教室の扉を開くと、一瞬でホコリがまう。
カーテンのない窓からは日光が照らされ、鮮明にホコリが舞っているのが分かる。
隅の方には蜘蛛の巣や、虫の死骸などが見えた。
「これ…やべーな。」
私の隣で夜久先輩が眉間にシワを寄せる。
私も最近はずっと教材の整理ばかりだったから久しぶりにこんな汚い部屋を見た。
「ものの整理どころじゃねーな。大掃除だこれじゃ。」
「雑巾、足りますかね。」
「どーだろうな」と噴き出すように笑う先輩。
先輩は教室に入り辺りを見渡したあと、腰に手を当ててサッとこっちを見た。
「よっしゃ、始めよーぜ!」
窓から差す日光が夜久先輩に照らされて、その笑顔がより明るく見えた。
「はい、頑張りましょう!」
私はさっきまで気持ちが奥底まで落ちていた。
でもあのままふたりが近づいて、そしてもしも付き合うようになったら、私は多分、とても嬉しくなる。
大好きなふたりがくっつくことを、私は心のどこかで応援してる。
けどなんでこんなに苦しいんだろう。
応援してる心とは別に、小春に嫉妬してしまう自分がきっとどこかにいるんだ。
そんな自分が本当に嫌だ。
「先輩、落ちないでくださいね?」
「え!?あー、お、おぅ…。」
ちいさな脚立にのりながら背の高い棚の上を真剣に拭く先輩。
脚立に乗るのを何分かためらい自力で拭こうとしたが拭けず、ようやく諦めたのか「くっそ、ダサすぎる。」と悔しそうに呟きながら脚立に乗ったのを私は知っている。
先輩はその一連の流れを私が見ていないと思ったのかやけに驚いてより悔しそうな顔をした。
やっぱり先輩は可愛い。
私は反対側にある棚のものを順番に捨てていく。
ノートの切れ端や、いつのものか分からないプリント、小物やガラクタ。
「あ。」
ガラクタの山を一気に捨てようとした時、1つの小物が袋の外に落ちてしまった。
私はしゃがんで落ちた小物を見る。
手のひらに収まるくらいのちいさな猫の置物だった。
全体的に明るい茶色で、綺麗に細工された大きなつり目。
吸い込まれそうな瞳。
なんだか…。
「ははっ、なんかこれ研磨みてー。」
「えっ?」
「ほら、なんか目でかいとことか、色とか。」
私の背後から顔を覗かして笑いながら話す先輩。
そっか、先輩もそう思ったんだ。
私はもう一度自分の手のひらに視線を向ける。
一度そう思うと、その置物は、孤爪くんにしか見えなくなった。
手のひらでころんと転がしながら溢れだしそうな涙をぐっと堪えた。
いやだ。
私は、なんも隠さず、何一つ曇りのない心で小春を応援したい。
ただそれだけなのに、私の気持ちは一向にいう事を聞いてくれない。
だから私自身が、恋心を捨てなきゃ行けない。
孤爪くん。
短い間だけど、私に沢山の幸せをくれてありがとう。
今度は小春を、私の大切な人を、幸せにしてあげてね。
置物の猫に、伝わるはずもない事を、心の中でそっと呟いた。
私は静かに置物を袋に入れた。
「それじゃ、続きやりますよ!」
「…。」
彼女はきっと、自分では気づいてないんだと思う。
自分がどうしようもなく悩んで、心が潰れてしまいそうなぐらい苦しんで。
本人は我慢してるつもりなんだろうけど、俺の目には、目元が涙で滲んだ○○が、鮮明に見えた。
俺に背を向けた○○は、雑巾を手に取って窓を拭く。
その切ない背中を、俺は歯を食いしばって、しばらく眺めている。
俺は、○○の悩みを○○の口からちゃんと聞いてやりたい。
誰よりも早く、俺が1番に隣で彼女を支えてあげたかった。
○○の泣く顔なんて見たくねぇから。
「なぁ、○○。」
「…先輩どうしたんですか?」
さっきの表情は完全に消えていなかったがキョトンとした顔で○○はこっちを向く。
「帰り、アイス食おうぜ!」
「えっ?アイス、?」
「おう!だからもうひと頑張り!な!」
○○はほんのり赤くなった目を丸くさせて驚いていたけれど、その後は「はい!」と可愛く笑って窓拭きに戻った。
偽りのない彼女の笑顔を見て俺は安心して笑がこぼれる。
俺は、こんなことしか出来ない。
今はまだ…。
きっと、きっといつか、委員会が同じの先輩と後輩じゃなくて、もっと親しい関係になれたら。
自分から、○○自身から相談してもらえるぐらいの、頼りがいのある先輩に、なれるように。
それまでは、影で彼女を助けていたい。
俺が何度も、彼女に救われているように。
俺はそう思った。
彼女に自分の想いを伝えるのは、それからだ。
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