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その日、私は人を殺した。――いや、正確には「願いを叶えた」。
それが私の仕事だったからだ。
私は見習い天使だった。
大天使に呼ばれ、静かな声でこう言われた。
「実績を積みなさい。人間の願いを叶え、幸せにするのです」
ただそれだけ。
理由も、意味も、疑う必要はなかった。
だってそれが仕事なのだから。
天使とはそういう存在だと、私は信じていた。
最初に出会ったのは、足を引きずる少年だった。
「明日のかけっこで一位になりたいんだ…お願いだよ、足を治してほしい」
私は迷わなかった。
彼の足に触れ、痛みを消した。
翌日、少年は表彰台の上で笑っていた。
金色に輝くメダルを胸に、誇らしげに。
歓声が上がり、拍手が響く。
その光景を見たとき、胸の奥がじんわりと熱くなった。
――ああ、これが救いであり、幸せなんだ。
――私は、天使なんだ。
間違いなく少年は幸せだった。
…
次に出会ったのは、疲れた顔をした女性だった。
「旦那の不倫の証拠を出してほしいの、裁判で私が勝てるように……」
私は少しだけ首を傾げた。
でも、彼女の声は震えていた。
願いを叶えた翌日、彼女は裁判所にいた。
晴れやかな顔で、別の男性と肩を並べて歩いていた。
……少し、引っかかった。
早すぎる笑顔だと、思った。
けれど私は首を振り、考えるのをやめた。
彼女は幸せそうだ。
それでいい。
私の役目は、ここまでだ。
…
そして三人目。
青年は、目を伏せたまま言った。
「僕はいじめられている。
彼を殺してほしい。
二度と、この世界に存在しないように。」
一瞬、胸がざわついた。
でも彼の声は、壊れかけていた。
「もう、耐えられないんです」
私は――頷き、願いを聞き入れた。
人の願いを叶え、幸せにする。
それが天使の役目であり、人間界に来た意味だったからだ。
翌日、青年は穏やかな顔をしていた。
初めて見せる、心からの笑顔だった。
青年は、本当に幸せそうだった。
私は、達成感に満たされた。
これでいい。
これが正しい。
私は――
その帰り道、黒い服の人だかりを見た。
葬式だった。
棺の中にいるのは、私が消した存在。
いじめっ子と呼ばれた少年。
そして、棺の前でたくさんの人が泣いていた。
「まだ、生きててほしかった」
「なんで、こんなことに……」
足が、動かなくなった。
泣き崩れる人間たちの声がやけに頭に響く。
胸の奥が、冷たくなった。
私は振り返った。
かけっこで勝った少年がいれば、負けた少年がいる。
裁判で笑う女性がいれば、全てを失った誰かがいる。
殺された彼にも、愛する人がいた。
私は、幸せにした。
確かに、した。
でも――
「……私は、何をしているんだ?」
一人を幸せにするたび、 誰かの人生を、確実に壊していた。
「これは…… 本当に、善なのか?」
……答えが出ないこと自体が、恐ろしかった。
これが本当に、正しいことなのか。私には分からない。
それでも、心に生まれた空白が、なぜだか埋まらないのは確かだった。
それでも私は天界に戻った。
答えを持たないまま。
大天使は何も問わなかった。
まるで、最初からすべて知っていたかのように。
ただ私を見つめていた。
その沈黙が、私は何よりも恐ろしかった。
幸せとは何なのか。
救いとは何なのか。
天使とは――何なのか。
答えは、まだ出ない。
けれど私は知ってしまった。
誰かのHappy Endは、
誰かのBad Endの上に成り立っている。
今日もどこかで、誰かの願いが叶えられている。
そして同時に、誰かが静かに泣いている。
その事実を抱えたまま、
私は今も空を見上げている。
それでもなお、
次に願いを告げられたとき――
私は、手を伸ばすのだろうか。
私はまだ結論が出せていない。
――でも、それでも、私は「天使」と。
そう呼ばれている。