※長いです
涼ちゃんに聞きたいと思っていたことがあった。
聞いてもいいことなのかも分からない。
どちらかと言うと、多分、これは聞くのは反則のような気がしてる。
でも、ずっと、気になってたこと。なんとなくタブーな気がして聞けなくて。
気にしてないんだって、俺は俺だって思うようにしてたけど、それは虚勢を張ってるだけって自分でも分かってる。
正直、涼ちゃんに関することで、気にならないことはひとつもない。
多分、元貴もそう。そうだと思いたい。元貴もきっと気にしていることはあるはずだと。
じゃないと、俺ひとりだけ気にしているようで…、すごく子どもっぽいというか、なんだか悔しい。
元貴は、涼ちゃんに聞いたことはあるんだろうか?
こう、俺が頭に思ってるような事を。
スマホのカラフルなアイコンのアプリをタップ。顔認証でロック解除。更にパスコードを入力して、二段階認証解除。
厳重にロックされている中身のカレンダーを開く。
ここ数日だけで何度この操作を繰り返しただろうか。
予定の変更はなし。
涼ちゃんに『会える』日だって言うことを改めて確認して、今日は。今日こそは、聞いてみよう。とそう思っていた。
時刻は19時過ぎ。
昼からの個別の仕事を1件終わらせて、涼ちゃんのマンションに向かい、インターフォンを押す。
『今開けるねー』
と機械を通した声が聞こえ、間髪入れずにエレベーターホールに続くドアが開いた。
いくらモニターで来訪者の顔が確認できるとはいえ、誰が来るのかが分かっていたかのような、疑いもしない声に、ちょっとだけ微笑んでしまう。
俺を待ってくれていた、というのが分かって、心があたたかく、むず痒くなった。
「いらっしゃい!」
はにかんだような笑みでドアを開けて俺を迎え入れてくれる。
涼ちゃんの満面の笑みももちろん好きだけど、ちょっと照れたような、控えめにはにかんだ笑顔が、俺は一番好きだ。
けど、敢えてその感情を表には出さず、唇を尖らせて言う。
「…いらっしゃい…?」
「あ、そーだった、…ごめんね」
少し拗ねたようにも見えるだろう表情を見て、涼ちゃんはわかりやすく慌てる。
慌てて、すぐに、ごめんね、と言えるところが素直。大人になると、そういうところで簡単に謝るとかできなくなるんだよね。
こほん、とひとつわざとらしく咳をして
「おかえり、ひろと」
とふんわり笑った。
ただいま、と返事をして足を踏み入れ、入口の鍵を掛けた涼ちゃんを振り向きざまドアに押し付けてキスをする。
わぷ、と色気のない声が聞こえて、視界には目をまん丸くした驚きの表情がいっぱいに映っていて、嬉しくなった。
「ぅ、ん…っ」
こんな玄関のすぐ傍で、嫌がるかな恥ずかしいかな、と色々と思いながら何度か角度を変えて口づけると、すぐに涼ちゃんから鼻にかかる息が漏れる。
腕が俺を抱き寄せるように首の後ろに回って、それが合図だったかのように、涼ちゃんが唇を薄く開いて
「ひろとのキス、ひさしぶり」
口づけと口づけの合間に囁かれた。
…ちょっと引っ掛かる言い方なんだけど、それ。と思いながら小さく笑ってしまった。
涼ちゃんは、色々な反則技を知ってる。
入口だからちょっと嫌がるかな、とこっちは気を使って遠慮してるのに、わざとそうやって煽ってくる。涼ちゃんの方が身長が高いのに、なんで少し上目遣いなのかもわかんないし、頬が赤いのも本当なんだろうけどあざとすぎる。
こつん、と軽くドアに頭をぶつける音。
「っあ、んっ」
まんまと煽られた俺は、ドアに涼ちゃんの体を押し付けて、腰を抱いて密着させて深くキスをする。
唇を舐めて、噛んで、喘いで震える舌先を吸って、舌と舌を絡ませて。涼ちゃんの抱き締めてくる腕の力が少し強くなったけど、それはやめてではなくて、もっと。だから気にしない。
毎日のように、スタジオで、ミーティングで、撮影で、顔を合わせているのに、ものすごく久しぶりに涼ちゃんに触れた気がして。
「はっ、ぁ、ちから…抜け、ちゃう」
少し顔を離すと、息が上がった涼ちゃんが顔を真っ赤にして言う。
額と額、鼻先が触れ合う距離で、俺を見る目。その丸い宝石みたいな黒目がとっぷりと濡れていて、ぼやぼやした中に俺の瞳が反射している。
唇の端から飲み込み切れなかった唾液が一筋垂れていて、それを親指でそっと拭い、唇に触れた。
今日も今日とて、涼ちゃんのケアされた唇は艶々で張りがあってぷくっとしてて、キレイだな。とその感触を指先で確認しただけだったんだけど。
迷うことなく薄く開かれたそこから舌が伸びて、俺の指を舐めたから。
「足りないの?」
訊ね、意地悪するように涼ちゃんの脚の付け根に自分の太腿を押し当てて擦る。
「ぁ、あッ、ぅん…っ、たり、ない…ッ」
途端、口付けだけで上がっていた息が更に乱れて、喘ぐような声を上げ、その合間に素直に応える。舌が縺れていて少し舌足らずなのがまたあざとかわいい。
布越しでも緩く硬くなっているのが分かるそこを、触れるか触れないかの強さで擦り上げ、また口づけを落とす。
このまま、ここに住みずらくなるくらい外に聞こえるように、あられもない艷声を響かせてやりたくなる。
「ん、む…ッ」
すぐに唇を開いて侵入を許してくれる涼ちゃんに愛しさが込み上げて、吐息も喘ぎも全部奪うように、貪るように口づけた。
若井のせいでご飯冷めちゃったじゃん。とむくれる涼ちゃんに、涼ちゃんが煽ったんでしょ。と笑いながら返す。それだけで、顔を真っ赤にして口を噤むから、さっきの煽り上手な涼ちゃんは幻かな、と錯覚する。
キスだけで何分してたんだろ。唇が擦り切れるんじゃないかってくらい長くキスを交わして、結局反応を示してた熱にはお互い触れることなく、息が整うまでふたりでぎゅっとして、少し体の熱を冷ましてからリビングまで来た。
正直、脳内では俺の下で喘いで乱れる涼ちゃんを想像して熱は冷めないかと思ったけど。
恋人のその姿を追いやるように、指がつるかと思う難曲 のギターコードを思い出して、なんとか熱を鎮めた。
玄関で致さなかった自分を褒めてあげたい。
用意されていたきのこのパスタを温めなおしてくれて、ふたりで他愛もない話をしながら食べ、食後は、涼ちゃんが食器を洗って、俺はその横で手渡された食器を拭いていく。
片づけは苦手な涼ちゃんだけど、使い終わった食器はすぐに洗ってきれいにしたいらしい。で、俺は俺でしばらく水に浸けておいても気にならないんだけど、洗った食器を濡れたまま自然乾燥させるのが好きじゃないから、結果このスタイルになっている。
これは、ルームシェアしてた時から何となく始まって定着してしまったから、シェアを解消した後でも、こうやって涼ちゃんの家に来たときは自然とそういう流れになっていて、今更何の疑問を持つこともない。
シェアを解消、ね。
と自分で思ったことなのに、勝手に自分でその言葉に引っ掛かってしまった。
ルームシェアを解消した後から、妙に涼ちゃんが日常生活でチラついて仕方なくなっていた。家に帰っても少し寂しさがあったり、仕事で顔を合わせる度にちょっとどきどきしたり。
そんな日々が続いて、もう誤魔化しの利かないくらい心の中に涼ちゃんがいることに気付いて。
おっと、これはもしや、恋かな?なんて冗談めかして思うことしかできないくらいには、はっきりと涼ちゃんが好きなんだ、と自覚していた。
意を決し恥を忍んで、元貴に、どうしよう。と相談した時に、ものすごく驚いた表情をして
『あらま。若井も恋しちゃったの?』
とものすごく引っ掛かる言葉を言われた。
も?も、ってなんだよ。も、って。
何故か嬉しそうに笑ったあと、衝撃的な言葉を聞かされる。
『俺も、涼ちゃんに恋してるんだよね。ずっと前から』
…俺は、相談する相手を間違えたのかもしれない。
恋のライバルに相談って、そんな中学生みたいなこと…ある?
そのあとは、正直、なんだかよくわからない流れに身を任せるような感じになってしまった。
やっぱり涼ちゃんは魅力的なんだよね若井もそう思うんだったら絶対だ。と俺を味方につけたみたいにノリノリになった元貴に連れられて、涼ちゃんの家に押し掛け、涼ちゃん好きだよ!って元貴が勢いで言うから、慌てて、俺も俺も!俺も好き!なんて、子どものノリみたいな感じで想いを告げてしまって。
…俺さ、結構、真剣に悩んでたんだけど…?
あんな、人生で一番の汚点って思えるくらいにカッコワルイ告白はしたことがない。
なのに、ふにゃって笑った涼ちゃんは、ありがとー。僕も好きだよ、ふたりとも。と呆気なく想いが成就した。
後から考えると、フラれる可能性があったのに、勢いって…恋って、怖い。
同性を好きになるって、同じバンドのメンバーを好きになるって、そこそこ重要で深刻なことじゃないの?
すんごく真剣に悩んで、眠れない事とかもあった俺が、まるでオカシイみたいだ。そんなあっさり、話が進んでいっていいものなの?
っていうか、元貴はそれでいいの?普通、ライバルが増えたってならない?
涼ちゃんも思考が柔軟過ぎない?男に好きって言われてるんだよ?
ちゃんと意味が分かってるの?って思わず聞いたら、それくらいわかるよ!失礼だなあ!ってむくれた。
いや、かわいいけど。
え、もしかして、この空間では、俺が、変、なの?
…なんてこともあったなあ、なんて回想を閉じる。
鼻歌を歌いながらきれいに食器を洗っている涼ちゃんの隣でその食器を受け取って拭く。
ねえ、すごい新婚さんみたいじゃない?
そう思ってすごく胸が高鳴る俺は、相当毒されてしまっていると思う。
ルームシェアは解消したけど、今は元貴とシェアしてるんだよね。涼ちゃんを。
…やばい。全然上手くない。上手いこと言えてないぞ、スベリ散らかしとる。
けれど、本当に、時々脳裏に過ぎる。
ルームシェアを解消する前にこの気持ちに気付いて、想いを告げていたら何か違ったのかなあ。とか。
あのまま、シェアをしたままだったら、今頃どんな感じになっていたのかなあ。とか。
ふと思うことがある。
今更、独り占めしたいわけじゃない。
あの元貴の勢いに引っ張られていなかったら、そもそも想いを告げられていない気もするし。
だけど、色々と、考えなくはない。
だから、今日は涼ちゃんに、正直に聞いてみたかった。
聞くなら、この何気ない空気の今しかないと思って口を開く。
「涼ちゃんさあ」
「ん。なに?」
「元貴と、どんなセックスしてんの?」
一瞬にして、空気が固まったような気がした。
あー、違う。聞き方間違えた。いや、聞きたかったんだけど、これバカ直球すぎた。
流水音に紛れていたカチャカチャと食器同士がぶつかる音が消えて、涼ちゃんの手が止まる。
「セッ…、え?」
俺の言葉を反芻しようとして、言われた言葉の意味に気付いて、ものすごく恥ずかしくなったんだろう。
こっちを凝視した涼ちゃんの顔が真っ赤だった。
今思えばものすごく滑稽なやり取りなんだけど。
この関係が始まったときに、じゃあどうやってお互いが涼ちゃんと過ごそうか?って考え合って、三人で同じカレンダーアプリをスマホに入れた。
カレンダーの編集権利は涼ちゃんのみ。シンプルに、日付の横にマルを付けるだけ。っていう。
赤いマルは『元貴の日』、青いマルは『俺の日』。もともと涼ちゃんがダメだっていう日はバツがついてて、最初はマルだったけれど、どうしても涼ちゃんの都合が悪くなってバツに変わることもある。
やっぱり、こういう職業で慎重に関係がばれないようにしなきゃ、というのは全員一致で思っていて(その認識だけはみんな一緒で安堵した)
・マルとバツで管理
・場所は涼ちゃんの家、もしくは涼ちゃんの部屋
(涼ちゃん提案)
・恋人でいられるのは部屋の中だけ
これがルール。
それ以外の制約は涼ちゃんに任せたんだけど、基本、俺と元貴が交互になるようにしてるみたい。
多分、これは俺からも元貴からもそうしてって言ったわけじゃないから、涼ちゃんがそうしてるんだと思うけど…なんていうか、涼ちゃんの謎の律儀さ…優しさだよね…。
『なんだか、秘密の予定みたいで楽しいね』
って涼ちゃんは笑ってたけど…、受け入れる側の涼ちゃんが一番大変なのは俺でもわかる。
たまに、俺と元貴が一日おきに交互な時とかあって、体、大丈夫なの?と聞きたいときもあるけど、涼ちゃんがつけたマルとバツに異議は唱えられない。
いや、うん。毎回、そういうことするわけじゃないんだけどね。無理を致してる自分が、涼ちゃん大丈夫?って思うのもおかしな話なんだけど。
あくまで、『涼ちゃんの彼氏ヅラできる日』(元貴命名)っていうだけでね?しなかった日だってあるよ?
…数回くらいはね?
今日、俺が聞きたいな、と思ってたのは、これだった。大好きな涼ちゃんが元貴とどんなふうにしてるのか気になる。ただそれだけ。
別にルールとして、聞いちゃだめとは言われていないけど、なんだか聞くのは反則な気がして、今まで聞かないでいたけど。
「…聞いて、どうするの?」
真っ赤な顔のまま、何度か瞬きをして、どこか不安げに眉を下げてそう聞き返してくる。
至極最もな疑問だと思う。
そもそもが、結構複雑な関係だよ?これ。
好きな人を、大切な親友と共有してるって、倫理観狂ってるとしか考えられない。
ルールとして、涼ちゃんの領域内だけでの限定的な関係で、これ恋人なの?と思わなくもないけど、普通の恋人が家でいちゃつくようなおうちデートはよくするから、恋人…と言えばそうなのかもしれない。
あまりセックスばっかり求めてるとセフレみたいじゃん、と思って、恋人らしく家でゆっくりくっついて何気ない間にキスして同じ空間を共有するっていう数日を続けてみたこともあった。
だってさあ、涼ちゃんが一番体力的にもそうだし、感情的にも、倍以上の負担があるようなもので、絶対に大変じゃん?だからっていうのもあるけど、俺が好きなのは体だけじゃないんだよっていう、気持ちを込めての至ってノーマルなおうちデートだったんだけど。
涼ちゃんの方から、ねえしよ。と上に乗っかられた。しないの?したい。だめ?と、莫迦みたいに蕩けた表情で首を傾げて聞いてきたから、なんだか負担がとか考えていたのが莫迦らしくなって、即押し倒したっていうことがあった。
だから、倫理観狂ってるとは思うけど、それを訂正したり、抗ったりしようとは思ってない。
こんなんおかしくない?と思いつつも、一歩も引こうとしない時点で、俺も立派に倫理観が狂ってる。
恋人の定義なんて人それぞれで、もしかしたら涼ちゃんの中ではセックスする=恋人なのかもしれないし。
ただ、したい、と俺に言ってくるって、なんで?と思わなくはない。
俺と過ごす日々の合間に、必ず元貴の日があって、すごく嫌な言い方をすれば、性欲という点では満たされてるわけでしょ。
それとも、元貴とはそんなにセックスしないのかな、とか。絶対にないだろうとは思うけど、…元貴がセックス下手ってことは、ないよな…?もしかして、元貴…抱かれる側なの??とか。
なんて、すごく馬鹿げているけれど、そういうことを考えてたら、いつの間にか、気になってしまっていた。
音楽で繋がる前から知ってる親友と、同じ人を好きになって、どっちの気持ちや想いが上とか下とかないし、寧ろ運命共同体みたいな関係で。
俺の中で涼ちゃんはもちろんすべてが愛おしいけれど、元貴はまた別の意味でとても愛おしい。
「まぁ、別にどうもしないけど…気になるなーって」
真っ赤な涼ちゃんの顔から視線を逸らさず、平然を装ってそう答える。
俺の返答に、口元を引き結んで視線を逸らし、伏目がちになる。
きゅ、と流れっぱなしになっていた蛇口を閉め、涼ちゃんは困ったように首を傾げる。
聞かれたくない、とは少し違うような。
なんて答えたらいいのか困っているのが、ありありとわかる。
俺たちに『会う』の結構連続の日もあるでしょ。体大変じゃないのかなとか色々考えるんだよ。
もしかして元貴とのセックスじゃ物足りないのかなとか。
どんなセックスしてんだろって。
バカにするとかじゃなくて純粋な疑問ね。
もちろん元貴が涼ちゃん大好きなのは見てわかるし、俺も、やっぱ、すごく好きだからさ、色々とね考えるのよ。
優劣つけたいわけじゃないし、どっちの思いが勝ってるとかない。
固まってしまった涼ちゃん。沈黙がしばらく続いて。
やっぱり、困らせるだけだったかな、と今更ながらに思う。
知りたいと思った気持ちが強くて、この感情を受け入れてもらってたから気持ちが調子に乗って大きくなってたのかもしれない。
心の何処かで、こんな異常な関係を結んでいるくらいだから、何を訪ねてもいいんじゃないか、みたいに線引きが曖昧になって、踏み込んではいけないところに踏み込んでしまったのかもしれない。なんて。目の前で心底困惑している涼ちゃんを見て、すごく今更思ってしまった。
一瞬、そんなこと聞くなら関係を解消する、とでも言われるんじゃないか、と思ってしまって、急に怖気づいてしまう。
手元の食器を重ねて置く。かちゃん、と小さく音がして、その音に弾かれたように涼ちゃんがびく、と肩を揺らした。
「ごめんね」
言えば、ゆっくり涼ちゃんがこちらを見る。
「元貴はどうか分からないけど、俺はいつでも涼ちゃんの全部知りたいと思ってるよ」
だから気になってたんだけど…
でも、よく考えたらこれはやっぱりルール違反かな?
…そんなようなことを言葉につっかえながら話して、
「ごめん、やっぱ、聞かなかったことにして」
と、口から出てしまった言葉は取り返せないことは知っているのに、そう告げた。一方的に。
狡いよなあ。
口をへの字に曲げて俺の言葉を聞いた涼ちゃんは、視線を逸らして伏目がちになる。
「…別に、言ってもいいけど…」
それで、若井の僕に対する何かが、変わるのが、嫌だな。
そう涼ちゃんは、核心を突かない言葉を零した。
シンクの縁をぎゅっと掴んで俯いて。頬が絶望的なくらいに赤い。
俺からの言葉を待たず、ひとつ深呼吸をした後に涼ちゃんが言葉を紡ぐ。
「元貴は、すっごく、激しいよ」
…その言葉の入りが、すごく不穏なのに、ドキドキしてるようなうっとりするような表情が、横顔からでも垣間見える。
あ、聞かなきゃよかった。と一瞬思ったけれど、聞いたのは俺じゃん?と。涼ちゃんの次の言葉を、何か言いたくなった唇を引き結んで待った。
「体力全部もっていかれるくらい、最後なんか僕も自分で何言ったのかとか覚えてないくらい…」
めっっっちゃくちゃにされるの。
いやあ、もう。
心底聞いたこと後悔した。ほんの数分前まであんなに聞きたいと思ってたのに、涼ちゃんのことは全部知りたいと思っていた気持ちは本当なのに、知らなくてよかったかも、と思ってしまった。
めちゃくちゃって、すごいためるじゃん。めっっっちゃくちゃって、すごいめちゃくちゃってことじゃん。
そんで、すごい、好きな人を思い浮かべる顔してるじゃん。
俺の方をちらっと見て、そんな俺の気持ちを察知したのか、だから聞いてどうするの、って言ったじゃん。と恥ずかしそうに言う。
こういう時だけ察知がいいのやめてほしい。困る。
そう涼ちゃんが言うくらい、俺はすごい顔をしてるんだと思う。
捨てられるの?俺捨てられるの?みたいな小動物の顔。(後日涼ちゃんがそう表現してた)
実際は、捨てられる、というか、俺じゃ元貴に勝てない。と思ってしまった。どっちが勝るとかないはずなのに、元貴も別に、俺に勝ってるとは思っていないと思うし、競り合うつもりでそう言うふうに涼ちゃんを抱いてるわけじゃないとはわかっていても、勝手に。自分でそう思ってしまった。
俺はいつもそうだ。
涼ちゃんが好きかも、と思うところから、そのあとも、変な思考が邪魔して、聞かなくていいこと、考えなくていいことまで、色々と。
また悶々とし始めた俺の意識を引き戻すように、涼ちゃんがコホン、とひとつ咳払いをした。
ハッとする。
涼ちゃんの少し濡れた指先が、俺の腕に触れた。
「滉斗は、真逆。すっごく優しくて、なんだか僕は…無力な女の子になったような気分になるんだよ」
元貴には、僕っていう存在を魂で求められているって感じがしてる。
滉斗のは、愛されてるんだってすごく感じる。こんなこと言うとおかしいかもしれないけど、僕のダメなところも、恥ずかしいところも、魂ごと全部愛してくれて、全身で受け止めてくれるような気持ちになる。
どっちが良いとか悪いとか、上とか下とかなくて、こんなこと言うと、ただの貞操観念ゆるゆるな奴だと思われるけど…本当に2人ともがだいすきで、どっちも大事。
「だから、僕も、魂ごとで、全力で応えたい、って思ってる」
ゆっくりと語られた涼ちゃんの言葉に、俺の感情がまたブレブレに揺れる。
前言撤回するの早すぎ?でも、やっぱり聞いてよかった。かもしれない。
受け入れる側の涼ちゃんに言わせるのは正直、反則だと思うけれど。本当に純粋に良し悪しや上下はないんだって、確信が持てた。
元貴がどうやって涼ちゃんを、というところに関しては、自分じゃできない、と思うところが多々ある。
めっっちゃくちゃになるようなセックスって…どんなん?普段、敏感に、いやって言っちゃう涼ちゃんの言葉にもちょっと怯む俺には真似できない。
けど、それ以上に、俺との行為できちんと想いが届いてたっていうか、通じてた、繋がってた、という安心感。それで涼ちゃんがきちんと満たされてるって言うのが分かって。
涼ちゃんの中には、元貴の分と俺の分ときっちり分かれた箱みたいなものがあるんだ、きっと。
俺の分の箱は、きちんと満たせてる。それを涼ちゃんは、今教えてくれた。
それが、今この瞬間に俺を喜ばせる為だけに紡がれた言葉だとは思わない。
元貴の分の箱は、それはそれで満たされてる。でも、若井のくれるものとは全く別だよって。だから聞いても仕方がないんだよ、って。そういう気持ちがこもっていた。
知りたいと思って聞いたけれど、確かに、どうすることもできない領域の話だ、と着地点を見つける。
一種の諦めというか、踏ん切りをつけて、そんなことより、今は自分に対して思ってた涼ちゃんの気持ちが嬉しいと喜ぶところだ。
と思いつつ、何も言えないまま、涼ちゃんが触れた指先をじっと眺めて固まっていると
「…気持ち悪いこと、言ったかな。ごめんね」
と涼ちゃんが眉を下げて笑って、触れていた指をぱっと離す。
その指先を逃がさないように、慌てて掴んで、わ、と驚いた声を上げた涼ちゃんを抱き寄せた。
咄嗟に投げ捨てた食器拭きタオルがキッチン台から床に落ちたけど、どうでもいい。
「すごく嬉しいのに、謝らないでよ」
逆に、俺が涼ちゃんをでろでろに甘やかしてドロドロに蕩けさせて、全部欲しいって気持ちでひとつになりたいって抱いてるのが全部伝わってて、こっちの想いが重たすぎて気持ち悪いって思われたって仕方ないのに。
ぎゅーっと強く抱き締めると、痛いよっ、と言いながら声が笑いで弾んでいて、逃げるどころか、背中に腕を回して抱き締め返してくる。
あー。好きだなあ。
ちょっとだけ垣間見れた元貴に愛されてる涼ちゃんも、全部ひっくるめて、好きだなあ。
聞きたいことをずっと悶々としてて、キスして、新婚さんみたいに過ごして、タブーに触れて、刹那そわそわした胸のざわつきはすぐに、愛の告白でどこかに消えてしまって。
残ったのは、ただどうしようもないくらい、涼ちゃんが好きだっていう気持ち。
ただそれだけ。
…多分、元貴が俺と同じように涼ちゃんに聞いたところで、今の俺と同じような気持ちに落ち着くんだろう。
で、きっとそのあとはいつもより激しく抱く、かな?
だって、俺も、今日はいつもより数倍甘やかして恥ずかしがらせて、呂律が回らなくて何もわからなくなるくらいにどろどろに溶かしたい気持ちだから。
「ねえ、しよ」
耳元で低く囁けば、途端にギュッと腕の力が強くなって、こっちの方が痛い。
多分、恥ずかしいんだろう涼ちゃんが何も答えないから、そのまま耳元に息を吹きかけて形のいい耳にキスをして、舐める。
舌先に感じるピアスの金属を味わうように、舌先で転がした。
「っあ、そ…れ、だめ…ッ」
一瞬で熱を乗せた上擦った声。
自分の性感帯にピアスをあけるって、涼ちゃんってえっちだよね?それとも、知らずにピアスをあけて、それを舐められることでそこが性感帯になったのかな。
まあ、涼ちゃんはスイッチが入ると全身が性感帯になる説、を俺は推すけど。
制止するけど逃げない涼ちゃんに気を良くして、耳孔に舌先を差し込んでわざと唾液を多く乗せて舐る。耳朶を丸ごと食んで、こりっとした軟骨に軽く歯を立てた。
「や、…あっ、ん…っ!」
揺れる薄い色素の髪が頬に触れて、擽ったいのに、なんだかそれで、すごく熱が上がってしまう。
足元が震えて立位が難しくなりそうな涼ちゃんの体をキッチン台に押し付ける。
ちゅ、と音を立てて唇を離し、少しだけ体の距離をあけ、額を合わせた。
俺も相当欲情に塗れた顔をしてるだろうけど、至極至近距離で見つめた涼ちゃんの顔が真っ赤で、今すぐどうにかされたい、どうにかして。という濃い淫らな色を含んでいた。
「どろどろになるまで、抱いていいよね?」
魂ごと、融けてひとつになるんじゃないかってくらい、でろんでろんのどろどろにしたい。
魂ごと、全力で応えてくれるんでしょ?
リップもしていないのに色付いている薄く開かれた唇。その隙間から現れた濡れた舌先が、下唇をゆっくりと沿わせて舐めた。
完全に、煽ってるよね?
それはOKの合図なんだと受け取り、迷わず唇を寄せる。
震えた瞼が伏せられ、口付けのしやすい角度に顔が傾けられたので、パズルのピースを嵌め込むみたいに唇を合わせた。
ねえ。長すぎない?
センシティブにたどり着く前に10000文字超えたので力尽き…た…(◜ᴗ◝ )
コメント
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遅ればせながら読ませていただきました✨ありがとうございます!いちりさんの3人お付き合いが読めるなんてと感動しております🥹 サンピでないからこそこういう悩み?疑問?みたいなのあるよねーって思いながら読んでました☺️若様がまともじゃないんだけど1番まともに見えるーって(褒めてます笑) そして若様の甘々が容易に想像できて、いちリさんの若様愛も感じるなって思いました🥰
シェアハピじゃん……? チョコ側から食べるか棒の方から食べるかじゃん……。 すっごく激しいんだぁ……? これも脳直なのかな……? 若様、そんな対抗心燃やしたらだめ……これのがっつりセンシティブはもしや若様生誕祭?🤔 甘々センシティブを待ってたらいいですか?🥹 すち……🥰
めっちゃ読み応えがあって、涼ちゃんが色っぽ過ぎて、ちょっと拗らせてる若井さんが可愛かったです💕 確かに若井さんってこんな感じなんだろうなって思います🥹 涼ちゃんにすごく甘いっていうか🫠🫠 涼ちゃんのお口の横にご飯粒とか付いてたら、元貴君は着いてるって言葉で伝えるけど、若井さんは自分で取ってあげそう💙💙