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眠狂四郎
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先日は雪だったが、いまは晴れていた。
しかし冬に突入した現在、ジュルター山は一面の銀世界だった。
一度訪れてから、はや半月ほどの時間が経っている。この山には災厄といわれた銀竜、ズィルバードラッケが生息していた。一頭でも最悪な竜なのに、それが複数棲んでいたという、まさに竜の巣であった。
――セラが死に掛けたのも、まさにここなんだよなぁ。
羽土 慧太は、ざくざくと雪を踏みしめながら、ジュルター山を登る。吐く息が自然と白くなる冷たい空気。黒髪、中肉中背、黒い外套をまとい、その下には戦闘衣装にポーチ付きツールベルト、短剣などを装備している。
視線の先には、やはり黒い外套をまとった少女――しかしその金色の髪から狐耳が出ているのはフェネックと呼ばれる狐人の特徴である。
狐人の戦士であるリアナは、目的の場所に着くと振り返った。
雪が積もっているが、その巨体は健在だった。
ズィルバードラッケ、その死骸。慧太とその仲間である傭兵たちが倒した銀竜が、冷え切ったジュルターの地で氷漬けとなって身を横たえている。
慧太も振り返る。
仲間たち――青い髪の魔術師ユウラ。
赤毛に、シスター服をまとう魔人アスモディア。
外套の下に漆黒のドレスを着る魔人サターナ。
金棒を担いだ屈強な身体を持つが、中身はまだ十六歳の少女キアハ。
やや小太りの黒馬に化けている怪物《シェイプシフター》のアルフォンソがいる。
「着いたな」
慧太が言えば、青髪の魔術師ユウラが脇を抜け、銀竜の死骸へと歩み寄る。
「そうですね。……未開地の端とはいえ、誰かに発見されてるかもと内心ヒヤヒヤしてましたが」
二十代半ばの青年魔術師は、氷漬けのズィルバードラッケに触れる。
「保存状態は良好。……とはいえ、これをそのまま運ぶのは無理ですから、とりあえず解体しないといけませんね」
全長十メートル以上の巨体を持つ銀竜だ。おそらくトンを越えているだろうそれを人力で運ぶのは無理だ。
「あんたなら、どう運ぶ?」
慧太も共に銀竜の死骸を見上げれば、ユウラは涼しい顔で言った。
「あなたが『竜』に化けて空から運ぶというのはどうです、シェイプシフター?」
シェイプシフター――姿を変える化け物。怪物、幽霊など地方によっては異なる呼び方や伝承もあるそれ。
慧太は今でこそ人間の姿をしているが、姿を変えるシェイプシフターの身体である。一年前、修学旅行中にこの世界に召喚された時に黒い塊に喰い殺され、怪物となって蘇ったというわけだ。
「この巨体を運ぶのは、オレひとりが竜に化けても無理だろう」
慧太は真面目ぶった。ユウラは口もとをニヤリとさせた。
「あなた一人で無理でも、サターナ嬢とアルフォンソがいます。三頭――それでロープ……ああ、もちろんこれもあなたの力で強度を増してもらう必要がありますが、それで運び出せると思いますよ」
サターナ――漆黒ドレスをまとう少女は、かつては魔人。いまはシェイプシフターだ。やはり一年前、魔人軍の将軍として慧太と敵対した彼女だが、喰われたことで、その意識が慧太の中で甦り今に至る。本来は慧太より年上のはずだが、いまの姿は十代半ばと妹のようでもある。
そのサターナは鼻で笑った。
「そんなの却下よ、ユウラ。このワタシに竜を運べ、ですって? 馬鹿言わないで」
「ええ、もちろん馬鹿言ったのはこの案が没だからです」
ユウラは、わかってますと言わんばかりだった。
「三頭の竜で運べば、陸路を行くより断然早くライガネン王都に戻れるでしょうが、まさかその姿を衆目にさらすわけにも行きません。噂が立って余計な問題を引き起こしかねない」
「オレは名案だと思ったけどね、ユウラ」
慧太は腕を組んだ。
「確かに真昼間を飛べば目撃者も出るだろうし、王都に直接降りたら兵隊がすっ飛んでくるだろう。だけどな、夜ならどうだ。高度をとれば多分見つからないし、降りる時も王都から離れた場所に下りて、そこから陸路で行けばいい」
自信満々の答えだった。話を聞いていたアスモディアやキアハは、おお、と感心したような声を上げたが、ユウラは首を振った。
「あの竜の巨体を載せられる馬車なり荷車がありません」
彼の答えは簡潔だった。
「このままの姿で運ぼうとする限り、陸路は無理なんです。仮に車があったとしても、王都の中央通りですらギリギリの道幅でしょうから、それ以外の道など通行できません」
「……いっそギルド本部に落としてやるというのはどうだろう」
恨みがましく冗談めかす慧太。ユウラは笑った。
「建物の弁償を請求されても知りませんよ」
そもそも、銀竜の死骸を回収しにジュルター山に戻った理由というのがギルド――ライガネン王国の傭兵ギルドが絡んでいる。
ライガネンの隣国アルトヴュー王国にズィルバードラッケが出没し、大きな災厄を見舞った。集落が十数程度、銀竜によって滅ぼされ、アルトヴュー王国は銀竜討伐に軍を動員すると共に、傭兵にも討伐依頼を出した。
ライガネンには直接被害はなかったが、空を飛べる竜がいつ国境を越えて現れるかわからず、同国の傭兵ギルドにも竜討伐の依頼が発生していた。
ズィルバードラッケは強大だが、倒せば莫大な報酬と『竜退治』の名誉、名声が手に入る。
が、そのズィルバードラッケはライガネンを目指して旅をしていた慧太たち一行に倒された。アルトヴュー、ライガネンともに、いまだ銀竜が存在しているものとして見ている。もう脅威は去ったのに、それをまだ知らないのだ。
ユウラはそれに目を付けた。
『僕らの新しい傭兵団の名を上げる絶好の機会です。しかも金のない我々にとって当面の活動資金にするに充分すぎるほどの報酬が、あの銀竜の死体にはあります』
所属していた獣人傭兵団は壊滅。慧太たちは新たな傭兵団を立ち上げたわけた。だが当然というべきか金欠である。シェイプシフター化した慧太はともかく、他の仲間たちには食事が必要であり、衣服や装備、その他生活用品、給料もろもろなどお金は必要だった。……銀竜退治の報酬は、そんな慧太にとっても渡りに船だ。……もっとも傭兵ギルトくんだりで、ランクを上げようというのは、何もお金だけが理由ではなかったが。
「……とりあえず、角とか鱗を持っていけばいいのか?」
傭兵ギルドに銀竜退治の証拠を提出しなければならない。ただ退治しましたという言葉を鵜呑みにする馬鹿は、傭兵ギルトはもちろんまともな商人にはいないだろう。
「多めに持っていけば、まあ信じてくれるでしょうが……」
ユウラは顎に手を当て、考えるそぶりを見せる。
「ドラッケの頭を丸々持っていけば、少なくとも鑑定に時間がかかるなんてこともないでしょう。どんな馬鹿でもひと目でわかるんじゃないですか」
「頭ね……」
慧太は顔を上げる。ちなみに銀竜の頭のサイズだけで、成人の身長を上回る高さがある。
「大型の馬車なら、何とか載せられるか」
恐ろしく目立つだろうが。町中を竜の頭を載せた馬車が進むとか、注目の的だろう。
「幌をかけるなりする必要はあるでしょうね。……それでは、とりあえず目ぼしいものを剥いでいきましょうか。角、牙、鱗、爪などなど――リアナさん」
ユウラは狐娘を見た。
「アスモディアやキアハさんを使って、回収お願いできますか?」
「わかった」
金髪碧眼の狐娘は慣れたように、銀竜の身体を検分して解体作業の目星をつけていく。
「さて、慧太くん」
ユウラの目が光った。
「ドラッケの首を落としてみましょうか」
「どうやって?」
「魔法を使って」
青髪の魔術師は、にっこりと笑みを浮かべた。
「先日、魔法のレクチャーはしましたね。その実践というわけです。練習台としてはこれほど打ってつけのものもないでしょう」
確かに――慧太は頷く。
変化能力でダガーや斧、槍など武器は自由自在だが、こと銀竜のような固い鱗を持つ相手となると、それを両断するだけの力がなかった。……竜の首など常人にだって切断するのは無理だろうが。
そこで、魔法の出番である。
シェイプシフターになってから、慧太はこの世界に存在するという魔法を避けてきた。どうも自らの身体が火に弱く、魔法に対してシェイプシフターというのは適性がないのではと思っていたのだ。
だがシェイプシフターとして生まれ変わったサターナが魔法を使うところを目の当たりにして考えを改めた。そしてつい先日、本格的にユウラから魔法の教えを乞うたのだ。
傭兵団の団長として自らのスキルアップを――そのあたりの事情も、慧太に魔法に手を出させるきっかけにもなった。
「どんな魔法を使うんだ?」
「そうですね――」
ユウラが思案顔になったその時、鋭い猛禽の声が響いた。
慧太は見上げる。飛来したのは漆黒の鷹――シェイプシフターの分身体。背中に手紙の入った筒をくくりつけられたそれは、ライガネン王都から飛来したものだった。
コメント
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うわあ、第235話……! 銀竜の死骸をどう運ぶか、慧太たちの知恵比べが面白かったです。ユウラの提案を「夜ならいける」って反論する慧太、そしてユウラが「馬車がない」って即座に現実を突きつける感じが、二人の関係性よく出てましたね。最後に魔法の練習台にするってユウラが言い出したところで、あっ!ってなりました。慧太の成長の布石がさりげなく置かれていて、続きが気になります🕊️