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短編集更新させて頂きます…。連載の方ダメダメで本当すみません…💦
今回は前回とは打って変わって胸がきゅっとなるような切ない恋物語にしたつもりです…!全然直接的な描写とかどっちが攻めとかは無いんですけど、一応カプとしてはもとぱです。地雷の方はご自衛ください…🙏
長くなりました…!本編どうぞ!
『秘められた胸騒ぎ』
4年間通った大学の卒業式。
その前日の夜、俺の机にはたくさんの花が並んでいた。白いカーネーションが一輪、カスミソウが四本、スミレが七本。それらを一本ずつ、丁寧に茎を切りそろえ、紐で結び直す。若井に渡すんだから、最高の状態にしないと。でもそうする度に、胸の奥がざわついて、呼吸が浅くなる。
___渡せるのかな。俺に。
ふと花びらに触れ、指先にその冷たさが伝わったとき、あの冬の夜の記憶が鮮明に蘇った。
クリスマスイブ。
人混みが苦手な自分にしては珍しく、あの日だけは勇気を出して若井を誘うことが出来た。
「イルミネーション…見に、行かない?」
情けないことに、自分でも驚くほどぎこちない声だった。若井は一瞬目を丸くしたあと、小さく頷き、
「…いいよ、?」
と控えめな笑みを浮かべた。
当日、絶対に遅れちゃだめだと思って集合時間の1時間前に集合場所に着いてしまった。俺的にはおしゃれしたつもりの、いつもより値が張るコートを纏った自分の姿が街頭に照らされ、影が伸びていく。息を吐くと、それは白くなって宙を舞い、少し寂しそうに消えていく。
しばらくして、彼が来てくれた。
煌めく街中、吐息が白く揺れる。今度は2つ。若井と並んでいるだけで、どこか、それがさっきよりも瀟洒に光っている気がした。まるで幻想の中にいるような気分になりながらイルミネーションを回っていると、小さく雪が降り始めた。それを受けて、若井が空を見上げながら小さく言った。
「雪…綺麗だね。」
その笑顔が、普段とは桁違いに自然だったから、今日は心から笑ってくれているのかな、と感じてしまった。胸が締め付けられるほどに高鳴って、その言葉に何かを返すことも出来なかった。
「…でも、ちょっと寒いかも、笑」
あのときの若井の笑顔は、今も心に焼きついている。これからも一生、忘れることはないだろう。
でも結局、クリスマス当日は勇気が出なかった。
クリスマスプレゼントに添えようと思っていた小さなメッセージカードは、今も机の引き出しに仕舞われたままだ。
卒業式の日。
式場には、記念写真を撮る生徒たちの声とシャッター音が響いていた。俺も友人たちに声をかけられ、短く笑って会釈を返す。けれど、昔から人混みが苦手で、長くは留まれなかった。
昨日用意した花束を抱えながら式場を右往左往していると、遠くから自分の名前を呼ぶような声がした。声の方を向くと、若井がこちらに向かって手を振ってくれている…、気がした。
そして、若井は早々とこの場を去っていった。
必死にその背中に向かって手を伸ばすが、届くはずもなく、俺の指先は空気を掴むだけだった。
隅のベンチに腰を下ろし、花束を膝の上に置いた。
「…渡せなかったなぁ…」
誰に向けたわけでもない声が、周囲の喧騒に溶けていった。
思い切って立ち上がり、花束の中のスミレを七本、一本ずつ丁寧に抜き、ベンチの端に並べる。次にカスミソウを四本、同じようにしてやった。その小さな白い花を優しく撫で、深呼吸しながら眺める。
残ったのは、白いカーネーションが一輪だけ。
___これだけはどうしても…置いていけなかった。
それを持って胸に当てると、鼓動がまだ早いことに気づく。何も伝えられなかったくせに、この想いだけはしぶとく生きていやがる。
この花たちに別れを告げるように、スミレとカスミソウを校庭の花壇に置いた。
最後の白いカーネーションは、スーツの胸ポケットに差し込む。柔らかい夕日がその花びらを優しく撫でた。
ポケットの花を潰さないようそっと押さえ、オレンジ色に染まりゆく人混みをかき分けていく。胸の奥で、まだ言えなかった一言が小さく反響していた。
「若井…。」