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◆◇◆◇◆◇◆◇
『終わったね』
――――五月蠅い
『怒っているの? それとも、悲しんでいるの?』
――――五月蠅いってば!
『怒っているのね? でも、私に怒っても仕方がないわよ?』
――――消えてよ!
――――話しかけてこないで!
――――何で私に付きまとうのよ!
『何でだと思う? ねえ? どうしてだと思う?』
雨脚は更に強まる。
時折吹き付ける強風が、水たまりを波立たせ、飛沫を美緒の顔に飛ばす。
雨音に掻き消され、喧騒などは聞こえない。だが、『少女』の声だけは、雨音を透過して耳に響く。
「分かってるわよ、私が悪いの! だから何よ! 私に、どうしろって言うのよ!」
全てが終わった。
慧との関係が、ずっと続くと思っていた。
何も言わず、ボロが出なければ、ずっとずっと、慧と良好な関係が保てると思っていた。だが、それは幻想だった。元々、タイムリミットがある関係だった。それを知っていながら、美緒は慧に深入りしすぎた。
「私はどうだって良いの! 私はどうなっても良いのよ!」
慧が心配だった。彼の心を深く傷つけてしまった。あの、純真無垢な美しい心を、穢してしまった。
心配する権利がないのは知っている、だが、慧の心が心配だった。
三ヶ月近く、美緒は慧を騙し続けていた。
最初は、美緒も慧を騙すことに積極的だった。
しかし、すぐに美緒は慧に惹かれた。
常に真っ直ぐで、人を疑うことを知らない瞳。優しく、美緒を包み込んでくれた心。
美緒の周りにはいなかった人柄に、すぐに美緒の心は虜になった。
慧を傷つけず、分かれる方法はいくらでもあった。彼の事を思うなら、もっと早くに全てを打ち明けるべきだった。いや、真実を語らず、別れるべきだった。
仲間達には、適当な事を言っておけば良かった。
『甘えすぎよ』
『貴方は、甘えすぎ。舐めているのよ、人生を。全てを』
「黙って!」
叫んだ美緒は、足下にある水たまりの水を『少女』に掛けた。水は『少女』の服を濡らすことなく、体をすり抜けていく。
「私に、どうしろって言うの……。もう、慧君に嫌われた……」
『罪を償う時が来たのよ』
『少女』はおかしそうに笑う。甲高い声で、気が触れてしまったかのように、『少女』は笑った。
「私は、私は……どうする事もできなかったよの!」
慧を取ることも、友達を取ることも選べなかった。
「本当にそうか?」
突然、美緒に降りかかっていた雨が止んだ。
目の前に、靴があった。
「慧君?」
顔を上げたその先には、那由多が傘を持って立っていた。
「那由多……!」
美緒の全てを知っている、数少ない人間。
「お前も、難儀な奴だな」
つと、彼は横に視線を向ける。その先には、誰にも見えないあの『少女』が立っていた。
『貴方、私が見えるの?』
驚いたように僅かに目を見開き、『少女』は小首を傾げた
「…………」
那由多は溜息をつき、首を横に振る。
「いや、何も見えないし、聞こえないよ」
彼は素っ気なく答えると、こちらを見下ろした。
『見えてるじゃない』
少女の声に、那由多は唇の端を僅かに上げた。
「立てよ」
那由多は手を差し伸べてくる。
「…………」
美緒は差し出された手を見つめる。
「こうなること、分かってた?」
子細を説明する必要はないだろう。不思議と、彼は全てを理解している気がした。
「分かっていたよ。慧にも同じ事を言われた」
「慧君に会ったの?」
「ゲロゲロ吐いてた。余程ショックだったんだろうな。ま、それもそうか。お遊びにしちゃ、やり過ぎたよ、お前等は」
そう言いながらも、那由多は腰を屈め、美緒の手を取って立たせてくれた。
「折角の浴衣、台無しだな」
そう言って、那由多はタオルと傘を手渡してくれた。