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「…貴方様を残して逝くことをお許しください」
薄暗い洞窟のその先で、今にも息絶えそうになりながらも老人は口を開いた。その視線の先には灰色の髪と翡翠の瞳を持った青年が表情ひとつ変えずにその光景を見下ろしている。
「そうか、今まで世話になったな」
青年から放たれた言葉は冷たい。感情など篭っておらず、機械的だ。老人は青年と何十年もの付き合いであり、いわゆる使従関係であり、青年は使う側だった。
「エデンの民は……もう…貴方様で最後となります…」
「ああ、仕方がない」
青年は老人の目をしっかりと見て話した。
老人は細い手を青年に向ける。
「我々は貴方様にもうこれ以上、罪を犯して欲しく…ないのです…だからどうか…」
「それだけはできない」
罪という言葉に青年は眉をひそめる。
「私は一族の禁忌に触れ、不死となった。もう数千年は生きている。」
そして復讐のためだと付け加えた。
「それゆえ、この身体は衰えず、禁忌を犯したときから姿は止まっている。全ては私を陥れた奴らへの復讐のためだ。」
老人は珍しく感情的になった青年の様子をじっと見つめると、目を閉じた。
「………だからこそ私たちは、そんな貴方様を止めるために一族の繁栄を断ち切ったのです。苦しみながらも罪のない人々を殺める貴方をみることに誰しもが疲れ果ててしまった」
「…………」
青年はその言葉に驚いた顔をすると、悟ったように無表情になった。
エデンの民には他者を操る能力があり、エデンは今までその力を使い多くの人々を殺めてきた。
老人はエデンの手を取る。
「どれほどご自身を押し殺すおつもりか。貴方様のその名前は、本来の名ではないはず。どうか、これ以上、自分を殺さないで」
「…できない。これは私の罪だからだ」
青年は老人の手を離すと、今にも息絶えそうな老人を見下ろした。
両手を絡め、祈りの体勢に入る。
「…ああ、私は貴方を救えなかった…」
「……あの世で、どうか、幸せになってくれ」
青年は祈った。
これはエデンの民に伝わる、死の祈りであり、
苦しむことなくあの世へと送る儀式だ。
老人は、お許しください、そう何度もか弱く呟くと、その声はだんだんと聞こえなくなっていった。
◯◯◯
夜が明けた早朝。
青年は、緑が生い茂る、同胞たちが眠る墓地に老人の墓を作った。墓の数は数え切れず、ゆうに数千は超えていた。
青年は墓地の先にある大きな碑石の元へと歩いて行った。
碑石にはツタや苔で覆い尽くされているせいで、刻まれている文字がよく見えない。
青年は手の甲を見た。
そこには紋章が刻まれており、碑石には同じ紋章が刻まれている。
「私は復讐に囚われているのだろうか」
碑石を見つめ、独り言のように青年は言った。
灰色の髪が風に揺れる。
「ファイアリス」
青年は人の名前を口にする。その声は震えていた。
「…私は、親友であるお前の国を、滅ぼさなければならない、もはや、止められない。…止まらないのだ。」
青年は膝をつくと、線が切れたように泣き崩れた。
ひとりぼっちになったことが彼の心を揺るがしたのである。
そして同時に、自分は思っていた以上に弱いのだと知ることとなった。
だが、気付いた時には何もかもが遅い。
自分を慕ってくれた同胞はもういない。
自分が壊したのだ。
青年は碑石に触れると、祈った。
罪に囚われた青年は復讐を果たさなければならない。
彼の名はエデン。
禁忌に触れ復讐のために生きる心優しき男である。