――そして、まずはエルバートとアマリリス嬢が踊ることとなり、
不安げなフェリシアの袖を掴む手に触れ、見えないように優しく下ろすと、エルバートはアマリリス嬢の元に向かう。
すると、エルバートの父が広間に軍楽隊を呼び、その弦楽器の美しく優雅な演奏と共にふたりは踊り始める。
エルバートの踊る姿を初めて見たけれど、
惚けてしまうくらい美しく、かっこいい。
それにアマリリス嬢も引けを取らず、
エルバートと息がぴったりと合っている。
(雲の上のようなおふたり。ほんとうに絵になるわ…………)
やがて、アマリリス嬢とエルバートが踊り終え、
フェリシアはエルバートの元まで歩いていき、向き合った状態で足を止める。
けれど、緊張で足がすくんでしまう。
(せっかくクォーツさんにダンスの特訓をしてもらったのに。こんな足でちゃんと踊れるかしら…………)
そう、足に目線を向けながら不安に陥った時だった。
「……フェリシア、こちらを見ろ」
エルバートに小声で話しかけられ、顔を見る。
それだけで不安が一瞬にして消えた。
「……私がリードする。だから安心して身を任せろ」
「……はい」
同じように小声で返すと、
エルバートが手を差し出す。
フェリシアはその手に自分の手を添えた。
それを合図にアマリリス嬢の時と同じ軍楽隊による弦楽器の優雅な演奏が始まり、共に踊り始める。
そうして少し慣れた頃、エルバートの手が腰に触れ、顔がぐっと近づく。
お互いに見つめ合うと、離れ、踊り続ける。
ほんの一瞬顔が近づいただけなのに、顔が熱い。
(リードするってご主人さまおっしゃっていたけれど、こんなの身が持ちません)
そう思いながらも、不思議と嬉しさの方が勝る。
――ああ、信じられない。
フェリシアは微笑む。
(わたし、今、ご主人さまと一緒に踊っているわ。夢みたい)
そうして気付いた時には、踊り終えていた。
エルバートは唖然とし、
エルバートの両親、アマリリス嬢もどこか驚いた様子で、ディアムだけはなぜか微笑んでいた。
フェリシアが話しかけようとすると、エルバートは我に返り、ディアムを見て小声で呟く。
「……なるほど。ディアムは知り、私だけが知らなかったということか」
顔を背けられてしまった。
(無事に最後まで転ばず、ご主人さまと一緒に踊り終えられたのは良かったけれど、よっぽど下手だったのね……)
「……フェリシア」
「……ご主人さま、あ、あのっ」
小声で自分も話しかけると、
エルバートはフェリシアの頭をぽんっと優しく叩き、微笑む。
「……共に踊ることが出来て良かった。お前には本当に驚かされるな」
「……最後まで見守っているぞ」
「……は、はいっ」
(下手だったのかはどうあれ、良かったと微笑んで下さった……そしてご主人さまもわたしと同じ気持ちだったことがこの上なく嬉しい。引き続き頑張らなければ)
その後、食事マナーへと移り、アマリリス嬢が先に行い、間もなくしてフェリシアの番となった。
アマリリス嬢は、着席から退席まで見事に完璧でとても美しく圧倒された。
けれど、
(わたしもラズールさんにきちんと教わったわ。諦めない)
フェリシアは左側から席に着き、ナプキンは2つに折り、輪を手前にして膝にかけて待つ。
するとやがてエルバートの母の執事による豪華な肉料理のフルコースが始まり、
白ワイン入りグラスは親指から中指の3本で持ち、薬指で固定して飲み、
バラの花びらのような生ハムトマトの前菜はナイフとフォークを外側から使い、美しさを楽しむよう、いっぺんに崩さないように左側から少しずつ食べ、
クリームスープはスプーンを手前から奥へ動かしてすくい、
パンは手で一口大にちぎり、そのパンに少しずつバターをのせて食べ、
肉料理である牛フィレのパイ包み焼きは左側の端から食べやすい大きさに切りながら頂き、
デザートの華やかなケーキは固かった為、ナイフで切り、
食事が終わると、ナイフとフォークを揃え、皿の右下へ置き、
ナプキンはテーブルの右側へ無造作に置いて、左側から退席した。
こうして、食事マナーも無事に終え、最後の料理作りとなり、
フェリシアはアマリリス嬢と共に広間から台所へとエルバートの母の執事に案内され、それぞれビーフシチューを作り始める。
ブラン伯爵邸の台所もまた厨房のように広かった。
食事マナーを終えた時、
エルバートとディアムは見守ってくれていたけれど、
エルバートの両親、アマリリス嬢はまたどこか驚いた様子だった。
きっと上手く出来ておらず、呆れていたのだろう。
そして最後の料理作りは毒や不正が働くのを考慮し、
先にディアムとエルバートの父の側近、続いてエルバートとエルバートの母が順に食べ、最後にエルバートの父が食べることになった。
だから、
(料理を教えてくれたリリーシャさん、そして何よりこのビーフシチューの料理を認めてくれたご主人さまに決して恥をかかせる訳にはいかないわ)
そう思っていると、アマリリス嬢が話しかけてきた。
「フェリシア様はやはりお料理手慣れていらっしゃるわね」
「え?」
話しかけられると思っていなかった為、フェリシアは驚く。
「私はシェリー名家の令嬢の身である為、小さい頃から料理は使用人がするものだと教えられ、禁じられていたのだけれど」
「エルバート様の10歳のパーティがここで開かれ、6歳の時に初めてお会いしてから、あまり料理を美味しそうに召し上がらないエルバート様を見て、我儘を言って時々両親には秘密でメイドに料理を教わり、作らせてもらっていたの」
アマリリスが自分と同い年なこと、そして料理を教わっていたことに驚きつつ、
6歳の頃も伯母に虐げられていた、そんな自分とはやはり違うと思った。
「そうだったのですね」
「小さい頃からご主人さま、いえ、エルバート様は髪は長かったのですか?」
「ええ、今よりは短かったけれど、長かったわ。私もロングより少し短かったわね」
自分の知らないエルバートと、
周りの誰もが羨むご家庭で育ったアマリリスが一緒にいる姿を想像し、きゅっと胸が痛んだ。
「エルバート様とお会いしてから料理が上達するまで随分と時間が掛かってしまったけれど、ようやく、お料理をエルバート様に食べて頂ける日が来たわ」
「私、エルバート様に初めてお会いした時からずっと心から好きなのです」
「フェリシア様、貴女もエルバート様のこと、好きなのでしょう?」
――ほんとうの花嫁になって、このままずっと一緒にいたいとか、隣で守りたいとか、
そういう、エルバートに向ける生まれて初めての感情がなんという感情なのか今まで分からなかった。
けれど、やっと分かった。
(わたし、ご主人さまのことが好きなのね)
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