テラーノベル
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ミアはずっと口を真一文字に結んだまま頭を悩ませていた。
大岩を拡大強化しろと言われたものの、漠然としたまま、どうして良いものかわからず苦心するミアは、ひとまずやってみますかと手頃な大きさの岩の上によじ登った。
「固くってことは、まずはコーティングですよね。でも本当にそれで良いのかしら?」
ペトラの荒屋を直す時に使った魔法でコーティングしたミアは、水吹で全体を濡らして乾燥させた。そうして完成した岩をカツカツと指で叩き、強度を確かめた。
「これが私のできるベストコーティングです。もう完成ってことで良いのかしら」
ミアの様子を丘の上から見つめていたイチルは、「まるでダメ」とひとり呟いた。
確かにミアの作るコーティングの強度はそれなりであるのは知っていた。しかしそれでは進歩がない。
「その程度で満足してもらっちゃ困る。常に進化し続けなければ、俺の下で働く意味はない」
一方的な論理の元、残念ながらイチルの期待に沿わなかった岩は、不運にも雷が落ち破壊されるのが決まっていた。
「は、ハギャー、私の作った岩がー!」
目覚めの一発が岩に直撃し、ミアの目の前でチリになって消えた。
高台にアライバル時代に使用したモンスター撹乱用の魔道具をセットしていたイチルは、完成物のレベル次第で自動的に岩を破壊するように設定済みだった。
よって、イチルが要求するレベルの岩石ができあがるまでは、自動的に岩は破壊され続けるということだ。
「ヒィィ、またしても雷が。こんなに天気が良いのに、どうして何回も?!」
作っては破壊され、作っては破壊されを繰り返すうち、さすがのミアも勘付いた。毎度ピンポイントに落ちてくる雷が、彼女のいる場所に関わらず、寸分違わずコーティングされた岩だけを破壊しているのだから、それも当然のことだった。
下唇を噛み、むぐぐと周囲を見渡したミアは、どこかに潜んでいるイチルの姿を探した。また試験の時のように隠れて試されていると勘ぐるも、イチルもそこまで暇ではない。全自動で岩を破壊する単純設計に翻弄されながら、ミアの奮闘は続くのだった。
「ムギギ、せっかく作ったのに、どうしてこんな意地悪を。私に恨みでもあるんですか?!」
ウィルとロディアの様子を見終えて、ようやく高台に戻ってきたイチルの耳に、ミアの嘆きが聞こえてきた。他の二人と同じように、やはり丸一日半が過ぎてもミアの岩は完成していなかった。
「壊されてると気付いたなら、どうしてそうなるかを少しは考えろよな。お前のコーティングは、他と違って作戦の核を握ってるんだ。適当なレベルのモノじゃ困るんだよ」
再び雷が落ち、魔力が尽きて疲れ果てたミアは、荒野の真ん中で大の字に寝転がった。どうやら気絶して目を回したようで、絶命した藁人形のようにしばらく倒れたまま動かなかった。
「ハゥゥッ、私ったらまた気絶を。ふぅぅぅ、どうしても嫌がらせするつもりなんですね。だったらもうわかりました、次こそ壊せない岩を作っちゃうんだからね、プンプン!」
突然歯車が噛み合ったように立ち上がったミアは、下唇を噛みながら、手頃で小さめの石に目星を付けた。そしてぺたぺた丹念に触れ、形を確かめた。
「雷に……、いいえ、魔法に壊されないように、まず魔力を無効化する効果が必要かしら。そうすると、魔力を受け流すか、弾くか、無力化する必要がありますけど……。あれ、私そんなの使えましたっけ?」
手荷物の中から家政婦時代に覚えた魔法のリストを取り出し、上から適当に指でなぞった。遠目にリストを覗き、意外に多芸な奴めと呆れたイチルは、チラリと見えた文言にピクリと反応した。
「ふ、凝固だと?! アイツ、そんな魔法まで使えたのか。なるほど、だとするとあの怪しげな魔法は覚えてきた魔法の複合技だったか。それならば、もしかすると俺の期待する以上のものも……」
と呟いたイチルの期待も虚しく、頭から煙を吹き上げたミアは、一つの指針を決められず、また大の字になって転がった。
やはり問題は『頭』だなと苦笑いしたイチルは、夜になってからも続いたミアの奮闘を酒の肴に、一杯やりながら楽しんだ。
そうして一晩をかけ、非効率に魔法のリストを一つ、また一つと塗りつぶしていったミアは、使えそうなものを選別列挙し、ようやくそれらしい四つの魔法を厳選した。
「回避に囲繞、凝固に粘度。可能性がありそうなのは、この四つだけ。でも、もうやるしかない!」
家政婦が回避なんぞ何に使うんだというイチルの素朴なツッコミに答えることなく、小石をコーティングしたミアは、試しにそれをポンと放り投げた。直後、どこからともなく雷が落ち、石を跡形もなく消し炭にしてしまった。
「これではダメ……。やり直しましょう」
魔法の種類とコーティングの厚さを少しずつ変えながら、作っては投げ、作っては投げを繰り返した。そのうち、ミアの周りは雷に撃たれて穴だらけになっていた。
それでもめげずに無心で作業を続けたミアは、リミットまで数時間を残したところで、ある一つの結論に辿り着く。
「粘度で内部の成分を均してから、凝固で固めれば岩自体を均等な形にできるみたい。そして形成した岩に、回避を薄めて貼って、周囲を囲繞して強化します。これならどうですか!」
投げ捨てた石に雷が落下した。
しかし石の脇を滑るように通過した雷は、そのままミアの真横に落下し、驚いたミアが「ギャー」と叫んだ。
「ハァハァ、し、し、死ぬかと思いました。で、でも、石が雷を避けました。これならいけます!」
拳を握った彼女はすぐに移動し、いよいよ巨石の前で直立して呼吸を整えた。
「タイムリミットまでもう時間がありません。無駄な魔力を使っている時間も、余裕だってありません。ミスをすれば、もう間に合わない。でも……、絶対絶対に皆さんを死なせません!」
岩の表面に触れ、成分を肌で感じながら粘度を使い、荒い内部の密度を慣らし再形成する。しかし小石で試した時とは段違いの魔力が必要となり、ミアは不意に遠のいてしまいそうな意識を保ちながら、どうにか慣らし終えた岩を凝固で真円状に固めていく。
「問題はここからです。回避の効果を保たせたまま囲繞で均等に覆わないと、魔力を流す効果が薄まってしまいます。どちらもミリ単位の精度が必要だけど……、集中しなさい私」
汗を流しながら触れた大岩は、いつしか角が削れ、美しい円球へと姿を変えていく。そしてミアの魔力限界まで吸い上げた茶色の塊は、月明かりを吸収したかのように、いつしか妖艶で滑らかな淡い光を放ち始めていた。
「―― できた」
端から端に至るまで集中を切らすことなく形成した岩は、巨大な茶褐色の球体へと生まれ変わった。
しかしこれで全てが終わったわけではない。
カッと空を見上げたミアは、「やれるものならやってみてよ!」と腹の底から絞り出すように声を上げた。
闇を劈き、一筋の光が円球に突き刺さった。
滑らかに雷のスジを左右に散らした巨大玉は、舞を踊るよう優雅に光を受け流し、それどころか雷の力を溜め込むかのように黄金の光を放ちながら、見事に攻撃を躱しきった。
「や、やった。……やった、やりました!」
ザッザッとわざとらしく足音を鳴らしてイチルが近付くと、ミアはこれまでの怒りも忘れ、「やりました」と抱きついた。しかしイチルは、ぽんと押して石の玉に抱きつかせてから、「同じものをあと10個な」と素っ気なく言った。
「じゅッ、10個なんて絶対ムリですぅ」
「急げ、リミットまで時間がないぞ。気合い入れろ、ほれほれ!」
ムチに見立てた木の棒でミアの横腹を突っついたイチルは、嫌らしく口角を上げながら、いよいよ揃っていくパーツに思いを馳せ、ほくそ笑むのだった。
それから半日が経過し、皆それぞれが満身創痍で小屋へと戻ってきた。
しかし小屋の前で昼寝をしていたイチルの姿をみるなり、各々腹の奥に溜めていた鬱憤が爆発し、罵声となって溢れ出た。
「何度死にかけたと思ってる。私たちは二人で一人と言ったはずだ、本当に殺す気なのか?!」
「美しい女性の恋路を邪魔しろだなんて、この俺がどんな気持ちで打ち込んでいたか、少しは理解しているのかい!!?」
「ドッカーン、ズカーンて、せっかく作った岩を壊しちゃうなんて酷いですぅ。どれだけ無駄な魔力を使ったと思ってるんですか、疲れてもう火も起こせません!」
烈火の如く怒る三人は、イチルの天災のような理不尽に怒り心頭の様子だった。しかし各々のスキルや魔法レベルを確認してみれば、当然のようにレベルは飛躍的に向上しており、目に見えて成果が表れていた。
「黙れ。お前らはウチの社員であり、オーナーである俺様の忠実な下僕だ。下僕が俺様の指示に従うのは当然のこと。違うか?」
「命令して良いことと悪いことがあるって言ってるのよ!」
「そうです、それにちゃんと説明してくれれば、もっと、もーっといい方法があったはずです!」
そんな反論に対して、これ以上くだらない議論をしている暇はないとイチルが突き放したところで、作戦の中核となる二人の子供が堂々と小屋の扉を開けて姿を現した。
「お待たせしました。皆さんのお仕事ぶり、一つ一つ確認させていただきました。皆さん、本当に素晴らしいデキだと思います」
フレアの褒め言葉に、あれだけ喧しかった三人が「いやいや」と謙遜しながら嬉しそうに胸を張った。安い機嫌だなと呟けば、三人がキッとイチルを睨んだ。
「でも皆さん、どうして私たちが考えている作戦を知らないのに、今回見せていただいた岩や、モンスターや、覚えたスキルを? これから手分けして用意していただくつもりだったのに」
不思議そうに尋ねるフレアに、元凶を睨みつけた三人が「コイツにやれと言われた」と渋々答えた。
「うっ、またこの人ですか。憎っくき犬男め、今に見ていなさいよ。……でも、とにかく手間は省けました。何より私が想像していたより、ずっとずっとずーっと立派で、ペトラちゃんも私も本当にびっくりしました!」
子供に褒められてほっこりする三バカに対し、イチルはふふんと鼻で笑った。全員がその様子を訝しんでいたが、それより重要なことがあるだろうと釘を刺した。
「わかってますよ。では早速ですが、これから皆さんに作戦をお教えします。……犬男も聞きたければどーぞご勝手に」
そうして始まった作戦会議を適当に聞き流し、イチルは小屋の外で横になったまま、取り出した魔道具を手のひらの上で転がした。イチルの予測が正しければ、そろそろアレがやってくるはずだと――
数秒後、タイミングよく魔道具が鳴った。
ハイハイと魔力を込めたイチルは、いつかの癖で「もしもし」と返事をした。
すると道具の中から、誰かの声が聞こえてきた。
『聞こえるかイチル。そろそろ討伐隊が街を出るらしい。日が落ちるまで広場で待機し、日没とともに攻め入る予定だそうだ。しかし本当にやるつもりなのかよ、ギルドに目をつけられても知らないからな』
声の主は、ドス=エルドラド換金所のマティスだった。
ギルドに変化があれば連絡を頼むと依頼していたが、やはりこのタイミングかと笑みを噛み殺した。
「心配はいらん。返り討ちにして、宣伝に使わせてもらうつもりさ。なにより落ち度はギルド側にある。ウチがADってことは、マティスですら知ってる事実だ。見落としたギルドが悪い。怠慢の極みだ」
『それはそうだが……。どちらにしても、やりすぎるなよ。死者を出せば、それこそ責任を追求される。そんなことになってみろ――』
「わかってる。そもそも俺は手を出さん。愚痴ならまた聞くから、とにかく今は頼んでおいたことを頼む。じゃあな」
『おい』と言いかけたマティスとの通信を切り、イチルは小屋の窓から中を覗いた。
子供二人が身振り手振りを駆使して作戦を伝えていたが、どうやら悠長にやっていられる時間はない。大きく息を吸い込んだイチルは、ガチャンと窓を開け、嫌らしく大声で伝えた。
「はいはい皆さん、これから討伐隊がくるそうですよ~。ちゃ~んと準備しておいてね〜」
窓枠にもたれて気怠そうに言うイチルに対し、毒針にでも刺されたようにフリーズした五人は、「ハァ?!」と慌てふためいた。
作戦は伝えたものの、準備と手順についてはまだ手付かず状態。「とにかく自分のやれることをやりましょう」と告げたフレアの言葉に頷き、全員が返事をした。
「では急ぎましょう。まずミアさんが作った物を、ロディアさんとトロールで所定の場所へ。ミアさんは私と一緒に作業をしてもらいます。ペトラちゃんとウィルさんは、地下で工程確認とリハーサルをお願いします。時間がありません、手分けして作業を進めましょう!」
一斉に飛び出していった一行の背中を眺めながら、「良いねぇ、青春だ」とイチルが呟いた。しかしどこかで、何かが喉の奥につっかかり、イチルは難しい顔をして口をへの字に曲げた。
「うん? なんだか今、奥歯の隅に引っかかる部分があったような……。計画の中身か、それとも討伐隊のことか。……まぁ、動くのは奴らだからな。俺は高みの見物を決め込むだけか」
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