「あー、疲れたー!」
日が沈み、室内が薄暗くなった頃、夜久先輩は綺麗になったパイプ椅子に勢いよく腰掛けた。
約2時間後、蜘蛛の巣だらけだった教室は、ホコリひとつない綺麗な空間になっていた。
「やっぱり2人だと早いですね。1人だといつも途中で断念してしまうんです。けど今日は先輩がいてくれたおかげでいつもより捗りました。ありがとうございます。」
私はゴミでいっぱいになった袋を結んで、夜久先輩が座る横のパイプ椅子に座りながら言う。
いつも1人でいられるこの時間が好きだったけど、今日夜久先輩と掃除してて、また違う落ち着きがあるなと思った。
それもきっと、誰でもじゃないって、私は思うけど。
「…いや、○○、待て?」
「ん?どうしました?」
夜久先輩は手のひらを私に向けて、深く考えている様子だった。
「○○、それは間違っている。今日は俺の担当日であり、○○はあくまで俺の仕事を手伝っていただけだぞ!?」
「えっ?」
「いやなんか言い方的に俺が○○手伝ったみたいな風に…..、?」
私は口許を手で覆いながら笑ってしまった。
「ははっ、先輩、なんでそんな必死なんですか。」
急に必死に話しだす先輩がなんだかすごく面白くて、自然と笑顔になった。
「だ、だって申し訳ねぇだろ…。」
先輩は恥ずかしそうに頭をかいた。
「はぁ…ほんとに真面目だな、先輩は。」
「え?」
「さ、ゴミ袋、1階に運んじゃいましょう。その後記録して仕事は終了です。」
スっと立ち上がって少し困惑した先輩に言う。
2、3秒止まっていた先輩も微笑みながら立ち、「おう!」とゴミ袋を持ち上げた。
ゴミを捨て終わり、人通りのない廊下を歩いて委員会掲示板にたどり着く。
「先輩、久しぶりに書きますか?」
そう言いながら先輩に鉛筆を渡す。
「ええー?」となんだか照れくさそうに苦笑いをする先輩は、「じゃあ書くわ。」とゆっくり鉛筆を受け取った。
先輩が前回の私の記録を見ながら今日の日付を書き始める。
その様子がなんだか可愛くて、先輩に気づかれないように笑った。
私は先輩が書いてる間、他の委員会の掲示を見る。
1番先に目に入ったのはイラストがとても目立つ保健委員だ。
可愛らしい書体の文字とイラスト。
なんか小学生の時から思っていたけれど、保健委員とか保健室の先生は絵が上手い人が多い気がする。
可愛らしく、ポップな絵で書かれたイラストの女の子は『高校生でもハンカチは毎日持参!これで女子力up!』と吹き出し付きで書かれていた。
掲示の仕方が面白くて、また笑ってしまう。
次に目に入ったのは、風紀委員の掲示だ。
『6月4日、持ち物検査』
短く、けどその短さと書体から、風紀委員の圧が込められているのを感じられた。
持ち物検査か、今年初めてだなとか考えたけど、私は毎回引っかかるようなことは、特に心配はない。
引っかかる人、いるのかな。
ふとそんなことを考えた私だったが、私の脳内に、猫背でゲームをする孤爪くんがぱっと浮かんだ。
私は、孤爪くんに伝えてあげようかなという気持ちが頭をよぎったが、考えるのをやめた。
「よし、できたぞ!」
夜久先輩は鉛筆を戻し、腰に両手を当て、なんだか自信ありげな雰囲気だった。
私は不思議に思ったが、一応先輩の記録が間違っていないか確認した。
【日付】5月17日
【場所】新校舎1階の教室
【備考】終わった✌︎
夜久先輩の字は、丁寧でとても読みやすかった。
けれど、少し字が大きくて、枠からはみ出てしまっている。
ちいさなピースのイラストを書いちゃうところとか、字が大きくて元気そうなところとか、ほんとに可愛らしいと思ってしまう。
最後に担当の枠を見た。
【担当】3-5 夜久衛輔 ” 2-1 ○○ ×× “
私は目を見開いた。
担当のところには、先輩の名前と、私の名前が書かれていた。
私は先輩の方を向く。
先輩はニコッと笑いながら首を傾げる。
「…別に…私の名前は書かなくていいんですよ、先輩。」
私が苦笑いをしながらそういうと、先輩は不満そうに顔を顰めた。
「何言ってんだよ、ちゃんと書くに決まってんだろっ!一緒に頑張ったんだからよ……..ひひっ。」
口をとんがらせ、そっぽ向きながら言う先輩は、照れ隠しなのか、首元を抑えながら笑った。
「ほら、早くカバン持ってこようぜ!アイスかわねーと!」
階段を上りながら背を向けてそういう先輩。
私はその背中を見て、先輩に声をかけた。
「夜久先輩、ありがとうございます。」
なんだか今まで不安だったことが全て浄化された気分だった。
その安心のせいか、言葉が震えて、泣きそうだった。
先輩は立ち止まり、少しだけ横を向いたが、この角度から、顔はギリギリ見えなかった。
「こちらこそ、ありがとう。」
そう言った先輩の声は優しくて、けどなんだか、切なさも感じた。
E,44
「あ、○○、これ俺のおすすめ!」
夜久先輩はアイスが入った冷凍庫を除き、指をさす。
「これまだ食べたことなかったんですよね、食べてみようかな。」
「食ってみ食ってみ!めっちゃうめーから!」
キラキラした目で笑う先輩を見ると、やっぱり自然と笑顔になれる。
それに、不思議と親近感が湧く。
私の隣で、可愛らしく、幸せそうな笑顔で話す。
なんか…似てる。
「○○、決まったか?俺これっ!」
「はい、私はこれにします。」
「じゃあ貸せ!」
「えっ?」
そう淡々と話す先輩は、私の選んだアイスを取り、レジに出した。
「えっ!?ちょっと先輩!」
「あ、袋いりません。」
まるで私の話を聞いていない。
私がお金を払う隙もないまま会計は終わった。
E,45
「はい!」
コンビニを出て、ベンチに座った夜久先輩は私にアイスを渡した。
「はぃ…?いや、じゃ無くてお金払います!」
私は鞄を椅子に置き、財布を探す。
「○○〜、俺の紳士的な賄いを無碍にするなよ〜。」
呆れ気味に笑う先輩は私の鞄をさりげなく閉める。
「それに今日手伝ってもらったお礼も含まれてっからさ。うわっつめてっ!」
「でも…。」
「ん〜、じゃあ分かった!」
夜久先輩は思いついたように立ち上がって座る私の前にしゃがんだ。
棒付きアイスを歯で咥えて両手で私の頬を吊り上げた。
私は訳が分からず驚き、困惑してしまう。
「うんっ、こんやって笑ってくれれあ、しょれでいいわ!」
先輩はアイスを咥えながらクシャッと笑い、そう言った。
「って、歯いった!!!やべぇ俺知覚過敏!?」
先輩は私の頬から優しく手を離して、急いでアイスを口から離す。
「…ぷっ、あははは。」
私は先輩の慌てる姿を見て、思わず噴き出してしまった。
先輩といると、笑いが止まらないや。
「お、そうそうその笑顔!いいじゃん!」
先輩は私を見て笑顔で親指を立てた。
その瞬間、先輩の笑顔が、ほんの少し、小春の笑顔と重なった気がした。
私が元気がない時とか、落ち込んでいる時には、小春はいつもこうやって私を笑わせてくれたっけ。
夜久先輩は、私の親友とよく似ている。
そう思ったと同時にこんな気持ちも横切る。
いつか先輩にも、小春と同じように私のせいで嫌な気持ちにさせちゃったりするのかな。
こんな優しくしてくれる先輩に、悲しい顔なんてさせたくない。
先輩。
私も、あなたにずっと笑顔でいて欲しいです。
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