「しかし、最後の一人ってのはどこに隠れてるんだろうな」
赤羽が下駄箱からスニーカーを出しながら言う。
「うーん……それなんだけど」
青木もシューズにつま先を突っ込みながら首を傾げる。
「白鳥って、朝は立哨活動で日中はほとんど俺と一緒にいるし、放課後は委員会にがんじがらめにされてるしで、あんまりプライベートな時間ってないんだよな。夜も結構メールとかしてるけど、誰かと会ってる素振りもないしなー」
「……まあ、死刑囚の全員が全員、BL実験にやる気があるわけでもねーだろうしな」
赤羽は頭の後ろで指を組んだ。
「俺だって応援する奴がいなかったら、別に実験に興味なかったし。ましてやああいうキラキラ系の陽キャを落とせるなんて微塵も思ってないしな」
「じゃあもし俺がいなかったら、どう過ごしてた?」
「さあな。漫画読み漁ったり?あとは学校なんか行かないで映画とか観たかもな。毎日何本も」
なるほど。そういう考えもあるのか。
ここまで接触してこないのだからそういう人物かもしれない。
「あとは、会いたい奴に会いにいったり?」
赤羽が昇降口の階段を下りる。
「――――」
青木はその後ろ姿を見つめた。
「……?なんだよ」
「いや、さっき恋人がどうとか言ってたじゃん?」
思わず目を反らす。
「死ぬ前に会いに行かなくていいのかなって思ってさ」
「――――」
赤羽は唇を結ぶと、
「いーんだよ。終わったことだ」
と短く呟いた。
「お前の方はどうなんだよ。お袋さんとか妹と連絡とったのか?」
「まだ。……てか実験のことバラさずに今の現状のことを説明するのって難しいと思うし。それに生き残れるって決まったわけじゃないから変な期待を持たせたくないし。ちゃんとクリアしてから連絡とるよ」
「そっか。確かにな」
2人が校門を出た瞬間、
「……ッ!!」
すぐ後ろを歩いていた赤羽がぐいと腕を引っ張った。
「……なんだよ?」
「しっ!!」
赤羽が唇に人差し指を当てながら顎で路地をしゃくる。
「………?」
そっとのぞき込むとそこには、とっくに帰ったはずの白鳥と、もう一人男が立っていた。
「だから何回も言わせないでください!」
珍しく白鳥が険しい声を出している。
「俺は、青木を待っていたので、あなたを待ってたわけじゃないんですよ!」
「――白々しい。俺を待ち伏せして闇討ちにでもするつもりだったんだろうが」
(あれは……緑川……!?)
どうやら律儀にも青木の帰りを待っていた白鳥が、偶然学校を出てきた緑川に捕まったらしい。
「そんなことを俺がすると思いますか?」
白鳥が鼻で笑う。
「そもそも闇討ちされるかもしれないと勘違いするほど身に覚えがあるなら、行動を改めた方がいいんじゃないですかね!」
白鳥が緑川を突き飛ばして行こうとすると、
「…………」
彼は白鳥の目の前の壁に手をついた。
「――じゃあ、改める」
「……はあ?」
壁ドンされる形になった白鳥が緑川を睨み上げる。
「どうぞご勝手―――んんッ!?」
その後の白鳥の言葉は続かなかった。
罵声を吐こうとした彼の桜色の唇は、緑川の唇が塞いでいた。
「……な……なにするんですかっ!!」
白鳥は緑川を突き飛ばすと、真っ赤な顔で袖で唇を拭きとった。
「ふざけんのもいい加減にしてください!」
「―――ふざけてなんかねーよ」
緑川が切れ長な目で白鳥を睨む。
「お前が行動を改めろって言ったんだろうが」
「はぁっ!?二度と委員会以外で近寄らないでください!」
白鳥はそう言い捨てると、逃げ去って行った。
「……なるほど。最後の死刑囚は、ずっと白鳥の隣にいたってことか」
赤羽は物陰から緑川を睨みながら、腕を組んだ。
「でもさ、あんなの逆に嫌われてんじゃねえか。余裕だろ」
「――――逆だ!」
青木は頭を抱えた。
「……やられた!」
ケンカップルからの唐突なアタック。
絆されてからはスピードメス堕ち。
これぞBLの王道……!
「とにかくこのままじゃまずいっ!」
目を見開いた青木に、
「何がまずいのかのか知らねえけど、ジャッジは明日なんだ。今の時点でこんな感じなら別に焦ることもないだろ」
「そうか……明日か!」
桃瀬たちのせいでジャッジのことを忘れていた。
明日がジャッジ。
明日で決まる。
となればこのまま勝ち逃げも――
そのとき、不快な音が骨に響いてきた。
『――やあ。死刑囚諸君。健闘してるかい』
明らかにこちらの声を聴いている謎の声は、楽しそうに笑った。
『事件を知らない奴もいるから一応教えてやると、一般生徒たちにこの実験や死刑囚であることを漏らした奴らがいて、即刻処刑された』
「…………」
青木は陰から緑川を見つめた。
彼はブロック塀を睨んだまま動かない。
やはりこの声は彼にも聞こえている。
『おかげで、その一般生徒に口止めをするために、多額の費用を使うはめになった。無駄な出費を抑えるためにもこれからは他言無用を貫いてくれよ。いいな』
また緑川を覗き見る。
彼はブロック塀を見つめたまま、小さく頷いた。
(……素直かっ)
心の中で突っ込みながらさらに耳を澄ませる。
『そんな事件もあって、この実験への予算が大幅に縮小された。さらにこのクソみたいな作品を書いている作者は来週からいよいよ忙しくなるそうで今週土日で完結させたいそうだ。残り3名しかいないことだし、ちゃっちゃと結果を出そう』
謎の声は勝手に話を進めた。
『次のジャッジで全てを決める。そのとき何人が生き残っていようが、白鳥にとって一番好きな人物が、この実験の勝利者だ』
(次のジャッジ……。つまり明日か。それなら赤羽が言った通り絶対に勝てる!)
青木は小さくガッツポーズをとった。
『ただし、それじゃあまりにも唐突なので、1日間の猶予をやろう。ジャッジは明後日の朝6時』
謎の声は笑いながら言った。
『明日1日で全身全霊をかけて、白鳥結弦を落とせ!楽しみにしてるぜ?死刑囚諸君!』
不快音がして通信は切れた。
「明日、1日……」
青木はやっと歩き出した緑川の背中をのぞき込みながら呟いた。
「んなの余裕だろ。1日であいつに何ができるんだよ」
赤羽が後ろから笑う。
「俺もいるんだから、頑張れよ。な」
「―――赤羽」
青木と緑川。
どちらが勝つにしろ、明後日の朝には処刑される赤羽は、夕日をバックに微笑んだ。
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