コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
イレーナさんから簡単でしょ?
と、聞かれても俺は複雑な表情しか浮かべられない。
確かに俺の魔力量は『第七階位』。
普通よりも多いが、それはあくまでも俺が持っている魔力の総量であって出力が高いことと必ずしもイコールでは繋がらないのである。
つまり簡単に言ってしまうと、俺の魔力が入っているタンクはクソでかい。
ただ、そのタンクについている蛇口が大きいとは限らないという話である。
ただ、その出力を上げる訓練もしてたんだけどな。
俺はモンスターが生み出した『閉じた世界』の影響で魔法が使えなくなり、結局ニーナちゃんを自分の力で支えながら思う。
小学校の授業は退屈だ。
とても退屈だから、俺は授業中にこっそり周りに気づかれぬよう『導糸シルベイト』に込める魔力量を増やしていく出力強化訓練を行っていた。
ニーナちゃんと仲良くなってからは『錬術』の練習に力を入れていたので、訓練前と今では1.2倍くらいにしか増えていないが……それでも、出力があがっているのは事実だ。
だから俺は『導糸シルベイトを練ろうとしたのだがその瞬間にモンスターが方をすくめた。
『もうやめよう。こんなことをしたって何の意味も無いじゃないか。私は死にたくない。君たちも死にたくない。だとすればここは1つ』
モンスターの手元から『導糸シルベイト』が放たれる。
『停戦といこうじゃないか』
モンスターはそう言いながら『導糸シルベイト』を形質変化。
「イレーナさん!」
その狙いは俺ではなくイレーナさん。
とっさに叫んだ俺の声を聞いて、イレーナさんが地面を蹴る。
次の瞬間、イレーナさんの元いた場所を『導糸シルベイト』の氷の弾丸が砕いた。
続けてイレーナさんが妖精を呼び出そうとするが、ダメ。
呼び出された端から妖精が消えていく。
それでも顔色一つ変えることなく、イレーナさんはモンスターに聞いた。
「停戦するのではないのですか?」
『あぁ、もちろん停戦したい。祓魔師を前にして戦うなんて、怖くて怖くて……』
魔法を避けたイレーナさんに、モンスターは肩をすくめて答えた。
『震えてしまいそうだ』
そう言った瞬間、モンスターの生み出した氷柱つららが弾丸のように放たれる。
俺とイレーナさんは転がりながら避けたが、俺よりも身体の大きなイレーナさんは完全に避けきれず足に氷柱が突き刺さった。
「……イレーナさん!」
「私は大丈夫です。それよりもイツキ。目の前のモンスターを」
「…………っ!」
足から氷柱つららを引き抜きながら、イレーナさんがそう言う。
……大丈夫なはずがない。
イレーナさんは魔法が使えないのだ。
足が封じられてしまった以上、モンスターの魔法を避けようが無いのだ。
だったら後はもう、モンスターの的になるしかない。
それを本当に大丈夫と言って良いのだろうか。
良いわけがない。
『あぁ、すまない。私は魔法が下手でね。威嚇いかくのつもりだったんだが……思わず、当ててしまったよ』
そう言いながら、へらへらと笑うモンスター。
彼の言っていることが本当ではないことくらい、これだけ相手していれば分かる。
目の前にいるこいつは、明らかに俺たちを殺すつもりで魔法を放った。
けれど、俺たちがそれを避けたから、まるで最初から俺たちを狙っていなかったような言い方をしているだけだ。
あまりに……薄っぺらい。
「ねぇ、一つ聞いても良い?」
『どうした? 如月イツキ』
「ちょっと不思議に思うことがあるんだ」
俺はそういうと、地面にニーナちゃんを寝かせた。
寝かせながらもモンスターからは目を離さない。
そして俺はイレーナさんの壁になるようにして、モンスターと真正面で向かい合った。
向かい合って、『導糸シルベイト』を練った。
「祓魔師と戦いたくないのにどうして僕たちから逃げないの?」
『逃げようとしたとも。それを止めたのは君たちじゃないか』
「ううん。他にも逃げるチャンスはいくらでもあったよね。でも、『閉じた世界』を作って残った。だから、僕は思うんだ。言うほど怖がっていないんじゃないかって」
タンクから魔力を流す時、その流す量を増やす方法は2つある。
1つは大きな蛇口を取り付ける。
これが最もわかりやすく、単純な方法だ。
そして2つ目は、小さな蛇口を無数に取り付ける。
これでも多く出すという意味で言えば、達成できるのだ。
「だから、僕は思ったんだよ。口ではなんだかんだ言って、イレーナさんとニーナちゃん。そして、僕の魔力を喰おうとしてるんじゃないかって」
『…………』
「第六階位になるのにあと何体だっけ? 覚えてないけど……まぁ、僕を食べれば、そういうの全部すっ飛ばして第七階位になれるしね」
俺がそう言った瞬間、モンスターの口角があがった。
つり上がってつり上がって、そして耳元まで口が避けた。
ばか、と開いた口でモンスターが笑う。
『失礼だ。失礼だな、如月イツキ。それじゃあまるで、私・が・君・に・勝・て・る・と思っているということじゃないか』
「思ってるんでしょ? だから『閉じた世界』を作ったのに、僕たちの魔法を封じたのに、それでも逃げずにいるんでしょ?」
俺がそう言うと、モンスターは何も言わなくなる。
その代わりに練られるのは『導糸シルベイト』。
再び、モンスターの魔法。
だが、次にモンスターが狙ったのは相対している俺でもなく、足を怪我して動けなくなっているイレーナさんでもなく、気絶して倒れているニーナちゃんだった。
だ・か・ら・俺・は・魔・法・を・使・っ・た・。
こっちの世界にやってきて、魔法という存在に触れて、俺は気がついたことがある。
それは魔力の性質が、かけ算になっているということだ。
例えば魔力量を測る階位にしても、第二階位は第一階位の30倍。
第三階位は第一階位の900倍。そんな感じで、かけ算になっている。
これは別に、階位だけじゃない。
『複合属性魔法』の消費魔力だって、『形質変化』の消費魔力だってそうだ。
だが、別に難しい魔法はただ魔力の消費量があがるだけじゃない。
消費魔力に比例して、威力もあがるのだ。
消費魔力が30倍になれば、威力もおよそ30倍。
だとすれば。
だとすれば、だ。
出力1.2倍の『導糸シルベイト』――それを60本分重ね合わせれば魔法の威力はどうなるのだろう。
「ねぇ、先生に取り憑いてたモンスター」
だから俺は、いま正に魔法を放とうとしているモンスターに尋ねた。
「僕・を・撃・た・な・く・て・良・か・っ・た・の・?」
その言葉の意味を探るようにモンスターが俺を見る。
思考をする。魔法の矛先がわずかに鈍る。
鈍い。その行為の全てが鈍すぎる。
俺の魔法はすでに放たれているのだから。
「撃ち抜け。――『光芒コウボウ』」
瞬間、俺が60本を1本に纏めあげた『導糸シルベイト』が光り輝くと、モンスターの心臓に向かって放たれた。
それは有り余る莫大な魔力のエネルギーが光り輝き、まるで大きな一筋の光に見える。
故にその名を、『光芒』と呼ぶ。
次の瞬間、光が触れたモンスターの身体が蒸発。気化した身体が爆発する。
その一撃で、モンスターは絶命した。
だが、俺の放った極大のレーザーはそれだけでは止まらない。止まるはずもない。
そのまま『閉じた世界』の校舎に触れると、融解させ、蒸発させ、そして貫通する。
当たり前だ。何も残らない。
残るはずもない。
出力1.2倍の『導糸シルベイト』を60本使うと、その威力は1.2の60乗で……ええっと、よく分からん。とにかく、大きな数字になるのだ。
「良かった。ちゃんと祓えた」
現実世界に戻りながら、俺は自分を含めて誰も死ななかったことに心の底から安堵しながら息を吐き出した。
「だから……僕の、勝ちだ」