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『ネモフィラ』をバイオレットで染め上げたい
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登場人物:小柳 星導
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「このシュート入ったら、俺告白します。」
深夜の公園で、ボールを掲げた星導が遠くのゴールをすっと見据えて言った。
「えっ、」
冷たい風が吹く。
今まで好きな人がいたなんてこと、聞いたことがなかった。
むしろ恋愛の話なんぞ、持ちかけられたことすらない。
「だから、小柳くんは全力で阻止してください。」
まるで俺が星導のことが好きだと思っているみたいな発言をしてくる。
「いや、別に告白してくれて構わないけど、」
「ドリブルでゴール前まで行くんで。ゴールされたら死ぬと思って。行くよ?」
「え、あ、」
俺に有無を言わさず走り出す星導。
慌てて彼を追い、妨害を図る。
夕方、大事な話があると珍しく深刻そうな声で呼び出された俺は、ここに来て騙されたことを知った。
待っていたのはいつものヘラヘラとした様子でバスケットボールを持っている星導だった。
「急にやりたくなったんで付き合ってくれません?」と微塵も悪びれる様子もなく俺を遊びに誘った。
本当は断って帰りたかったが、どうにもあの電話越しの声が頭から離れなくて俺は渋々頷いた。
今になって大事な話とはこれかと思う。
俺はボールへ手を出した。
星導が守りの体制に入り足を止める。
右へ出るか左へ出るか。
彼の様子を伺う。
僅かに汗をかいている。
表情からは何も読み取れない。
いつもそうだ。
普段から何も考えていないのだろう。
しかし、今は考えていないわけがない。
それなのに読み取れないことへの不安が突然ぶわりと湧き上がった。
「なっ…!」
その一瞬の隙を見抜いたのか、彼はフェイントもかまさずゴールへ駆け出しシュートのフォームを整える。
急いで彼に駆け寄るが、彼は既にボールを手放していた。
ボールが宙を舞う。
それは綺麗な弧を描き、そしてゴールーーー
のリングにバウンドし、思いもよらぬ方向へ飛んで行った。
「あー。」
思わず膝から崩れる。
「はぁぁぁ?そんなとこでゴール外すなら、俺頑張る必要無かったじゃん。」
「まあまあ、小柳くんは俺のゴールを阻止することが勝利条件なんだから、良いじゃないですか。」
「そうだけどさぁ…、無駄に緊張させられたし。」
俺が顔を上げると星導はボールを取りに行ってくれているところだった。
「入ると思ったんだけどなぁ。やっぱり練習が良くなかったかな。」
独り言のように愚痴る星導。
「おい。その練習誰が付き合ってやったと思ってんだよ。そもそも、シュートなんてお前次第だろ。」
彼がボールを拾う。
「じゃあこのボールに不具合が?そっちの方が考えにくい。あ、細工した?」
「するわけねぇだろ。」
俺が顔を顰めると、星導は「冗談ですよ」と笑った。
「もう暗くてゴールが見にくかっただけ。」
「じゃあ最初から賭け事なんてするなよ。てか、その、告白って、俺、深入りしていいの?」
「え?」
彼は目をぱちくりした。
まるでそんなこと訊かれると思ってなかったかのように。
「あ、ごめん。ダメならダメでいいんだけど…。」
本当は聴きたいが、言いたくないことだってあるだろう。
言いたくないなら俺に賭け事の内容を喋るなと言いたくなるが、何も考えていない星導になら勘弁してやる。
「じゃあ、ダメで。」
星導は当然のように言った。
一瞬苛立つが、きっと俺が負けても結果は同じだったろうと諦めることにした。
「なんなんだよ。」
それでもぶつけないと一生モヤモヤしたままな気がしたので取り敢えず悪態はついておく。
「まあまあ、勝ったんだから、もっと喜ばないと。」
「いえーい。」
それでも態度が変わらない星導に流石だと俺は全てを放棄することにした。
「じゃあ、もう帰りますか。」
結局終始星導に振り回されてばかりだった。
そんな今日ももう終わる。
また明日は、自分の意思でゆっくり過ごせたらいいなと思う。
「あぁ、早く帰りたい。」