スマホのアラームをかけてもいないのに朝7時に目が覚める。
あくびをしながらTシャツの中に手を入れてお腹を掻く。テレビをつける。
歯を磨きながらニュースや占いを見る。口を濯いで顔を洗う。鏡を見る。髭が生えていた。
チクチクする顎を触る。普段の土曜日なら
知り合いに誰にも会わないし、出会いがあるようなところにも出掛けない。
家でダラダラして過ごすため髭など、廃墟の庭の雑草のように生やしっぱなしだが今日は別。
夜に知り合い?と会う。
夕方に剃らないとな
なんて思いながら洗濯機を回す。またベッドに倒れ込み二度寝。
お昼に起きて洗濯機の乾燥を押す。買い置いていた袋麺を作り、お昼ご飯を食べた。
乾燥の終わった洗濯物もハンガーにかけ、部屋にかける。
会社に着ていくYシャツは皺を伸ばすため、パンッパンッ!っと伸ばす。
夜ご飯の買い出しー…と思ったが今日は夜は外出だ。
となると待ち合わせ時間まで暇になった。ひさしぶりにパスタイム スポット 4を起動した。
ひさしぶりにトップ オブ レジェンズをしようと思った。しかしアップデート。
しかしうちの回線は良いほうだ。
一人暮らしをするときに「ひゃっほー!ゲームしたいときにし放題だー!」と思い、回線は良いものにした。
しかしその実、仕事、睡眠、仕事、睡眠。ゲームをする時間なんて土日のほんの数時間。
たまに土曜日にも仕事が入ったりするので、この良い回線を使う機会なんてほんのわずかだ。
良い回線が泣いてる気がした。良い回線のお陰でアップデートはあっという間に終わり
ひさしぶりにコントローラーを握り、ひさしぶりにトップ オブ レジェンズをプレイした。
ひさしぶりにプレイするので腕が鈍っていると思い…まあ、そもそも元々そんなうまくはなかったが
ランクではなくカジュアルに入ることにした。たまにプレイするとどんな確率なのか
ゴミみたいなプレイヤーが味方に来ることがあり
前にもひさしぶりにプレイをしたら、プレイ中ずっと殴ってくるプレイヤーが味方に来て、やる気をなくし
その試合、コントローラーから手を離し、スマホを見ながらチラチラ画面を眺めていたこともあった。
しかしその日は運が良かった。ゴミみたいなプレイヤーどころか、神みたいなプレイヤーが仲間に来てくれた。
良いアイテムも自分より先に味方にくれて尚且つ強い。「game_idiot821」というプレイヤーに感謝をした。
そのままひさしぶりにゲームをし、あっという間に陽が暮れた。
収納の扉を開き、プラスチックの衣装ケースからテキトーなTシャツを取って
今着ている部屋着兼寝巻きを脱いでベッドの上に放り投げる。そしてTシャツを着る。
洗面所へ行き、シェービングフォームを手に出して顔、口周りに擦り込む。
泡立ってきたところで電動髭剃りで髭を剃る。
シェービングフォームを洗い流し、つるつるになった顎を触る。その手で次は髪を触る。
髪はセットせずともいい感じになるように美容師さんにカットしてもらっている。
しかしなんとなくひさしぶりに、最後いつ使ったかも覚えていない
蓋の間がカピカピになった黄緑色のワックスを開け、人差し指を突っ込み
人差し指の第一関節につけて左掌に移す。
右手を被せ、両掌に満遍なく、指の間にまで伸ばし、髪をわしゃわしゃとする。
往年のギャグマンガやアニメの爆発した後の髪みたいになり、そこから髪型を整える。
ひさしぶりにセットしてみたが、意外と手は覚えてるものでそこそこいい髪型になった。
ひさしくつけていないネックレスなんかもつけて
パンツも変えて、薄手のMA-1なんかを羽織って、お財布とスマホを持って
ワイヤレスイヤホンを耳に突っ込み、テキトーに音楽を流して家を出た。
19時に駅前という待ち合わせで駅前についたがスマホで時間を確認するとまだ18時48分だった。
はやく着きすぎたか、なんて思って辺りを見渡す。
すると太ももを手で軽く叩くようにリズムを刻み、目を瞑ってなんかを口ずさんでいる
恐らく待ち合わせしている子であろう女の子の横顔が目に入った。
待たせてしまった。そう思い、ワイヤレスイヤホンを外しながら駆け寄る。
「すいません。お待たせしてしまって」
するとパッっと視線がこっちに向く。
「あっ」
と言いながらヘッドホンを外す。
「いえいえ、全然待ってないので!」
「そ…うですか」
「じゃ、私の行きつけのお店行きましょう!」
「あ、はい」
正直、最近ニュースで見かける「マッチングアプリでマッチし
その女の子の行きつけのお店に行くと、そのお店がぼったくり店で
多額の請求をされる」というのが頭に過ったが、そういうのは繁華街でのこと。
うちの地元にはそんなぼったくり店などない…はず…と思いながらその女の子に着いていく。
その女の子に着いて行って歩いていくと
初めて出会ったガードレールのパイプ版、ガードパイプの場所を通り過ぎ
みるみるうちに見慣れた景色になっていく。
「ここです!」
紹介されたお店はぼったくり店なんて滅相もない。良心的お店「命頂幸」だった。ビックリした。
「あぁ、ここ」
「いいお店ですよぉ〜」
知っている。引き戸を開き、暖簾をくぐる。
「いらっしゃい!お!うきちゃんじゃん…ってあれ?海?え?2人知り合いだったの?」
「え?」
詳しい話は席についてからすることにした。
カウンター席に並んで座り、ここの主人、勝利がカウンター越しにいる。
「こちらうちの常連さんのやまつや うきちゃん」
「どうも。やまつや うきです」
「あ、どうも」
「で、こっちもうちの常連…えぇ〜海!…苗字なんだっけ?」
「水貝井(みかい) 海(うみ)です。よろしくお願いします」
「あ、お願いします」
「で、オレがここの主人、国和田 勝利です。よろしくお願いしまーす」
「お願いしまーす」
「知ってるよ」
「で?2人は知り合いだったの?」
「いえいえ。あの昨日言った話あったじゃないですか。親切な方のお陰で帰れましたって」
「あーはいはい。あの先ー週?だっけ?あのベロベロになってた日ね」
「お恥ずかしい」
「え!?じゃあその親切な人ってまさか」
「そのまさかです」
「えぇ〜!?マジ!?海ってそんな人だっけ!?」
「どう見えてんだよ」
「下心あるんじゃないの〜?」
「なっ、ないわ」
「ま、じゃあとりあえず海はビールで、うきちゃんはレモンサワーでいい?」
「はい!お願いします!」
「ん。よろしくー」
「はいはいっ!」
勝利がカウンター奥へ行って飲み物を作ってくれる。
「海さん?」
「はい?」
「海さんでいいですか?水貝井さん?」
「海でいいっすよ」
「じゃあ海さん。海さんもここ、常連さんだったんですね」
「はい。だからビックリしましたよ。この店の前で「ここです!」って言われたときは」
「ですよね。海さんっておいくつなんですか?」
「オレは28ですね。今年で29」
「あ、そうなんですね!」
「もしかして同い年?」
「あ、いえいえ」
「うきちゃんは若いよー。オレらと違って。はい。レモンサワーと、ビールねぇ〜」
「あ、ありがとうございます!」
「ありがとうー。そうなんだ?いくつっすか?」
「22です。今年で3の歳ですね」
「わっか」
「ね!いいよねぇ〜22」
「いいな。22かぁ〜…でもオレは忙しかったというか、大変なときだったなぁ〜」
「あ、そっか。海、新卒で今の会社入ってるから」
「そそ。仕事覚えたり、先輩に気遣ったり。そもそも先輩とか上司の顔と名前覚えんのも大変だった」
「あぁ〜…無理だわオレには」
「私も無理そう」
「あ、うきちゃんは…ごめん、ナチュラルにうきちゃんって呼んじゃったけど」
「あ、全然全然!うきでいいです」
「じゃあ。うきちゃんは今は大学生?」
「いえ、今はニートです」
「ニート!へぇ〜。じゃあ実家暮らし?」
「ですです!」
「でもずっとじゃないでしょ?」
「はい。二十歳(ハタチ)までは大学生でした」
「大学ー…2年生?かな?」
「そー…ですね。大学2年の夏休みに大学辞めました」
「辞めたんだ?」
「はい!」
「まだあれ続けてんの?あ、これ枝豆ねー」
「ん?頼んでないけど」
「まあまあ。サービス?」
「マジで?」
「ありがとうございます!」
「じゃ、遠慮なく」
「どぞどぞ〜」
勝利のサービスの枝豆をいただく。勝利はカウンターに腕組みした腕を乗せながら
カウンターに寄りかかるようにして話に参戦してくる。
「で、うきちゃんはまだ続けてんの?」
「あ、はい!続けてますよー」
「すごいねぇ〜」
「なんの話?」
「うきちゃんね、真新宿で夜、弾き語りしてんだって」
「マジ!?」
「マジです」
少し照れくさそうなうきちゃん。
「すごいよねぇ〜度胸っていうか」
「いやすごいね。オレにはできない」
「オレも無理だなぁ〜。他人様に聞かせられるような歌声持ってないし」
「あのあれ?よくギターケース広げて、そこにお金入れてもらってる感じの」
「それです」
「すごいわ」
「ね」
「じゃあ歌手になりたい感じ?」
「そうですね」
「そーゆー系の大学だったの?」
「あ、いえ。全然関係ないふつーの大学でした」
「なんでまた急に?」
「そもそも音楽好きで音楽で感銘を受けたから、音楽で返したい?的な?」
「おぉ〜カッコいいぃ〜」
「カッコいいねぇ〜」
「いやいやそんなカッコいいもんじゃないですよ。
単純に好きなもので食べたいっていう邪な考えのほうが強いですもん」
「いや、いいんじゃない?別にそれでも。
オレなんてなりたいほど好きなものなかったし。だから大学卒業して普通に働いてるだけで」
「そうそう。なりたいものがあるってだけですごいよ」
「いや君もな?」
「え?僕も?」
「あんたいくつでこの店持ったって言ってた?」
「二十歳(ハタチ)」
「エグいてそれは」
「えー!そーなんですね!すごっ」
「いやいやいや。そもそも大学卒業、中退以前に、オレ大学も行ってないからね?
高卒で居酒屋でバイトして、バイトしてるうちに自分の店出したくなって
実家暮らしだから給料全部貯金して、そのときの店長に相談して
お店の下見とかいろいろ行って、二十歳(ハタチ)記念ってことで
いろいろ諸々足りなかったけど面倒見てもらって、今って感じですね」
「店長優しっ」
「素敵な店長さんですね」
「そーなのー。素敵な店長さんなんだよねぇ〜。で、今その店長さんに毎月返済してる感じ」
「へぇ〜」
足りない分は出してやる!二十歳(ハタチ)のお祝いや!的なものを想像していたので
正直、あ、返済しないといけないやつなんだ?と思ったが、居酒屋を開業するのに
どれくらいの初期費用がかかるのかわからなかったので、つっこまずにいた。
「あ、そういえばオレと同じようなやついるのよ。しかもごく最近。
てかそいつの店行ったわ。知ってる?天神鳥の羽って店」
「知らん。ここ最近ここしか来てないから」
「いやん!嬉しい!」
「私は聞いたことはあります。友達から。たしか近くですよね?」
「あ、そうそう。ここら辺だよ」
「そーなんだ。へぇ〜。あ、ペペロンちょーだい」
「興味ないなぁ〜。はいはい。ペペロンね。おっけ。あぁ〜らくみちゃんペペロン作る?おぉ!
ちょうどいい!じゃあ、ちょっともう1皿お願い!はい!ありがとー!」
1回キッチンの奥へ行った勝利が従業員と会話をして戻ってくる。
「いいの?」
「うん。ちょうど他のテーブルにペペロン作る感じだったから
ついでにお願いって頼んどいた」
「いいねぇ〜」
「いいよぉ〜。楽できるなら楽しないと」
「すごいこと言ってるよ」
「いいのいいの。うちの従業員みんなオレの性格知ってるから」
「店長ーはい。これ」
「あぁ〜!あんがとらくみちゃーん」
「へいへい」
「らくみ」と呼ばれる女性は勝利にお皿を渡し、もう片手に乗せたお皿をお客さんに運んで行った。
「今の子は奥寸(おうき)楽三(らくみ)ちゃん。クールだけど優しい子なのよぉ〜。可愛いし」
「店長ー。働いてくださーい」
「これも仕事のうちよ」
「ったく」
「あんま勝利以外と接したことないからなぁ〜」
「私はいろんな人と会ってますよ。…あ、フランスのハーフの」
「はいはいトレアちゃんね!うちの看板娘」
「へぇ〜。知らんわ」
「知らんか。あぁ、まあ海は知らんかもな。シフト金曜入ってないから」
「日曜はいますよね」
「そーね。日曜はいる。あ、そうじゃん。ごめんごめん。
今日は2人で飲むんよね?ごめんごめん。じゃ、仕事してきまーす」
「いや、別にいい…んですけどね?」
「まあ、そうね」
うきちゃんが「んですけどね」を言う前には勝利はそそくさと消えていった。
「海さんはなんのお仕事されてるんですか?」
「ん?ただの会社員だよ」
「会社員ですか。なにするんですか?」
「パソコンに向き合って資料作って、会議して。の繰り返し」
「へぇ〜。パソコン私使えないから無理そうです」
苦笑いを浮かべながらレモンサワーを飲むうきちゃん。
「うきちゃんは?…てかさ、うきちゃんって珍しい名前だよね。名前のこと聞いてもいい?」
「はい!いいですよ!」
「どんな字書くの?」
「「う」は「海」です」
「お、同じだ」
「ですです。で「き」は「綺麗」の「綺」です」
「へぇ〜。海に綺麗の綺。綺麗な名前だね」
「ありがとうございます!私も気に入ってますこの名前」
「オレの海も入ってるからなんか急に親近感出た」
「よかった」
今までどこか緊張していた気がするが、本当に緊張が少し緩和された気がする。
「で海綺ちゃんは〜…あれ。なに聞こうとしたんだっけ」
海綺ちゃんは首をカクッっと傾げる。
「まぁ〜いいや。海綺ちゃんもここの常連さんなんだよね?」
「そうですね」
「いつ来てんの?ってか何曜日って言ったほうがいいか」
「私は日か月か金ですね」
「おぉ、週初めと週終わりか」
「ですね」
「…ってことは、そっか。あの潰れてた日は金曜か」
「そう…ですね…お恥ずかしい…」
「路上ライブっての?の帰りに寄る感じ?」
「あ、いえいえ。路上で歌うのは火水木土ですね」
「へぇ〜。あ、そうなんだ?」
「はい。日曜日は皆さん次の日からお仕事なのに私のへたくそな歌でイライラさせたくないし
金曜日も次の日から、というか金曜日の夜からお休み入るじゃないですか。
だからやめておいて。月曜も月曜で、お仕事初日の方多いじゃないですか?
だからやめておいて、で、まあ、日月金は昼前に起きて公園とかぶらついて
で、夜にここ来て飲むって感じです」
「へぇ〜。散歩は日課?」
「日課…でもあるしー、あと作詞のためでもある…的な?」
「おぉ〜カッコいい」
パッっと見ると海綺ちゃんのグラスに入っているレモンサワーがあと少しだったので
「おかわりする?」
と聞く。
「あ、じゃあ、そうですね。おかわりで」
「勝利ー!」
と勝利を呼ぶ。
「はいはいはい!なぁ〜にぃ〜?」
「レモンサワーとビールおかわり」
「はいはい!おかわりね!」
「あ、あと唐揚げもお願い」
「はいはい!唐揚げねぇ〜。ちょい待ち」
と言って奥へ消えていった勝利がしばらくして
「へい!レモンサワー…っとビールねぇ〜。あ、空いたグラス。はい、ありがとぉ〜」
とレモンサワーとビールを持ってきてくれて、空いたグラスと交換した。
「え、あ、え?あ、そうか、作詞…作曲もする感じ?」
「はい!メロディーも自分で」
「はあぁ〜、へぇ〜。すごいね」
「いえいえ。全然全然。でもバンバン作詞作曲して
オリジナル曲どんどん作れるみたいなそんな才能ないんで
大概は有名アーティストさんのカバーを歌わせてもらってますけど」
「へぇ〜。でもすごいね。作詞作曲できるの」
「いえいえ全然全然」
と照れくさそうにレモンサワーを飲む海綺ちゃん。
「どんな曲作ってんの?」
「え、いや、いやいやいや恥ずかしいのでそれは」
「あらあら照れちゃって」
「海さんはどんな仕事内容なんですか?」
「仕事内容かぁ〜。パソコンと睨めっこかな」
「なんですかそれ」
と言いながら笑う海綺ちゃん。
「ま、簡単にいうとマーケティングだね」
「あ、聞いたことある」
「それしてます」
「それでパソコンと睨めっこですか」
「そうそう。今売れてるものとか流行りの傾向とか調べてるから、まあ、ちょっとサボってても気づかれない」
「悪っ」
「みんなそんなもんじゃない?マーケティング部のみんなたぶん」
そんなことを話していると
「はいー。唐揚げねぇ〜。熱いから気をつけて」
と勝利が唐揚げを持ってきてくれた。
「お、さんきゅ」
「ありがとうございます」
「いーえー」
「海綺ちゃんは憧れのアーティストとかいるの?」
「憧れ…そうですねぇ〜。目指したキッカケのアーティストさんなら」
「お、誰誰?知ってるかなオレ」
「1 Sturdy arrowsって知ってます?」
「あぁ〜、聞いたことは、ある。歌聴いたらわかるかも」
海綺ちゃんはスマホを取り出して、いろいろ操作して
「この曲が一番メジャーかな?」
と僕の耳にスマホのスピーカー部分を近づけてくれた。
するとギターやドラムの音、そして綺麗で力強い女性の声がした。
「あぁはいはい。聞いたことある」
「この人たちのバンドがキッカケで、歌で食べていきたいなぁ〜って思ったんです」
「どんなバンドなの?」
「えぇ〜っとですね。まあ私なんかより全然古参のファンの方々がいるので
私が説明するのはおこがましいんですが…」
と謙遜しつつもその顔は好きな人のことを語る女子高生のような
照れ、恥ずかしさ、嬉しさが混じったようなものだった。
「とにかくすごく苦労したバンドなんです。リーダーそしてボーカルのNOZOMIさん。
ギターそして微EMI(ほほえみ)担当のEMIさん。ドラム&発想力担当のHIRAMEKIさん。
ベース&ビジュアル担当のAKARIさんの4人で構成されていて
皆さん各部門でトップクラスの実力の持ち主なんです。もちろん才能もあるんでしょうけど、努力家で
みんな大抵高校生でバンドを組んで、この4人は割と本気だったけど
他のバンドのメンバーは青春の1ページとか学祭のためとかで
あまり本気じゃなくて解散して、度胸もつけるために私みたいに
…いや私なんかより全然クオリティーは高かったでしょうけど、路上で歌ったり演奏したりして
別のバンド組んで、でも4人ともみんなクオリティーに拘る人たちで
練習でも「ギターのどこどこが音濁ってた」とか「ベースがベースしすぎ。
もっと全体を支える、かつ魅せられるベースで」とかいろいろ拘ってたら
周りがついていけなくて解散とか、何度も解散を繰り返して
でやっと集まった4人がまた1から始めて、4人で路上で演奏して、バイトもして
スタジオ借りられる金額にいったらスタジオ借りて、目一杯練習してやっとデビューできてっていう
ほんと古参のファンの方々は泣き喚くくらい嬉しかっただろうなって思います。
全然新参者の私もライブ映像とか見ると泣いちゃいますもん」
嬉しそうに、楽しそうに、活き活きと語る海綺ちゃんはキラキラ輝いているように見えた。
女の子に誘われて夜飲んで、あわよくば…なんていう下世話な考えは
その輝きによって灰になり散っていった。その後も海綺ちゃんの好きな「1 Sturdy arrows」のこと
その他にも好きなアーティストのことの話を聞いて、お酒を何回もおかわりして
おつまみもたくさん食べて、気づいたときには夜中1時を回っていた。
そろそろ帰ろうかということになり、お会計を。
「あ、今日は私が出します!こないだのお礼なので」
と言ってくれたが
「夢追いニートがなに言ってんの」
と言って頭をポンポンとして
「お金ないでしょ。社会人のお兄さんに任せなさい。勝利ー!」
と勝利を呼んだ。
「はいはーい!」
「お会計で」
「はい!お会計っ…あ、もう1時なんだ?」
「そそ」
「海綺ちゃんにはいつもサービスしてるからー今回は海ちゃんにたーんと払って貰いますかぁ〜」
「怖いなぁ〜」
「えぇ〜っとぉ〜?この席のおっかっいっけっいっはぁ〜?
あぁ〜あったあった。4850円。48(ヨンパチ)でいいよ!」
「いいよ。払うよ。えぇ〜っと…4…千…8…百…あ、これ百円だ」
ツンツンと肩と突かれる。フッっとそちらを向く。すると海綺ちゃんが50円玉を差し出してくれた。
「お、ありがと」
受け取って勝利に4850円ちょうどを渡す。
「はい!ちょうどねぇ〜。もうお帰りですか」
「お帰りじゃなかったらお会計せんて」
「それもそうだ」
「これ飲み終えたら行くわ」
「ん!帰るとき声かけてね」
「なんで?」
「なんでってお見送りよ」
「あぁ〜。わかった」
その後、海綺ちゃんと今のグラスが空になるまで
少しの間また海綺ちゃんの好きなアーティストさんのことについて話した。海綺ちゃんと僕は立ち上がり
「勝利ー!帰るー!」
と声をかけると
「あ!はいはい!」
と勝利が小走りで来る。
「いつもありがとうねお2人さん」
「いえいえ。ご馳走様でした」
「今日も美味しかったよ」
「んふー。嬉しいこと言ってくれるねぇ〜」
鼻の穴を膨らませ、嬉しそうにニヤニヤする。引き戸を開く。夜風が舞い込んでくる。
暖簾をくぐりながら外に出る。海綺ちゃんに続いて勝利も外に出てくる。
「じゃ、また…金曜来るわ」
「はいはい。いつも通りね」
「私はー日曜ーか月曜…来れたら」
「うん!無理しなくていいからね!」
「はい!」
「また2人でおいでよ!海綺ちゃんも海に奢ってもらえるからお金浮くよぉ〜」
「それは海さんに悪いので」
「んじゃ、またなぁ〜」
「ん!海も海綺ちゃんもまたねぇ〜おやすみぃ〜」
「おやすみなさい!」
「おやすみ〜」
歩いて勝利に手を振る。勝利も満面の笑みで手を振ってくれる。
コンビニに向かって歩いて、海綺ちゃんとコンビニに入る。
「なんか飲み物買う?」
「んー…そうですね。じゃあ…」
海綺ちゃんはガラス戸を開いて心の紅茶のレモンティーを手に取った。僕はカフェラテを手に取った。
「貸ーして」
と言いながら海綺ちゃんの手から心の紅茶のレモンティーを取る。
レジに行って2本の飲み物を置く。店員さんがお会計をしてくれて、スマホで支払った。
レジ袋はいらないと言い、2本の飲み物を手に
「ありがとうございました〜」
の言葉を背にコンビニを出る。
「はいこれ」
僕の後ろをついてきた海綺ちゃんに手渡す。
「すいません。なんなら私が海さんのも買おうと思ってたのに」
「いいのいいの。あ、でも、欲を言うならー」
「はい!なんですか!」
「すいませんよりありがとうのほうが嬉しいな?」
「あ、すいま…あ」
「また言おうとしてた」
思わず笑う。
「ありがとうございます」
そう言いながら笑う海綺ちゃんの表情は無邪気なものだった。
「んじゃ家まで送るよ」
「ありがとうございます!」
そう言って海綺ちゃんの家まで歩き始めた。海綺ちゃんの家までは10分か、もう少しかかるくらいだった。
先週ベロベロでやっと家まで這ってきたようなときはもっとかかったような気がしてた。
そのとき以来のマンションの外観。
「あ、私ここなので」
知っている。
「そうなんだね」
「はい。…あの!」
「はい?」
「よかったらまた飲みに行ってくれませんか?」
「ん?別にいいけど」
「ほんとですか!」
「うん。オレも楽しかったし」
「今度は私が奢りますので!」
その少し必死な感じが可愛くて健気で、思わず口元が緩み、口角が上がる。
思わず海綺ちゃんの頭に手が伸びる。
「気持ちだけで充分。お兄さんに甘えなさい。
ま…歌手になってめっっ…ちゃ売れたら、10倍奢ってもらおうかな?」
と海綺ちゃんの頭を撫でながら言う。
「わ…かりました。頑張って売れます!」
「ん!じゃまた今度ね」
「はい!またLIMEしますね!」
「ん!じゃ、おやすみー」
「おやすみなさーい!」
自分の家に向かって歩き出す。なんとなく振り返る。
すると海綺ちゃんと目が合い、海綺ちゃんが満面の笑みで大きく手を振ってくれる。
僕も手を振り返す。今度は振り返らず家まで歩いた。
家の玄関の鍵を開けて中へ入る。真っ暗。玄関のライトをつけて靴を脱ぐ。
シーンとした寂しい部屋。玄関のライトを消してリビングのライトをつける。
カフェラテをテーブルの上に置いて、部屋着に着替える。
デザインTシャツを洗濯機に放り投げたのはいつ振りだろうか。
なんとなく時の流れに寂しさを感じつつもどこか嬉しかった。
ベッドに寝転がり、スマホを出す。画面をつけると海綺ちゃんからLIMEが来ていた。
「今日は付き合っていただいてありがとうございました!
まさか海さんも行きつけのお店だったとはナンダッテー!=͟͟͞͞(꒪ᗜ꒪ ‧̣̥̇)
そしてご馳走様するつもりがご馳走様して貰っちゃってありがとうございました!(*ᴗ͈ˬᴗ͈)ꕤ*.゚
ぜひまたお願いします!」
その後にギターを持って歌っている女の子が
「ありがとうございました!」と言っているスタンプが送られていた。
「可愛い顔文字。…若いなぁ〜…」
あくびが出た。気がついたら眠っていた。