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フィアには薬師の知り合いがいる。風邪薬から自白剤に至るまで薬物の調合に関して圧倒的な知識と天才的な能力を持つ彼女には1つ欠点があった。工房や家を汚すことにかけても天才的なのだ。ひとたび研究に没頭すれば、運び込まれた木箱や樽は散乱し、使った薬草や素材も適当にそこらへんに置く。服は脱ぎ散らかすどころか最悪着の身着のまま。食べかけのパンから見たことも無いカビが生えていたこともあった。挙句、新発見のカビだと大喜びで研究していたのだから笑えない。おかげで定期的に大掃除を行なっては説教をするというのが彼の役目となっていた。なぜ、今そんなことを思い出しているのかと言えば、よく似た景色に遭遇しているからだった。
そこは石造りの通路のように見えた。天井部分は淡く光っている。その光が優しく照らし出していたのは大量の木箱だった。床に散らばっているのは小さめの木箱で、それがずっと先まで続いている。足の踏み場も無い。さらに、最初は床の様子に圧倒されて気が付かなったが、壁に設られた棚だと思ったものはすべて、大小様々な木箱が絶妙なバランスのもと積み上がっていたものだった。フィアが適任なのよ。レオノラは確かにそう言った。
「レオノラ。この光景に心当たりは?」
「違うわよ!」
「あるんだな。レオノラがやったのか?」
「勝手にどんどん増えていったのよ!」
犯人はレオノラで確定。とは言え責めても仕方がない。
「先に進めば良いんだな?」
見たところただの木箱だ。割るか、退けるかすれば何とか進める。フィアは足元にあった大きめの木箱をおもむろに自分の前に置いて、手を添えた。
「綺麗に片付けてもらえるなんて、思うなよ」
フィアは雑巾をかけるように木箱を押していく。ズズズッ。ズズズッ。船が舳先で波を裂いていくように、木箱1つ分の幅の道ができていく。掃除術としては初歩のテクニック。初手から完璧でなくて良い。まずは大雑把に道を拓くのだ。
「レオノラ」
「はひッ!?」
フィアがつとめて優しく声をかけると、レオノラはビクッと体を震わせる。
「別に俺は怒っていない」
「え!?」
「思ったよりゆっくりしか進めないから、おしゃべりでもしようと思ってさ」
フィアの作戦は概ねうまくいっていたが、その歩みはとても遅く、時間を持て余していた。情報も仕入れておきたい。どうせ護衛もするし、何かあれば手伝ってもらうこともある。仲良くなっておく方が得策だと踏んだのだった。
「この木箱は何なんだ?」
「あー…私への捧げ物が入ってたのよ。私、中身以外には興味なかったし、その、めんどくさかったから」
「中には何が?」
「食べ物とかよ。あ、でも」
会話が途切れた。フィアが振り返ると、レオノラは装飾がついた木箱を手にとっている。
「こんな感じの見た目がかっこいい木箱には決まって食べれないものが入っていたわね」
受け取って開けてみると手のひらサイズの魔石が入っていた。
「食べれないじゃん!って思って、そのままにしちゃったのよね」
レオノラの表情に他意は無さそうだった。食いしん坊な発想に思わず笑いがこみ上げる。同時にフィアは安堵もしていた。突然の転送で装備の持ち合わせが無い丸腰のフィアにとって、武器は喉から手が出るほど欲しいものだった。見た目で判断できるのもありがたい。
「そういうのを見つけたら回収して欲しい。中のものを回収しておきたい」
「食べれないのに?」
「食べれないのに」
念を押して、また2人で笑い合った。
床の木箱も一緒になってカタカタと鳴っていた。