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ヨークスフィルンから帰ってきて数日が経った。
報告書についてはすっかり落ち着き、後はピアーニャ達に考える事を任せ、ミューゼ達はのんびりとした日常を過ごしている。
アリエッタは仕事である事を見て理解していたので、ミューゼとパフィの近くで大人しく絵を描き続けていた。その結果、どこかに預けるという選択肢は、王妃の中からいつの間にか無くなっていた。
しかも描いた絵に、事件に関する絵が数枚含まれていたので、資料に欲しいと頼まれた。どうやって本人に許可を貰ったのかというと、ピアーニャ屈辱のおねだり作戦である。妹分に甘えられたアリエッタに、拒否するという選択肢など存在しない。さらに手を離さなくなるという徹底ぶり。
そうしてその日は使い物にならなくなった総長に代わり、結局ミューゼの家に入り浸っていたフレアとネフテリアが資料をまとめていった。
そして一通り作業を終えた翌日の事。
「はぁ……この燃えるナイフを振っているパフィちゃんの絵、素敵だわぁ。ねぇアリエッタちゃん。これ貰えないかしら」
「? ふれあさまー、おちゃ」
「あらうふふ、ありがとう」
「……なんでまだフレア様がいるんですか。いーかげんお城に帰ってくださいよ。毎日兵士が迎えに来てるじゃないですか」
一向に帰ろうとしない王妃フレアに、お茶を出すアリエッタと、苦言を呈するミューゼ。
周囲が『フレア様』と呼んでいるのを見ていたアリエッタは、『ふれあさま』という名前としてしっかり覚えていた。
フレアの目的は、もちろんパフィとその手料理である。
「仕事も終わりましたし、パフィは出かけてますし、これ以上はミューゼの迷惑です。早く帰ってください。お母様」
フレア以上にミューゼの家に馴染んで寛いでいるのは、ネフテリアだった。
「いやアンタもだよ! 何おっさんみたいに寛いでるんですか!」
ソファでだらけきっている王女に向かって、すっかり慣れた様子で叫び散らすミューゼ。その様子に、ネフテリアはとても楽しそうに笑う。対等に話せる相手の存在が嬉しい……というわけではなく、
「いやほら、ミューゼはわたくしの嫁じゃない? だったらここは、わたくしの家でもあるわけで」
「そんなわけあるかあああああ!!」
ミューゼと絡むのが楽しいご様子。嫁扱いも半分以上本気なので、それに気づいているミューゼも心穏やかではいられない。
「てりあ、おちゃ……?」
「ありがと、アリエッタちゃん♪ もう立派にわたくしの専属になれるわね~」
「変な勧誘しないでください」
今もミューゼを城の役職に、あわよくば側仕え…ではなく側室にと狙っているネフテリアは、直接的でも遠まわしでも誘う事を忘れない。そして今は、それに便乗したいと思うもう1人の王族もいるのだ。
「……パフィちゃんを専属の料理人に……じゅるり」
「……食べるのは料理の方ですよね?」
ジト目で投げられたミューゼの質問は、視線を逸らされるだけで返事はもらえなかった。
ちなみにアリエッタはというと、2人とも仲の良い客人だという感じで理解しているので、ミューゼが気兼ねなく話せるようにと、飲み物とお菓子を出していた。
しかし、自分用のお菓子から出しているので、流石のネフテリアもいたたまれない気持ちになっていた。しかも、食べないとアリエッタが少し悲しそうな顔をしてしまったが為に、手をつけないで返すという事が出来ない。
そして、少し減ったお菓子の皿に、再びお菓子が補充された。
「……アリエッタちゃん、お菓子はもういいのよ? それアリエッタちゃんのお菓子だからね?」
「おかし?」(え、お菓子もっと欲しいのかな? いつのまにかぱひーが増やしてくれてたから、別に良いんだけど)
お菓子はいつも通りパフィが用意してくれていたと思っていた。しかし、実はフレアとネフテリアが、バレないようにとオスルェンシスに頼んで、かなり多く補充していたのだ。そうとは知らないアリエッタは、増えた分だけ接客に出していた。なんとも微妙な悪循環である。
「てりあ、おかし、あーん」
「いやあのね……あーん……うん、美味しいよ~……」
「にひひ」
アリエッタの笑顔に逆らえる大人はこの場にはいない。
後日また改めてお菓子を補充する事にし、いつも通り3人でいたいけな少女を甘やかして過ごす事になるのだった。
暗くなりかけている街中、パフィ達はのんびりと家に向かっている。
日中出かけていたパフィは、昼からクリムの手伝いをし、その後は夕食の買い物へと出かけていた。
「すっかり遅くなっちゃったし。はやくしないとアリエッタがお腹空かせるし」
「その為の鉄板なのよ。下ごしらえをパパッと済ませるのよ」
「楽しみですわね、肉パーティー」
パフィとクリムの他に、ノエラとルイルイが同行している。
ノエラはクラウンスターのセレジュとの商談の後、いつも通りのんびりと自分の店を切り盛りしていた。夕方になり店を閉め、何か食べにいこうかとルイルイを連れて外出したところで、パフィ達と出会ったという訳である。
大量に食材を買い込んだパフィ達は、折角だからとノエラ達を誘った。特に断る理由が見当たらないノエラは、喜んで誘いに乗ったのだった。
「よいしょ」
「ただいまだしー」
ドアを開け、家の中に入るパフィ達。クリムは同居しているわけではないが、アリエッタが来てからは毎日通っている為、完全に家に馴染んでいたりする。
「アリエッタちゃんの新作を持ってこれなかったのが、ちょっと残念ですわね~」
「ええ、まぁ次回のお楽しみにしましょう」
家に誰がいるのかを聞いていない2人は、ワクワクしながらパフィの後に続く。そしてリビングへ到着し、
「それじゃノエラさん達はフレア様の相手頼むのよ」
「…………えっ?」
その場にいる人物とパフィの言葉に対して理解が追い付かず、固まってしまった。
「ボク達は夕飯の準備するし。ミューゼ、今日は鉄板で焼き肉パーティーだし」
「ん? わかったー。ベランダ準備するね」
事態が飲みこめないノエラとルイルイはそのまま放置。
ミューゼは丁度近くにいたオスルェンシスを誘い、ベランダへと向かう。物を移動するのに、影で出し入れするのが便利なので、最近は有効活用しているのだ。
「あの、一応自分護衛なんですが」
「ここでそんな事されても邪魔ですし、家にいる間は手伝いくらいしてくださいね」
「はい、すみません……」
スッパリと邪魔扱いされ、大人しくミューゼの後に続いてベランダに向かうオスルェンシス。立場的に護衛は必要とはいえ、一般の家の中では危険も待機スペースも普通は無いので、非常に肩身が狭い思いをしていた。
リビングに残ったフレアは、茫然としているノエラとルイルイを捕まえ、近況を聞こうとソファに座らせていた。
「最近はどう? クラウンスターとは仲良くやっているかしら?」
「は、はい! お陰様で凄い事になっておりますわ!」
慌てたせいで、語彙力の無い報告になっていたりする。
「のえら、るいるい、おちゃ」
「あ、ありがと……」(なんで……なんで……)
(なんで王妃様とネフテリア様がここに!?)
せっせと働くアリエッタのお陰で、ようやく思考が回復したノエラとルイルイは、同じ事を思っていた。特にファナリア人のノエラは立場に弱く、店が躍進するきっかけをくれたフレアには、余計に頭が上がらない。
それでもいつかはする業務報告の為、頭の中である程度まとめていた近況を口から絞り出す事ができていた。
ノエラはクラウンスター店長セレジュとのやり取りの中、ファッションに関する監督と相談役という立場を得ていた。そしてルイルイ達店員と共に、一部の針子にアリエッタから教わった『シシュウ』を教えたりしている。
アリエッタがヨークスフィルンに行く前に、『刺繍』という単語をポツリと呟いて、そのまま使われるようになったのだ。
新技術の提供と監修ということで、それだけでもフラウリージェにはかなりの額のお金が支払われていた。さらに、アリエッタデザインの服の中から一般に馴染みやすい簡単なデザインのものをクラウンスターが量産し、売り上げの一部をフラウリージェに配分する事になっている。
ノエラは売れたらいいなぁという程度の考えを口にした。しかし、フレアは難しい顔で考え込む。
「ふむ……これは良くないわね」
「え?」
フレアが危惧している事、それはフラウリージェの価値観である。ニーニルである程度好きなように服を作ってきたノエラには、エインデルブルグにある大手服飾店店長のような広い視野は備わっていない。事実、セレジュは莫大な金が動く気配を感じ取って、ノエラの提案を喜んで受け入れたのだ。
第三者かつフラウリージェの実力を認めているフレアの視点から見ると、現時点でクラウンスターよりも出来の良い服が、ごく普通の服として小さな店に並べられている。それはつまり、王家が認める程の有力ブランドを格安で売っている状態。これでは服どころか、王家の価値まで変わってしまう恐れがある。まだ認知されていないのがせめてもの救いか。
この事に関しては、フラウリージェの商売能力が全面的に悪いわけではない。いきなり焚きつけたフレアの方にも責任はあるが、根本的な問題はアリエッタの技術の高さと年齢の低さ、そして会話能力の無さにある。
流石にアリエッタに関してはどうしようも無いので、大人達がなんとかするしかない。
「今日は運が良かったわ。今後のフラウリージェについてじっくり話し合いましょう」
「へひっ!?」
問題点を理解していない若き店長は、この後のパーティーを戦々恐々としながら、まるで最後の晩餐かのようにヤケ食いをして過ごす事になるのだった。
その後、再びリビングで真面目な話をしていると、家主達が呆れながら介入してきた。
「いや、この家で話し合いしてどうするのよ。フレア様はさっさと帰れなのよ」
「テリア様もね」
『え~っ!』
(ひぃぃぃ!)
ノエラは別の意味でも、胃に負担を感じていた。そこへアリエッタが新しい図案を出して、癒しとプレッシャーが追加される事になる。
その隣で、自分が店長じゃなくてよかったと、ルイルイは心の底から思っていた。