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大昔に書いたワンライ
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「はぁ…。」
新事業の構想を練っていたところ、気の抜けた様な欠伸が出た。連日の寝不足が祟ってか、まぶたが重い。眠気覚ましに、と手元にあるコーヒーを口に含んだ。
「…ぬるい」
生暖かい液体に変に目を覚まさせられて、時計に目を向けた。すると、案の定12時過ぎ。…終電には乗れないな。
側に置いてあるスマホを手に取り、メッセージアプリを開くと、剣持さんからの通知が入っている。仕事中であることを見越して、気を遣ってミュートメッセージで送られていた。
『晩ごはん置いておくので、味噌汁は温めてください。あまり無理はしないでくださいね』
なんて良い子なんだ、と気を張っていた顔を綻ばせた。実際に口に出している剣持さんを想像しながら、一人でニヤニヤしていると、ガチャとドアの開く音がした。
パチッ
部屋に音が響くと同時に、煌々とした灯りが体を包んだ。…流石我が社自慢のLEDライト、とでも言うべきか。先程までブルーライトを浴びていた目を眩ませながら、ドアの前に目を凝らしてみると…。
「「うわぁっ!!」」
「佐藤さん?!」
人影の正体を知り、思わず名前が口をついた。
「社長?!まだいらっしゃったんすか?」
「そちらこそ!なぜこんな時間に仕事なんかしてるんですか!!」
加賀美インダストリアルは社員の福利厚生を重要視しているため、ここまでの残業はほとんど見られない。
「今日はたまたま遅くなっちゃいまして…。今はこの部屋に備品を置きに来ていたところっす」
「そんなのいいから、早くお帰りなさい。わたくしはブラック企業の代表になるつもりはありません」
「すいませんっした!!社長もご無理なさらないでくださいね。お疲れさまです!」
彼は素直に言葉を受け取り、部屋から退出していった。
…先程のニヤニヤが見られていないことを祈ろう。あの顔には社長の威厳なんてどこにもない。
ガタ、とタクシーの扉を開き、疲労困憊の体で乗り込んだ。
「どこまでですか?」
「○○通りの○○までお願いします」
多少トラブルもあったが、なんとか帰路につくことができた。
「ただいま帰りましたー」
自宅に帰ってくると、寝室の同居人を起こさないように控えめな声で挨拶をした。靴を脱ぐと、少し急ぎ足でリビングへ向かった。
ダイニングテーブルを見ると、小さめのおにぎりがころんと転がっていた。夜も遅いからと、わざわざ軽めの夕食を用意してくれたのだろうか。ここまで気を配れる男子高校生なんているか?否、剣持さんくらいしかいないだろう。
味噌汁が入っている鍋を火にかけ温めると、お椀によそっておにぎりと並べた。
「いただきます」
おにぎりと味噌汁を口に運びながら、暖かさと美味しさを噛み締めた。五臓六腑に染み渡るとはこのことか。
晩御飯を味わった後は、急いでシャワーを浴びて寝室に走った。廊下を抜けて寝室の扉を静かに開くと、一番最初に目に入ったのはベッドに横たわる剣持さんだった。
ギリギリまで起きていたのか、少し布団が乱れている。
私は眠る剣持さんを起こさないよう、音を立てずにベッドへ歩み寄った。覗き込んでみると、まだ幼さの残る顔には前髪が掛かっていた。私はその絹糸のような艷やかな髪をよけ、彼の頬に小さく音のないキスをした。
お風呂上がりの肌からは石鹸の香りがして、余計それが幼さとまだ子供なのだという私の意識を引き立てた。
一体この子にどれだけ寂しい思いをさせただろう。
…忙しいのは、あと一週間ほどか。
一日くらい早く帰ったって、バチは当たらないだろう。 明日は帰って一番に、この愛しい人を抱きしめようと心に誓った。