説明する。
「えっと…さっき桐生さんに事情をおおかた説明したら桜さんを見てみたいと言われまして…ポトスで落ち合うことになったんです」
なるほど。さすが桐生というとこか。完全に面白がっているのだろう。頭に容易に面白そうにニヤニヤする桐生の顔が思い浮かぶ。
「そっか、それじゃあ待たせないように早く行かないとね、桜くん、この靴履けるかな?」
楡井に渡された袋を見ると、小さな青い靴が2足入っていた。少し砂汚れと破れ跡があるが、まだ綺麗な方だろう。
玄関に履きやすいように並べてやると、桜は靴をじっと見た。そしてかかと部分に手をかけひっくり返す。まるで中に入っている砂を落とすように軽く靴をトントンと床に叩きつけ、注意深く中を見る。何も無いことを確認してようやく靴に足を通す。
その1連の動作はとてもスムーズでかなり手馴れているようだった。癖と言われても納得できるほどに。
その動きを見て、蘇枋と楡井は顔を合わせた。目線を交え、何も聞かないことに結論づけた。理由としては地雷が埋まっている気がしたから。桜の様子を見るに、周りにいい扱いをされていない。靴1つにも警戒しないといけない環境だったのだろう。
これが正しいかなんて分からない、違う意味があるのかもしれないし、何も意味が無いのかもしれない。どれもこれもただの憶測に過ぎず、何が正しいかなんて桜にしか分からない。いや、桜にすら分からないのかもしれない。
ただ1つ確かに言えることは、君子危うきに近寄らず、だ。
「そうですか…なら良かったです!では行きましょうか!」
桜は周りの雰囲気に敏感である。少しでも変化を見せれば、すぐに自分が悪いと自分を責めるところがある。
高校生の桜をそうさせてしまうのも心苦しいが、今の桜にそうさせてしまうのはもっと心苦しい。
先程までの勘ぐりがバレぬように、あくまで平穏に通常通りを装い、ポトスまで無事に一緒に連れていく。それが今の2人に課されたものである。
小さくなった桜は当然足も短くなっているわけで、1歩1歩にぽてぽてと可愛らしい音がつきそうなくらいに、歩幅が短く歩く数が多い。
可愛いなぁと思う反面、これではポトスまで時間がかかってしまうと思っている。だが、持ち上げて運ぼうとしようものなら、猫のように暴れるだろう。そもそも桜は触れられることを好んでいないようで、近づけば近づくほど離れていく。
まぁ歩いている姿がとても可愛らしく、飽きる気がしないためこのままでも全然平気ではある。桐生には何を言われるか分からないが。その時は自慢して黙らせよう(余計にうるさくなる)
しばらく歩くと、見慣れた店先が顔を見せる。もう少し桜の歩く姿を見ていたかった…なんて野望は一旦捨ておいて、扉を開けるために少し前へと歩みでる。その時、何があっても歩みをとめなかった桜が、ぴたりと歩みをとめた。
桜さん…?と振り返るとそこには、固く握られた小さな手と、微かに恐怖に揺れる2色の瞳。まるでなにかに耐えるような…
…あっ、と思った時には蘇枋が桜の前に屈んでいた。
「桜くん、大丈夫だよ」
ニコッと笑う蘇枋。それを見た桜は毒気を抜かれたようにポカンとしたが、直ぐにバッと目線を逸らした。
蘇枋は楡井へと目線を向ける。もう大丈夫だよ。そんなことを言っている気がした。合ってるか間違ってるかは定かではないが、今は自分の直感を信じるとしよう。扉に手をかけゆっくり開く。チリンッと開店を知らずベルが鳴る。店内は太陽の光が優しく差し込んでおり、いつも以上に優しげな雰囲気が漂っていた。
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一旦ストップ⏱️
これ以上は書きたいところまでの繋ぎが上手く書けなかったので諦めました。
書きたかったところのピックアップ⤵⤵
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「お待ちどうさま」
桜の目の前にコトッと皿が置かれる。皿の上には桜の好物であるオムライスが乗っていた。出来たてほやほやで湯気がゆらゆらとたっている。そして同時に舞い上がる美味しそうな匂いが桜の鼻腔をくすぐり、思わず喉がなる。オムライスに目を輝かせる桜はなんと言っても微笑ましく、可愛らしかった。
でも桜は食器類には一切手をつけようとしなかった。お腹は空いているし、すごく食べたそうにはしている。だが手はいつまでも膝の上。
「どうしたの桜?食べないの?」
その言葉に桜はバッと顔を上げた。そして相手の様子を伺うように恐る恐る口を開く。
「俺が食べてもいいのか…?こんな豪華なもん…」
ポトスで提供しているオムライスはそこら辺のファミレスでもあるような、シンプルなものだ。なのに豪華と言ってもらえるのは本来嬉しいものだ。だが、桜に言われると、”豪華に見える”ではなく、”まともな食事自体が豪華”という意味なのではないかと思ってしまう。桜の過去について詳しく知る訳では無い。ただ普段の言動一つ一つを踏まえると、どうしても良くない方に考えてしまう。嬉しいはずなのに哀しい。そんな複雑な心境に戸惑いつつも、それを顔や言動に出してしまうと、桜が自分自身を責めてしまう。
「…当たり前でしょ、アンタのために作ったんだから」
「俺のために…?」
「そう、だから冷めないうちに早く食べちゃいなさい」
桜は恐る恐るスプーンを握る。いつもの桜のように握りこぶしで。本来、このぐらいの年頃になると大人が最低限のテーブルマナーは教えるものだ。だが、桜の場合教えてくれる大人がいなかったのだろう。はたまた、そんなこと気にしていられる状況じゃなかったか。
本来の持ち方では無い持ち方のため、掬うのに苦労しているのだろう。何度も米を皿の上にパラパラ落としながら何とか少量スプーンで掬う。そして恐る恐る口元へ近づけてパクリと食べる。その瞬間、桜の顔がぱぁっと明るくなった。瞳はたくさんの光を写し、頬は控えめに赤く染まる。今日初めて見た年相応の顔。正直言うとすごく可愛い。
正面でそれを受けたことははぐっと顔を抑えた。破顔を隠すために。横で見ていたその他3人はそれぞれ胸を抑えたり、カメラを構えたり、固まっていたりした。
その時、写真を撮っていた者は後で崇め奉られた。
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「可愛いなぁ桜!」
どうしようもなく締まりのない顔を隠そうとしない総代に柊はまた胃が痛くなっていた。胸ポケから薬を出す速度は、もはやギネスを狙えるレベルである。全くもって不本意である。
梅宮にとってはもはや癖と言ってもいいだろう。年下を見ると無性に頭を撫でたくなる。いや、撫でる。例え自分よりデカイやつであっても必ず、だ。
そのため、今の桜は言い方は悪いが格好の獲物だ。梅宮の手が桜の頭に伸びる。桜の頭にあと数ミリで触れる。そんな時、桜は短くひゅっと息を飲み、その手を叩いた。
周りの空気がしんとする。叩かれた梅宮自身は見事なまでにポカンとしている。杉下は梅宮さんの手を叩いた、という事実に怒りを覚えたが、子供に手を出す訳には…ということで1人葛藤している。蘇枋は一応驚いているのだろうが、あまり顔には出ていない。対照的に楡井は顔から驚きが溢れている。その他数名はただ呆然と立ち尽くしている。
「お、俺に触んな!!」
子供特有の少しハスキーな声に耳がキィンとなる。触れられることがそんなに嫌なのか。でも、その声は怒りや拒絶より、嫌悪や恐怖の色が強い気がした。
「あ、わ、わりぃ!そりゃ急に触ろうとしたらびっくりするよな!」
ハハハと無理やり明るく振る舞い、桜が自分を責めないようにしたが、桜にとっては逆効果だったようで。顔からサァーッと血の気が引き、真っ青になった。
「ちが、違う!っ、違う!!」
触られるのが嫌なわけじゃない。別に警戒したわけじゃない。そんな事しないってわかってる。心の中ではいくらでも言い訳が出てくるが、喉がキュゥッと閉まっているせいか、口から出るのは薄い息ばかりで。
言わないと、言葉にしないと。頭ではわかっている。なのにそう思えば思うほど、身体が言うことを聞かなくて、ずっと頭でぐるぐるさせるばかり。 頭が痛い。なんで…まともに言葉の1つ出せないのか。やっぱり普通と違うから。化け物だから。
頭の中は言い訳から、自分を否定する言葉ばかりになっていった。昔から飽きるほど言われてきたこと。うるさい。俺は俺だ。これが俺なんだ。化け物はどっちだ。少し見た目が違うだけで何が悪い。誰も彼も見た目だけで差別して、蔑んで、本当の化け物はどっちだよ。言い返してやりたかった言葉たち。1度出てきたら溢れ出して止まらない。
違う。今はこんなことを考えている時では無い。早く説明しないといけないのに…!
しばらく黙り込んだ桜。声をかけるべきか、かけないべきか。そう悩んでいるうちに桜はゆっくり顔を上げた。桜の顔を見た瞬間、誰かがひっと悲鳴をあげた。
桜の顔はただただぐちゃぐちゃで言葉なんかには到底表せられない。唯一言えるとすれば、ただただ酷い。本当は酷いという言葉すらも生ぬるいぐらいだ。
「さく _ 」
「ダメなんだ…俺に触れたら…」
先程まで黙っていた桜が口を開く。先程よりだいぶ落ち着いたのだろう。先程までのただ口からこぼれ落ちるだけの不明瞭な言葉から、しっかりとした言葉になっていた。
「…どうして、ダメなんだ」
「っ、移しちまう… この髪色も、全部…全部…!! そんなことになったら、お前まで差別される!!そんなの俺だけで十分なんだ!!!」
自身の白い方の髪をぐしゃりと乱暴に掴み、その場にしゃがみこむ。
移るなんてことは絶対に無いはずだ。あくまで予想だが、桜を良く思わない周りの奴らがそう刷り込んだのだろう。桜が孤立するように、自ら距離を置くように。
なんて純粋で優しい子なのか。何故周りはもっと桜の内面を見てやれなかったのか。見た目が少し違うだけの、心優しい少年なのに。
そんなタラレバを言っても過去は変わらない。過去より今が大切とよく言うだろう。今は目の前で蹲っている純粋で心優しい少年をどうにか救ってやらないといけない。
ーーー
「なぁ、お前らって将来の俺のと、…友達…なんだよな…?」
泣き叫び少し枯れた声で、泣き腫らして赤くなっている目をゆらゆらと揺らしながら問う。
皆は1度、互いに目を合わせてから、笑顔で桜の方を向く。
「そうだよ、オレたちみんな桜くんとお友達なんだ」
「はい!それに俺からしたら桜さんは憧れの人でもあります!」
「そうそう、桜ちゃんは級長っていうクラスの代表でもあるからね」
口々に温かい言葉を投げかける。桜はここまで言ってもらえるとは思っていたため、も、もういい!と顔を真っ赤にして叫んでいた。
今までは”言葉”によってずっと心を冷やされて、閉ざされてきた。でも今は違う。同じ”言葉”なのに、とても温かくて、桜の冷えきって閉ざされた心を少しずつ温めて、開く手助けをしてくれる。
安心する、嬉しい、そんな感情と同時に、不安、怖い、なんて感情も出てきてしまう。1度甘い蜜を吸ってしまったら、もうそれが無い生活には戻れない。ここが未来で、ここには未来の桜がいる。ということはもう過去である桜の居場所はここには無い。
高校1年生ということは、少なくともあと7年は辛い生活が待っている。でも、昔まではこの辛さが一生続くものだと思っていた。それをふまえると軽いものかもしれない。ただ、不安はやっぱりある。
「俺…またお前たちに会えるかな…」
今の未来の桜が”たまたま”成功しているだけなら、今のこの場所は一生やってこない。昔ならそれも仕方ないと思えた。でも今の桜にとっては到底無理だ。
さっきの言葉は誰にも聞かせるつもりのない、ただの独り言のつもりだった。というか恥ずかしいから聞いて欲しくなかった。でも蘇枋はその言葉をしっかり聞いていたようで。
「大丈夫だよ、オレたちは絶対巡り会える、だから安心して」
初めに部屋で出会った時と同じ、胡散臭い笑顔。でも今の桜にとってはとても温かく、信じてもいいかも、と思えるものだった。
ーーー
以上です。いつか全て繋げて書けるようになりたいです。
次回出来れば食脱医師パロをしたいと思っていますが、書ける自信が無いです…🫠
今まで書いてきた物語の続きは現在作成中ですが、どうしても前作と違う感じになってしまい作っては削除する、ということを繰り返しています…なかなか出せずすみません…💦
それではここまで見てくださりありがとうございました🙇⤵︎
(2025/03/08 11:54:05)
11280文字
コメント
6件
かわぁ ... 😇😇 過去がつれぇですぞ ... 未来でもちゃんと皆に愛されてるからね桜ちゃん ... 🥲 そんな事より語彙力羨ましい(
感動した、、😭 桜の幼児化想像しただけでご飯食べていける👍🏻(? 物語を頭の中で創造する力があるってすごいね。私にも無理…🫠すごく面白かった!所々くすりと笑えるシーンがあったり、桜の過去が垣間見えたり、、みみっきゅの語彙力には頭が上がらないよ🙇🏻♀️⋱