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「ちょっとハウドラント行ってくる」
そう言って、突然ネフテリアは出かけて行った。
その時ミューゼは察した。
(あ、これ絶対ここに帰ってくるつもりだ)
……と。
大人しく王女を自宅から見送りながら、ある事を思いついた。そして家の前に佇む兵士を見て、クリムの食堂ヴィーアンドクリームに向かう事を決めたのだった。
「で、フレア様を家に置いてきたし?」
「うん。今頃パフィが作ったお菓子を堪能しながら寛いでると思う」
「自由な王妃様なのよ」
「ごくごく」
店の端にあるテーブルで、状況を説明するミューゼ。営業時間の為、他にも客はいるのだが、会話内容を隠そうともしないその大雑把っぷりに、周囲の客が冷や汗をかきながら必死に知らんぷりをしようと頑張っていた。
もちろん当事者のアリエッタは分かっていないので、1人平和に貰ったジュースを飲んでいる。
「でね、これはチャンスだと思うの。1人になったフレア様を捕まえて、王様に突き出せば……」
「なるほど、家から追い出せるのよ」
傍から聞けば、とんでもなく危ない会話である。それを店長含めて3人の若い女性が、いつもの世間話をするかのように普通に話している。
「どうするし? テリアが帰ってくる前に王妃様だけでも始末しないと、協力されたら厄介だし」
「総長はテリア様と一緒にハウドラントだから、頼れないのよね」
「引き剥がしてくれてるだけでもありがたいのよ。別の手段を考えるのよ」
王族の扱いに関する話で危険なワードが飛び交う食堂内は、当事者以外は緊張に包まれている。
普通なら通報したいところだが、クリム達の近くでも城の兵士も食事していて、時々嬉しそうに頷いているのだ。勇気を出して兵士に話を聞いても、「問題ない」と言われてしまい、怖いので大人しく身を引くしかない。
あまりの話の内容に、頭を抱えたり逃げ出そうと考えるもチラホラ。しかし、店の入り口にも兵士が立っており、『おまえら一蓮托生な』と言いたげな素敵な笑顔のまま佇んでいた。
実際は、今出て行って世間話で情報が洩れると、王妃の捕獲が困難になってしまうから今は逃がさない…というだけである。危険視されているのは外敵ではなく、王妃の動向なのだった。
「最悪ボッコボコにして縛る?」
「それがいいのよ。兵士さんにも頼まれてるのよ」
兵士達にとって、王族からの命令は絶対である。フレアに命じられるままに城への連絡とミューゼの家の警護をしていたが、全然城に帰らない王妃と王女に困っており、こっそりとミューゼ達に協力を仰いでいたのだ。なのでミューゼ達を止める者はいない。
「いっその事、最初からだまし討ちの力ずくでいいんじゃないかな?」
「それがいいし。説得はもともと通じてないし」
「分かったのよ。そうと決まれば準備するのよ。クリム、キッチン借りるのよ」
「請求はテリアにするし」
こうして食堂を恐怖に陥れた作戦会議?は終了した。
「それじゃああたし達は先に帰って、フレア様を騙しておくね」
「頼んだのよー」
(クリムちゃんまで結託して王妃様騙すってどーゆーことよ!?)
(この店こえぇ! とんでもねぇトコきちまった)
なんでもない日常的な会話のノリのまま、王妃に危害を加える為に動くミューゼ達。会話を聞いていた他の客の料理は、顔色と同じようにすっかり冷めてしまっていた。
その後もキッチンから聞こえる物騒過ぎる会話のせいで、手元にある料理がなかなか喉を通らなかったという。
「あら。おかえりなさい、ミューゼちゃん」
ミューゼとアリエッタが家に帰ってくると、相変わらずフレアがリビングでくつろいでいた。
「ふれあさまー。おちゃ?」
「ふふっ、『はい』」
「!」(すぐいれてきますっ!)
すっかりアリエッタとのやり取りに慣れた様子で、フレアは短い会話をこなしていた。今のアリエッタとの会話のコツは、無駄な言葉を含めないように、必要最低限の返事をすればいい。
「すっかりアリエッタの扱いを覚えましたねー」
「一緒にいるのですから、当然でしょう?」
一緒にいる事がおかしいというツッコミは一旦飲みこみ、アリエッタの様子を見る。危なげなく飲み物を用意し、トレイにコップを3つ置き、真剣な顔で運んできた。
(可愛いなぁもう!)
対面で座ったミューゼとフレアの顔が蕩けている。
テーブルに3つのコップを置くと、トテトテとミューゼの方に歩き、ちょっと照れながら隣に座った。
『何この可愛い生き物』
思わず2人同時に口から感想が漏れた。
本人にとっては、恥ずかしいけど定位置だし良いよね、といった感じで自分を納得させてからの行動だった。今もミューゼには好意を隠しているつもりである。実際はバレバレだが。
出されたお茶を飲んで、気持ちを落ち着けたミューゼは、ぼーっとしているアリエッタを撫で始め、フレアに話を切り出した。
「で、いつまで城に帰らないつもりですか?」
「…………え?」
まるで、何を言っているのか分からないというリアクション。流石にミューゼの顔が引きつった。
「ほら、ここはもうテリアの家も同然じゃない? だったら貴女の義母であるわたくしも住んでも──」
「おかしいですが!? 何から何まで全部おかしいですが!?」
ノリは完全に押しかけ姑である。そもそもネフテリアが勝手にミューゼを嫁と言っているだけで、ミューゼは一切許していない。
「テリアも以前はそう言っていたわ。でもミューゼちゃんと会って、目覚めたのよ。真実の愛に」
「いろんな物語に決まって出てくる断罪大好きな頭の悪い浮気王子みたいなこと言わないでくださいっ。あたしには──」
「アリエッタちゃんっていう心に決めた女性がいるんでしょう? そんなの気にしないわ」
「気にしてくださいって」
「んー?」(よんだ?)
不思議そうに見上げるアリエッタを、ミューゼが撫でて膝枕にそっと押し付けた。
「話が逸れましたけど、いい加減お城に帰ってください……そんな嫌そうな顔しても駄目ですー」
ミューゼは説得は無理だと知った上で、作戦前にこの話をしていた。なにしろ、数日前まで数回『サンディちゃん』の名前を出して脅しても、なんだかんだで理由をつけたり忘れたフリして残ったりと、あらゆるセコい手段を使ってここに残っているのである。
そして本気で説得した後は、いつも諦めモードになっていた。この行動パターンを利用しない手は無いと、クリムによって提案されていたのだ。
今回も同じように、ひたすら言い合い、のらりくらりと躱され、普段なら取っ組み合いになったりするが、今はアリエッタが一緒にいるので睨むだけに留まる……と思いきや、今回はいきなり杖を使い、蔓を伸ばしてフレアの捕獲を試みた。
「むっ、そんな卑猥な物に絡まれても帰りませーん」
「卑猥とか言わないでくださいっ! 大人しくお縄についてください!」
座ったまま、争い始めた2人。フレアは伸びてきた蔓を魔法で強化した手でひたすら弾いている。ピアーニャを先生と仰いているのは、伊達ではないのだ。
そんな2人のやり取りを、キラキラした目で見ている少女がいる。蔓の魔法もそうだが、魔力で手が光っているという現象が、魔法好きなアリエッタにとっては素敵な見世物なのである。
「アリエッタちゃんも、もっといろんな魔法見せてあげよっかー?」
「まほう!」
「む……」
期待に満ちた目がフレアに向かった事で、ミューゼの対抗心に火が付いた。そっとアリエッタを抱っこし、細い蔓を増やした。
「あらあら? もしかしてアリエッタちゃんが取られると思ったのかしらー?」
ニヤニヤしながら、フレアが蔓を弾き続ける。その笑顔の裏で、話を有耶無耶に出来たとほくそ笑んでいたりする。
「ぐぬぬぬ……」
ミューゼは家の中で出せる範囲で本気になっていた。操作型の魔法だけではフレアに軽くあしらわれるが、放出型の魔法を撃つわけにはいかないのだ。
それはフレアとしても同様で、纏装型の魔法だけで対応している。纏装型とは、魔力をその身に纏って普段より頑丈にしたり、物質の形にして身に着けるタイプの補助魔法である。
「いけっ!」
「きゃっ!?」
突如、太い蔓の先に花を咲かせ、上からフレアに食らいつく。フレアは驚くも、少し横にずれ、花の横を平手で叩いて弾いた。しかしミューゼの攻めはそれだけでは終わらない。
細い蔓がフレアの視界の外から忍び寄り、その腕に巻き付いた。チャンスとばかりに、ミューゼはさらに蔓を伸ばし、フレアの体に巻き付けていく。
大人の女性に蔓が巻き付いているのを見て、アリエッタは全然違う事を考えていた。
(えぇ……なんかえっちぃ……)
ちょっとドキドキしながらも、魔法からは目を離せない。
「もう、仕方ないわねぇ」
と言いながら、フレアは手を覆っている魔力を鋭く変化させ、蔓を断ち切っていった。
悔しそうにするミューゼだが、蔓の勢いは緩めない。切断された蔓は後で始末する事にし、今は捕獲に専念していた。
「ふぅ、ちょっと疲れてきたわね。そろそろやめにしない?」
「はぁ、そろそろパフィも帰ってくるし、掃除もしなきゃいけないですねぇ……」
やれやれといった感じで、ミューゼは引き下がった。蔓が散らかったのは事実なので、すぐに掃除を始める。フレアも集めるのを手伝い、アリエッタはドヤ顔で隅っこに落ちていた蔓をミューゼに渡していた。
(よし、少しは役に立ったぞ!)
「あーもう可愛いなぁ」
アリエッタを撫でながら、ニコニコと自分達を眺めるフレアに背を向け、ミューゼはニヤリとほくそ笑む。
そこへ丁度、パフィが帰ってきた。
「ぱひー!」
「ただいまなのよ、アリエッタ」
「おかえりなさいパフィちゃ~ん!」
寄ってきたアリエッタを撫で、続いて猛スピードで近づいてきたフレアを、全力で避けるパフィ。
「パフィ、フレア様がお疲れだから、早めにね」
「わかったのよ。すぐやるのよ」
「あら、おやつでも作るのかしら? 今日はケーキとかあれば嬉しいかも~」
パフィは頷くと、立ち上がりながら注文を言っているフレアに近づき、その腕を片手で掴んだ。
フレアが首を傾げ、口を開こうとしたところで、パフィが後ろに隠していたもう片手を握り、フレアをその身に寄せた。
「あっ♡」
そんな大胆な……とは言いたくなったフレアだが、その前にパフィが動いた。
「……【トルテローニ】」
「へっ?」
パフィが自らの背後に隠し持った小麦粉生地が大きく広がり、パフィごとフレアを包み込む。2人の姿はすぐに見えなくなった。
「今なのよ!」
「うん!」
新たに伸ばした蔓で、パフィごと生地を縛り上げた。中ではフレアが困惑して叫んでいる。
捕まえると見せかけて体力と魔力を使わせる。そうして疲れた所を、パフィが絶対に逃がさないようにとその身を賭して捕獲する。ここまでは食堂で考えた作戦通りである。
しかし、あの娘にしてこの親あり。たとえ捕まろうとも、このまま大人しくしている王妃ではなかった。