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8月31日。
夏休み最終日。
自由研究のレポートを仕上げ、これにて指定された提出分の宿題は全てクリア。
最終日は長期休暇終了を偲び『いつもの場所』で全員集合……、のハズだったのだが、グループLINNEに飛んできたメッセージで、それは土壇場でキャンセルする運びとなった。
はるか!「よしレポート終わたよ!! 今日は予定通りお昼集合!ね!!!!!!!!!」
相原 勝人「わりーおれまだおわってない」
仁「僕は明日の学校の準備してる 通学路も変わるから定期券も買わないといけないのを失念してたよ・・・」
はるか!「ええええええ野崎ちゃんは?」
名前を入れてください「私も自由研究のレポートが終わらず、現在対応中となります すみませんが 明日からの転入の準備もありますので、本日は向かえないと思います、急に予定を取り消してしまってごめんなさい〜 野崎海舟」
KIRA「@名前を入れてください いつも思っていたが、メッセージの最後に記名するシステムなんなんだ?」
名前を入れてください「の逆KIRA 名前の変え方が分からず、このままだと誰がメッセージを送っているか不明だと思いましたので、記名しております 野崎海舟」
KIRA「@名前を入れてください まさかとは思うが、の逆って、@を出そうとして打ったわけじゃねえよな?」
名前を入れてください「の逆」
名前を入れてください「逆の」
名前を入れてください「ぬ」
名前を入れてください「出せません そのうずまきは、ヒンドゥー語か何かですか〜? 野崎海舟」
KIRA「次会った時に教える 名前の変え方も」
名前を入れてください「ありがとうございますえがお」
名前を入れてください「ありがとうございます(^^) 野崎海舟」
相原 勝人「重症だなこりゃ」
はるか!「もーーーみんなむりじゃん!夏休み最後の日なのにーーーー」
はるか!「煌と野崎ちゃんは転入先おなじだったよね? 仁かっつんとわたしは三人で別の学校だから、全員バラバラよりは比較的会いやすいかも! 時間割とか共有して、新しい学校始まっても会ったりしようねやくそくだよ」
夏休み最後の最後になって、集合に失敗した。
明日からは、新しい一時転入先の学校で、新しい授業が始まる。前例のない特別措置に、学校も教師も対応に尽力してくれるとはいえ、想像できない負担が待っているに違いない。
授業進度の違い、教室の位置の違い、校則の違い、そういったギャップに直面することになるだろう。
別に、強く不安を感じているわけではない。
こうして、バラバラの学校に通うことになってしまう未来を考慮して、この夏は『いつもの場所』に多く顔を出してきたのだ。
皆との仲を良好に保ちながら、別れの準備をしてきた。
それに、会おうと思えばいつだって会える。学校から指定された転入先はひとつ隣の街だったが、登下校し住む家はこれまでどおり、神無月家となる。この街から離れるわけではない。
いっそ、この転入はチャンスとも言える。
オレは『いつもの場所』のメンバーとの仲が遠ざかってしまってでも、依存を切り、記憶を取り戻そうとしていた程だ。
この距離感は、友情を維持しながらも記憶を取り戻すことに専念できる、良い塩梅になるはずだ。
携帯を枕元に置き、天井を見る。
なぜか今日は、やけに眠い。
まあ夏休み最終日だ、明日からはまた授業が始まるし、登下校の距離が伸びたことで登校時間も帰宅時間も変わり、睡眠猶予はより縮んでしまうだろう。
理紗も同じ高校に転入することになっているし、うじうじと寝込んでいる間に早めに起こされたりなんてのも日常茶飯事になる。
となると最終日の過ごし方は、惰眠を貪る。いつも頭痛の不眠症で魘されているために貴重とされる、睡魔に従う。
これが最善択かもしれない。
目蓋が勝手に落ちる。
身を任せて、無意識に沈んでいく。
暗みの奥に、窓の明かり。
それが明かりだと認識出来なくなった頃に、
オレは、黒塗りの世界にいた。
そこはいつも、夢を見る前に訪れる場所。
恐怖を感じない自由落下の暗闇。
彼方の声に向かって無限加速する漆黒。
そこへ、いつもの通り青白い点滅がやってくる。
次は、そう、頭痛だ。
眼球の裏が内側から引き裂けてしまうほどの痛み。
そんな中で、目蓋の裏で光の跡が泳いで、
網膜に幾つかの光景を形成していく。
浮き出てきたのは灰被りの街の中心、
その広場で焚きつけられる十字架。
あるいは海戦の傷跡が残る座礁船、
荒波に揉まれる黒旗。
あるいは灯り無き暗く寂れた墓場、
そこから掘り起こされた泥塗りの棺。
あるいは謀反の焔に燻る巨城、
月明かりの射し込む天守閣。
あるいは岩蓋の亀裂から零れる一条の光、
出口なき洞穴の底。
あるいは人工的に削り出された川、
深くゆるゆると流れる上水。
あるいは本の山と新聞紙、
空薬莢と血痕が残る、
静寂が支配する地下シェルター。
そのビジョンが過ぎたあとは、そう、
光が口を開く。白光が闇を払う。
それが、オレを呑み込む。
すると、そうだ。
あの場所に行く。
あの、白と黒の世界に。
仮面をつけた、”彼”のいる世界に。
そのはず、だったのに。
「…………なんだよ、ここ」
いつも通りではない、不思議な空間へ接続していた。
彼方まで無限に続く水面、オレはその上に立っていて、踏み起こした波紋がどこまでも広がっていく。
波紋を目で追った先で見つけたのは、水平線を赤く染める、心惹かれるほど美しい満天の夕焼け。
幻想的な情景に、遠近感覚が揺らぐ。
あの白黒の場所ではない。
いつも見ていた夢の世界ではない。
急にテレビのチャンネルが切り替わったような感覚……、同じ門をくぐってきたハズなのに、別の場所に通じていたことに、戸惑いが隠せない。
辺りを見回したところで、夕焼けの光に焦がされ、シルエットになった人影を発見する。
きっと、あの仮面の男だ。
「なあ、どうしていつもと違うんだ? こんなこと、今まで一度も……!」
水面を歩き、影に近づいてやっと分かった。
あれは仮面こそ被ってはいるが、いつもの白黒の男とは違う。別人だ。
烏のような長嘴のマスクに、紳士帽、黒羽毛のコートに、長いステッキ。その季節外れの影。既視感がある。
「……ようこそ、『特例』君」
黒鴉の男が、外した帽子を胸にあてて、紳士的ぶった挨拶を送ってくる。
「君の一ヶ月を監査してきたが、どこも特別であるところを感じることはなかった。『特例』と聞いてきたがね、話が違った」
「お前、誰だ? 『少数派』か?」
「ほう、少しは鼻が利く。 『少数派』は、頭領の命により、君がどう特別なのか精査することにした。 どこにでもいる普通の学生である君が、どうしてロビンソンの計画を壊し、先の『廃棄物』が起こしたディオの事件から生存できたのか。 そして……、あの人がどうしてお気に入りされていらっしゃるのか。 それを知るためだ。 君に『特例』たる芽が発見できるまで、監視させてもらう」
「……お前ら仮面持ちの奴らはどいつこいつもそうなのか? 身勝手でワケの分かんねえことばっか言いやがる。 知るか、このおかしな夢から元に戻しやがれ」
くくく、と烏は夕日の中で笑って、
「残念だが……、君は既に私の権能に罹患してしまった。 私の監視から脱出するのは不可能だ。 これは絶対だ。 もう症状は手遅れのところまで進行してしまった」
「権能! またそれか、付き合ってらんねえよ。 …………ああ、そうか、これ夢だな? ここ一ヶ月の間、オカルトが関係してるようなやべえ事件に巻き込まれなかった反動で、変な夢見ちまってやがる、そうだよな……」
「夢、か。 この空間をそう呼ぶならそうなのかもしれないが、私と君が会話していること、これだけは現実であるとはっきり言える。 夢と現実の狭間は、権能罹患者の中でも末期症状の者だけが訪れることの出来る、最後の診察時間だ」
「末期症状?」
影が、両手を広げる。
不気味さすら感じるほどの美しい夕焼けが男を強調し、赤い雲が背から生えた大翼の如く後ろを飾る。
「ここは、8月32日の世界。
現実からはみ出した、心の部屋。
私の創った『黄昏症候群』。
それを罹患した君が無意識に生み出した、
私と君だけの、心の隅の診察室だ……」
水面に波紋が広がる。
反射する夕日にはもう、ノスタルジーはない。
不思議への赤い畏怖、それだけが支配している。
「私はラヴェンダー。 罹患者の『特例』君は、これから末期症状の発作を起こす度にこの診察室に来ることになる。 ここだけが、私と君の対話の機会だ。 君はそれを拒否することが出来ない。 不可能。 この監視関係、分かったかな?」
「分かるかよ、何にも! カウンセリング? オレはお前に話すことなんか何にもねえぞ」
「主治医に緊張する必要はない、どうせ君にはもう、選択権もないがね。 いいかな? 君は既に、私の『椅子取り遊戯』によって『黄昏症候群』を発症してしまっている。 罹患すれば最後、苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで、頭がおかしくなるほど苦しんだ先で、狂って死ぬ。 これはもう、確定したことだ。 私は君が狂うまで治療をせず、監視を続ける。 君がどう特別なのか、『少数派』の邪魔となる可能性を孕んでいるのか、見せてもらう」
「狂って死んだら、監視なんて出来ねえだろ? あんたの目的がオレの監視だって言うなら、オレを苦しませたり殺したりなんてするのは、お前のとこの頭領の命令に反するんじゃねえのか?」
「まさか私が君を直接痛ぶるとでもお思いか? そんなことするか。 君は勝手に苦しみ、勝手に狂うんだ。 私はその道程の足掻き様を監視し、『特例』たる理由を診察するのみ」
「オレが……、勝手に苦しむだと?」
「『黄昏症候群』とは長い付き合いになるだろうから、急いで理解しようとしなくたっていい。 まあどうせ、すぐに分かることだ」
夕日が歪む。
伸びる赤い手が、空も水面も全部を覆う。
「『椅子取り遊戯』。
さあ、また世界の何処かで、
誰かが損を被ることになる。
それを見た誰かが、泡銭を拾う。
それは君か、将又、私か。
この間違いだらけの世の中にメスを挿れ、
調律のとれた世界に戻そうじゃあないか……!」
目を瞑っても皮を貫く夕日の手に、為す術なく包まれ、そのまま膝が折れ、水面に、潰れた。
暗闇へと帰投されて数分後。
オレはずっと息をしていなかったみたいに、自室のベットから飛び起きた。
酷い頭痛と、息切れに見舞われる。
窓外は既に明るく、どうやら昨日の昼から、次の日の朝までずっと眠っていたみたいだった。
どれだけ惰眠を貪るっつったって、これは流石にロングスリープすぎる。遥夏もビックリするほどの爆睡だ。
これだけ寝ていたら、理紗や神無月の両親が晩飯なんかで起こしにきてくれていてもおかしくない気もするが、それでも起きないほど深く眠っていたのだろうか。
「……なんだよ、あの夢」
夕日の世界、黒鴉の男。
記憶喪失のオレが憶えている限りでは、これまでは白黒の夢しか見たことがない。あんなのは、初めてだった。
「やべ、今日から学校……。 今、何時だ……」
枕元に置いていた携帯電話を掴む。
黒い画面をタップし、現時刻を表示させたところで、自分を取り巻く異変に、やっと気が付いた。
「…………8月1日、7時13分……?」
携帯に表示された日時には、
もう既に過ぎ去ったはずの夏休み、
その初日の朝である証左が示されていた。
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