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ちょっとドロドロしてる感じ
knfm
『unofficial.』
夜。
誰もいない教室で、風磨はシャツのボタンを乱雑に留めていた。
窓から差し込む月明かりが、乱れた髪と首筋の紅を照らす。
「……また、こんな時間」
後ろの席では、健人が無言で煙草に火をつけていた。
この学校での彼のそんな姿は風磨しか知らない。
そして、自分も誰より近くで、その無口な甘さを味わってきた。
でも――
「ねぇ、健人」
風磨は、声を出した。
「俺ら、さ……いつまでこうしてんの?」
健人は答えない。
いや、答えられない。
代わりにくゆる煙が天井へと昇っていく。
「付き合ってるわけじゃないよね?」
「……うん」
健人の返事は、あまりにも簡潔で、あっさりしていた。
「でも、他の奴とするのも嫌なんでしょ?」
「嫌だよ」
「じゃあ、なんで“恋人”になってくれないの?」
健人は言葉を止めた。
それが、風磨にとって一番答えてほしかった問いだった。
沈黙が降りる。
風磨は笑う。
けど、その目に笑いはなかった。
「……ほんと中途半端。最低」
「ごめん」
「でも、俺もやめられないんだよね」
「……俺も」
ふたりの関係には、ルールも保証もない。
名前のない関係。
でも、ただの遊びとも呼べないほど、何かが深く、絡まっていた。
健人が立ち上がる。
そっと風磨の頬に触れる。
「また、明日も……来てくれる?」
風磨は苦笑してうなずいた。
「……馬鹿じゃん、俺」
そう言って笑った風磨の横顔に、健人はそっとキスを落とした。
episode:沈黙の境界
それは、些細なすれ違いからだった。
風磨が、健人に隠れて“他の男と一緒にいた”と、誰かから聞かされた。
「……昨日、駅前で風磨くん見たよ。あれ、彼氏じゃないんだ?」
健人の胸に、得体の知れない何かが走った。
苛立ち、怒り、独占欲――そして、恐怖。
その夜。
いつもの教室、いつもの時間。
風磨は遅れてやってきた。少しだけ、笑っていた。
「悪い、今日ちょっと遅くなった」
「どこ行ってたの?」
健人の声は冷たかった。
「……え?」
「昨日、誰といた?」
風磨の表情が固まる。
それが全てだった。
「……ただの知り合い。たまたま会って、話しただけ」
「でも俺以外の男だろ?」
「……だから?」
教室の空気が張り詰める。
健人は立ち上がった。
風磨の腕を乱暴に掴む。
「俺以外の奴と話すなって言っただろ」
「付き合ってないのに?」
その一言が、健人の心に刃を立てた。
「俺たち、セフレでしょ? そういう“契約”じゃないよね?」
健人は風磨の手を離した。
「お前……そう思ってたんだ」
「……だって、そうじゃん。キスして、抱いて、でも『好き』って言わない。付き合わない。それが今までの俺らでしょ?」
風磨の声は震えていた。
その目には、ほんの僅かに涙が滲んでいた。
「俺、本当は……」
「やめろ」
健人が言葉を遮る。
「“本当は”なんて言うな。今さら何を言っても、全部嘘に聞こえる」
「じゃあ、何が本当だったの?」
「……知らない」
沈黙が、2人のあいだを断ち切った。
風磨はもう、笑わなかった。
健人も、それ以上は追いかけなかった。
それが、彼らの“終わり”だった。
episode:その腕じゃ、温まらない
「──泊まっていきなよ」
そう言ったのは、風磨がいつも行くコンビニの店員だった。
名前は悠。
どこか健人に似た静かな目をしていた。
夜の街に投げ出された風磨は、断る理由を探すよりも、ただ「誰かに抱きしめられたかった」。
“健人じゃない誰か”に。
「……うん、いいの?」
ソファの隣、そっと差し出されたグラスを受け取る。
焼酎の苦味が喉を通り過ぎるのと同時に、涙が込み上げた。
「なんか……つらい顔してんな」
「……してないよ」
「そっか。じゃあ、笑ってみ?」
「………………」
無理だった。
笑うどころか、口を開けば泣いてしまいそうだった。
それでも、風磨は自分の身体が冷えていくのがわかった。
「……ねえ、お願い。抱いてよ」
「……本気?」
「うん、いいの。どうでもいいの、今は」
そう言って、風磨は自分から悠に身体を預けた。
キスは上手かった。
手も優しかった。
だけど――
(ちがう)
ふと、健人の声が耳の奥で響いた気がして、風磨は目を閉じた。
“俺以外の奴と話すな”
“でも俺たち、付き合ってない”
“……本当はなんて言うな”
あの夜の健人が、脳裏で何度も繰り返される。
目の前にいる悠の指が、自分の髪に触れても、頬に触れても、何も感じなかった。
温度が違う。
触れられた場所が、悲鳴を上げていた。
(健人……)
名前を呼びたかった。
けれど、それはできなかった。
――自分で選んだ“代用の腕”だったから。
その夜、風磨は声ひとつ上げずに抱かれた。
まるで“罰”のように。
翌朝。
誰よりも早く、静かにその部屋を出た。
心が、少しだけ冷たくなっていた。
episode:冷えた夜の、知りたくなかった話
「……昨夜、風磨が知らない男と一緒にいたって?」
教室の片隅で、同じクラスの女子が囁くのが聞こえた。
健人はペンの動きを止めた。
「うん。コンビニの店員の人とさ、仲良さそうにしてて……そのあと、一緒に出てったって」
「え、マジ? なんか……あの2人って、付き合ってんじゃないの?」
「さぁ。でも、風磨くん、顔死んでたよ……なんかヤバかった」
健人は無言で立ち上がる。
教室の空気が、ひどく遠く感じる。
風磨の席には、誰もいない。今日も欠席だった。
(……あいつ、誰と……)
スマホを開けば、昨夜既読がつかなかったLINEがぽつりと浮かぶ。
──「今日、家行っていい?」
──「風磨?」
未読のままだった。
健人は、ゆっくりスマホを伏せる。
心臓の奥に、鈍い痛みがじわじわと広がっていく。
怒っているのか。
悲しいのか。
それとも……ただ、絶望しているだけか。
「……そうかよ」
声に出して呟くと、それだけで喉が焼けるように熱くなった。
全身が、鉛のように重たい。
“風磨が他の男といた”
それだけの情報が、どうしてこんなにも痛いんだろう。
(お前が選んだのは、俺じゃないのかよ)
だけど、選ばれた記憶なんて一度もなかったこともわかってる。
名前すらない関係。
ただ身体を重ねるだけで、確かめ合うこともなかった。
あいつは俺のものじゃない。
……でも。
(俺は、あいつが他のやつに触れられるのなんて、耐えられない)
初めて自分の中の“何か”が、崩れ落ちる音がした。
机に突っ伏したその瞬間、健人の瞳から、涙が一滴だけ零れ落ちた。
誰にも見せないはずの涙だった。
だけど、それは止まらなかった。
(……なあ、風磨)
(お前、俺がどれだけ……)
心の底に渦巻いていた、狂おしいほどの執着が、静かに目を覚ましはじめていた。
次回:再会し、共依存を始める2人