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目を開けた瞬間、まず「おかしい」と思った。
白すぎる。
静かすぎる。
匂いが….違う。
あと、機会の音?たくさんの人の声とオルゴールみたいな音。
天井を見上げたまま、
ぜんいちは一度、呼吸を止める。
――ここ、どこだ。
体を起こそうとして、
腕が引っ張られた。
「……っ」
視線を下げると、
腕に刺さる点滴の針。
チューブ。
透明な液体。
「……え?」
声が、ひどく掠れる。
次の瞬間、
頭の中に一気に流れ込む記憶。
マイッキーがいなくて。
家が静かで。
鍵が開いてて。
知らない靴があって。
声がして――…それで__
「……っ」
息が詰まる。
布団を掴む指が震える。
「ここ、どこ」
「なんで俺、こんなとこに――」
「ぜんいち..?」
名前を呼ばれて、
はっと顔を向ける。
そこに、
マイッキーがいた。
椅子に座って、
少し前屈みで、
こっちを見てる。
「……マイッキー?」
「はっ…起きた、よかった…」
マイッキーが泣いてる。
なに、なにがあったの?
声が裏返る。
「なんで、ここに」
「家は? 俺、買い物から帰って――」
「落ち着いて」
マイッキーが、
ゆっくり立ち上がる。
「今、病院」
「覚えてない?」
「覚えてない!!」
ぜんいちは思わず声を荒げる。
「だって俺、普通に生活してて」
「買い物して」
「帰って……!」
「それから、!… … …それから、」
そこまで言って、
喉が詰まる。
マイッキーは、
一瞬だけ目を伏せてから、
静かに言った。
「……過労と睡眠不足」
「あと、強いストレス」
「倒れたんだよ」
「編集部屋で」
言葉が、
すぐには理解できない。
「倒れ……た?」
「うん」
「救急車」
「数日、意識なかったんだよ」
ぜんいちは、
自分の胸に手を当てる。
ちゃんと、心臓は動いてる。
息もできる。
「……じゃあ」
ゆっくり、
言葉を選ぶ。
「俺が見てたのは」
「夢…だろうね」
マイッキーはそう言うと、
はっきり頷いた。
その瞬間、
膝から力が抜ける感覚がした。
「……全部?」
「うん、そうだよ」
しばらく、
何も言えなかった。
現実だと思ってた。
全部。
疑ったことなんて、なかった。
「……信じてた」
ぽつりと落ちる声。
マイッキーが、
ぜんいちの手に触れる。
「ごめん」
「気づけなかった」
「……違うよマイッキー」
ぜんいちは首を振る。
「じゃあさ」
恐る恐る、
顔を上げる。
「今は?」
「今の俺は、現実?」
「うん、現実。」
即答だった。
「俺が、ここにいるのも?」
「そうだよ」
ぜんいちは、
その答えを何度も噛みしめる。
「……夢の中でさ」
少し間を空けて、
言う。
「僕ね、すごく怖かった」
「マイッキーが、遠くて」
「僕以外の誰かを――」
言葉が止まる。
マイッキーは、
続きを待つ。
「まって……見てないよね?」
再確認。
縋るみたいな視線。
マイッキーは、
少しだけ困ったように笑う。
「ほんと、不安だったんだね、ぜんいち。」
そう言って、
ぜんいちの手を強く握る。
「俺は、ぜんいちしか見てない」
「今も」
「今までも」
胸の奥が、
じんわり熱くなる。
「……そっか」
力が抜けて、
布団に沈む。
「夢、長すぎだよ笑」
「ほんとだよ」
二人で、
小さく笑う。
病室に、
やっと空気が戻る。
その時――
ピロン。
___あ
聞き馴染みのある音。
俺が嫌いな音。
さっきより、
ずっとはっきり聞こえた。
マイッキーのポケット。
ぜんいちは、
反射的にそちらを見る。
マイッキーも、
一瞬だけ視線を落とす。
「あ……」
言葉に詰まる。
「誰から?」
ぜんいちが聞く。
「……友達」
短い答え。
マイッキーは、
スマホを手に取る。
「ごめんぜんいち、ちょっと」
「外、出る」
「……今?」
「すぐ戻る」
その“すぐ”が、
夢の中と同じ言葉だった。
ぜんいちは、
何も言えずに頷く。
マイッキーは、
一度だけ振り返る。
「待ってて」
ドアが閉まる。
残された病室。
点滴の音。
ぜんいちは、
天井を見つめながら、
静かに思う。
――これは、現実だ。
――今度こそ。
そう信じたいのに、
胸の奥で、
小さな不安だけが、
まだ消えずに残っていた。
___BADEND___