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#第3回テノコン
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「……う、ん?」
不思議な気分。懐かしいような、忌まわしいような。そんな香りと、柔らかさに包まれて。
”紅月輝夜”は、静かに目を覚ました。
知っている匂い、知っている天井。ここは自分の部屋ではない。真っ白で、むしろ自室よりも馴染みがある。
自分が5年間を過ごした、病室のベッドである。
果たして、なぜここに居るのか。
昨日は確か、みんなとカラオケに行って。正直、それ以降の記憶がない。
まさか、今までの記憶は全て夢で。もしかしたら自分は、未だに入院中。
そんな冗談を思いつつも、輝夜はゆっくりと体を起こす。
体はいつも通り。と言う割には、少々だるいが。
髪の色や長さも、胸のサイズも変わらない。自分は自分のまま。
そんなことに安心していると。
「おはようございます、輝夜さん」
「……あぁ」
やはり、ここは病院か。輝夜に声をかけたのは、使用人である影沢舞ではなく。
長年リハビリを付き添った看護師、”八代まどか”であった。
退院以来、まともに顔を合わせていなかったので。
輝夜は妙な懐かしさと、相変わらずの鬱陶しさを感じる。
「なぁ、まどか。どうしてわたしは、またここで寝てるんだ? 余命宣告にしても、あと数年の猶予はあっただろ」
「……昨日のこと、覚えていないんですか?」
「ああ。カラオケに、友達と行って。……そこに、お前が来たのか?」
「いえいえ。わたしはいつも通り、輝夜さんの居ない、さみしいナース生活をしてましたよ」
「それはそれは」
輝夜としては、あまりリハビリ中のことを思い出したくはない。
黒歴史にまみれた、屈辱の日々である。
「輝夜さんは”大暴れ”をして、無理やり病院に連れてこられたんですよ?」
「わたしが、大暴れ?」
まったくもって、理解不能な話である。
「だって昨日は、カラオケに行って。……それから、えっと――」
細長い糸をたどるように。輝夜は昨日の記憶を、どうしてここに運ばれたのかを思い出す。
”人生で一番熱かった”、昨夜のことを。
◇
――思い返すのは、あのゴミ山のような〜♪
記憶にあるのは、ずっとマイクを握っていたということ。
バーチャルアイドルのオーディションとか、そんな話は忘れて。同じくらいテンションの高い桜と、苦笑いを浮かべる黒羽に見つめられながら。
マイクを片手に、輝夜は歌い続けていた。
思えば、初めから”違和感”は有ったかも知れない。初めて感じる”熱”に、自分が”無敵”になったかのような感覚。
2人の魔王、グレモリーとドロシーが、なぜか居なくなった後も、輝夜は歌い続けた。
歌えば歌うほど、体が熱くなる。
長年錆びついていたエンジンに、火がついたかのように。
輝夜の”熱唱”は、止まらなかった。
「簡単に説明すると、輝夜さんは”高熱”を出していたんです。ですがそれに気づかずに、友達とのカラオケを続けてしまったと」
輝夜の体に、何が起きたのか。
まどかが分かりやすく説明する。
普段から、輝夜の体内には生命維持用のナノマシンが存在しており、体調不良を起こさないように働いている。自身の免疫力だけでは、輝夜は生きられないため。
しかし、そのナノマシンをもってしても、どうしようもない”力”というものが存在する。
「以前から輝夜さんは、”魔力を使うと体が敏感になる”と、ダニー先生に相談していましたよね?」
「……魔力とかそういう話、お前はオッケーなのか?」
ちょっとデリケートな話に、輝夜の顔は赤くなる。
「ええ。こう見えてわたしは、選ばれし”エリートナース”ですので! そもそも、輝夜さんが”紅月龍一の娘”であるという情報や、”魔力を扱える”といった情報は、わたしを含めた数名のスタッフしか知りません」
「そう、だったのか」
「はい。一般のスタッフからしてみれば、難病から回復した、”いいところのお嬢様”、という程度の認識でしょう。なので、こう見えてわたしは凄いんです!」
「……なるほど」
凄いんです。が、少々癪に障るが。
自分の担当ナースが、特別であることは認識した。
「ふふっ。実はわたし、こういった事もできるんですよ?」
そう言って、まどかは指を振るい。
水の入ったコップを、全く揺らすことなく、輝夜の目の前へと浮遊させた。
「おぉ、凄い。」
”今の輝夜”だからこそ、この技術の繊細さが分かる。
魔力で物体を浮かすのは、そう難しい話ではないが。
中に入った水を全く揺らさないとなると、もはや神業と言える領域である。
「最先端の医療には、こういった技術も必要になるんです。だからわたしは、”あなたの担当”なんですよ?」
「むぅ」
輝夜を守るため、社会に適応させるために。文字通り、この病院で”最高のスタッフ”があてがわれていた。
全て、龍一の差し金であろう。
「魔力が使えるなら。今度、腕試しでもしないか?」
「いえいえ! わたしの力は、戦闘用では無いですし。何より、妹のような存在である輝夜さんと、戦ったりは出来ません」
「そうか、残念だな。わたしは全然戦えるのに」
5年間のリハビリ生活。その中で、色々と鬱憤も溜まっている。
輝夜としては、むしろ殴りたいくらいの気持ちである。
そんな、認識の違いはさておき。
話は、”輝夜の体質”へと戻る。
「確かに。派手に魔力を使った次の日は、”色々と”体が敏感になるが。……昨日は別に、訓練も何もしてないぞ? 本当に、ただカラオケで歌っただけ」
「本当に、そうでしたか?」
「そう言われると、まぁ。記憶があやふやだからな」
「あやふやなのも当然です! なにせ、病院に連れてこられた時点で、体温は”40度”を超えていましたから。もしもナノマシンが機能してなかったら、脳みそがパーになっていましたよ?」
「そんなにか? まったく覚えてないんだが」
「……わたしも、舞さんから聞いただけなので、詳しい事情は知りませんが」
カラオケから、なぜ病院送りになったのか。
後に輝夜は、この日の記憶を”黒歴史”として封印することになる。
◆
「暑ーい!」
家に帰った時、輝夜はすでに”出来上がっていた”。
ただのカラオケ終わりだというのに、その様子はまるでランニング直後のようで。
靴を乱雑に脱ぎ捨てると、そのままの勢いで輝夜は学校の制服を脱いでいく。
無論、その下は”下着”しかない。
「輝夜さん!?」
理性の崩壊した輝夜の姿に、舞は驚愕する。
「ちょっと、待ってください」
「うーるーさーいー。暑いしもう、お腹すいた」
「お風呂ですか? ご飯ですか? ちょっと、そのままリビングに行くのは」
「ふふっ」
制服を脱ぎ捨てて。身軽になった輝夜は、もはや無敵そのもの。
堂々とした様子で、リビングへと入っていく。
リビングの中では、すでに弟の朱雨が晩飯を食べており。
下着姿で、明らかに顔が赤い。
そんな姉の姿に、思わず箸の動きが止まった。
すると、そんな朱雨の姿を見て。
「……おい、弟。姉であるわたしに対して、その態度は何だ?」
輝夜の狙いは、完全に弟へと定まった。
「態度も何も、ただ飯を食ってるだけだ」
「いいや、目を見ればわかる。お前は完全に、いつもと違う」
「……今のお前に言われたら、もう終わりだな」
常日頃から、どこかおかしな姉とは思っていたが。
下着姿でリビングに来るのは、流石に初めてのケースである。
どう考えても、様子がおかしい。
「はぁ。……わたしみたいな優しい姉が居たら、もっとこう、あるだろうに」
ぶつぶつと呟きながら、輝夜は平然と歩き。
いつもの定位置に座り、食卓についた。
「……」
朱雨はもう、諦めることに。
「輝夜さん! 夕飯を食べるなら、せめて服を着てください」
「あぅ。暑いんだから、仕方ないだろ? クーラーつけてくれ」
「今はまだ、暑くも寒くもない時期です。ちゃんと服を着ないと、風邪をひきますよ?」
「……」
何も聞こえないとばかりに、輝夜は食事に手を付け始めてしまう。
「こいつ、マジで熱でもあるんじゃないか?」
「そうですね。……ちょっと、失礼します」
明らかに様子がおかしいので、舞が輝夜の額に触れてみると。
「ッ」
案の定、輝夜の体はアチアチであった。
「これは、マズいですね。すみません、悪魔の方々。輝夜さんに何があったのか、教えてくれませんか?」
輝夜の身につけているイヤリング。舞はそれに問いかけるも、うんともすんとも言わず。
いつもなら、勝手に食卓に紛れ込むドロシーも、その姿を見せなかった。
「あー。こいつらに関しては、ずーっと返事がないぞ? このわたしが声をかけても、うんともすんとも」
「お前、カラオケに行ったんだろ?」
「そうそう! あの、赤い魔王がな? わたしをアイドルにするとか言って、えっと、何だったかな」
輝夜は混乱している。
「病院に行くべきだな」
「ですね」
朱雨と舞は、その結論に達するも。
輝夜本人は、まるで気にした様子もなく。
「せっかく、わたしが歌ってやったのに。あの魔王ども、2人揃って居なくなるなんて」
どこか鬱憤が溜まっているのか。
その危険性を考えずに、”声”を解放した。
――初めて会った時から、わたしたちの結末は〜♪
高熱で頭をやられて、ついに歌い出してしまった。
その程度の認識をする、朱雨と舞であったが。
機嫌良く歌う、輝夜の声に呼応するように。
朱雨の持つ”指輪”が、カタカタと震えだし。
突如として、魔獣ケルベロスが顕現。
そしてそのまま、リビングの中で暴れ出してしまう。
「おい! 急にどうした?」
「とりあえず、止めましょう!」
リビングを破壊するケルベロスを、朱雨と舞は止めに入り。
そんな騒動の最中でも、輝夜は歌うことを止めない。
――過ぎていく日々を、ただ温かく想って〜♪
調子に乗って、歌えば歌うほど。
ケルベロスを襲う苦しみは、さらに激しさを増していく。
その現象に、朱雨の脳は瞬時に動き。
「……まさか、そういうカラクリか?」
止めるべきは、ケルベロスではない。
無駄に上手な歌を、のんきに歌っている。
そんな輝夜のもとへ、朱雨は動き。
押し倒しながらも、その口を手で塞いだ。
「んんー!?」
突然押し倒され、おまけに口を塞がれて。
高熱の輝夜は、ただひたすら混乱する。
「いいから、その口を閉じてろ」
輝夜の体の”熱さ”に、少々驚きつつ。
朱雨が歌声を止めると。
暴れ回るケルベロスが、ようやく大人しくなった。
「大丈夫か? ケルベロス」
「……ガゥ」
暴走は止まったものの、どうやらかなり疲弊した様子で。
ケルベロスは、申し訳無さそうに頭を下げる。
「お前は悪くない。階段を登って、俺の部屋で休んでろ。ドアは開けられるな?」
「ガフッ」
ケルベロスは賢い魔獣である。
朱雨の言葉を正確に理解し、のっそりとした足取りでリビングを後にした。
テレビやソファなどが破壊されたが。
幸いにも、怪我人は出ていない。
いま優先するべきは、口を塞がれた問題児のみ。
「しゅ、朱雨? 反抗期の次は、発情期ってことか?」
「……それは、お前だろ」
少なくとも、今の輝夜は。
下着姿で、体が異様に熱い。
「わたしに手を出したら、お前、絶対に後悔するからな」
「クソ、頼むから黙ってくれ」
朱雨としても、できれば姉を押し倒したくはない。
とはいえ、このまま自由にさせるのは危険である。
「影沢、車を頼む。俺はこいつを、なんとかして外に運ぶ」
「了解しました」
このまま高熱を放置しては。ただでさえ残念な頭が、完全にオシャカになってしまう。
それだけは、どうしても避けたかった。
「離せ! びしょびしょで気持ち悪い!」
「あぁ、クソ。全部お前の汗だろ!」
「いいや。わたしは汗なんてかかない!」
「かく!」
輝夜と朱雨。
片方は下着姿で、おまけに汗でびしょびしょ。
そんな姉弟の死闘は、輝夜が病院に運ばれるまで続いたという。
「……嘘、だよな?」
「いいえ。輝夜さんがここに運び込まれた時、それはもう凄まじい状況でした」
告げられた、残酷な真実に。
輝夜はただ、愕然とするしかない。
「お胸に関しては、その。ブラジャーじゃなくて、輝夜さんの髪の毛で、隠してましたし」
「……」
何がどうなったら、そんな惨劇になるのか。
これから弟と、どうやって接すればいいのか。
”喉”を使った代償は、あまりにも大きかった。