結婚式まで、あと一日。
街は静かで、風もどこか落ち着かない。
窓の外で揺れるカーテンが、やけに重たく感じた。
机の上には、明日の式で使う招待状と、晴明の名前が書かれた誓約書。
その文字を、晴明はただじっと見つめていた。
晴明『……いよいよ、明日か……』
そう呟く声は、少し震えていた。
笑おうとしても、口元が上手く動かない。
(これで終わる。
僕の“面倒くさい彼女”の役目も、明日で終わるんだ)
――そう思うはずなのに。
胸の奥では、ずっと何かがうずいていた。
(本当は……本当は、もう少しだけ傍にいたかった)
机の端に置いた写真立て。
そこには、二人で写った一枚があった。
道満さんと、自分。
その写真を、晴明はそっと指先でなぞる。
晴明『……僕が居なければ、二人はもっと幸せになれる』
晴明『……それでいいんだよね……?』
その時、ノックの音が響いた。
コン、コン。
雨明「晴、入ってええ?」
晴明『……雨?』
扉を開けると、パジャマ姿の雨が立っていた。
手には湯呑みを二つ。
雨明「お茶いれたった。夜更かししてるやろ?」
晴明『……ありがと』
雨明「ほんま、式前日に眠れへんて……まるで嫁やん」
晴明『嫁だよ』
雨明「そらそうやけどなぁ〜、言い方や!」
雨は茶を渡しながら、にこっと笑った。
その笑顔は、相変わらずまぶしい。
晴明はその横顔を、こっそりと見つめた。
(……やっぱり、雨は笑ってる時が一番きれいだ)
少し沈黙が落ちる。
その静けさの中で、晴明は小さく息を吐いた。
晴明『ねぇ、雨……道満さんのこと、好き?』
雨明「……は?」
思わず吹き出した雨は、茶を少しこぼす。
雨明「なんや、いきなり」
晴明『だって、最近よく一緒に居るでしょ? 二人とも、仲良さそうだし』
雨明「……あー、そうか?」
晴明『うん。すごく、いい感じに見えるよ』
晴明は笑って言った。
けれど、その笑顔の奥で、指先が小さく震えている。
雨は少し首を傾げて、困ったように笑った。
雨明「お前、ほんま変なとこ気ぃ回すなぁ」
晴明『……ほんとに?』
雨明「当たり前や。俺、あの人とそういうんちゃうわ。……それに、俺が好きなんは――」
晴明『いいの。もう言わないで』
言葉を遮るように、晴明が笑った。
笑顔のまま、少しだけ目を伏せる。
晴明『ありがと、雨』
雨明「……なんやねん、それ」
晴明『雨の優しさが、僕の一番の救いなんだ』
そう言って、カップを両手で包むように持ち上げる。
中のお茶は、もう少しぬるくなっていた。
雨明「なぁ、晴」
晴明『ん?』
雨明「……明日、ほんまにええんか?」
晴明『ええって、何が?』
雨明「……結婚」
晴明は一瞬だけ黙り、そして――微笑んだ。
晴明『うん。僕、幸せだよ』
その言葉に、嘘はなかった。
少なくとも“雨と道満が幸せになる”という未来を思えば。
でも、それは自分が幸せになるための言葉じゃなかった。
(大丈夫。泣くのは今日で最後)
そう思っていたのに。
雨が部屋を出た後――
手のひらから、ひとしずくの涙がこぼれた。
晴明『……ほんと、僕って……面倒くさいな』
ぽつりと呟き、晴明は窓を見上げた。
そこには、雲の切れ間からのぞく夜空。
その光が、少しだけ滲んで見えた。
コメント
2件
儚い……🥺🥺🥺🥺 晴ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!!!!!!!! 可哀想だけどそれが可愛いと思ってしまう……😭晴はめんどくさくなんかないのよぉぉぉぉ😭😇