SUBの短編集

ある雨の日、レストランの閉店時間も近づいていた。店内には、客が静かに座っている。その客は、見た目に似合わず、清潔感のあるスーツを着た男性で、周りの誰もが気づかぬように、黙々とメニューを見ている。

ウェイターが声をかける。

「お客様、閉店の時間が迫っておりますが、ご注文はお決まりでしょうか？」

男性は顔を上げず、ゆっくりと答える。

「はい、最後の晩餐をお願いします。」

ウェイターは一瞬、驚いたような表情を浮かべたが、すぐに気を取り直して笑顔を作った。

「かしこまりました。では、お勧めのコースをご用意いたします。」

数分後、ウェイターが豪華な料理をテーブルに並べる。その料理には、肉や魚、ワイン、デザートまでが完璧に整えてあった。

男性は一つ一つ丁寧に料理を食べ始め、どれも美味しいと頷きながら。

「この料理、まさに完璧ですね。こんなに美味しいものを食べたのは久しぶりです。」

ウェイターは心の中で「良い反応をもらえた」と満足していたが、何気なく男性の顔を見て、ふと気づいた。

「お客様、なにかお気づきでしょうか…？」

男性は一瞬間を置いてから、にっこりと微笑む。

「ええ、気づいていますよ。私が何を食べているのか。」

ウェイターはその言葉に不安を感じつつも、表情を保ち続ける。

「それは良かったです…。でも、最後の晩餐にしては少し奇妙な気がしますが。」

男性はひと口ワインを飲み干し、優雅にグラスを置くと、ゆっくりと答える。

「奇妙なのは料理ではなく、あなたが提供したその“特別なメニュー”ですね。」

ウェイターは思わず冷や汗をかきながら目を泳がせる。

「お、お客様、それは冗談ですよね？」

男性は笑顔を崩さず、静かに言った。

「冗談だと思いますか？あなたが用意した“豚肉のロースト”に、つい最近まで一緒に働いていたあのシェフの姿が浮かびますよ。」

ウェイターの顔色が急に青くなり、手が震える。

「い、いえ、まさか…！？」

男性は肩をすくめて言った。

「まあ、彼の肉は確かに少し硬かったですが、それなりに美味しかった。ただ、次回はもっとスパイスを効かせてください。」

ウェイターは、男性が椅子から立ち上がるのを見つめながら、深い恐怖と絶望を感じた。

「おや、すみません。あなたが倒れるときのため、しっかりと清掃しておけばよかったですね。」

男性の声は、まるで無慈悲なささやきのように響いた。

「さて、次の晩餐の場所を決めなくちゃ。」